上 下
546 / 624
第5章 ルネッサンス攻防編

第546話 どこに行っても知らない土地だ。

しおりを挟む
 心が鎮まれば、縄抜けの技はステファノのギフトと相性が良いことがわかった。

 イドの高周波化オーバークロックでステファノの肉体は反応速度が上がっている。それに精緻な制御を加えれば、体の一部を緊張させたり、逆に弛緩させることができる。
 筋肉を一部分だけ膨らませ、その場所を移動させることもできた。

 そして自在な弛緩が役に立った。

 力を入れることは難しくないが、脱力は意外に難しい。しかも特定の部分だけ弛緩させるとなると、頭と体が混乱してしまいがちだ。

 剣士ジョバンニを見習った肉体制御の訓練が、ここで大いに役立った。後ろ手の縄目が見えていなくても、腕の感覚が縄の状態を脳に伝える。肉体制御のレベルを上げたステファノには、思い通りに縄目を動かすことができた。

 ジェラートの速さには追いつけないが、基本的な技はステファノにも再現できるようになった。

「うん、いいんじゃないか。縄抜けの基本は身についたようだ」
「コツが掴めてきました。後は反復練習ですね」
「そうだね。自分で自分の手を縛るのは難しいから、そこは工夫しないと」

 他人に縛ってもらうか、あらかじめ作った結び目に手を入れて縄を引いて締めるか。
 独り稽古には工夫が必要だった。

 「コツ・・を磨くだけなら、完全に縛らなくてもできる。適当な輪にした縄に、両手首を出し入れする練習を繰り返せばいい」

 どうやって隙間を作り出し、関節を潜らせるか。その手順を磨くのだ。

「わかりました。毎日やってみます」
「人には見せないことだね。縄抜けができると知られると、抜けられない縛り方をされるので」
「『縛られても、縛らせるな』ですね?」

 いくら鍛えようと完璧な縄抜けなどない。縄抜けとは相手の油断につけこむ技なのだ。
 もちろん魔法やイドを使えるとなれば、縄を抜ける方法はいくらでもあるのだが。

魔視脳まじのうが使えない時のための縄抜け術だ。武術とは身を守る術のこと。そうですね、ネオン先生?)

 半月の修業でジェラートはステファノに合格を与えた。ここから先は自ら工夫しなさいと。

 ステファノは墨縄「みずち」をひと回り細いものに変えた。捕縄として人を縛りやすい細さに合わせたのだ。
 それだけでなく、途中に革帯を通した上で長さを調整すれば投擲用のスリングとしても使えるようにした。長杖スタッフに取りつければ「天秤」として使うこともできる。

 ジェラートに礼を述べ、ウニベルシタスでの再会を約して、ステファノは王都を後にした。

 ◆◆◆

(さて、どこへ行こうかな?)

 王都を去るにあたり、ステファノはこれからの旅先について考えた。直接サポリに向かうのは味気ない。
 まじタウンに戻るのはつまらない。

(南に行ってみるか)

 概ね東に位置するサポリから大きく遠ざからぬ範囲で、見知らぬ土地を訪ねてみようと思った。

(どこに行っても知らない土地だ。だったら、どっちに向かったっていいわけだよね?)

 まだ6月の初めだ。サポリには8月中に着けばよい。7月になるまでは気ままに旅しても、十分時間は余るはずだ。
 ステファノはのんびり徒歩で旅することにした。

(道に飽きたら高跳びの術を使うし)

 いざとなれば馬車より速く移動できるステファノだった。
 旅には世間を知る以外にも目的があった。中継器ルーターを街道沿いに設置する仕事だ。

 ステファノが歩いた跡が広域通信網WANのエリアとなっていく。これは長い目で見て、意義の大きい仕事であった。
 ステファノは2、3キロごとに1本、術式を籠めた鉄釘を立木に埋め込んだ。できるだけ高い木の枝に埋め込み、広いエリアをカバーできるように努めた。

 土魔法で重力を操れば、容易いことだった。

(本当は立木そのものに魔法付与できると良かったんだが……)

 それなら年月が経っても朽ちることがなく、材料も必要ない。しかし、「成長するもの」に魔法を籠めることはできなかった。

(生きているものは「変化」の速度が速い。実体が変わればイドも移り変わる。魔法の付与も安定しなくなる道理だよな)

 生体を対象に魔術をかけられないことにも、事情は共通していた。火魔術で敵の衣服を燃やすことはできるが、直接肉を燃やすことはできないのだ。

 ステファノが編み出した魔核混入マーキングは、対象のイドに自分のイドを混ぜ込み、魔法の対象とする業だ。この場合は術者であるステファノと対象である自分のイドとは一体である。
 同じ変化を共有するので、時間がたっても魔法をかけられる。

(立ち木に魔核混入してやれば、生き物であっても魔法付与できるだろうか?)
 
 ステファノはそう考えて、実験してみたことがある。が、結果は芳しくなかった。
 魔核混入した生物に後から魔法をかけることはできる。しかし、付与した魔法を長時間維持させることはできなかった。

 前者は1カ月後でも可能だったが、後者は数秒しか持たない。魔法術式が時の経過、すなわち変化にさらされるためだった。

(無生物への魔法付与はメリットもある。まとめて付与できるからね)

 手元の鉄釘数十本には中継器の術式を一度に籠めた。立木に釘を埋める手間はかかるが、改めて術式付与する必要がないのだ。

(うん? あれは馬車か。こっちに向かっているようだ)

 作業を終えて梢から今来た街道を見下ろしたステファノは、土埃を巻き上げながら走って来る1台の馬車を見つけた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第547話 少し食い物を分けてもらえんだろうか?」

 馬車は遠くを走っており、こちらの姿が見えるとは思わない。それでもステファノは木から飛び降りるのを止めて、幹を伝って地面に降りた。

 誰かが遠眼鏡で覗いているかもしれない。意味もなく目立つことは避けるべきだろう。

 街道に戻れば馬車に追い越されることになる。あの土埃を浴びせられるのはかなわないので、ステファノは道から離れたまま馬車をやり過ごすことにした。
 隠れる理由はないので、気配も消さぬままステファノは立木の前に座っていた。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...