617 / 672
第5章 ルネッサンス攻防編
第617話 これが一番手っ取り早い調査方法だろう。
しおりを挟む
「何だか頭の悪い話になってきたね」
マルチェル、ドイル、ドリーの3人は練兵場にいた。
議論の決着は戦ってつけるべしという、いかにも武ばった話の流れにドリーが流されてしまった結果である。
「こういうのは『フィールド・ワーク』とは呼べないんだがねぇ」
荒事を嫌うドイルは口をとがらせてぼやいていた。
当事者のドリーは何やら張り切っている様子で、ほおを紅潮させながら既に体をほぐしている。
「魔動車の旅で体がなまっていたからな。手合わせできるとなれば願ったりかなったりだ」
アカデミーの教官を務めていたドリーは議論ができないわけではない。しかし、剣技に関わることとなれば百の議論よりも実際に剣を交えた方が早いと考えていた。
その点ではシュルツ団長と思考が近いのだろう。
小隊に分かれて訓練していた騎士たちが伝令を受けてぞろぞろ集まってきた。それを見て首を回し、手首を伸ばし始めたのは立会人のはずのマルチェルだった。
ドイルがあからさまに顔をしかめた。
「いいかね。2人とも、ここへは調査のために来ているということを忘れるなよ?」
「もちろんだ。これが一番手っ取り早い調査方法だろう」
開き直ったドリーの言葉に、「うんうん」とマルチェルが頷いた。その様子に、ドイルは唇をへの字に結んで天を仰いだ。
「整列!」
副団長らしき人物が号令をかけると、団員が一気に集結し隊列を作った。その機敏さと行動の規律は、さすがは王立騎士団と思わせる見事さであった。
「団長に対して、傾聴!」
副団長の号令に合わせて、シュルツが隊列の前に進み出た。
「休んでよし」
「休めっ!」
団員総勢約200名の注目がシュルツ団長に集まった。
「諸君、客人を歓迎したまえ。サポリの町ウニベルシタス所属の3名である」
「だん!」と、団員が一斉に足を鳴らした。
「その内の1人ドリー女史は剣術と魔法の教官を務めておられる。皆も知る通り、ウニベルシタスでは魔法と共に『イド』という存在を攻撃や防御に利用する技術を教授している」
シュルツは一旦言葉を切って、団員の頭に伝えた言葉の意味がしみ込むのを待った。体を動かす者はいなかったが、ドリーへの関心が高まったことが伝わってきた。
「3人の客人は心配しておられる。ウニベルシタスでの教授内容が我が王立騎士団において軽んじられているのではないかと。心配する背景にあるのは、当団員の間にある対立である。すなわち魔法肯定派と魔法反対派だ」
この言葉を聞いても団員の表情は変わらなかった。
「訓練方法について意見を異にするのであれば、立ち合って優劣をつければよい。ドリー女史はそう言われた。わたしもそう思う」
団員の中にかすかに表情を曇らせる者が出始めた。自分たちは立ち合いを命じられるのではないかと疑い出したのだ。
「ドリー女史はこうも言われた。議論ばかりしている王立騎士団は行儀見習いの集まりか、と」
200人が息を飲んで表情を硬くした。声を上げる者がいないのは規律が行き届いているからだろう。目に見えぬ怒りが団員の間に膨れ上がっていく。
「ならば諸君、答えは簡単だ。お見せしようではないか! 我が王立騎士団が武を尊ぶ姿勢を! 剣に寄せる気概を!」
キン!
シュルツの腰で佩剣が音を立てた。目に留まらぬ速さで剣を鞘から20センチほど抜きかけ、素早く戻して鍔を鳴らしたのだ。
ギィン!
200の鍔鳴りが1つに重なった。
「反魔法派から5名の団員を選抜しろ。模擬剣の用意!」
指示を受けた副団長が副官を走らせ、自分は団員の選抜を始めた。さすがは迅速行動を旨とする軍事組織である。たちまちの内に模擬戦闘の準備ができ上がった。
5名の反魔抗気党メンバーは騎士団の制服の上に、革製の胸当てをつけ、皮手袋に籠手、すね当てを装着していた。
騎馬訓練ではないためプレートアーマーを身につけている団員はいない。
「防具の必要はあるかね?」
シュルツはドリーに尋ねた。
「いいえ。無用です」
「怪我が心配なら木剣での立ち合いとするが……」
「大丈夫です。体に刃が届くことはありませんから」
ドリーは軽く微笑むと、模擬剣を手に取った。一振りくれると、無造作に放り上げた。
「何を――?」
くるりくるりと回りながら模擬剣は高く宙を舞った。やがて、ドリーの頭上に落ちてきた。
ガツッ!
頭上10センチ、模擬剣は何かに当たったようにはじけ飛んだ。ドリーは何事もなかったかのように落ち着いた足取りで地に落ちた模擬剣に歩み寄り、柄を握って拾い上げた。
「ご覧のようにイドの鎧があるので、この体に刃が届くことはありません。――まあ、イドを使わなくとも触らせることはありませんが」
「ほう。大きく出たものだ」
ドリーの言葉は大言壮語ではない。ギフト「蛇の目」を使用すれば、ドリーの眼は相手の攻撃意図を読み取れるようになっていた。ステファノが色の変化として感じるイドの動きを、ドリーは温度差として捉えることができる。
ウニベルシタスでの訓練時はあえてギフトを使わずに、素の感覚を鍛えていた。精神攻撃やイドの無効化など特殊な状況に追い込まれた時でも、慌てず戦えるようにするためである。
アランたち相手の訓練でドリーは本気を出したことがない。常に不利な条件を自分に課し、その状況で生き延びる戦いを想定していたのだ。半分の腕力しか出せない時。右目が見えない時。脚を怪我した時。
「失礼。口先よりも立ち合いで力を示せと言ったばかりでした」
ドリーは模擬剣に歪みやひびができていないか確かめるために、もう一度素振りをくれた。
「相手となる反魔法派の団員を5名集めさせた。誰と戦うか選びたまえ」
シュルツが5名の方を手振りで示すと、反魔抗気党の面々は気合を込めてドリーを睨んだ。
「折角です。端から順にお相手しましょう。まずは魔法とイドを封印し、剣技だけを以て立ち合います」
ドリーはそう言って、爽やかに微笑んで見せた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第618話 次は『内気功』のみを使いましょう。」
200名近い団員が見守る中、ドリーは1人目の団員と向かい合っていた。団員の手にはカイトシールドがあったが、ドリーは左手を空けていた。
「わたしが審判を務めよう。双方準備はよいな?」
「ハッ!」
「はい」
シュルツが間に立って、2人を見回し手を上げた。
……
◆お楽しみに。
マルチェル、ドイル、ドリーの3人は練兵場にいた。
議論の決着は戦ってつけるべしという、いかにも武ばった話の流れにドリーが流されてしまった結果である。
「こういうのは『フィールド・ワーク』とは呼べないんだがねぇ」
荒事を嫌うドイルは口をとがらせてぼやいていた。
当事者のドリーは何やら張り切っている様子で、ほおを紅潮させながら既に体をほぐしている。
「魔動車の旅で体がなまっていたからな。手合わせできるとなれば願ったりかなったりだ」
アカデミーの教官を務めていたドリーは議論ができないわけではない。しかし、剣技に関わることとなれば百の議論よりも実際に剣を交えた方が早いと考えていた。
その点ではシュルツ団長と思考が近いのだろう。
小隊に分かれて訓練していた騎士たちが伝令を受けてぞろぞろ集まってきた。それを見て首を回し、手首を伸ばし始めたのは立会人のはずのマルチェルだった。
ドイルがあからさまに顔をしかめた。
「いいかね。2人とも、ここへは調査のために来ているということを忘れるなよ?」
「もちろんだ。これが一番手っ取り早い調査方法だろう」
開き直ったドリーの言葉に、「うんうん」とマルチェルが頷いた。その様子に、ドイルは唇をへの字に結んで天を仰いだ。
「整列!」
副団長らしき人物が号令をかけると、団員が一気に集結し隊列を作った。その機敏さと行動の規律は、さすがは王立騎士団と思わせる見事さであった。
「団長に対して、傾聴!」
副団長の号令に合わせて、シュルツが隊列の前に進み出た。
「休んでよし」
「休めっ!」
団員総勢約200名の注目がシュルツ団長に集まった。
「諸君、客人を歓迎したまえ。サポリの町ウニベルシタス所属の3名である」
「だん!」と、団員が一斉に足を鳴らした。
「その内の1人ドリー女史は剣術と魔法の教官を務めておられる。皆も知る通り、ウニベルシタスでは魔法と共に『イド』という存在を攻撃や防御に利用する技術を教授している」
シュルツは一旦言葉を切って、団員の頭に伝えた言葉の意味がしみ込むのを待った。体を動かす者はいなかったが、ドリーへの関心が高まったことが伝わってきた。
「3人の客人は心配しておられる。ウニベルシタスでの教授内容が我が王立騎士団において軽んじられているのではないかと。心配する背景にあるのは、当団員の間にある対立である。すなわち魔法肯定派と魔法反対派だ」
この言葉を聞いても団員の表情は変わらなかった。
「訓練方法について意見を異にするのであれば、立ち合って優劣をつければよい。ドリー女史はそう言われた。わたしもそう思う」
団員の中にかすかに表情を曇らせる者が出始めた。自分たちは立ち合いを命じられるのではないかと疑い出したのだ。
「ドリー女史はこうも言われた。議論ばかりしている王立騎士団は行儀見習いの集まりか、と」
200人が息を飲んで表情を硬くした。声を上げる者がいないのは規律が行き届いているからだろう。目に見えぬ怒りが団員の間に膨れ上がっていく。
「ならば諸君、答えは簡単だ。お見せしようではないか! 我が王立騎士団が武を尊ぶ姿勢を! 剣に寄せる気概を!」
キン!
シュルツの腰で佩剣が音を立てた。目に留まらぬ速さで剣を鞘から20センチほど抜きかけ、素早く戻して鍔を鳴らしたのだ。
ギィン!
200の鍔鳴りが1つに重なった。
「反魔法派から5名の団員を選抜しろ。模擬剣の用意!」
指示を受けた副団長が副官を走らせ、自分は団員の選抜を始めた。さすがは迅速行動を旨とする軍事組織である。たちまちの内に模擬戦闘の準備ができ上がった。
5名の反魔抗気党メンバーは騎士団の制服の上に、革製の胸当てをつけ、皮手袋に籠手、すね当てを装着していた。
騎馬訓練ではないためプレートアーマーを身につけている団員はいない。
「防具の必要はあるかね?」
シュルツはドリーに尋ねた。
「いいえ。無用です」
「怪我が心配なら木剣での立ち合いとするが……」
「大丈夫です。体に刃が届くことはありませんから」
ドリーは軽く微笑むと、模擬剣を手に取った。一振りくれると、無造作に放り上げた。
「何を――?」
くるりくるりと回りながら模擬剣は高く宙を舞った。やがて、ドリーの頭上に落ちてきた。
ガツッ!
頭上10センチ、模擬剣は何かに当たったようにはじけ飛んだ。ドリーは何事もなかったかのように落ち着いた足取りで地に落ちた模擬剣に歩み寄り、柄を握って拾い上げた。
「ご覧のようにイドの鎧があるので、この体に刃が届くことはありません。――まあ、イドを使わなくとも触らせることはありませんが」
「ほう。大きく出たものだ」
ドリーの言葉は大言壮語ではない。ギフト「蛇の目」を使用すれば、ドリーの眼は相手の攻撃意図を読み取れるようになっていた。ステファノが色の変化として感じるイドの動きを、ドリーは温度差として捉えることができる。
ウニベルシタスでの訓練時はあえてギフトを使わずに、素の感覚を鍛えていた。精神攻撃やイドの無効化など特殊な状況に追い込まれた時でも、慌てず戦えるようにするためである。
アランたち相手の訓練でドリーは本気を出したことがない。常に不利な条件を自分に課し、その状況で生き延びる戦いを想定していたのだ。半分の腕力しか出せない時。右目が見えない時。脚を怪我した時。
「失礼。口先よりも立ち合いで力を示せと言ったばかりでした」
ドリーは模擬剣に歪みやひびができていないか確かめるために、もう一度素振りをくれた。
「相手となる反魔法派の団員を5名集めさせた。誰と戦うか選びたまえ」
シュルツが5名の方を手振りで示すと、反魔抗気党の面々は気合を込めてドリーを睨んだ。
「折角です。端から順にお相手しましょう。まずは魔法とイドを封印し、剣技だけを以て立ち合います」
ドリーはそう言って、爽やかに微笑んで見せた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第618話 次は『内気功』のみを使いましょう。」
200名近い団員が見守る中、ドリーは1人目の団員と向かい合っていた。団員の手にはカイトシールドがあったが、ドリーは左手を空けていた。
「わたしが審判を務めよう。双方準備はよいな?」
「ハッ!」
「はい」
シュルツが間に立って、2人を見回し手を上げた。
……
◆お楽しみに。
11
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説

【完結】初級魔法しか使えない低ランク冒険者の少年は、今日も依頼を達成して家に帰る。
アノマロカリス
ファンタジー
少年テッドには、両親がいない。
両親は低ランク冒険者で、依頼の途中で魔物に殺されたのだ。
両親の少ない保険でやり繰りしていたが、もう金が尽きかけようとしていた。
テッドには、妹が3人いる。
両親から「妹達を頼む!」…と出掛ける前からいつも約束していた。
このままでは家族が離れ離れになると思ったテッドは、冒険者になって金を稼ぐ道を選んだ。
そんな少年テッドだが、パーティーには加入せずにソロ活動していた。
その理由は、パーティーに参加するとその日に家に帰れなくなるからだ。
両親は、小さいながらも持ち家を持っていてそこに住んでいる。
両親が生きている頃は、父親の部屋と母親の部屋、子供部屋には兄妹4人で暮らしていたが…
両親が死んでからは、父親の部屋はテッドが…
母親の部屋は、長女のリットが、子供部屋には、次女のルットと三女のロットになっている。
今日も依頼をこなして、家に帰るんだ!
この少年テッドは…いや、この先は本編で語ろう。
お楽しみくださいね!
HOTランキング20位になりました。
皆さん、有り難う御座います。

婚約破棄?一体何のお話ですか?
リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる