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第5章 ルネッサンス攻防編
第586話 う、お手柔らかに頼む。
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「久しぶりですね。アラン、ネロ」
研修生としてやってきた2人を、ネルソンは学長室に迎え入れた。傍らにはマルチェルがいつものように控えている。
「ネルソンさん、お世話になります」
「……」
代表してあいさつしたのはアランだった。ネロはいつものように隣で口を閉じていた。
「第1期の入学生には騎士階級の者を4名含む予定です。お2人には彼らと我々をつなぐ役割を期待しています」
「シュルツ団長から話は聞かされました。我々は王立騎士団を代表する立場だということですね」
騎士階級にイドの制御を学ばせる。それがネルソンの方針だった。
魔力に覚醒しても魔法は生活魔法しか教授しない。「戦力」となるのはイドの鎧であった。
ギフトを持たなくても、イドの鎧があれば周辺諸国との軍事バランスは一変する。敵の攻撃はほとんど通らなくなるはずだった。
「王国軍の中核たる有力貴族領所属騎士を4名集めています。彼らは1年後領地に戻り、それぞれの同僚にここでの成果を伝える役目を帯びています」
「俺たちは王立騎士団に成果を持ち帰る役割ですね?」
「そういうことになります。貴族と王家の武力バランスが崩れては困るのでね」
貴族だけが力をつければ余計な内紛の元となる。各領からは1名ずつなのに、王立騎士団から2名の研修生を受け入れていることには王家を尊重する意味があった。
「そんな大役が俺たちでいいんだろうか?」
「もちろんです。イドというとわかりにくいですが、伝統武術で気功と呼ぶ物と考えればイメージしやすいでしょう」
「気を操れるのは武術の達人だけだと思っていたが」
「それは伝統武術に気功を練る方法論が定まっていなかったからです」
今や自分もイドの制御を身につけたネルソンは、アランの疑問に自信を持って答えた。
「イドの錬成と制御については、ここにいるマルチェルが指導します」
「てっ――、マルチェルが……?」
「鉄壁」という二つ名を口にしようとして、アランは思わず口元を押さえた。今は戦いの場から身を引いたはずのマルチェルであった。
「よろしくお願いいたします。気功には外気功と内気功があります。気を練ると共に体の方も鍛えてもらいますので、ご承知おきを」
「う、お手柔らかに頼む」
アランは口ごもった。王立騎士団のシュルツ団長から「マルチェルには気をつけろ」と忠告されていた。それでなくともギルモア騎士団の苛酷な修行振りについては、先輩たちからよく聞かされている。
「剣術はもう1人の講師であるヨシズミが指導に当たります。王国の流儀とはいささか異なりますが、基礎鍛錬が中心なので問題ないはずです」
「変わった名前だな。異国の血が入っているのか?」
「そうですね。東国の血を受け継いでいるようです」
マルチェルはヨシズミの出自をぼやかして伝えた。異世界からの迷い人という正体を知る人間はほとんどいない。
「座学も行ってもらいます。講師は王立アカデミーの教授を務めたドイルです」
マルチェルが引き下がると、ネルソンが説明を続けた。
「座学ですか? どんな内容の?」
「万能科学原論です。ああ、題目が大仰なのは目をつぶってください。どうしてもこの名前をつけるとドイルが譲らないもので」
「それは……いったいどんなことを学ぶのでしょう?」
御大層な科目名にアランは目を丸くした。一介の騎士風情に何を教えようというのか、不安を覚える。
「なに、内容は至極まともです。世界のあり様、自然界を貫く法則について考察しようというものですよ」
「ええっ?」
俺たちを高邁な哲学者だとでも勘違いしていないかと、アランはここにいないドイルに問いただしたかった。
「アカデミーに比べれば講座数が少ないので楽なものでしょう。必修単位数というものもありません。1年後には全員卒業してもらいます」
「それは……講義を受けなかったり、手を抜いた者でも同じですか?」
「もし、そんな生徒がいたとすれば何も学ばずに卒業することになります。それではここに来た甲斐がないので、そんな輩はいないでしょう」
ウニベルシタスは「実学の府」であった。資格や権威を与える機関ではない。
学びたくない者はいつでも去るべし。ネルソンはにこやかにそう告げた。
「そう言われては、落ちこぼれるわけにいきませんね」
アランはそう答えるしかなかった。
特に自分のように騎士団を代表してきている生徒はそうだ。よその騎士団に負けるわけにはいかない。自分だけが脱落したとあっては、団の恥をさらすことになる。
隣に座ったネロも同じ思いだろう。口にこそ出さないが、負けん気が目の色に表れていた。
「あなたたちの方から聞きたいことはありますか?」
「ここには馬で来ましたが、騎馬の訓練をする場所はありますか?」
「厩の設備はもう見たと思います。校内には馬場を備えていますので、軽く馬を走らせることもできます。遠乗りをするなら校外に出ることも自由です」
休ませすぎると人を乗せたがらなくなる馬もいる。定期的に馬を走らせることができるのはありがたかった。
「他に質問がなければ寮に案内させます。ステファノを呼ぶので、生活上の細かいことは遠慮なくステファノに聞いてください」
目配せを受けたマルチェルが部屋の外に声をかけ、ステファノを招き入れた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第587話 さすがにそれはないだろう。」
「アランさん、ネロさん、お久しぶりです」
「ステファノ、元気か?」
「……」
2人がステファノに会うのは丸1年ぶりだった。随分と大人びたようにも見え、少年らしさが残っているようにも見える。
「アカデミーを卒業したそうだな」
「はい。おかげさまで、貴重な経験をさせてもらいました」
……
◆お楽しみに。
研修生としてやってきた2人を、ネルソンは学長室に迎え入れた。傍らにはマルチェルがいつものように控えている。
「ネルソンさん、お世話になります」
「……」
代表してあいさつしたのはアランだった。ネロはいつものように隣で口を閉じていた。
「第1期の入学生には騎士階級の者を4名含む予定です。お2人には彼らと我々をつなぐ役割を期待しています」
「シュルツ団長から話は聞かされました。我々は王立騎士団を代表する立場だということですね」
騎士階級にイドの制御を学ばせる。それがネルソンの方針だった。
魔力に覚醒しても魔法は生活魔法しか教授しない。「戦力」となるのはイドの鎧であった。
ギフトを持たなくても、イドの鎧があれば周辺諸国との軍事バランスは一変する。敵の攻撃はほとんど通らなくなるはずだった。
「王国軍の中核たる有力貴族領所属騎士を4名集めています。彼らは1年後領地に戻り、それぞれの同僚にここでの成果を伝える役目を帯びています」
「俺たちは王立騎士団に成果を持ち帰る役割ですね?」
「そういうことになります。貴族と王家の武力バランスが崩れては困るのでね」
貴族だけが力をつければ余計な内紛の元となる。各領からは1名ずつなのに、王立騎士団から2名の研修生を受け入れていることには王家を尊重する意味があった。
「そんな大役が俺たちでいいんだろうか?」
「もちろんです。イドというとわかりにくいですが、伝統武術で気功と呼ぶ物と考えればイメージしやすいでしょう」
「気を操れるのは武術の達人だけだと思っていたが」
「それは伝統武術に気功を練る方法論が定まっていなかったからです」
今や自分もイドの制御を身につけたネルソンは、アランの疑問に自信を持って答えた。
「イドの錬成と制御については、ここにいるマルチェルが指導します」
「てっ――、マルチェルが……?」
「鉄壁」という二つ名を口にしようとして、アランは思わず口元を押さえた。今は戦いの場から身を引いたはずのマルチェルであった。
「よろしくお願いいたします。気功には外気功と内気功があります。気を練ると共に体の方も鍛えてもらいますので、ご承知おきを」
「う、お手柔らかに頼む」
アランは口ごもった。王立騎士団のシュルツ団長から「マルチェルには気をつけろ」と忠告されていた。それでなくともギルモア騎士団の苛酷な修行振りについては、先輩たちからよく聞かされている。
「剣術はもう1人の講師であるヨシズミが指導に当たります。王国の流儀とはいささか異なりますが、基礎鍛錬が中心なので問題ないはずです」
「変わった名前だな。異国の血が入っているのか?」
「そうですね。東国の血を受け継いでいるようです」
マルチェルはヨシズミの出自をぼやかして伝えた。異世界からの迷い人という正体を知る人間はほとんどいない。
「座学も行ってもらいます。講師は王立アカデミーの教授を務めたドイルです」
マルチェルが引き下がると、ネルソンが説明を続けた。
「座学ですか? どんな内容の?」
「万能科学原論です。ああ、題目が大仰なのは目をつぶってください。どうしてもこの名前をつけるとドイルが譲らないもので」
「それは……いったいどんなことを学ぶのでしょう?」
御大層な科目名にアランは目を丸くした。一介の騎士風情に何を教えようというのか、不安を覚える。
「なに、内容は至極まともです。世界のあり様、自然界を貫く法則について考察しようというものですよ」
「ええっ?」
俺たちを高邁な哲学者だとでも勘違いしていないかと、アランはここにいないドイルに問いただしたかった。
「アカデミーに比べれば講座数が少ないので楽なものでしょう。必修単位数というものもありません。1年後には全員卒業してもらいます」
「それは……講義を受けなかったり、手を抜いた者でも同じですか?」
「もし、そんな生徒がいたとすれば何も学ばずに卒業することになります。それではここに来た甲斐がないので、そんな輩はいないでしょう」
ウニベルシタスは「実学の府」であった。資格や権威を与える機関ではない。
学びたくない者はいつでも去るべし。ネルソンはにこやかにそう告げた。
「そう言われては、落ちこぼれるわけにいきませんね」
アランはそう答えるしかなかった。
特に自分のように騎士団を代表してきている生徒はそうだ。よその騎士団に負けるわけにはいかない。自分だけが脱落したとあっては、団の恥をさらすことになる。
隣に座ったネロも同じ思いだろう。口にこそ出さないが、負けん気が目の色に表れていた。
「あなたたちの方から聞きたいことはありますか?」
「ここには馬で来ましたが、騎馬の訓練をする場所はありますか?」
「厩の設備はもう見たと思います。校内には馬場を備えていますので、軽く馬を走らせることもできます。遠乗りをするなら校外に出ることも自由です」
休ませすぎると人を乗せたがらなくなる馬もいる。定期的に馬を走らせることができるのはありがたかった。
「他に質問がなければ寮に案内させます。ステファノを呼ぶので、生活上の細かいことは遠慮なくステファノに聞いてください」
目配せを受けたマルチェルが部屋の外に声をかけ、ステファノを招き入れた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第587話 さすがにそれはないだろう。」
「アランさん、ネロさん、お久しぶりです」
「ステファノ、元気か?」
「……」
2人がステファノに会うのは丸1年ぶりだった。随分と大人びたようにも見え、少年らしさが残っているようにも見える。
「アカデミーを卒業したそうだな」
「はい。おかげさまで、貴重な経験をさせてもらいました」
……
◆お楽しみに。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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