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第5章 ルネッサンス攻防編
第559話 技とはすべてそうあるべきものです。
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日々怠らぬ修練は体幹を始め、全身の筋肉を鍛え上げていた。スピード、パワーの両方が以前とは別物になっている。
既にステファノは純粋な体術だけでも中級クラスに達していた。
「よく鍛えましたね。おそらく独り修行で到達できる限界まで来ているでしょう」
「これからは相手がいないと上達しないということですか?」
「武術は他人を相手に戦う技術です。自分の動きをコントロールできるようになったら、敵の動きをコントロールすることが課題となります」
「初めて俺に技を見せてくれた時のようなことですね」
あの時、マルチェルは指1本でステファノを宙に飛ばした。それは「パンチを出す」という行為にステファノの意識を向けさせた、言葉による誘導が基になっていた。
「あの時は『呪』の実例を見せました。敵のコントロールはそれ以外にもやり方があります」
体の動きや目線によるフェイントも敵を誘い、だますための手段である。受けの手1つでも、攻撃の方向をそらせたり、リズムを狂わせたりする駆け引きがある。
「敵を乱し、己を整える。技とはすべてそうあるべきものです」
「それを学ぶには相手が必要なんですね」
「1人でできることには限界があります。わたしがいる時は、わたしが相手を務めましょう」
ウニベルシタスへの「帰還」は、ステファノにとってまたとないタイミングだった。独り稽古の限界に突き当たる前に、マルチェルという指導者と再会できた。
「ありがとうございます、師匠」
ステファノは深々と頭を下げた。
「次はヨシズミに杖術を見せてみなさい」
マルチェルに促されて、ステファノは長杖を手に取りヨシズミと向き合った。
「いい体つきになったナ」
目を細めてヨシズミが言う。
どちらが誘うでもなく、2人は杖を構えた。これもヨシズミを受け手とした型稽古である。
ステファノの撃ち込みをヨシズミがさばき、ステファノが下がればヨシズミが追い撃つ。杖は風を切り、うなりを上げる。だが、不思議と撃ち合う音は小さかった。
やがて、ステファノの撃ち込みを受けると見えたヨシズミの杖が、風にあおられるように引き戻された。当然、ステファノの杖は相手をなくして空を切る――。
そのはずだった。
しかし、撃ち込まれた杖はぴたりと宙に静止し、一瞬も置かずにステファノの手元に戻った。
見合った2人は構えを解き、互いに礼を交わした。
「上達したナ。杖が流れなくなった」
「立ち木を相手に打ち込みの精度を上げる修行をしました」
「当てない撃ちを身につけたナ。最後の一撃は『燕返し』ッて呼ばわる奴だッペ」
敵に透かされて杖が流れれば、体勢の乱れに乗じて逆襲される。そうされないために杖を引き戻す技が「燕返し」だった。長剣を使う者もこの技を極めなければ一流になることはできない。
ステファノは杖においても一流者となる条件を満たしたのだった。
「杖の相手はオレが務めッペ。騎士たちが入学サしてきたら、剣を相手にする稽古もしたらいかッペ」
「ありがとうございます、師匠」
ヨシズミに対してもステファノは深く頭を下げた。
顔を上げたステファノの両眼から涙が筋を為して流れていた。
「ナニを泣くことがあッペ?」
「師匠2人と手合わせをして、師匠たちのいる高みが前よりもよくわかりました。自分がどれだけ至らないかも」
「泣くほど悔しいッテカ?」
ヨシズミの問いに、ステファノは首を振った。
「いいえ。嬉しくて、思わず涙が流れました」
ステファノは涙を流しながら微笑んだ。心は幸せで満たされていた。
「ははは。アカデミーを卒業しても甘い性格は変わらないようですね」
「そうだナ。こどもみてェなもンだノ。はははは」
その後も礫術や獣魔術を披露して、ステファノは両師匠からの評価をもらった。礫術はぎりぎり中級の下、獣魔術は並ぶ者なしという評価だった。
「その紐は面白かッペ。遠距離攻撃の幅が広がるナ」
「遠当ては真っ直ぐにしか飛びませんが、礫なら山なりに飛ばせます。間に障害がある時に効果があるでしょう」
塀越しに攻撃したり、塹壕に隠れた敵を撃ったり。魔法でもできない攻撃を届かせることができた。
「城攻めで使われているの見たことがあります。使いどころによっては弓よりも威力がありました」
マルチェルは戦争時の記憶を呼び起こしていた。
礫を大きくすれば質量で矢を上回る。重力が破壊をもたらすのだった。鎧越しでも人体を破壊する威力は、恐るべき脅威であった。
「あの、そこにマルチェルさんは鎧なしでいたんですよね?」
拳大かそれ以上の礫が雨あられと降ってくる戦場で、徒手空拳のマルチェルはどうやって身を守ったのか。
「大きい礫はよく見えますからね。自分に当たる物だけをそらしてやればいいんですよ」
マルチェルは左右の手に気を集め、落ちてくる礫を撫でてやったのだと言う。
「同時に3つ以上襲ってくることは稀でしたから。10センチそらせば避けられます」
真上から突き刺さるように落ちてくる礫を手の動きでそらしたと言う。立っている場所があまりにも違い過ぎて、ステファノは笑いたくなった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第560話 こんにちは。ごきげんよう――。」
翌日、ステファノは休みをもらった。旅の疲れをいやすためではない。呪タウンに「飛ぶ」ためだった。
ドリー受け入れのストーリーができ上がったので、それを早速本人に告げようというのだ。
アカデミーを出る際、ドリーには魔耳話器を渡していなかった。手紙を送っても良いのだが、それでは日にちがかかる。自分で行った方が早いと、ステファノは判断したのだ。
直接会えば、ドリーに魔耳話器を渡せる。今後の連絡が楽になるはずだ。
……
◆お楽しみに。
既にステファノは純粋な体術だけでも中級クラスに達していた。
「よく鍛えましたね。おそらく独り修行で到達できる限界まで来ているでしょう」
「これからは相手がいないと上達しないということですか?」
「武術は他人を相手に戦う技術です。自分の動きをコントロールできるようになったら、敵の動きをコントロールすることが課題となります」
「初めて俺に技を見せてくれた時のようなことですね」
あの時、マルチェルは指1本でステファノを宙に飛ばした。それは「パンチを出す」という行為にステファノの意識を向けさせた、言葉による誘導が基になっていた。
「あの時は『呪』の実例を見せました。敵のコントロールはそれ以外にもやり方があります」
体の動きや目線によるフェイントも敵を誘い、だますための手段である。受けの手1つでも、攻撃の方向をそらせたり、リズムを狂わせたりする駆け引きがある。
「敵を乱し、己を整える。技とはすべてそうあるべきものです」
「それを学ぶには相手が必要なんですね」
「1人でできることには限界があります。わたしがいる時は、わたしが相手を務めましょう」
ウニベルシタスへの「帰還」は、ステファノにとってまたとないタイミングだった。独り稽古の限界に突き当たる前に、マルチェルという指導者と再会できた。
「ありがとうございます、師匠」
ステファノは深々と頭を下げた。
「次はヨシズミに杖術を見せてみなさい」
マルチェルに促されて、ステファノは長杖を手に取りヨシズミと向き合った。
「いい体つきになったナ」
目を細めてヨシズミが言う。
どちらが誘うでもなく、2人は杖を構えた。これもヨシズミを受け手とした型稽古である。
ステファノの撃ち込みをヨシズミがさばき、ステファノが下がればヨシズミが追い撃つ。杖は風を切り、うなりを上げる。だが、不思議と撃ち合う音は小さかった。
やがて、ステファノの撃ち込みを受けると見えたヨシズミの杖が、風にあおられるように引き戻された。当然、ステファノの杖は相手をなくして空を切る――。
そのはずだった。
しかし、撃ち込まれた杖はぴたりと宙に静止し、一瞬も置かずにステファノの手元に戻った。
見合った2人は構えを解き、互いに礼を交わした。
「上達したナ。杖が流れなくなった」
「立ち木を相手に打ち込みの精度を上げる修行をしました」
「当てない撃ちを身につけたナ。最後の一撃は『燕返し』ッて呼ばわる奴だッペ」
敵に透かされて杖が流れれば、体勢の乱れに乗じて逆襲される。そうされないために杖を引き戻す技が「燕返し」だった。長剣を使う者もこの技を極めなければ一流になることはできない。
ステファノは杖においても一流者となる条件を満たしたのだった。
「杖の相手はオレが務めッペ。騎士たちが入学サしてきたら、剣を相手にする稽古もしたらいかッペ」
「ありがとうございます、師匠」
ヨシズミに対してもステファノは深く頭を下げた。
顔を上げたステファノの両眼から涙が筋を為して流れていた。
「ナニを泣くことがあッペ?」
「師匠2人と手合わせをして、師匠たちのいる高みが前よりもよくわかりました。自分がどれだけ至らないかも」
「泣くほど悔しいッテカ?」
ヨシズミの問いに、ステファノは首を振った。
「いいえ。嬉しくて、思わず涙が流れました」
ステファノは涙を流しながら微笑んだ。心は幸せで満たされていた。
「ははは。アカデミーを卒業しても甘い性格は変わらないようですね」
「そうだナ。こどもみてェなもンだノ。はははは」
その後も礫術や獣魔術を披露して、ステファノは両師匠からの評価をもらった。礫術はぎりぎり中級の下、獣魔術は並ぶ者なしという評価だった。
「その紐は面白かッペ。遠距離攻撃の幅が広がるナ」
「遠当ては真っ直ぐにしか飛びませんが、礫なら山なりに飛ばせます。間に障害がある時に効果があるでしょう」
塀越しに攻撃したり、塹壕に隠れた敵を撃ったり。魔法でもできない攻撃を届かせることができた。
「城攻めで使われているの見たことがあります。使いどころによっては弓よりも威力がありました」
マルチェルは戦争時の記憶を呼び起こしていた。
礫を大きくすれば質量で矢を上回る。重力が破壊をもたらすのだった。鎧越しでも人体を破壊する威力は、恐るべき脅威であった。
「あの、そこにマルチェルさんは鎧なしでいたんですよね?」
拳大かそれ以上の礫が雨あられと降ってくる戦場で、徒手空拳のマルチェルはどうやって身を守ったのか。
「大きい礫はよく見えますからね。自分に当たる物だけをそらしてやればいいんですよ」
マルチェルは左右の手に気を集め、落ちてくる礫を撫でてやったのだと言う。
「同時に3つ以上襲ってくることは稀でしたから。10センチそらせば避けられます」
真上から突き刺さるように落ちてくる礫を手の動きでそらしたと言う。立っている場所があまりにも違い過ぎて、ステファノは笑いたくなった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第560話 こんにちは。ごきげんよう――。」
翌日、ステファノは休みをもらった。旅の疲れをいやすためではない。呪タウンに「飛ぶ」ためだった。
ドリー受け入れのストーリーができ上がったので、それを早速本人に告げようというのだ。
アカデミーを出る際、ドリーには魔耳話器を渡していなかった。手紙を送っても良いのだが、それでは日にちがかかる。自分で行った方が早いと、ステファノは判断したのだ。
直接会えば、ドリーに魔耳話器を渡せる。今後の連絡が楽になるはずだ。
……
◆お楽しみに。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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