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第5章 ルネッサンス攻防編
第612話 いい答えだ、マルチェル。
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「アバターは思念体双生児だと考えられるが、特性的にはイドのコピーが人格化したものだ」
ドイルの言葉によれば、無意識の自我であるイドは自己の潜在能力、伸びしろを把握している。アバターはそれを鏡に映した存在だという。
ステファノのアバターが当初から強力に見えたのは、「成長可能性」を可視化した姿で発現したせいだった。
「しかし、実際の力はその時点のイドに等しい。ある意味見掛け倒しの存在なわけだ」
アバターがイドの鏡像だとすると、その像は物質界とイデア界の接点に結ばれている。イデア界に距離や時間が存在しない以上、アバターはイドの誕生から消滅まですべての諸相を代表していた。
アバターが成長の頂点の姿を取っていても不思議ではない。
「ライオンと言われて子ライオンの姿を思い浮かべる者は少ない。象徴として成長した姿をイメージしてもおかしくはないだろう。しかし、なぜ7つの首を持つ蛇なのか?」
強い獣なら色々ある。ライオンか竜でも良かったはずだ。その中で蛇を選んだ理由は――。
「やはり『虹』のイメージに引っ張られたのだろう。『虹の王』と別名をつけたくらいだからね。ステファノは虹は7色を持つと考えたらしい」
古代の東国では虹は巨大な怪物であると考えたそうだ。空にかかるアーチ形の蛇身。
その7色をステファノは魔術の6属性と「始原の赤」と呼ぶ力に当てはめた。
「ギフトの力でイデア界への接続を得た時、ステファノは『6属性』プラス『始原の赤』という彼なりのイメージを得た。それで『7色の虹』が閃いたのだろう」
それからは虹の王をイメージすることがイドを練ることとステファノの中では同義になった。
「だとしたらだ。アバターを持たない術者であっても、『イドにイメージを与えればコントロールしやすくなる』ということさ」
したり顔でドイルが説いた。アバターがすべてではないと。アバターがないなら、ないなりの工夫を凝らせばよいではないか。
「なるほど、よくわかります。旦那様の医療魔法を例に取れば、『ヒュギエイアの杯』がアバターに代わるイメージというわけですか」
「いい答えだ、マルチェル。能力の象徴化というアバターの機能はそうやって代替できるのさ」
アバターには自律行動や遍在性など、他にも特長となる機能がある。それについてはイメージ化だけでは補えない。
「アバターも無数にある『技術』の1つに過ぎない。決してそれだけですべてが決まるわけじゃない。なければないなりに工夫しろということだよ」
目の見えない人間は画家にはなれない。しかし、音楽家にはなれる。
自分を生かす道はいくらでもあるのだった。
「ドイル先生の言いたいことはよくわかった。自分の能力をどう生かして行けばいいか、じっくり考えてみることにする」
「それをお勧めするよ。ステファノはサレルモ師の『シヴァの業火』という上級魔術を再現したが、アバターの有無は関係ないそうだ。3人の上級魔術師たちは間違いなくアバターの持ち主だが、アバターを持たなくても上級魔術は使えると思う」
落ち着きを見せたドリーに、ドイルは励ましの言葉を贈った。
「さて、すっかり話し込んでしまいました。この旅の目的に話を戻していいでしょうか?」
「会話というのはわき道にそれるところが面白いのだがね。いいだろう、マルチェル。何を聞きたい?」
「そもそもなぜ騎士たちは魔法を毛嫌いするようになったのでしょう?」
話に区切りがついたところでマルチェルは気になっている疑問を口にした。
この国には以前から魔術が存在する。600年もの間、騎士が魔術を忌避するという話は聞いたことがなかった。それなのに、ここにきてなぜ魔法を拒絶しだしたのか?
「明日聞いてみればいいことだがね。おおよその想像はつくよ」
「伺いましょう」
何を聞かれても「答えを知らない」と言いたくないドイルは、自分が立てた仮説を2人に披露することになった。
「魔術は良くて魔法はだめだということだろう? 魔術と魔法との違いに原因があるということになる。この2つ、一番の違いは因果の改変に当たって自然法則からの逸脱に制限を加えるかどうかだ。しかし、この点で魔法の方を排斥する論理はあり得ない」
自然法則に逆らった因果改変まで行う魔術の方が世の中に対する害が大きい。それを考えれば、魔術を許して魔法を拒絶する考えは成り立たないはずだ。
つまりこの点は今回の原因ではない。
「となると、魔法だけに見られるもう1つの特徴が原因だろう」
「その顔は、わたしに『それは何だ?』と尋ねてほしいのですね?」
「好奇心は技術進歩の原動力だからね。君の関心に応えて上げよう」
魔法にあって魔術にない特徴とは?
「他でもない。ウニベルシタスで教えられているということさ」
「ウニベルシタスで教えることに、どんな問題がありますか?」
「ウニベルシタスとは何か? その理念を受け入れられるかどうかに問題の根本がある」
その理念とは「教育の自由」だとドイルは言った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第613話 誰かに踊らされているのかも……。」
「王立アカデミーとウニベルシタスの違いは、入学の間口を開いているかどうかだ」
「それ以外にも授業内容が違うと思うが」
「それは些細なことさ。授業内容なんて社会の需要次第で変わっていくものだからね。それよりも、入学資格に貴族家からの推薦2件を必要とするアカデミーが、圧倒的に閉鎖的だということ」
ウニベルシタスでは初年度こそ貴族家からの紹介を受け入れたが、それは入学志望者を募るためだった。運営が順調に立ち上がった現在、推薦は必要条件ではない。
……
◆お楽しみに。
ドイルの言葉によれば、無意識の自我であるイドは自己の潜在能力、伸びしろを把握している。アバターはそれを鏡に映した存在だという。
ステファノのアバターが当初から強力に見えたのは、「成長可能性」を可視化した姿で発現したせいだった。
「しかし、実際の力はその時点のイドに等しい。ある意味見掛け倒しの存在なわけだ」
アバターがイドの鏡像だとすると、その像は物質界とイデア界の接点に結ばれている。イデア界に距離や時間が存在しない以上、アバターはイドの誕生から消滅まですべての諸相を代表していた。
アバターが成長の頂点の姿を取っていても不思議ではない。
「ライオンと言われて子ライオンの姿を思い浮かべる者は少ない。象徴として成長した姿をイメージしてもおかしくはないだろう。しかし、なぜ7つの首を持つ蛇なのか?」
強い獣なら色々ある。ライオンか竜でも良かったはずだ。その中で蛇を選んだ理由は――。
「やはり『虹』のイメージに引っ張られたのだろう。『虹の王』と別名をつけたくらいだからね。ステファノは虹は7色を持つと考えたらしい」
古代の東国では虹は巨大な怪物であると考えたそうだ。空にかかるアーチ形の蛇身。
その7色をステファノは魔術の6属性と「始原の赤」と呼ぶ力に当てはめた。
「ギフトの力でイデア界への接続を得た時、ステファノは『6属性』プラス『始原の赤』という彼なりのイメージを得た。それで『7色の虹』が閃いたのだろう」
それからは虹の王をイメージすることがイドを練ることとステファノの中では同義になった。
「だとしたらだ。アバターを持たない術者であっても、『イドにイメージを与えればコントロールしやすくなる』ということさ」
したり顔でドイルが説いた。アバターがすべてではないと。アバターがないなら、ないなりの工夫を凝らせばよいではないか。
「なるほど、よくわかります。旦那様の医療魔法を例に取れば、『ヒュギエイアの杯』がアバターに代わるイメージというわけですか」
「いい答えだ、マルチェル。能力の象徴化というアバターの機能はそうやって代替できるのさ」
アバターには自律行動や遍在性など、他にも特長となる機能がある。それについてはイメージ化だけでは補えない。
「アバターも無数にある『技術』の1つに過ぎない。決してそれだけですべてが決まるわけじゃない。なければないなりに工夫しろということだよ」
目の見えない人間は画家にはなれない。しかし、音楽家にはなれる。
自分を生かす道はいくらでもあるのだった。
「ドイル先生の言いたいことはよくわかった。自分の能力をどう生かして行けばいいか、じっくり考えてみることにする」
「それをお勧めするよ。ステファノはサレルモ師の『シヴァの業火』という上級魔術を再現したが、アバターの有無は関係ないそうだ。3人の上級魔術師たちは間違いなくアバターの持ち主だが、アバターを持たなくても上級魔術は使えると思う」
落ち着きを見せたドリーに、ドイルは励ましの言葉を贈った。
「さて、すっかり話し込んでしまいました。この旅の目的に話を戻していいでしょうか?」
「会話というのはわき道にそれるところが面白いのだがね。いいだろう、マルチェル。何を聞きたい?」
「そもそもなぜ騎士たちは魔法を毛嫌いするようになったのでしょう?」
話に区切りがついたところでマルチェルは気になっている疑問を口にした。
この国には以前から魔術が存在する。600年もの間、騎士が魔術を忌避するという話は聞いたことがなかった。それなのに、ここにきてなぜ魔法を拒絶しだしたのか?
「明日聞いてみればいいことだがね。おおよその想像はつくよ」
「伺いましょう」
何を聞かれても「答えを知らない」と言いたくないドイルは、自分が立てた仮説を2人に披露することになった。
「魔術は良くて魔法はだめだということだろう? 魔術と魔法との違いに原因があるということになる。この2つ、一番の違いは因果の改変に当たって自然法則からの逸脱に制限を加えるかどうかだ。しかし、この点で魔法の方を排斥する論理はあり得ない」
自然法則に逆らった因果改変まで行う魔術の方が世の中に対する害が大きい。それを考えれば、魔術を許して魔法を拒絶する考えは成り立たないはずだ。
つまりこの点は今回の原因ではない。
「となると、魔法だけに見られるもう1つの特徴が原因だろう」
「その顔は、わたしに『それは何だ?』と尋ねてほしいのですね?」
「好奇心は技術進歩の原動力だからね。君の関心に応えて上げよう」
魔法にあって魔術にない特徴とは?
「他でもない。ウニベルシタスで教えられているということさ」
「ウニベルシタスで教えることに、どんな問題がありますか?」
「ウニベルシタスとは何か? その理念を受け入れられるかどうかに問題の根本がある」
その理念とは「教育の自由」だとドイルは言った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第613話 誰かに踊らされているのかも……。」
「王立アカデミーとウニベルシタスの違いは、入学の間口を開いているかどうかだ」
「それ以外にも授業内容が違うと思うが」
「それは些細なことさ。授業内容なんて社会の需要次第で変わっていくものだからね。それよりも、入学資格に貴族家からの推薦2件を必要とするアカデミーが、圧倒的に閉鎖的だということ」
ウニベルシタスでは初年度こそ貴族家からの紹介を受け入れたが、それは入学志望者を募るためだった。運営が順調に立ち上がった現在、推薦は必要条件ではない。
……
◆お楽しみに。
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