上 下
579 / 629
第5章 ルネッサンス攻防編

第579話 あいつも身内を殺された人間だろうか……?

しおりを挟む
「この、討伐の様子を詳しく教えてくれ」
「さあな。そこに書いてある以上のことはわからん」
「ならば、せめてどの町で討伐されたかはわからないか?」
「……面倒くさい奴だな」

 ぶつぶつ言いながらもクリードの表情が切羽詰まったものであると知り、衛兵は手配書を持って同僚たちの所へ行った。
 二言、三言小声で会話した後、クリードの所に戻ってきた。

「待たせたな。わかったぜ。兄弟が討たれたのはポンテの町だ」
「ポンテ……。どの辺にある町だ?」
「ここから北に100キロくらいの所じゃないか。待ってろ。地図を持ってきてやる」

 クリードの顔を見て余程の事情があるのだろうと衛兵は推測した。始めこそ迷惑だと思ったが、今は手助けしてやる気持ちになっていた。

「えーと、ポンテは……これだ。地図は読めるか?」
「大丈夫だ。この辺りなら行ったことがある」

 クリードは衛兵に礼を述べると、詰所から去った。
 後姿を見送った衛兵は何とも言えぬ思いで口元を歪めた。

「あいつも身内を殺された人間だろうか……?」

 殺人者は被害者ばかりではなく、身内の心まで殺す。とうに死んでいるはずの心は、じくじくといつまでも血を流し続けるのだ。
 衛兵は深いため息をついた。

 ◆◆◆

(この木にしよう)

 サントスは街道をそれた草むらに魔動車マジモービルを止めた。10メートルほど歩いて立木の前に立つ。

軽身かるみの術」

 声に出して宣言すると、足の裏がすうっと軽くなる。手を伸ばして枝を掴み、そのままするすると登っていった。
 サントスは地上4メートルの梢に身を置いて、物入れから鉄釘を取り出した。

 ステファノから預かった中継器ルーターの1つである。

 木の幹に先端を押しつけ、手袋をした親指で鉄釘の頭を押さえる。

「鬼ひしぎ!」

 力を籠める必要はないのだが、つい宣言の声が大きくなる。キュッと音を立てて、鉄釘は立木の幹に潜り込んだ。

(これでよし、と)

 サントスは木の幹を蹴り、ふわりと地面に降り立った。

「軽身の術」

 荷物を背負わされたように本来の重みが帰ってくる。
 非魔術師ノーマルの自分がこうも簡単に魔法を使えるとはと、今更ながらサントスは呆れる思いだった。

「こんな物、人に見せたら下手すりゃ殺し合いになるぜ」

 オークションに出したらいくらの値がつくかわからない。国宝級の魔道具に匹敵するだろう。
 思わず首にかけた護身具タリスマンを手で押さえた。

(こっちも大概だがな)

 剣も矢も効かず、上級魔術でさえ跳ね返す。ステファノは平気な顔でそう言った。

(こいつがあれば、誰でも魔術競技会で優勝できるんじゃねえか?)

 首を振り振り魔動車マジモービルの所に戻ってくると、見知らぬ男が立っていた。

(いけねえ。人が来るとは気がつかなかった)

 いつもは通行人が去るのを見届けてから草むらに入るのだが、うっかり注意を怠ってしまったようだ。

「こんにちは」

 相手の出方をうかがおうと、サントスは前髪の下の目を鋭くした。

「お前の物か?」

 挨拶どころかサントスの顔を見ようともせず、背の高い男が言った。
 長い黒髪に彫りの深い顔。背中に背負った両手剣が不気味だった。

 若い男の目線はサントスの魔動車マジモービルに向けられている。

「はい。それが何か?」

 見知らぬ他人との会話はつらい。サントスは男との間に魔動車マジモービルを挟み、距離を置いていた。

「ギルモア家所縁の人間か?」

 相変わらず視線を動かさぬまま、男は質問を重ねた。
 何でもない言葉だったが、サントスは居心地の悪さに身じろぎした。じわりと背中に汗をかく。

「いや、特に――」

 関係はないと言いかけて、サントスは男の目線の先にあるものに気づいた。

(メシヤ流の紋章!)

 魔動車マジモービルの操縦ユニットには「蛇と獅子」の紋章が刻まれている。剣士の目は真っ直ぐその紋章に向けられていた。紋章の獅子はギルモア侯爵家のものをそのまま写してある。

「それは……メシヤ流という集団のものです」
「メシヤ流? 聞かぬ名だ」

 独り言のようにつぶやき、剣士はようやくその目をサントスに向けた。

「お前はその1人か?」
「俺は……違う、と思う。取引はあるが……」

 サントスの立ち位置は微妙だ。ウニベルシタスの関係者と言えるが、さりとてメシヤ流の一員ということでもない。答えは歯切れの悪いものになった。

「違うのか? ヤンコビッチ兄弟という名を知っているか?」
「それは……。あなたは誰ですか?」

 兄弟の手配書を大量に印刷したのはサントスである。その後マルチェルとステファノが2人を討伐したことも知っていた。
 情報伝達の遅いこの世界で、この剣士はなぜそれを自分に聞いて来るのか? いったい何を知っているのだろうか。サントスは急に不安になった。

「俺? 俺は何者かだと? 俺は――」

 剣士の声は次第に小さくなり、最後には顔を伏せて聞こえなくなった。

(この人は……心を病んでいるんじゃないか?)

「大丈夫ですか? 休んだ方がいいんじゃないですか?」

 サントスは魔動車マジモービルに歩み寄り、荷物の中から水筒を手に取った。
 すると、男が急に顔を上げ、充血した目をサントスに向けた。

「教えてくれ。ヤンコビッチ兄弟はどうやって死んだ?」

 そう言いながら、男の右手は背中の剣を掴んでいた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第580話 アレは『飯屋のせがれ』でしょう。」

「えっ? 何する?」

 斬りつけられる恐怖を覚えて、サントスはのけ反りながら後ずさった。

「はっ! す、すまん。危害を加えるつもりはない。話を、話を聞かせてくれ!」

 剣士は剣の柄から手を離し、太ももに擦りつけた。よく見ると、小刻みに手が震えている。

「俺はサントスという商人です。あなたは?」

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……

karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

処理中です...