飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

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第5章 ルネッサンス攻防編

第550話 旅をする意味がこういうところにもある。

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「これでいいかな」

 ステファノは峠道を塞いでいた倒木を土魔法で道の脇にどかした。
 強風が吹けば老木は倒れ、大雨が降れば土砂が崩れる。山の道が塞がるのはよくあることだった。

 魔法師の自分が通りかかったのも何かの縁だろう。ステファノはそう思って、障害物に出会う度に取り除いてきた。

(こういう作業も土魔法具があれば、簡単にできる)

 重さを十分の一に軽減する術式を籠めれば、復旧作業が楽になるだろう。もちろん土木工事全般に効果絶大だ。

(旅をする意味がこういうところにもある。街中では出会えない状況を体験できるからな)

 魔法や魔法具の用途や新しい術式を発見する機会がそこにあった。

 滑空術は既に我が物となっている。宵闇に紛れて使用するなら、馬車を上回る速度で旅ができる。しかし、ステファノはそれをしなかった。
 旅そのものが目的なのであって、目的地に着くことを急ぐ必要はない。そもそも、旅を味気ないものにしたくなかったのだ。

広域通信網WANの敷設範囲を広げる時は、そうも言っていられないけどね)

 その時は蝙蝠となって夜空を飛び回ろう。ステファノはそう考えていた。

(ヨシズミ師匠が元いた世界で滑空術が発達しなかったというのは不思議な話だ)

 全員が覚醒した魔視脳まじのうを持っているなら、ステファノと同じことができて当然に思えた。
 そこにはステファノならではの誤解がある。

 滑空術の成立要件は、①イドの制御による翼生成、②土魔法による引力制御、③風魔法による揚力発生である。ステファノがこなしているこれら3つの条件は、魔視脳を開放すれば当たり前に満たされるというものではなかった。

 まず、②と③の並列が普通はできない。複合魔法マルチプルの使い手が少ない上に、滑空を成立させるほど2つの魔法を精密に同調させることが難しいのだ。プロのピアニストとか、レーサーを思い浮かべればこれに近いかもしれない。

 それに加えて①が壁となる。魔法師の中で一流の部類だったヨシズミから見ても、ステファノのイド制御は異常なハイレベルにあった。手に持った物体にイドをまとわせるだけで名人クラスの難事なのに、ステファノは「魔核混入マーキング」「逆・魔核混入デマーキング」という精妙な技を編み出し、使いこなしているのだ。

 ヨシズミはイドの鎧をまとい、その厚さを変えられる。しかし、翼の形状を作り出し、自在に角度を変えて揚力を操ることはできない。
 ましてやそれを複合魔法マルチプルを使いこなしながら行うなど、正気の沙汰ではなかった。

諸行無常いろはにほへと」という特殊なギフトがそれを可能にしていた。

 ヨシズミの場合は「式神使いドローンマスター」というアバター能力が目覚め、物体を飛行させることができるようになった。それは土魔法による念動力のようなもので、ある意味力技だ。
 幼児が飛行機のおもちゃを手に持ったまま動かしているようなものだった。航空力学を無視した動きになる。

「師匠もアバターを覚醒させて、新しい魔法を開発しているだろうなあ」

 旅の成果を携えてヨシズミたちに会える日を、ステファノは楽しみにしていた。だからこそ修行の手は抜けない。今できるだけのことをやっておこうとステファノは考えた。

 武術の方は特別な修行をしていない。ステファノが目指すのはあくまで護身術だった。誰よりも強くなる必要などない。
 武術道場を探して教えを乞うたのは、捕縄術が最後だった。

 魔術は習いに行くと問題を起こしそうだった。ステファノの魔法は既存の魔術体系とあまりにも異質だ。
 師を求めて魔術道場を訪ねれば、自分の術を見せないわけには行かない。

 誰もがドリーのような理解者でいてくれるとは思えなかった。

 そうなると、ステファノの修業は一人稽古に限られた。旅の途上なら人目を気にする必要がない。ステファノは楽な気持ちであれこれと試すことができた。
 ネオン師との修行を思い出しながら、狩りをすることもあった。野営時の食料を調達するためだ。

 今度はつぶてにこだわる必要はない。森で火魔法を使うのは避けたが、それ以外の魔法や遠当てなどをいろいろ試した。
 雷丸いかずちまるの能力を測る機会にもなった。

 アバターを共有しているおかげで、雷丸はステファノが使える属性魔法を使いこなせる。しかし、思わぬ限界もあった。
 雷丸は近接魔法しか使えなかった。

 原因はよくわからない。「魔力」は「力」ではないので、体や脳の大きさには依存していない。それがドイルとステファノの仮説だ。
 小動物、いや小さい魔獣の雷丸でも魔力の大きさという要素で制約を受けることはないはずだ。

 現に近接距離であれば、雷丸はステファノと同等の威力ある魔法を放つことができた。しかし、それは半径1メートルの圏内に限られた。それ以上の距離では魔法が発動しないのだ。

(これは魔視脳まじのうの性質が違うんだろうなぁ)

 雷丸の様子を見て、ステファノは考えた。

 虹の王ナーガというアバターを共有するとはいえ、雷丸はギフトを持っていない。「諸行無常いろはにほへと」の能力はステファノだけが引き出せる。そこに違いがあると思えた。

(ということは、魔法具でも遠距離魔法は使えないってことだね)

 試してみるとその通りだった。

(それでも問題はないけどね。生活魔法を使うのに効果範囲が遠距離である必要はないんだから)

 それでも火球のように「手元で発動させてから飛ばす」魔法なら、近接魔法として発動できる。遠距離攻撃・・を魔法具で実現することは可能ではあるのだが――。

(武器を作る予定はない。魔法具は生活魔法専用だと言っておけばよいだろう)

 ステファノにとっては「攻撃力のない魔法」が一番良い魔法なのだった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第551話 お前もワクワクしているのか? 新しい場所だからな。」

「うわあー。あれがウニベルシタスだよね? 間違いない」

 峠越えの街道が海を見下ろす坂道に立って、ステファノは感嘆の声を上げた。海沿いの崖上に以前見かけなかったレンガ造り建築がそびえている。
 真新しいレンガが陽の光に映えて、重厚感と同時に一種新鮮な空気を漂わせていた。

「確かにあの場所は空いていたけど、あそこに作るとは……。さすがは旦那様だ」

 ……

◆お楽しみに。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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