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第5章 ルネッサンス攻防編
第594話 勝てるわけないだろう!
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決勝の相手は「白熱」のサレルモ、その人だった。
王国に3人存在する上級魔術師の一角。唯一の女性でもあった。
(びっくりだ! サレルモさんてトーナメントに参加していたの?)
驚くステファノだったが、観客席も同様にざわついていた。
「――出場選手の交代を告げる。決勝戦はステファノとロビーの間で行われる予定だったが、ロビーが棄権した」
ロビー選手は準決勝で負傷したため、十分実力を発揮することができないと判断したそうだ。
ステファノの不戦勝となるところだが――。
「当競技会の伝統を鑑みて、不戦勝での優勝は認めがたい。よって、大会側が用意したリザーブ選手サレルモ師と決勝を戦ってもらう」
「えぇー!」
「上級魔術師と決勝だと?」
「勝てるわけないだろう!」
ガル師がサレルモ師との振り替え戦を告げると、観客の間から不公平を指摘する声が上がった。
(殺人技なしって設定なら、大怪我することはないだろう)
ステファノ本人は意外に冷静だった。防御をしっかり行えば、負けても軽傷で済むと判断したのだ。
(上級魔術師の実力がどんなものか、ちょっと興味はあるよね)
ハンニバル師のプレッシャーなら味わったことがある。無論、本気ではなかったろうが、おのずと伝わる迫力があった。底力と言ってもよい。
「自分は竜を飼っている」
ハンニバル師はそう言った。詳しい話こそしなかったが、それはアバターのことに違いない。
同じ上級魔術師であるサレルモ師もアバターを使いこなすと考えるべきだろう。
(魔視脳がかなりの部分まで開放されているということになる)
魔力制御、イドの制御では優位に立てないと考えておいた方が良い。
ならば、どうやって戦えば良い?
普通に魔法を撃っても打ち消されるだろう。鉄丸や蛇尾に魔法を乗せる技も奇襲にはならない。
(うーん。そうなると、やっぱり武術で勝負かなあ……)
サレルモ師が武術を使えるかどうか、ステファノは知らなかった。ヨシズミのように武術でも一流という現実があるかもしれない。
結局、やってみなければわからない。
(マルチェルさんやヨシズミ師匠と稽古するつもりでぶつかってみよう)
勝とうと思うから緊張するのだ。負けて当たり前、教えを請うつもりで挑もう。ステファノはそう思い決めて、迷いを離れた。
求めるは「心身一如」。
演武のつもりで自分の技を見てもらおう。ステファノはギフトの成句を暗唱しながら、静かに呼吸を整えた。
「選手は開始線に――」
ガル老師の指示でサレルモ師とステファノは、それぞれの位置についた。
(思ってたより若いな)
「師」というから年寄りをイメージしていたが、サレルモ師は30代前半に見えるきびきびとした女性だった。
(ああ、マリアンヌ教授はこの人に影響されているのかな?)
2人の年齢は近そうだった。同世代に傑出した成功者がいれば、あこがれるか競争心を持つのは当然かもしれない。
サレルモ本人は落ち着いた振る舞いの人間だった。出世を願ったわけではなく、世の中の方が彼女の才能を放っておかなかったのだ。
(無手か……。両手にタコは見えない。目立った筋肉もなし。少なくとも剛力系の武術家じゃない)
両手の爪は短い。組み技を使う可能性はありそうだ。
立ち姿は自然体で、バランスが良い。これも武術家にありがちな特徴だったが、断定まではできなかった。
ステファノ以上にリラックスしているのだろう。サレルモ師の唇は、柔らかな笑みの形を作っていた。
「始めっ!」
ガル老師の号令を受けて、ステファノは瞬時に動き出した。
「攻めろ、雷丸!」
「ピイーッ!」
ステファノの頭から飛び出した雷丸は、空中から続けざまに遠当てを飛ばした。イドを帯びた空気の塊3つがサレルモ師目掛けて飛んでいく。
もちろん肉眼で視認することができない。
「ふ」
サレルモ師の口角がわずかに上がった。
右手を前に向けてかざし、雷丸が放った空気弾を手首の動きだけで受け流した。
(柔らかい)
薄絹のような手応えのなさ。受け止めるでも跳ね返すでもない、流水のような動きだった。
それだけで雷丸の空気弾が、サレルモ師を避けて通り過ぎていく。
(遠当ては効かない)
その事実を見極めながら、ステファノはサレルモ師の目前へと踏み込んでいた。
(内家速の功)
ステファノはイドの高周波化による身体速度向上をそう呼んでいた。
クリードのギフト「飯綱使い」に比べればはるかに遅い。クリードは肉体の限界を超える速度で動こうとしていた。
ステファノは神経の信号伝達速度と同時に、身体機能を高める修行を繰り返していた。わずか2歩で50メートルの距離を詰める。
「心身一如」
心の命ずるところを体はなす。そこに過不足がないことを理想とした。
(鹿威し)
ステファノは上段に置いた杖を静かに振り下ろした。力めば筋肉が杖の動きを邪魔する。
杖を加速させるのは重力だ。
そこにステファノは土属性の引力を上乗せし、人の力ではありえない速度を杖に与える。
(う! そらされる!)
サレルモ師は差し出した右手を動かしていない。ただイドだけを制御してステファノの杖を無害化する方向へと導いていく。
同時に右手に魔核が集まるのをステファノは知覚した。
「守れ、虹の王! 蛇の巣!」
バンッ!
サレルモ師の右手からスパークが飛んだ。雷光がステファノを撃とうと身をくねらせたが、すべて吸い込まれるように地面に落ちた。
「今度の攻撃は熱いぞ?」
サレルモ師の全身が白い光に覆われて消えた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第595話 逃げろっ! 雷っ!」
白光は炎ではなかった。高温で燃え上がる炎を因とした「熱」のイデア。
サレルモ師はそれを体の前面に発生させてステファノに放射した。
(太陰放射!)
ステファノは大量の陰気を浴びせて敵の術を無効化する防御を、反射的に繰り出した。
陰気はサレルモの術式を押し流し、破壊した。
……
◆お楽しみに。
王国に3人存在する上級魔術師の一角。唯一の女性でもあった。
(びっくりだ! サレルモさんてトーナメントに参加していたの?)
驚くステファノだったが、観客席も同様にざわついていた。
「――出場選手の交代を告げる。決勝戦はステファノとロビーの間で行われる予定だったが、ロビーが棄権した」
ロビー選手は準決勝で負傷したため、十分実力を発揮することができないと判断したそうだ。
ステファノの不戦勝となるところだが――。
「当競技会の伝統を鑑みて、不戦勝での優勝は認めがたい。よって、大会側が用意したリザーブ選手サレルモ師と決勝を戦ってもらう」
「えぇー!」
「上級魔術師と決勝だと?」
「勝てるわけないだろう!」
ガル師がサレルモ師との振り替え戦を告げると、観客の間から不公平を指摘する声が上がった。
(殺人技なしって設定なら、大怪我することはないだろう)
ステファノ本人は意外に冷静だった。防御をしっかり行えば、負けても軽傷で済むと判断したのだ。
(上級魔術師の実力がどんなものか、ちょっと興味はあるよね)
ハンニバル師のプレッシャーなら味わったことがある。無論、本気ではなかったろうが、おのずと伝わる迫力があった。底力と言ってもよい。
「自分は竜を飼っている」
ハンニバル師はそう言った。詳しい話こそしなかったが、それはアバターのことに違いない。
同じ上級魔術師であるサレルモ師もアバターを使いこなすと考えるべきだろう。
(魔視脳がかなりの部分まで開放されているということになる)
魔力制御、イドの制御では優位に立てないと考えておいた方が良い。
ならば、どうやって戦えば良い?
普通に魔法を撃っても打ち消されるだろう。鉄丸や蛇尾に魔法を乗せる技も奇襲にはならない。
(うーん。そうなると、やっぱり武術で勝負かなあ……)
サレルモ師が武術を使えるかどうか、ステファノは知らなかった。ヨシズミのように武術でも一流という現実があるかもしれない。
結局、やってみなければわからない。
(マルチェルさんやヨシズミ師匠と稽古するつもりでぶつかってみよう)
勝とうと思うから緊張するのだ。負けて当たり前、教えを請うつもりで挑もう。ステファノはそう思い決めて、迷いを離れた。
求めるは「心身一如」。
演武のつもりで自分の技を見てもらおう。ステファノはギフトの成句を暗唱しながら、静かに呼吸を整えた。
「選手は開始線に――」
ガル老師の指示でサレルモ師とステファノは、それぞれの位置についた。
(思ってたより若いな)
「師」というから年寄りをイメージしていたが、サレルモ師は30代前半に見えるきびきびとした女性だった。
(ああ、マリアンヌ教授はこの人に影響されているのかな?)
2人の年齢は近そうだった。同世代に傑出した成功者がいれば、あこがれるか競争心を持つのは当然かもしれない。
サレルモ本人は落ち着いた振る舞いの人間だった。出世を願ったわけではなく、世の中の方が彼女の才能を放っておかなかったのだ。
(無手か……。両手にタコは見えない。目立った筋肉もなし。少なくとも剛力系の武術家じゃない)
両手の爪は短い。組み技を使う可能性はありそうだ。
立ち姿は自然体で、バランスが良い。これも武術家にありがちな特徴だったが、断定まではできなかった。
ステファノ以上にリラックスしているのだろう。サレルモ師の唇は、柔らかな笑みの形を作っていた。
「始めっ!」
ガル老師の号令を受けて、ステファノは瞬時に動き出した。
「攻めろ、雷丸!」
「ピイーッ!」
ステファノの頭から飛び出した雷丸は、空中から続けざまに遠当てを飛ばした。イドを帯びた空気の塊3つがサレルモ師目掛けて飛んでいく。
もちろん肉眼で視認することができない。
「ふ」
サレルモ師の口角がわずかに上がった。
右手を前に向けてかざし、雷丸が放った空気弾を手首の動きだけで受け流した。
(柔らかい)
薄絹のような手応えのなさ。受け止めるでも跳ね返すでもない、流水のような動きだった。
それだけで雷丸の空気弾が、サレルモ師を避けて通り過ぎていく。
(遠当ては効かない)
その事実を見極めながら、ステファノはサレルモ師の目前へと踏み込んでいた。
(内家速の功)
ステファノはイドの高周波化による身体速度向上をそう呼んでいた。
クリードのギフト「飯綱使い」に比べればはるかに遅い。クリードは肉体の限界を超える速度で動こうとしていた。
ステファノは神経の信号伝達速度と同時に、身体機能を高める修行を繰り返していた。わずか2歩で50メートルの距離を詰める。
「心身一如」
心の命ずるところを体はなす。そこに過不足がないことを理想とした。
(鹿威し)
ステファノは上段に置いた杖を静かに振り下ろした。力めば筋肉が杖の動きを邪魔する。
杖を加速させるのは重力だ。
そこにステファノは土属性の引力を上乗せし、人の力ではありえない速度を杖に与える。
(う! そらされる!)
サレルモ師は差し出した右手を動かしていない。ただイドだけを制御してステファノの杖を無害化する方向へと導いていく。
同時に右手に魔核が集まるのをステファノは知覚した。
「守れ、虹の王! 蛇の巣!」
バンッ!
サレルモ師の右手からスパークが飛んだ。雷光がステファノを撃とうと身をくねらせたが、すべて吸い込まれるように地面に落ちた。
「今度の攻撃は熱いぞ?」
サレルモ師の全身が白い光に覆われて消えた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第595話 逃げろっ! 雷っ!」
白光は炎ではなかった。高温で燃え上がる炎を因とした「熱」のイデア。
サレルモ師はそれを体の前面に発生させてステファノに放射した。
(太陰放射!)
ステファノは大量の陰気を浴びせて敵の術を無効化する防御を、反射的に繰り出した。
陰気はサレルモの術式を押し流し、破壊した。
……
◆お楽しみに。
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