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第5章 ルネッサンス攻防編
第560話 こんにちは。ごきげんよう――。
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翌日、ステファノは休みをもらった。旅の疲れをいやすためではない。呪タウンに「飛ぶ」ためだった。
ドリー受け入れのストーリーができ上がったので、それを早速本人に告げようというのだ。
アカデミーを出る際、ドリーには魔耳話器を渡していなかった。手紙を送っても良いのだが、それでは日にちがかかる。自分で行った方が早いと、ステファノは判断したのだ。
直接会えば、ドリーに魔耳話器を渡せる。今後の連絡が楽になるはずだ。
朝日が昇るよりも早く、ステファノはウニベルシタスの中庭に出た。夏の季節とはいえ、日の出前の空気はひんやりと引き締まっている。
清新な空気を鼻から吸い込み、ステファノは陽炎の術を使った。未明の薄明かりに浮かんでいたステファノの姿がぼやけ、朝もやに溶け込む。
(――天狗高跳び)
飄と風を切って見えない塊が、天空に飛び出した。
◆◆◆
馬車で丸2日かかる行程をステファノは半日で飛んだ。街中に降りるのははばかられたので、手前の木立に降りてわざわざ歩いて呪タウンに入る。
手に馴染んだヘルメスの杖を置いて来たので、今日のステファノはどこにでもいる平民姿だ。
普通の身なりをしたステファノは、人ごみに溶け込んでまったく目立たない。
ついでとばかり目についた雑貨店で買い物をしつつ、ステファノは王立アカデミーへと向かって歩いた。
(さて、どうしようかな)
アカデミーは関係者以外立ち入り禁止だ。春に卒業したステファノは既に関係者とは言えなかった。
(卒業生ですと言っても、簡単には入れてくれないだろうなあ)
用事があると言ってドリーを呼び出してもらうのは、どうにも大仰な気がした。ちょっと物を渡すだけで、5分で済む用事なのだ。
考え事をしながら歩くステファノは頼りなく見えたのだろう。とある街角でステファノはチンピラに絡まれた。
「よう、兄ちゃん。呪タウンは初めてかい?」
シャツのボタンを4つも外したチンピラは、厚くもない胸板を見せつけるようにしゃしゃり出てきた。
「こんにちは。ごきげんよう――」
にっこり笑ったステファノは、男に触れず、滑るように身をかわして通り過ぎた。
「あ? ちょ、待て! 待てってんだ、この野郎!」
肩透かしを食ったチンピラは、ステファノの背後から右腕を捕まえようとした。
その伸ばした腕が空を切る。
振り向きもせず、ステファノがすうっと右腕を動かしたのだ。
「ちっ! ふざけんな、この餓鬼っ!」
頭に血が上った男は、ステファノを追いかけて後ろから尻を蹴飛ばした。
「何か用ですか?」
くるっと振り返る動作が、男の前蹴りを外す動きになっている。たたらを踏むチンピラをスタファノは半身になってかわした。
「くっ……!」
「おっと。気をつけないと、転んでけがをしますよ?」
踏みとどまったチンピラは、顔を赤くしてステファノをにらんだ。
「てめえ、わざとやりやがったな?」
「用事がないなら、先を急ぐので」
すごもうとするチンピラを意に介せず、ステファノは踵を返した。
「この野郎っ!」
まったく相手にされていないことに腹を立て、チンピラはステファノを押し倒そうと背中につかみかかった。
本人はそうしたつもりだった。
その瞬間ステファノはぴたりと足を止め、ほんの数センチ右足と右ひじを後ろに引いた。こころもち膝を落としたその動きは、飛び込んでくるチンピラのみぞおちに肘打ちを打ち込む結果となった。
「うげぇっ!」
横隔膜をけいれんさせられた男は、悲鳴と共に肺の空気をすべて吐き出して、路上にうずくまった。
「ほらほら。大丈夫ですか?」
ニコニコしながらステファノはチンピラの肩に手袋をした手を載せた。土魔法を付与してある手袋だ。
「げえっ?」
ヒキガエルのような声を上げて、男が体を二つに折った。突如のしかかった引力に押しつぶされたのだ。
「気をつけてくださいね。――これ以上絡んでくると、手足の骨を折りますよ?」
笑い顔のままステファノは男の耳元に囁いた。
嘘ではないと念押しするように、ステファノの親指が男の鎖骨の下に突きこまれる。
「は、あぁ……」
悲鳴すら上げられない激痛に、男は顔を歪めて尻もちをついた。
「それじゃ、お大事に――」
男の肩から手を離し、最後まで笑顔のままステファノはその場を後にした。
(やっぱり杖を持ち歩いた方が良いのかなあ。道着を着ていた頃は絡まれたことなんかなかったのに)
小さく首を振り、ステファノは再び考え事に没入した。
◆◆◆
「それじゃあ頼んだよ、雷丸!」
「ピ!」
ステファノが小声で言えば、雷丸も抑えた鳴き声を返してきた。
建物の壁を伝って屋根に駆けあがる雷丸には、ポケットつきのベストが着せられていた。
(ドリーさんなら手紙に気づいてくれるだろう)
ベストのポケットには短い手紙と、ある小物が入っている。雷丸をよく知るドリーなら、ポケットの中身を改めてくれるはずだった。
(アカデミーは関係者以外立ち入り禁止だけど、動物の出入りを禁じるルールはないからね)
雷丸が立ち入ることに問題はないはずだ。そう思って、ステファノはくすりと笑った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第561話 あー、お前、何も変わっていないな。」
「む? 何の気配だ? ねずみでも入ったか?」
試射場のデスクに向かっていたドリーが、書類から顔を上げた。
かすかに空気が動き、「蛇の目」に小さなイドの反応があった。
「ピ」
ドアの隙間から走り出てきたのはステファノの従魔雷丸だった。
「お前か? ステファノはどうした?」
……
◆お楽しみに。
ドリー受け入れのストーリーができ上がったので、それを早速本人に告げようというのだ。
アカデミーを出る際、ドリーには魔耳話器を渡していなかった。手紙を送っても良いのだが、それでは日にちがかかる。自分で行った方が早いと、ステファノは判断したのだ。
直接会えば、ドリーに魔耳話器を渡せる。今後の連絡が楽になるはずだ。
朝日が昇るよりも早く、ステファノはウニベルシタスの中庭に出た。夏の季節とはいえ、日の出前の空気はひんやりと引き締まっている。
清新な空気を鼻から吸い込み、ステファノは陽炎の術を使った。未明の薄明かりに浮かんでいたステファノの姿がぼやけ、朝もやに溶け込む。
(――天狗高跳び)
飄と風を切って見えない塊が、天空に飛び出した。
◆◆◆
馬車で丸2日かかる行程をステファノは半日で飛んだ。街中に降りるのははばかられたので、手前の木立に降りてわざわざ歩いて呪タウンに入る。
手に馴染んだヘルメスの杖を置いて来たので、今日のステファノはどこにでもいる平民姿だ。
普通の身なりをしたステファノは、人ごみに溶け込んでまったく目立たない。
ついでとばかり目についた雑貨店で買い物をしつつ、ステファノは王立アカデミーへと向かって歩いた。
(さて、どうしようかな)
アカデミーは関係者以外立ち入り禁止だ。春に卒業したステファノは既に関係者とは言えなかった。
(卒業生ですと言っても、簡単には入れてくれないだろうなあ)
用事があると言ってドリーを呼び出してもらうのは、どうにも大仰な気がした。ちょっと物を渡すだけで、5分で済む用事なのだ。
考え事をしながら歩くステファノは頼りなく見えたのだろう。とある街角でステファノはチンピラに絡まれた。
「よう、兄ちゃん。呪タウンは初めてかい?」
シャツのボタンを4つも外したチンピラは、厚くもない胸板を見せつけるようにしゃしゃり出てきた。
「こんにちは。ごきげんよう――」
にっこり笑ったステファノは、男に触れず、滑るように身をかわして通り過ぎた。
「あ? ちょ、待て! 待てってんだ、この野郎!」
肩透かしを食ったチンピラは、ステファノの背後から右腕を捕まえようとした。
その伸ばした腕が空を切る。
振り向きもせず、ステファノがすうっと右腕を動かしたのだ。
「ちっ! ふざけんな、この餓鬼っ!」
頭に血が上った男は、ステファノを追いかけて後ろから尻を蹴飛ばした。
「何か用ですか?」
くるっと振り返る動作が、男の前蹴りを外す動きになっている。たたらを踏むチンピラをスタファノは半身になってかわした。
「くっ……!」
「おっと。気をつけないと、転んでけがをしますよ?」
踏みとどまったチンピラは、顔を赤くしてステファノをにらんだ。
「てめえ、わざとやりやがったな?」
「用事がないなら、先を急ぐので」
すごもうとするチンピラを意に介せず、ステファノは踵を返した。
「この野郎っ!」
まったく相手にされていないことに腹を立て、チンピラはステファノを押し倒そうと背中につかみかかった。
本人はそうしたつもりだった。
その瞬間ステファノはぴたりと足を止め、ほんの数センチ右足と右ひじを後ろに引いた。こころもち膝を落としたその動きは、飛び込んでくるチンピラのみぞおちに肘打ちを打ち込む結果となった。
「うげぇっ!」
横隔膜をけいれんさせられた男は、悲鳴と共に肺の空気をすべて吐き出して、路上にうずくまった。
「ほらほら。大丈夫ですか?」
ニコニコしながらステファノはチンピラの肩に手袋をした手を載せた。土魔法を付与してある手袋だ。
「げえっ?」
ヒキガエルのような声を上げて、男が体を二つに折った。突如のしかかった引力に押しつぶされたのだ。
「気をつけてくださいね。――これ以上絡んでくると、手足の骨を折りますよ?」
笑い顔のままステファノは男の耳元に囁いた。
嘘ではないと念押しするように、ステファノの親指が男の鎖骨の下に突きこまれる。
「は、あぁ……」
悲鳴すら上げられない激痛に、男は顔を歪めて尻もちをついた。
「それじゃ、お大事に――」
男の肩から手を離し、最後まで笑顔のままステファノはその場を後にした。
(やっぱり杖を持ち歩いた方が良いのかなあ。道着を着ていた頃は絡まれたことなんかなかったのに)
小さく首を振り、ステファノは再び考え事に没入した。
◆◆◆
「それじゃあ頼んだよ、雷丸!」
「ピ!」
ステファノが小声で言えば、雷丸も抑えた鳴き声を返してきた。
建物の壁を伝って屋根に駆けあがる雷丸には、ポケットつきのベストが着せられていた。
(ドリーさんなら手紙に気づいてくれるだろう)
ベストのポケットには短い手紙と、ある小物が入っている。雷丸をよく知るドリーなら、ポケットの中身を改めてくれるはずだった。
(アカデミーは関係者以外立ち入り禁止だけど、動物の出入りを禁じるルールはないからね)
雷丸が立ち入ることに問題はないはずだ。そう思って、ステファノはくすりと笑った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第561話 あー、お前、何も変わっていないな。」
「む? 何の気配だ? ねずみでも入ったか?」
試射場のデスクに向かっていたドリーが、書類から顔を上げた。
かすかに空気が動き、「蛇の目」に小さなイドの反応があった。
「ピ」
ドアの隙間から走り出てきたのはステファノの従魔雷丸だった。
「お前か? ステファノはどうした?」
……
◆お楽しみに。
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