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第5章 ルネッサンス攻防編
第553話 誰でも魔法師になれるという『システム』が問題なのだ。
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「今の段階で『危険な集団』と見なされることは避けねばならない。攻撃魔法を教授する学校にしたら、目立つのは避けられん」
「少人数で始めればそれほどのこともなさそうな気がしますが」
「平民から魔法師を輩出して、目立たずにいられると思うか?」
王立アカデミーは万人に門戸を開いている。学ぶ意志がある者に学びの機会を。それがアカデミーの理念だ。
だが、それは「建前」だった。
入学資格には貴族家からの推薦2件を必要とした。
平民は精々おまけの位置づけにあった。金持ちの道楽。それが平民にとってのアカデミーだ。
対して、ウニベルシタスは身分に制限を設けない。入学試験に合格すれば、どこの誰であっても入学が許される。
平民でも魔法が学べるのだ。
魔術の軍事的有効性がギフトに劣るとしても、数の威力は侮れない。広く平民が魔法を使えるようになれば、貴族制を支えている既存の軍事バランスが崩壊する危険があった。
「誰でも魔法師になれるという『システム』が問題なのだ」
大商会の経営者であるネルソンは、社会を見通す目を持っていた。それはまだステファノにはないものだった。
「それは……武術指導でも同じことでは?」
「貴族にはギフトがある。ギフトのない武術者など、所詮戦略的な価値はない」
戦争とは詰まるところ「数と経済」で命運が決まる。兵士の強弱など、兵員の数で圧倒しうる要因でしかない。継戦能力を支える食料や武器などの資材補給は、軍の背後にある経済力によって決定される。
「武術道場ならこれまでにいくつもあった。数千、数万の武術者を擁するならともかく、10人、100人の武術集団など、所詮小者に過ぎんよ」
ネルソンはステファノの疑問を一笑に付した。
「貴族社会が恐れるとすれば、むしろネルソン商会の財力の方だ」
「財力こそがルネッサンスの原動力というわけですか」
貴族は財力を恐れる。金持ちを憎む。
本能的に自分たちの階級を倒すものとして、敵視しているのだ。
金持ちには世俗的な欲望を追い求め、道楽をしていてほしい。それが貴族の願いだ。
酒、美食、博打、女、男娼、麻薬。芸術品に貴金属。貴族は富裕層の欲望を刺激し、それを満たすことで衝突を避けてきた。
ネルソンが貴族社会からの迫害を受けていないのは、ギルモア侯爵家という後ろ盾があるからだ。ギルモア家の威光を恐れるという意味合いもあったろうが、それよりも重要なのは「ネルソンがギルモア家に従っている」という関係性だった。
貴族社会に組み込まれていると見なされることで、ネルソンは貴族からの迫害を逃れているのであった。
「それではなぜ魔法は危険視されるのでしょう?」
武術指導が取るに足らないというのなら、魔法教授も同じことではないのか?
「もう一度言う。『誰でも魔法師になれる』というシステムが貴族にとって危険なのだ」
「それは……」
ネルソンにそこまで言われても、ステファノにはまだピンとこなかった。
「わからないか。魔法には武術と明らかに違う性質がある」
ネルソンは一旦言葉を切り、ステファノの眼を見据えて言った。
「誰でも攻撃魔法を覚えられるということは、女子供でも兵士になれるということだ」
「あっ!」
思いもよらぬ事実を指摘され、ステファノは声を上げた。
ドリーという実例を目にしていながら、ステファノには女性を兵士に育成するという発想がなかった。戦とは男がするものだと意識に刷り込まれていたのだ。
それは当然のことだった。生物学的に女は男より小さく、か弱い。人類の誕生以来、肉体労働や闘争は男の役割だ。
「そうか。平民に開かれた魔法学校は、『数の論理』を変えてしまうんですね」
「そういうことだ。これまでギフトへの依存は貴族階級の武器だった。しかし、今後はむしろ足かせとなる」
ギフト発現者は確率的に限定されるのに対し、魔法の方は誰にでも教えられるとなれば、「戦力の数」で平民は貴族を圧倒する。
「魔法師は武器要らずだから、財力にも優しいしな」
剣や槍を持たせなくても、女子供が一人前の兵士になる。それは戦争の構図を変えてしまう未来だった。
「権力者であればそんな学園を野放しにするはずがなかろう? そのために教授内容を生活魔法に絞るのだ」
「そういうことでしたか」
ルネッサンスにとって攻撃魔法は意味がない。戦争の役に立つだけで、何も産み出しはしないのだ。
せいぜい狩りの役に立つくらいの代物に過ぎない。
はるかに重要なのは生活魔法だった。
生活魔法は庶民の生存率を向上させ、生産性を高めることができる。それは社会全体を豊かにするのだ。
「魔法以上に重要なものが知識だ。ドイルが教える農学と工学は、やがて社会のあり方を変えていくだろう」
魔法の行使には魔力の発現を必要とするが、科学は人を選ばない。すべての人の生産力を改善するのが科学というものだった。
「まさに万能科学の実践というわけですね」
「それこそがルネッサンスの核心なのだ。技術の解放だ」
現代人がルネッサンスと聞くと、宗教改革と芸術復興を思い浮かべることが多い。どちらも正しいが全体像を表しているとは言いがたい。
共通する性質は「支配階級による独占からの技術の自由化」であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第554話 ウニベルシタスの頭脳といえば、僕のことだからね。」
宗教は教会の支配下にあり、技術は貴族に独占されていた。芸術は神を称え、貴族を美化する道具だった。
「この国で技術を抑圧しているのは聖教会でも貴族でもない。それは魔術だ」
技術よりも手軽で便利な魔術があるために、科学の発展に力がそそがれていない。ドイルのような変人だけが細々と研究に血道を上げていた。
……
◆お楽しみに。
「少人数で始めればそれほどのこともなさそうな気がしますが」
「平民から魔法師を輩出して、目立たずにいられると思うか?」
王立アカデミーは万人に門戸を開いている。学ぶ意志がある者に学びの機会を。それがアカデミーの理念だ。
だが、それは「建前」だった。
入学資格には貴族家からの推薦2件を必要とした。
平民は精々おまけの位置づけにあった。金持ちの道楽。それが平民にとってのアカデミーだ。
対して、ウニベルシタスは身分に制限を設けない。入学試験に合格すれば、どこの誰であっても入学が許される。
平民でも魔法が学べるのだ。
魔術の軍事的有効性がギフトに劣るとしても、数の威力は侮れない。広く平民が魔法を使えるようになれば、貴族制を支えている既存の軍事バランスが崩壊する危険があった。
「誰でも魔法師になれるという『システム』が問題なのだ」
大商会の経営者であるネルソンは、社会を見通す目を持っていた。それはまだステファノにはないものだった。
「それは……武術指導でも同じことでは?」
「貴族にはギフトがある。ギフトのない武術者など、所詮戦略的な価値はない」
戦争とは詰まるところ「数と経済」で命運が決まる。兵士の強弱など、兵員の数で圧倒しうる要因でしかない。継戦能力を支える食料や武器などの資材補給は、軍の背後にある経済力によって決定される。
「武術道場ならこれまでにいくつもあった。数千、数万の武術者を擁するならともかく、10人、100人の武術集団など、所詮小者に過ぎんよ」
ネルソンはステファノの疑問を一笑に付した。
「貴族社会が恐れるとすれば、むしろネルソン商会の財力の方だ」
「財力こそがルネッサンスの原動力というわけですか」
貴族は財力を恐れる。金持ちを憎む。
本能的に自分たちの階級を倒すものとして、敵視しているのだ。
金持ちには世俗的な欲望を追い求め、道楽をしていてほしい。それが貴族の願いだ。
酒、美食、博打、女、男娼、麻薬。芸術品に貴金属。貴族は富裕層の欲望を刺激し、それを満たすことで衝突を避けてきた。
ネルソンが貴族社会からの迫害を受けていないのは、ギルモア侯爵家という後ろ盾があるからだ。ギルモア家の威光を恐れるという意味合いもあったろうが、それよりも重要なのは「ネルソンがギルモア家に従っている」という関係性だった。
貴族社会に組み込まれていると見なされることで、ネルソンは貴族からの迫害を逃れているのであった。
「それではなぜ魔法は危険視されるのでしょう?」
武術指導が取るに足らないというのなら、魔法教授も同じことではないのか?
「もう一度言う。『誰でも魔法師になれる』というシステムが貴族にとって危険なのだ」
「それは……」
ネルソンにそこまで言われても、ステファノにはまだピンとこなかった。
「わからないか。魔法には武術と明らかに違う性質がある」
ネルソンは一旦言葉を切り、ステファノの眼を見据えて言った。
「誰でも攻撃魔法を覚えられるということは、女子供でも兵士になれるということだ」
「あっ!」
思いもよらぬ事実を指摘され、ステファノは声を上げた。
ドリーという実例を目にしていながら、ステファノには女性を兵士に育成するという発想がなかった。戦とは男がするものだと意識に刷り込まれていたのだ。
それは当然のことだった。生物学的に女は男より小さく、か弱い。人類の誕生以来、肉体労働や闘争は男の役割だ。
「そうか。平民に開かれた魔法学校は、『数の論理』を変えてしまうんですね」
「そういうことだ。これまでギフトへの依存は貴族階級の武器だった。しかし、今後はむしろ足かせとなる」
ギフト発現者は確率的に限定されるのに対し、魔法の方は誰にでも教えられるとなれば、「戦力の数」で平民は貴族を圧倒する。
「魔法師は武器要らずだから、財力にも優しいしな」
剣や槍を持たせなくても、女子供が一人前の兵士になる。それは戦争の構図を変えてしまう未来だった。
「権力者であればそんな学園を野放しにするはずがなかろう? そのために教授内容を生活魔法に絞るのだ」
「そういうことでしたか」
ルネッサンスにとって攻撃魔法は意味がない。戦争の役に立つだけで、何も産み出しはしないのだ。
せいぜい狩りの役に立つくらいの代物に過ぎない。
はるかに重要なのは生活魔法だった。
生活魔法は庶民の生存率を向上させ、生産性を高めることができる。それは社会全体を豊かにするのだ。
「魔法以上に重要なものが知識だ。ドイルが教える農学と工学は、やがて社会のあり方を変えていくだろう」
魔法の行使には魔力の発現を必要とするが、科学は人を選ばない。すべての人の生産力を改善するのが科学というものだった。
「まさに万能科学の実践というわけですね」
「それこそがルネッサンスの核心なのだ。技術の解放だ」
現代人がルネッサンスと聞くと、宗教改革と芸術復興を思い浮かべることが多い。どちらも正しいが全体像を表しているとは言いがたい。
共通する性質は「支配階級による独占からの技術の自由化」であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第554話 ウニベルシタスの頭脳といえば、僕のことだからね。」
宗教は教会の支配下にあり、技術は貴族に独占されていた。芸術は神を称え、貴族を美化する道具だった。
「この国で技術を抑圧しているのは聖教会でも貴族でもない。それは魔術だ」
技術よりも手軽で便利な魔術があるために、科学の発展に力がそそがれていない。ドイルのような変人だけが細々と研究に血道を上げていた。
……
◆お楽しみに。
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