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第5章 ルネッサンス攻防編
第548話 縁を大事にしていれば、間違いないだろうぜ。
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料理をするのにも、ステファノは魔法を使わなかった。魔法を使えば火起こしも、水の用意も不要なのだが、そこは普通の手順で行った。
魔法を隠すつもりはないが、意味なく見せびらかす必要もない。事によっては余計な面倒を招くことになるかもしれないのだ。
ヨシズミが魔法を人に頼られて断り切れない深みにはまった苦しさは、十分に想像できるステファノだった。
「食べられますか?」
「どうだ……。口を開けてくれ」
ステファノから器を受け取ったのはポトスだ。自分では食器を持つ気力さえないアーチャーを抱き起し、口元にスプーンを運んだ。
食欲がないというアーチャーのことを考え、かゆは重湯に近いほど薄く、軽い塩味以外つけていない。
「ふ。ん……ん」
一度にほんの数滴ずつ。食べるというより口の中で溶かすように、アーチャーはかゆを取り込んだ。
食べなければ回復しない。そのことにしがみつくような姿だった。
30分以上かけて、カップに半分ほどのかゆをアーチャーは体内に取り込んだ。
ずっとそれにつき合い切ったポトスは、大柄な見かけによらず繊細な男なのかもしれない。
「手持ちに胃腸の薬があるんですが、飲んでみますか?」
ステファノは背嚢から薬包を取り出しながら、目を閉じて休んでいるアーチャーに尋ねた。
薬はアカデミー入學に際してネルソンから持たされたものだ。胃腸の薬だけでなく、頭痛、風邪、切り傷などの薬が一通り揃えられていた。
幸いにもステファノはどの薬にも世話になっていない。
実はこの程度の薬ならば、医療魔法で薬効を再現できる。ステファノはアカデミーの授業でそこまでの経験を積んでいた。しかし、それを行えば魔法師としての存在感が目を引いてしまう。薬があるなら、それを使うに越したことはない。
効果は同じなのだから。
せめてもの慰めと言えば冷たく聞こえるが、ステファノは胃腸薬を与えながらアーチャーの背中を手でさすり、体内のイドを整える手助けをした。
「ふぅー」
真っ白な顔色ながら、アーチャーは全身の力を抜いて深い息を吐いた。そのまま目を閉じて眠りについたようだった。
「下痢をして水分を失っているはずなんで、こまめに白湯を飲ませてあげてください」
ステファノはアーチャーを寝床に横たえると、ゴダールに言った。
「かゆを作ってくれた上に薬まで分けてもらってすまねえな。助かったぜ」
ゴダールはステファノに頭を下げた。いかつい顔をしているが、律儀な性格であるらしい。そうでなければ芸人一座の座長は務まらないのかもしれない。
「短い間ですが薬問屋で働いていました。その薬は旅の用心に持たされた物なんで、気にしないでください」
旅の空で具合の悪くなった人がいればその時に使う。そのための懐中薬なのだからと。
「そうかい。それにしてもありがたい話に変わりない。薬問屋ってのは何て店だい?」
アーチャーの具合が落ち着いたことで、ゴダールは落ち着きを取り戻していた。ポケットからパイプを取り出し、煙草を吸い始めた。
「呪タウンにあるネルソン商会です」
「おお、有名どころじゃねえか! あんちゃんはネルソン商会の人かね?」
「はい。去年入ったばかりですが」
吸い込んだ煙をぽかりと吐き出しながら、ゴダールはステファノに尋ねた。
ステファノの答えを聞いて、小首をかしげる。
「あんた、年は?」
「18になったところです」
「そんなら17から奉公を始めたってことか? ちっと遅いようだが」
普通なら10歳になるかならないかで働き始める。平均寿命の短いこの世界では、それが当たり前だった。
「それまでは実家の飯屋を手伝ってました。去年、ふとしたご縁を得てネルソン商会で働くことになって」
「ふうん、そうかい。いいところと縁ができたな」
ネルソン商会ほどの大店で働ける機会は滅多にない。信用できる縁故を通さないことには、雇ってもらえないのだ。
ステファノは本来、口入屋を通してどこかの魔術師に雇い入れてもらうつもりだったが、ネルソン商会相手に同じ手は通じなかっただろう。それほどネルソン商会の格式は高かった。
ネルソンを通じてギルモア侯爵家とも近づきになったステファノは、改めて自分の強運に感謝した。
「はい。運が良かったと思います」
「運て奴は活かすも殺すも自分次第と言うからな。縁を大事にしていれば、間違いないだろうぜ」
ゴダールは言葉を噛みしめるように語った。きっと自分の生きて来た道を思い返しているのだろう。
「そこでといっちゃあアレだが、どうでえ? 次の町までこの馬車に乗っていかねえか?」
御者台の隣で良ければ空いていると、ゴダールは言った。
「薬屋の勤め人がいてくれりゃ、道中何かと心強いと思ってな。どうだろう?」
「……」
すぐには返事をせず、ステファノは黙り込んだ。
「ありがたい話ですが……遠慮させてもらいます」
ステファノは静かな声で誘いを断った。
「そうかい。差し支えなきゃあ理由を聞かせてくれ」
ゴダールは目に力を籠めて、ステファノを見返した。いい加減な返答では納得しないという気迫が籠っていた。
「俺にとってこの旅は修行の旅なんです。1人でいた方が何かと都合が良いというのがお断りする理由です。それと、もう1つ」
「……もう1つ?」
「ゴダールさんたちのことを頭から信用できません」
そう言い切るステファノの言葉を聞き、ゴダール一座の間に緊張が走った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第549話 師匠、これが俺の「千変万化」です。」
「はっきり言ってくれるな。俺たちが信用できないってか?」
「はい。旅先で偶然出会っただけの関りですから」
ステファノは悪びれずそう答えた。おかしな言い分ではない。道中で出会った旅人が追剥に化けるなど、よくある話だった。
それに、ステファノは一人旅だ。
「そちらは大勢ですし」
……
◆お楽しみに。
魔法を隠すつもりはないが、意味なく見せびらかす必要もない。事によっては余計な面倒を招くことになるかもしれないのだ。
ヨシズミが魔法を人に頼られて断り切れない深みにはまった苦しさは、十分に想像できるステファノだった。
「食べられますか?」
「どうだ……。口を開けてくれ」
ステファノから器を受け取ったのはポトスだ。自分では食器を持つ気力さえないアーチャーを抱き起し、口元にスプーンを運んだ。
食欲がないというアーチャーのことを考え、かゆは重湯に近いほど薄く、軽い塩味以外つけていない。
「ふ。ん……ん」
一度にほんの数滴ずつ。食べるというより口の中で溶かすように、アーチャーはかゆを取り込んだ。
食べなければ回復しない。そのことにしがみつくような姿だった。
30分以上かけて、カップに半分ほどのかゆをアーチャーは体内に取り込んだ。
ずっとそれにつき合い切ったポトスは、大柄な見かけによらず繊細な男なのかもしれない。
「手持ちに胃腸の薬があるんですが、飲んでみますか?」
ステファノは背嚢から薬包を取り出しながら、目を閉じて休んでいるアーチャーに尋ねた。
薬はアカデミー入學に際してネルソンから持たされたものだ。胃腸の薬だけでなく、頭痛、風邪、切り傷などの薬が一通り揃えられていた。
幸いにもステファノはどの薬にも世話になっていない。
実はこの程度の薬ならば、医療魔法で薬効を再現できる。ステファノはアカデミーの授業でそこまでの経験を積んでいた。しかし、それを行えば魔法師としての存在感が目を引いてしまう。薬があるなら、それを使うに越したことはない。
効果は同じなのだから。
せめてもの慰めと言えば冷たく聞こえるが、ステファノは胃腸薬を与えながらアーチャーの背中を手でさすり、体内のイドを整える手助けをした。
「ふぅー」
真っ白な顔色ながら、アーチャーは全身の力を抜いて深い息を吐いた。そのまま目を閉じて眠りについたようだった。
「下痢をして水分を失っているはずなんで、こまめに白湯を飲ませてあげてください」
ステファノはアーチャーを寝床に横たえると、ゴダールに言った。
「かゆを作ってくれた上に薬まで分けてもらってすまねえな。助かったぜ」
ゴダールはステファノに頭を下げた。いかつい顔をしているが、律儀な性格であるらしい。そうでなければ芸人一座の座長は務まらないのかもしれない。
「短い間ですが薬問屋で働いていました。その薬は旅の用心に持たされた物なんで、気にしないでください」
旅の空で具合の悪くなった人がいればその時に使う。そのための懐中薬なのだからと。
「そうかい。それにしてもありがたい話に変わりない。薬問屋ってのは何て店だい?」
アーチャーの具合が落ち着いたことで、ゴダールは落ち着きを取り戻していた。ポケットからパイプを取り出し、煙草を吸い始めた。
「呪タウンにあるネルソン商会です」
「おお、有名どころじゃねえか! あんちゃんはネルソン商会の人かね?」
「はい。去年入ったばかりですが」
吸い込んだ煙をぽかりと吐き出しながら、ゴダールはステファノに尋ねた。
ステファノの答えを聞いて、小首をかしげる。
「あんた、年は?」
「18になったところです」
「そんなら17から奉公を始めたってことか? ちっと遅いようだが」
普通なら10歳になるかならないかで働き始める。平均寿命の短いこの世界では、それが当たり前だった。
「それまでは実家の飯屋を手伝ってました。去年、ふとしたご縁を得てネルソン商会で働くことになって」
「ふうん、そうかい。いいところと縁ができたな」
ネルソン商会ほどの大店で働ける機会は滅多にない。信用できる縁故を通さないことには、雇ってもらえないのだ。
ステファノは本来、口入屋を通してどこかの魔術師に雇い入れてもらうつもりだったが、ネルソン商会相手に同じ手は通じなかっただろう。それほどネルソン商会の格式は高かった。
ネルソンを通じてギルモア侯爵家とも近づきになったステファノは、改めて自分の強運に感謝した。
「はい。運が良かったと思います」
「運て奴は活かすも殺すも自分次第と言うからな。縁を大事にしていれば、間違いないだろうぜ」
ゴダールは言葉を噛みしめるように語った。きっと自分の生きて来た道を思い返しているのだろう。
「そこでといっちゃあアレだが、どうでえ? 次の町までこの馬車に乗っていかねえか?」
御者台の隣で良ければ空いていると、ゴダールは言った。
「薬屋の勤め人がいてくれりゃ、道中何かと心強いと思ってな。どうだろう?」
「……」
すぐには返事をせず、ステファノは黙り込んだ。
「ありがたい話ですが……遠慮させてもらいます」
ステファノは静かな声で誘いを断った。
「そうかい。差し支えなきゃあ理由を聞かせてくれ」
ゴダールは目に力を籠めて、ステファノを見返した。いい加減な返答では納得しないという気迫が籠っていた。
「俺にとってこの旅は修行の旅なんです。1人でいた方が何かと都合が良いというのがお断りする理由です。それと、もう1つ」
「……もう1つ?」
「ゴダールさんたちのことを頭から信用できません」
そう言い切るステファノの言葉を聞き、ゴダール一座の間に緊張が走った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第549話 師匠、これが俺の「千変万化」です。」
「はっきり言ってくれるな。俺たちが信用できないってか?」
「はい。旅先で偶然出会っただけの関りですから」
ステファノは悪びれずそう答えた。おかしな言い分ではない。道中で出会った旅人が追剥に化けるなど、よくある話だった。
それに、ステファノは一人旅だ。
「そちらは大勢ですし」
……
◆お楽しみに。
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