559 / 629
第5章 ルネッサンス攻防編
第559話 技とはすべてそうあるべきものです。
しおりを挟む
日々怠らぬ修練は体幹を始め、全身の筋肉を鍛え上げていた。スピード、パワーの両方が以前とは別物になっている。
既にステファノは純粋な体術だけでも中級クラスに達していた。
「よく鍛えましたね。おそらく独り修行で到達できる限界まで来ているでしょう」
「これからは相手がいないと上達しないということですか?」
「武術は他人を相手に戦う技術です。自分の動きをコントロールできるようになったら、敵の動きをコントロールすることが課題となります」
「初めて俺に技を見せてくれた時のようなことですね」
あの時、マルチェルは指1本でステファノを宙に飛ばした。それは「パンチを出す」という行為にステファノの意識を向けさせた、言葉による誘導が基になっていた。
「あの時は『呪』の実例を見せました。敵のコントロールはそれ以外にもやり方があります」
体の動きや目線によるフェイントも敵を誘い、だますための手段である。受けの手1つでも、攻撃の方向をそらせたり、リズムを狂わせたりする駆け引きがある。
「敵を乱し、己を整える。技とはすべてそうあるべきものです」
「それを学ぶには相手が必要なんですね」
「1人でできることには限界があります。わたしがいる時は、わたしが相手を務めましょう」
ウニベルシタスへの「帰還」は、ステファノにとってまたとないタイミングだった。独り稽古の限界に突き当たる前に、マルチェルという指導者と再会できた。
「ありがとうございます、師匠」
ステファノは深々と頭を下げた。
「次はヨシズミに杖術を見せてみなさい」
マルチェルに促されて、ステファノは長杖を手に取りヨシズミと向き合った。
「いい体つきになったナ」
目を細めてヨシズミが言う。
どちらが誘うでもなく、2人は杖を構えた。これもヨシズミを受け手とした型稽古である。
ステファノの撃ち込みをヨシズミがさばき、ステファノが下がればヨシズミが追い撃つ。杖は風を切り、うなりを上げる。だが、不思議と撃ち合う音は小さかった。
やがて、ステファノの撃ち込みを受けると見えたヨシズミの杖が、風にあおられるように引き戻された。当然、ステファノの杖は相手をなくして空を切る――。
そのはずだった。
しかし、撃ち込まれた杖はぴたりと宙に静止し、一瞬も置かずにステファノの手元に戻った。
見合った2人は構えを解き、互いに礼を交わした。
「上達したナ。杖が流れなくなった」
「立ち木を相手に打ち込みの精度を上げる修行をしました」
「当てない撃ちを身につけたナ。最後の一撃は『燕返し』ッて呼ばわる奴だッペ」
敵に透かされて杖が流れれば、体勢の乱れに乗じて逆襲される。そうされないために杖を引き戻す技が「燕返し」だった。長剣を使う者もこの技を極めなければ一流になることはできない。
ステファノは杖においても一流者となる条件を満たしたのだった。
「杖の相手はオレが務めッペ。騎士たちが入学サしてきたら、剣を相手にする稽古もしたらいかッペ」
「ありがとうございます、師匠」
ヨシズミに対してもステファノは深く頭を下げた。
顔を上げたステファノの両眼から涙が筋を為して流れていた。
「ナニを泣くことがあッペ?」
「師匠2人と手合わせをして、師匠たちのいる高みが前よりもよくわかりました。自分がどれだけ至らないかも」
「泣くほど悔しいッテカ?」
ヨシズミの問いに、ステファノは首を振った。
「いいえ。嬉しくて、思わず涙が流れました」
ステファノは涙を流しながら微笑んだ。心は幸せで満たされていた。
「ははは。アカデミーを卒業しても甘い性格は変わらないようですね」
「そうだナ。こどもみてェなもンだノ。はははは」
その後も礫術や獣魔術を披露して、ステファノは両師匠からの評価をもらった。礫術はぎりぎり中級の下、獣魔術は並ぶ者なしという評価だった。
「その紐は面白かッペ。遠距離攻撃の幅が広がるナ」
「遠当ては真っ直ぐにしか飛びませんが、礫なら山なりに飛ばせます。間に障害がある時に効果があるでしょう」
塀越しに攻撃したり、塹壕に隠れた敵を撃ったり。魔法でもできない攻撃を届かせることができた。
「城攻めで使われているの見たことがあります。使いどころによっては弓よりも威力がありました」
マルチェルは戦争時の記憶を呼び起こしていた。
礫を大きくすれば質量で矢を上回る。重力が破壊をもたらすのだった。鎧越しでも人体を破壊する威力は、恐るべき脅威であった。
「あの、そこにマルチェルさんは鎧なしでいたんですよね?」
拳大かそれ以上の礫が雨あられと降ってくる戦場で、徒手空拳のマルチェルはどうやって身を守ったのか。
「大きい礫はよく見えますからね。自分に当たる物だけをそらしてやればいいんですよ」
マルチェルは左右の手に気を集め、落ちてくる礫を撫でてやったのだと言う。
「同時に3つ以上襲ってくることは稀でしたから。10センチそらせば避けられます」
真上から突き刺さるように落ちてくる礫を手の動きでそらしたと言う。立っている場所があまりにも違い過ぎて、ステファノは笑いたくなった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第560話 こんにちは。ごきげんよう――。」
翌日、ステファノは休みをもらった。旅の疲れをいやすためではない。呪タウンに「飛ぶ」ためだった。
ドリー受け入れのストーリーができ上がったので、それを早速本人に告げようというのだ。
アカデミーを出る際、ドリーには魔耳話器を渡していなかった。手紙を送っても良いのだが、それでは日にちがかかる。自分で行った方が早いと、ステファノは判断したのだ。
直接会えば、ドリーに魔耳話器を渡せる。今後の連絡が楽になるはずだ。
……
◆お楽しみに。
既にステファノは純粋な体術だけでも中級クラスに達していた。
「よく鍛えましたね。おそらく独り修行で到達できる限界まで来ているでしょう」
「これからは相手がいないと上達しないということですか?」
「武術は他人を相手に戦う技術です。自分の動きをコントロールできるようになったら、敵の動きをコントロールすることが課題となります」
「初めて俺に技を見せてくれた時のようなことですね」
あの時、マルチェルは指1本でステファノを宙に飛ばした。それは「パンチを出す」という行為にステファノの意識を向けさせた、言葉による誘導が基になっていた。
「あの時は『呪』の実例を見せました。敵のコントロールはそれ以外にもやり方があります」
体の動きや目線によるフェイントも敵を誘い、だますための手段である。受けの手1つでも、攻撃の方向をそらせたり、リズムを狂わせたりする駆け引きがある。
「敵を乱し、己を整える。技とはすべてそうあるべきものです」
「それを学ぶには相手が必要なんですね」
「1人でできることには限界があります。わたしがいる時は、わたしが相手を務めましょう」
ウニベルシタスへの「帰還」は、ステファノにとってまたとないタイミングだった。独り稽古の限界に突き当たる前に、マルチェルという指導者と再会できた。
「ありがとうございます、師匠」
ステファノは深々と頭を下げた。
「次はヨシズミに杖術を見せてみなさい」
マルチェルに促されて、ステファノは長杖を手に取りヨシズミと向き合った。
「いい体つきになったナ」
目を細めてヨシズミが言う。
どちらが誘うでもなく、2人は杖を構えた。これもヨシズミを受け手とした型稽古である。
ステファノの撃ち込みをヨシズミがさばき、ステファノが下がればヨシズミが追い撃つ。杖は風を切り、うなりを上げる。だが、不思議と撃ち合う音は小さかった。
やがて、ステファノの撃ち込みを受けると見えたヨシズミの杖が、風にあおられるように引き戻された。当然、ステファノの杖は相手をなくして空を切る――。
そのはずだった。
しかし、撃ち込まれた杖はぴたりと宙に静止し、一瞬も置かずにステファノの手元に戻った。
見合った2人は構えを解き、互いに礼を交わした。
「上達したナ。杖が流れなくなった」
「立ち木を相手に打ち込みの精度を上げる修行をしました」
「当てない撃ちを身につけたナ。最後の一撃は『燕返し』ッて呼ばわる奴だッペ」
敵に透かされて杖が流れれば、体勢の乱れに乗じて逆襲される。そうされないために杖を引き戻す技が「燕返し」だった。長剣を使う者もこの技を極めなければ一流になることはできない。
ステファノは杖においても一流者となる条件を満たしたのだった。
「杖の相手はオレが務めッペ。騎士たちが入学サしてきたら、剣を相手にする稽古もしたらいかッペ」
「ありがとうございます、師匠」
ヨシズミに対してもステファノは深く頭を下げた。
顔を上げたステファノの両眼から涙が筋を為して流れていた。
「ナニを泣くことがあッペ?」
「師匠2人と手合わせをして、師匠たちのいる高みが前よりもよくわかりました。自分がどれだけ至らないかも」
「泣くほど悔しいッテカ?」
ヨシズミの問いに、ステファノは首を振った。
「いいえ。嬉しくて、思わず涙が流れました」
ステファノは涙を流しながら微笑んだ。心は幸せで満たされていた。
「ははは。アカデミーを卒業しても甘い性格は変わらないようですね」
「そうだナ。こどもみてェなもンだノ。はははは」
その後も礫術や獣魔術を披露して、ステファノは両師匠からの評価をもらった。礫術はぎりぎり中級の下、獣魔術は並ぶ者なしという評価だった。
「その紐は面白かッペ。遠距離攻撃の幅が広がるナ」
「遠当ては真っ直ぐにしか飛びませんが、礫なら山なりに飛ばせます。間に障害がある時に効果があるでしょう」
塀越しに攻撃したり、塹壕に隠れた敵を撃ったり。魔法でもできない攻撃を届かせることができた。
「城攻めで使われているの見たことがあります。使いどころによっては弓よりも威力がありました」
マルチェルは戦争時の記憶を呼び起こしていた。
礫を大きくすれば質量で矢を上回る。重力が破壊をもたらすのだった。鎧越しでも人体を破壊する威力は、恐るべき脅威であった。
「あの、そこにマルチェルさんは鎧なしでいたんですよね?」
拳大かそれ以上の礫が雨あられと降ってくる戦場で、徒手空拳のマルチェルはどうやって身を守ったのか。
「大きい礫はよく見えますからね。自分に当たる物だけをそらしてやればいいんですよ」
マルチェルは左右の手に気を集め、落ちてくる礫を撫でてやったのだと言う。
「同時に3つ以上襲ってくることは稀でしたから。10センチそらせば避けられます」
真上から突き刺さるように落ちてくる礫を手の動きでそらしたと言う。立っている場所があまりにも違い過ぎて、ステファノは笑いたくなった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第560話 こんにちは。ごきげんよう――。」
翌日、ステファノは休みをもらった。旅の疲れをいやすためではない。呪タウンに「飛ぶ」ためだった。
ドリー受け入れのストーリーができ上がったので、それを早速本人に告げようというのだ。
アカデミーを出る際、ドリーには魔耳話器を渡していなかった。手紙を送っても良いのだが、それでは日にちがかかる。自分で行った方が早いと、ステファノは判断したのだ。
直接会えば、ドリーに魔耳話器を渡せる。今後の連絡が楽になるはずだ。
……
◆お楽しみに。
11
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
公爵令嬢はアホ係から卒業する
依智川ゆかり
ファンタジー
『エルメリア・バーンフラウト! お前との婚約を破棄すると、ここに宣言する!!」
婚約相手だったアルフォード王子からそんな宣言を受けたエルメリア。
そんな王子は、数日後バーンフラウト家にて、土下座を披露する事になる。
いや、婚約破棄自体はむしろ願ったり叶ったりだったんですが、あなた本当に分かってます?
何故、私があなたと婚約する事になったのか。そして、何故公爵令嬢である私が『アホ係』と呼ばれるようになったのか。
エルメリアはアルフォード王子……いや、アホ王子に話し始めた。
彼女が『アホ係』となった経緯を、嘘偽りなく。
*『小説家になろう』でも公開しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる