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第5章 ルネッサンス攻防編
第555話 魔術師の時代が終わる。
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「それにしてもこの崖の上まで上って来るのが大変でね。君が作ったという魔動車とやらを貸してくれないかな?」
「旦那様のお許しがあればいいですよ」
ステファノはネルソンに決断を委ねた。
「構わんだろう。ウニベルシタスは新技術のゆりかごだ。魔動車は建築資材運搬にも使っていたからな」
資材運搬なら馬車でもできそうだが、なかなかそうはいかない。馬車というものは斜面を走ることに向いていないのだ。
特に下り道のことを考えてみるといい。ブレーキをかけ続けなければ馬車は後ろから馬を押し出してしまう。それを嫌って馬が暴走すれば、馬車ごと谷に落ちることになる。
だから、馬車が通る坂道はなだらかでなければならない。これは整備が大変で、走破するのに時間がかかる回り道になる。
魔動車にはそのような心配がない。土魔法で重量を軽くしているので坂道に強い。荷車自体が動くので下り道も安心だ。馬を休ませる必要もない。
ドイルの指導で既存の馬車に取りつけるだけの魔制御装置をユニット化してある。箱型のそれを御者台に取りつければ、今ある馬車が魔動車に変身するのだ。
「いずれ魔制御装置は量産化し、一般販売することになる。その内にな」
ネルソンはそう言って話を進めた。
「さて、ここでは新顔になるマランツ師に魔法科の教授をしてもらうわけだが――」
「わしは脳をやられていて魔力を失っておる」
ネルソンの言葉を遮るようにマランツが声を発した。その声は憮然としているようにも聞こえる。
「失礼ですが、どうやって魔法を教授するつもりですか?」
ステファノは疑問を口にせざるを得なかった。
「そいつは僕が説明しよう!」
勢いよく質問を引き取ったのはドイルであった。
「マランツ師は暗示の使用に長けている。他人の思考を言葉によって誘導するのがうまいんだ。そこで、瞑想によって魔核錬成に至った生徒をマランツ師に預ける。彼は生徒たちに暗示をかけて、属性魔法に必要な魔力を引き出すというわけさ」
それはマルチェルがステファノのギフトを引き出した手法に似ていた。マルチェル本人はあの時魔力を持っていなかった。それでもステファノが必要とする刺激を、言葉によって与えることはできたのだ。
「仕上げは君による補助だ。アカデミーで女生徒たちに手助けしたろう? あれをここでもやってもらう」
「どうしてそれをご存じで?」
チャンかミョウシンが秘密を漏らしたのだろうか? ドリーが口を割ることはないはずだと、ステファノは心中で考えた。
「おいおい。僕は科学者だよ? 観察と推論によって洞察を得たに決まっているじゃないか」
彼女たちに生じた変化とそれ以前の行動とを照らし合わせて、ステファノによる介入があったという「事実」を導き出したのだ。
ステファノは改めてドイルの洞察力に舌を巻いた。ドイルは自身も魔視脳を覚醒させたことによって、魔力現象に関する考察を突き詰めていた。
「魔力の目覚めた者に生活魔術――いや、生活魔法とやらを使えるように導くことは難しくない。だが、わしの出した条件を忘れんで欲しい」
それまで黙っていたマランツ師がぽつりとつぶやいた。
「忘れていませんよ。彼が望むなら我々はその機会を提供しましょう」
ネルソンがマランツの求めに応じた。
「我々ウニベルシタスはジロー・コリントを魔法の徒として受け入れましょう」
「ジローがここに来るんですか?」
ステファノは驚いて尋ねた。
「そうだ。それがマランツ師を招くにあたっての条件になっている」
「彼はまだアカデミー生ですよね。卒業後に、またここで勉強し直すんですか?」
「アカデミーを休学して、当校に編入する。当校は単位を与えるものではないので、必要な知識習得後アカデミーに戻って卒業資格試験を受けることになる」
なるほどそれなら時間の無駄にならない。ウニベルシタスでメシヤ流瞑想法と魔法の基礎を身につければ、アカデミー魔法学科の卒業資格試験にパスできるだろう。
今でも優秀な生徒であるジローがメシア流を学べば、各種魔術講座を上級までクリアするのは難しくない。
「しかし、よく彼がここへ来ると言いましたね」
ステファノにはその点が不思議に思えた。プライドの高いジローが実績のない私塾であるウニベルシタスで学ぼうとするとは。
「わしが言い聞かせた」
相変わらず淡々と、マランツ師が語った。
「噂はいろいろ聞いた。弟子の中に耳敏い奴がおってな。酒にやられたわしの頭でも、事実を並べれば真理が見えるさ」
「真理とは何ですか?」
真正面からステファノは質問をぶつけた。
「魔術師の時代が終わる」
マランツの声には何の高ぶりもなかった。朝になれば日が昇ると言うように、一時代の終わりを予言する。
「ドイル師の学説を読んだ。ネルソン氏の活躍ぶりのことも聞いた。ステファノとその仲間の研究成果についてもな。すべての駒を盤面に並べてみれば、局面は明らかじゃった」
魔力を失ったマランツだからこそ、濁りのない目でメシヤ流が起こした流れのその先を見通せた。
「魔術師が人殺しの道具である時代は終わる。それは望ましい未来だろう」
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第556話 ならばドイル。お前は彼らに何を教えるつもりだ?」
戦う必要のない世界になれば、戦う魔術師は必要ない。生活魔法こそが社会に必要な技術となる。
「最後の弟子を用なしの剣にしたくはない。ジローに輝く機会を与えてやってくれ」
マランツ師はもったいつけることもなく、当然のごとく頭を下げた。
「頭を上げてください。当校への留学生がアカデミー卒業資格を得たとなれば、当校への信頼が増すだろう。ジローの受け入れに得はあっても、損はない」
「なるほど。それはもっともな判断ですね」
……
◆お楽しみに。
「旦那様のお許しがあればいいですよ」
ステファノはネルソンに決断を委ねた。
「構わんだろう。ウニベルシタスは新技術のゆりかごだ。魔動車は建築資材運搬にも使っていたからな」
資材運搬なら馬車でもできそうだが、なかなかそうはいかない。馬車というものは斜面を走ることに向いていないのだ。
特に下り道のことを考えてみるといい。ブレーキをかけ続けなければ馬車は後ろから馬を押し出してしまう。それを嫌って馬が暴走すれば、馬車ごと谷に落ちることになる。
だから、馬車が通る坂道はなだらかでなければならない。これは整備が大変で、走破するのに時間がかかる回り道になる。
魔動車にはそのような心配がない。土魔法で重量を軽くしているので坂道に強い。荷車自体が動くので下り道も安心だ。馬を休ませる必要もない。
ドイルの指導で既存の馬車に取りつけるだけの魔制御装置をユニット化してある。箱型のそれを御者台に取りつければ、今ある馬車が魔動車に変身するのだ。
「いずれ魔制御装置は量産化し、一般販売することになる。その内にな」
ネルソンはそう言って話を進めた。
「さて、ここでは新顔になるマランツ師に魔法科の教授をしてもらうわけだが――」
「わしは脳をやられていて魔力を失っておる」
ネルソンの言葉を遮るようにマランツが声を発した。その声は憮然としているようにも聞こえる。
「失礼ですが、どうやって魔法を教授するつもりですか?」
ステファノは疑問を口にせざるを得なかった。
「そいつは僕が説明しよう!」
勢いよく質問を引き取ったのはドイルであった。
「マランツ師は暗示の使用に長けている。他人の思考を言葉によって誘導するのがうまいんだ。そこで、瞑想によって魔核錬成に至った生徒をマランツ師に預ける。彼は生徒たちに暗示をかけて、属性魔法に必要な魔力を引き出すというわけさ」
それはマルチェルがステファノのギフトを引き出した手法に似ていた。マルチェル本人はあの時魔力を持っていなかった。それでもステファノが必要とする刺激を、言葉によって与えることはできたのだ。
「仕上げは君による補助だ。アカデミーで女生徒たちに手助けしたろう? あれをここでもやってもらう」
「どうしてそれをご存じで?」
チャンかミョウシンが秘密を漏らしたのだろうか? ドリーが口を割ることはないはずだと、ステファノは心中で考えた。
「おいおい。僕は科学者だよ? 観察と推論によって洞察を得たに決まっているじゃないか」
彼女たちに生じた変化とそれ以前の行動とを照らし合わせて、ステファノによる介入があったという「事実」を導き出したのだ。
ステファノは改めてドイルの洞察力に舌を巻いた。ドイルは自身も魔視脳を覚醒させたことによって、魔力現象に関する考察を突き詰めていた。
「魔力の目覚めた者に生活魔術――いや、生活魔法とやらを使えるように導くことは難しくない。だが、わしの出した条件を忘れんで欲しい」
それまで黙っていたマランツ師がぽつりとつぶやいた。
「忘れていませんよ。彼が望むなら我々はその機会を提供しましょう」
ネルソンがマランツの求めに応じた。
「我々ウニベルシタスはジロー・コリントを魔法の徒として受け入れましょう」
「ジローがここに来るんですか?」
ステファノは驚いて尋ねた。
「そうだ。それがマランツ師を招くにあたっての条件になっている」
「彼はまだアカデミー生ですよね。卒業後に、またここで勉強し直すんですか?」
「アカデミーを休学して、当校に編入する。当校は単位を与えるものではないので、必要な知識習得後アカデミーに戻って卒業資格試験を受けることになる」
なるほどそれなら時間の無駄にならない。ウニベルシタスでメシヤ流瞑想法と魔法の基礎を身につければ、アカデミー魔法学科の卒業資格試験にパスできるだろう。
今でも優秀な生徒であるジローがメシア流を学べば、各種魔術講座を上級までクリアするのは難しくない。
「しかし、よく彼がここへ来ると言いましたね」
ステファノにはその点が不思議に思えた。プライドの高いジローが実績のない私塾であるウニベルシタスで学ぼうとするとは。
「わしが言い聞かせた」
相変わらず淡々と、マランツ師が語った。
「噂はいろいろ聞いた。弟子の中に耳敏い奴がおってな。酒にやられたわしの頭でも、事実を並べれば真理が見えるさ」
「真理とは何ですか?」
真正面からステファノは質問をぶつけた。
「魔術師の時代が終わる」
マランツの声には何の高ぶりもなかった。朝になれば日が昇ると言うように、一時代の終わりを予言する。
「ドイル師の学説を読んだ。ネルソン氏の活躍ぶりのことも聞いた。ステファノとその仲間の研究成果についてもな。すべての駒を盤面に並べてみれば、局面は明らかじゃった」
魔力を失ったマランツだからこそ、濁りのない目でメシヤ流が起こした流れのその先を見通せた。
「魔術師が人殺しの道具である時代は終わる。それは望ましい未来だろう」
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第556話 ならばドイル。お前は彼らに何を教えるつもりだ?」
戦う必要のない世界になれば、戦う魔術師は必要ない。生活魔法こそが社会に必要な技術となる。
「最後の弟子を用なしの剣にしたくはない。ジローに輝く機会を与えてやってくれ」
マランツ師はもったいつけることもなく、当然のごとく頭を下げた。
「頭を上げてください。当校への留学生がアカデミー卒業資格を得たとなれば、当校への信頼が増すだろう。ジローの受け入れに得はあっても、損はない」
「なるほど。それはもっともな判断ですね」
……
◆お楽しみに。
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