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第5章 ルネッサンス攻防編
第621話 実に興味深いサンプルだ。
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(チャンスだ!)
距離と時間が生まれたのを見て、ドリーは戦いの流れを自分の側に引き戻そうとした。
(重なっているところへ遠当てだ!)
轟!
イドをまとわせた圧縮空気弾がドリーの左手から飛んでいった。騎士の手に盾はない。見えない空気弾をかわさない限り大きなダメージが避けられない。
(「高速」が避けても「剛力」には当たるはず)
連携が崩れたところへ斬りこもうと、ドリーは剣を構え、重心を落とした。
「何っ!」
ドリーの目の前から相手の姿が消えた。空気弾はむなしく、標的がいた空間を通り過ぎる。
(蛇の目っ!)
敵を見失ったドリーは感知系ギフト「蛇の目」をフル稼働させた。視覚が見失った敵の像を、第3の目がくっきりと浮かび上がらせる。
「そうかっ! 2人のギフトは同調している!」
うれしそうに叫ぶドイルの声は、集中するドリーの耳に入らない。
今しも「2人の高速騎士」が左右に分かれてドリーに襲い掛かろうとしていた。
「イドは1つ。ギフトを共有しているということですね?」
「一卵性双生児が思念レベルでも同一性を保つとは……。実に興味深いサンプルだ」
きわめて同一性の高いイドを持つ双子騎士は、互いのギフトを共有していた。2人とも「剛力」と「高速」の両方を使うことができるのだった。
「あれだけ同調していれば行動の意図まで共有できるはず。いわば『一心同体』だ」
「猿飛っ!」
気合と共にドリーは高々と跳び上がった。助走なしに3メートル近く跳び上がり、体を捻って騎士たちの刃圏から離脱する。
内気功を下半身に集め、両脚のばねを一気に爆発させたのだ。
これに土魔法を上乗せすれば、「高跳びの術」となる。ドリーはあえて魔法を使わないという縛りに執着した。
「くそっ!」
今度は双子騎士が獲物を見失う番だった。絶好の攻撃機会を逃して、兄弟の顔に初めて苦い感情が走った。
反対にドリーの表情に余裕が戻っていた。
「いや、恐れ入った。王立騎士団にここまでギフトを使いこなす剣士がいるとは。ならば、こちらも敬意を表して奥の手を披露しよう」
そう言うと、ドリーは右手の模擬剣をからりと放り捨てた。
「ほう。今度はドリーが面白いことをやるようだね」
「ふふふ。アレを使いますか。シュルツ君、よく見ておくといいですよ?」
ドイルはドリーの武技に詳しくなかったが、マルチェルは何度も稽古を共にしてきていた。当然、彼にはドリーが次に何をするかがわかる。
「メシヤ流杖術。参る――」
無手のままドリーが走り出した。対する2人は困惑しつつも左右に分かれてドリーを迎え撃つ。
「杖術」という言葉の意味が分からないものの、接近戦を挑むからには魔法を使うわけではないと予想できた。
(無手の相手なら、どうとでもさばける)
飛び込んでくるところを間合いに勝る剣で突き返し、斬り伏せる。イドの鎧が邪魔をするなら、最後は「剛力」でたたきつぶす。一瞬でそう判断し、ドリーの接近を待ち構えた。
ドリーは左右に分かれた敵の内、左の騎士にまず狙いを定めた。内気功の瞬発力で踏み込みながら、左右の手を振り下ろす。
まるで見えない杖を握っているような型を見て戸惑った騎士は、胸騒ぎにせかされ、剣を掲げて防御に回った。
ボン!
布団を叩くような柔らかい衝撃が、剣を握る右手に伝わった。
ビシッ!
次の瞬間、騎士の背中を何かが撃った。柔らかく、重い何かが背中に当たり、そのまま体に巻きついてくる。
蛇のような動きに騎士の右腕がからめとられた。
「がはっ!」
胸を締めつける圧力に息を絞り出されながらも、騎士は「剛力」でいましめを振りほどこうとした。だが、見えないいましめは思いのほか強く、力を振り絞っても抜け出せなかった。
ドリーは騎士の両脚にも杖を振り下ろし、素早く行動の自由を奪った。
そうしておいて、騎士の頭上を「猿飛」で飛び越え、迫る右側の騎士から距離を取った。
いくら「高速」の動きがあっても、間の仲間が邪魔になり騎士はドリーに襲い掛かることができない。
どさり。
横倒しになった仲間を、残った1人はまたぎ越えて前に出るしかなかった。
(何だ、今の攻撃は? 見えない杖――イドによる打撃か?)
イドの制御を磨いていない騎士には、「イドの杖」が見えない。ステファノから学んだこの技は、杖から鞭へと自在に形状を変え、敵を縛る縄にもなる。
「メシヤ流朽ち縄縛り。『初見殺し』のいやらしい技です」
マルチェルはシュルツに聞かせるように語った。
「本来、アレには雷気を乗せるんですがね。無防備に触れたら、それだけで気を失います」
「むう。それはあまりにも……」
「えげつないというか、なりふり構わずというか。技の発案者が臆病なものでね。必死に身を守ろうとしたら、ああいう技になったのですよ」
マルチェルの言葉に、シュルツは嫌な汗をかくしかなかった。
「おっと! こっちも無茶をする気らしい」
残された騎士に注目していたドイルが声を上げた。
彼の目には、共有していたイドが倒れた騎士から残された騎士に移動するのが見える。イドを失っていく騎士の顔色はどんどん青ざめていった。
「いけない。早く勝負をつけないと、彼の体に障害が出そうです」
マルチェルもその様子を見て、警戒の言葉を発した。
2人分のイドを集めた騎士は充血した目でドリーを睨み、歯をむき出して突進した。
「『高速』と『剛力』を1人に集中させたか。乾坤一擲、その意気や良し。では、もう1つの奥義にてお相手しよう」
ドリーは杖の構えを解き、静かに腰を落として軽く拳を握った。
「メシヤ流『鉄壁の型』。お目汚しながら、ご披露しよう」
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第622話 終わってみれば圧倒的だったね。」
「『鉄壁』だとっ?」
誰よりもその名が意味するところを知るシュルツが、驚愕の声を発した。その声に重なるように、双子騎士の片割れがドリーに襲いかかる。
その剣は「剛力」と「高速」のギフトを兼ね備え、稲妻のように速く、雷のように重かった。
うなりを上げて迫りくる剣尖を、ドリーはかわし、受け流す。
10合を超え、20合に達した時、無呼吸で剣を振るっていた騎士が一瞬息を継ぐ。
……
◆お楽しみに。
距離と時間が生まれたのを見て、ドリーは戦いの流れを自分の側に引き戻そうとした。
(重なっているところへ遠当てだ!)
轟!
イドをまとわせた圧縮空気弾がドリーの左手から飛んでいった。騎士の手に盾はない。見えない空気弾をかわさない限り大きなダメージが避けられない。
(「高速」が避けても「剛力」には当たるはず)
連携が崩れたところへ斬りこもうと、ドリーは剣を構え、重心を落とした。
「何っ!」
ドリーの目の前から相手の姿が消えた。空気弾はむなしく、標的がいた空間を通り過ぎる。
(蛇の目っ!)
敵を見失ったドリーは感知系ギフト「蛇の目」をフル稼働させた。視覚が見失った敵の像を、第3の目がくっきりと浮かび上がらせる。
「そうかっ! 2人のギフトは同調している!」
うれしそうに叫ぶドイルの声は、集中するドリーの耳に入らない。
今しも「2人の高速騎士」が左右に分かれてドリーに襲い掛かろうとしていた。
「イドは1つ。ギフトを共有しているということですね?」
「一卵性双生児が思念レベルでも同一性を保つとは……。実に興味深いサンプルだ」
きわめて同一性の高いイドを持つ双子騎士は、互いのギフトを共有していた。2人とも「剛力」と「高速」の両方を使うことができるのだった。
「あれだけ同調していれば行動の意図まで共有できるはず。いわば『一心同体』だ」
「猿飛っ!」
気合と共にドリーは高々と跳び上がった。助走なしに3メートル近く跳び上がり、体を捻って騎士たちの刃圏から離脱する。
内気功を下半身に集め、両脚のばねを一気に爆発させたのだ。
これに土魔法を上乗せすれば、「高跳びの術」となる。ドリーはあえて魔法を使わないという縛りに執着した。
「くそっ!」
今度は双子騎士が獲物を見失う番だった。絶好の攻撃機会を逃して、兄弟の顔に初めて苦い感情が走った。
反対にドリーの表情に余裕が戻っていた。
「いや、恐れ入った。王立騎士団にここまでギフトを使いこなす剣士がいるとは。ならば、こちらも敬意を表して奥の手を披露しよう」
そう言うと、ドリーは右手の模擬剣をからりと放り捨てた。
「ほう。今度はドリーが面白いことをやるようだね」
「ふふふ。アレを使いますか。シュルツ君、よく見ておくといいですよ?」
ドイルはドリーの武技に詳しくなかったが、マルチェルは何度も稽古を共にしてきていた。当然、彼にはドリーが次に何をするかがわかる。
「メシヤ流杖術。参る――」
無手のままドリーが走り出した。対する2人は困惑しつつも左右に分かれてドリーを迎え撃つ。
「杖術」という言葉の意味が分からないものの、接近戦を挑むからには魔法を使うわけではないと予想できた。
(無手の相手なら、どうとでもさばける)
飛び込んでくるところを間合いに勝る剣で突き返し、斬り伏せる。イドの鎧が邪魔をするなら、最後は「剛力」でたたきつぶす。一瞬でそう判断し、ドリーの接近を待ち構えた。
ドリーは左右に分かれた敵の内、左の騎士にまず狙いを定めた。内気功の瞬発力で踏み込みながら、左右の手を振り下ろす。
まるで見えない杖を握っているような型を見て戸惑った騎士は、胸騒ぎにせかされ、剣を掲げて防御に回った。
ボン!
布団を叩くような柔らかい衝撃が、剣を握る右手に伝わった。
ビシッ!
次の瞬間、騎士の背中を何かが撃った。柔らかく、重い何かが背中に当たり、そのまま体に巻きついてくる。
蛇のような動きに騎士の右腕がからめとられた。
「がはっ!」
胸を締めつける圧力に息を絞り出されながらも、騎士は「剛力」でいましめを振りほどこうとした。だが、見えないいましめは思いのほか強く、力を振り絞っても抜け出せなかった。
ドリーは騎士の両脚にも杖を振り下ろし、素早く行動の自由を奪った。
そうしておいて、騎士の頭上を「猿飛」で飛び越え、迫る右側の騎士から距離を取った。
いくら「高速」の動きがあっても、間の仲間が邪魔になり騎士はドリーに襲い掛かることができない。
どさり。
横倒しになった仲間を、残った1人はまたぎ越えて前に出るしかなかった。
(何だ、今の攻撃は? 見えない杖――イドによる打撃か?)
イドの制御を磨いていない騎士には、「イドの杖」が見えない。ステファノから学んだこの技は、杖から鞭へと自在に形状を変え、敵を縛る縄にもなる。
「メシヤ流朽ち縄縛り。『初見殺し』のいやらしい技です」
マルチェルはシュルツに聞かせるように語った。
「本来、アレには雷気を乗せるんですがね。無防備に触れたら、それだけで気を失います」
「むう。それはあまりにも……」
「えげつないというか、なりふり構わずというか。技の発案者が臆病なものでね。必死に身を守ろうとしたら、ああいう技になったのですよ」
マルチェルの言葉に、シュルツは嫌な汗をかくしかなかった。
「おっと! こっちも無茶をする気らしい」
残された騎士に注目していたドイルが声を上げた。
彼の目には、共有していたイドが倒れた騎士から残された騎士に移動するのが見える。イドを失っていく騎士の顔色はどんどん青ざめていった。
「いけない。早く勝負をつけないと、彼の体に障害が出そうです」
マルチェルもその様子を見て、警戒の言葉を発した。
2人分のイドを集めた騎士は充血した目でドリーを睨み、歯をむき出して突進した。
「『高速』と『剛力』を1人に集中させたか。乾坤一擲、その意気や良し。では、もう1つの奥義にてお相手しよう」
ドリーは杖の構えを解き、静かに腰を落として軽く拳を握った。
「メシヤ流『鉄壁の型』。お目汚しながら、ご披露しよう」
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第622話 終わってみれば圧倒的だったね。」
「『鉄壁』だとっ?」
誰よりもその名が意味するところを知るシュルツが、驚愕の声を発した。その声に重なるように、双子騎士の片割れがドリーに襲いかかる。
その剣は「剛力」と「高速」のギフトを兼ね備え、稲妻のように速く、雷のように重かった。
うなりを上げて迫りくる剣尖を、ドリーはかわし、受け流す。
10合を超え、20合に達した時、無呼吸で剣を振るっていた騎士が一瞬息を継ぐ。
……
◆お楽しみに。
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