飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
586 / 670
第5章 ルネッサンス攻防編

第586話 う、お手柔らかに頼む。

しおりを挟む
「久しぶりですね。アラン、ネロ」

 研修生としてやってきた2人を、ネルソンは学長室に迎え入れた。傍らにはマルチェルがいつものように控えている。

「ネルソンさん、お世話になります」
「……」

 代表してあいさつしたのはアランだった。ネロはいつものように隣で口を閉じていた。

「第1期の入学生には騎士階級の者を4名含む予定です。お2人には彼らと我々をつなぐ役割を期待しています」
「シュルツ団長から話は聞かされました。我々は王立騎士団を代表する立場だということですね」

 騎士階級にイドの制御を学ばせる。それがネルソンの方針だった。
 魔力に覚醒しても魔法は生活魔法しか教授しない。「戦力」となるのはイドの鎧であった。

 ギフトを持たなくても、イドの鎧があれば周辺諸国との軍事バランスは一変する。敵の攻撃はほとんど通らなくなるはずだった。

「王国軍の中核たる有力貴族領所属騎士を4名集めています。彼らは1年後領地に戻り、それぞれの同僚にここでの成果を伝える役目を帯びています」
「俺たちは王立騎士団に成果を持ち帰る役割ですね?」
「そういうことになります。貴族と王家の武力バランスが崩れては困るのでね」

 貴族だけが力をつければ余計な内紛の元となる。各領からは1名ずつなのに、王立騎士団から2名の研修生を受け入れていることには王家を尊重する意味があった。

「そんな大役が俺たちでいいんだろうか?」
「もちろんです。イドというとわかりにくいですが、伝統武術で気功と呼ぶ物と考えればイメージしやすいでしょう」
「気を操れるのは武術の達人だけだと思っていたが」
「それは伝統武術に気功を練る方法論が定まっていなかったからです」

 今や自分もイドの制御を身につけたネルソンは、アランの疑問に自信を持って答えた。

「イドの錬成と制御については、ここにいるマルチェルが指導します」
「てっ――、マルチェルが……?」

「鉄壁」という二つ名を口にしようとして、アランは思わず口元を押さえた。今は戦いの場から身を引いたはずのマルチェルであった。

「よろしくお願いいたします。気功には外気功と内気功があります。気を練ると共に体の方も鍛えてもらいますので、ご承知おきを」
「う、お手柔らかに頼む」

 アランは口ごもった。王立騎士団のシュルツ団長から「マルチェルには気をつけろ」と忠告されていた。それでなくともギルモア騎士団の苛酷な修行振りについては、先輩たちからよく聞かされている。

「剣術はもう1人の講師であるヨシズミが指導に当たります。王国の流儀とはいささか異なりますが、基礎鍛錬が中心なので問題ないはずです」
「変わった名前だな。異国の血が入っているのか?」
「そうですね。東国の血を受け継いでいるようです」

 マルチェルはヨシズミの出自をぼやかして伝えた。異世界からの迷い人という正体を知る人間はほとんどいない。

「座学も行ってもらいます。講師は王立アカデミーの教授を務めたドイルです」

 マルチェルが引き下がると、ネルソンが説明を続けた。

「座学ですか? どんな内容の?」
「万能科学原論です。ああ、題目が大仰なのは目をつぶってください。どうしてもこの名前をつけるとドイルが譲らないもので」
「それは……いったいどんなことを学ぶのでしょう?」

 御大層な科目名にアランは目を丸くした。一介の騎士風情に何を教えようというのか、不安を覚える。

「なに、内容は至極まともです。世界のあり様、自然界を貫く法則について考察しようというものですよ」
「ええっ?」

 俺たちを高邁な哲学者だとでも勘違いしていないかと、アランはここにいないドイルに問いただしたかった。

「アカデミーに比べれば講座数が少ないので楽なものでしょう。必修単位数というものもありません。1年後には全員卒業してもらいます」
「それは……講義を受けなかったり、手を抜いた者でも同じですか?」
「もし、そんな生徒がいたとすれば何も学ばずに卒業することになります。それではここに来た甲斐がないので、そんな輩はいないでしょう」

 ウニベルシタスは「実学の府」であった。資格や権威を与える機関ではない。
 学びたくない者はいつでも去るべし。ネルソンはにこやかにそう告げた。

「そう言われては、落ちこぼれるわけにいきませんね」

 アランはそう答えるしかなかった。
 特に自分のように騎士団を代表してきている生徒はそうだ。よその騎士団に負けるわけにはいかない。自分だけが脱落したとあっては、団の恥をさらすことになる。

 隣に座ったネロも同じ思いだろう。口にこそ出さないが、負けん気が目の色に表れていた。

「あなたたちの方から聞きたいことはありますか?」
「ここには馬で来ましたが、騎馬の訓練をする場所はありますか?」
「厩の設備はもう見たと思います。校内には馬場を備えていますので、軽く馬を走らせることもできます。遠乗りをするなら校外に出ることも自由です」

 休ませすぎると人を乗せたがらなくなる馬もいる。定期的に馬を走らせることができるのはありがたかった。

「他に質問がなければ寮に案内させます。ステファノを呼ぶので、生活上の細かいことは遠慮なくステファノに聞いてください」

 目配せを受けたマルチェルが部屋の外に声をかけ、ステファノを招き入れた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第587話 さすがにそれはないだろう。」

「アランさん、ネロさん、お久しぶりです」
「ステファノ、元気か?」
「……」

 2人がステファノに会うのは丸1年ぶりだった。随分と大人びたようにも見え、少年らしさが残っているようにも見える。

「アカデミーを卒業したそうだな」
「はい。おかげさまで、貴重な経験をさせてもらいました」

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
感想 4

あなたにおすすめの小説

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...