飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
540 / 671
第5章 ルネッサンス攻防編

第540話 人を縛る機会なんか、そうはないからね。

しおりを挟む
「首つり役人ですか?」

 尋ね返したステファノの声がかすれていた。

「斬首刑なら首斬り役人だろう? うちは絞首刑だから首つり役人てわけさ。そのまんまだと聞こえが悪いだろ? だから、縛り屋って呼ばれるのさ」

 罪人の頭から麻袋をかぶせ、首に縄をかける。それがジェラートの役目だった。

 罪人は踏み台の上に立たされている。刑の執行役が台を蹴り飛ばし、罪人は首を縄でつるされる。
 踏み台はそれほど高い物ではない。なので、罪人は落下の衝撃では死なず、窒息して死ぬ。

 縛り方が悪いと、苦しみが長く続くことになる。

「捕縄術の専門家なら縄の扱いに慣れているだろう。そう言われて祖父の代からお役についたそうだ。確かにその通りだけど、ありがたい役目とは言えないね」

 死に切れなかったり、縄が切れたりすれば、処刑はやり直しとなる。罪人が許されることはない。

「王様に頂いた役目だからね。文句は言えないよ。誰かがしなきゃいけない仕事だしね? だったら、せめて長く苦しめずに死なせてあげるのが僕の役割だと思うようにしているよ」

 直接手を下すのとは違うだろうが、ジェラートは何人もの死に関わってきた。
 朝夕に、命を奪った罪人の冥福を祈ることを習慣にしていた。

「ああ、すまない。これは君には関係ない話だ。縛り方にもいろいろあるということを言いたかったんだよ」

 翌日からジェラートは様々な縛り方をステファノに教え込んだ。
 ほどけにくい結び目。暴れると余計にいましめがきつくなる縛り方。捕虜を歩かせる時のいましめ。逃げ出せないように転がしておく時の縛り方。

 縄の種類、特徴、目的に応じた選び方も教えた。

「こんなことは特に秘密でもないけど、知っている人は少ないだろ? 人を縛る機会なんか、そうはないからね」

 ステファノの映像記憶フォトグラフィック・メモリーは、ジェラートに驚かれた。

「随分覚えが早いと思ったら、そんな記憶法があるのかい? 目で見たものをそのまま記憶しておけるとはねえ。羨ましいよ」

 自分が子供の頃にそんな能力があれば、親父から小言を言われることもなかったろう。そう言って、ジェラートは自分の頭をさすった。

「じいさまは牧場で働いていたらしい。牛だの馬だのを捕まえる時に縄を使っていたそうだ。それで縛り方をいろいろ工夫したんだって」

 まさかそれが人を縛る技術に応用できるとは思ってもいなかったらしい。より素早く、より確実に縛る。それを地道に追求していたら、いつか縄の名人みたいなことになってしまったのだと。

「働いていた牧場から牛を出荷したんだそうだ。じいさまも牧童の1人としてね。そしたら途中で牛泥棒に襲われたんだって」

 ジェラートの祖父ジャンは武器も使えない人間だったので、一目散に逃げだした。だが、血の気の多い牧童の大半は鉈を振りかざして牛泥棒に立ち向かった。

「両方に死人が出て血なまぐさいことになったんだが、不意を襲った分泥棒の方に勢いがあったらしい」

 牧童のほとんどが死に、生き残った者も重傷だった。牛泥棒もただではすまず、まともに動けるのは3人しか残らなかった。

「3人の泥棒は牛を奪って逃げた。牧童側は追い掛けられるような状態じゃなかったんで、我が物顔で牛を連れて行ったそうだ」

 だが、ジャンは無傷だった。腕に覚えはないものの、そのまま牛泥棒を見逃すわけには行かなかった。
 牧童にとって家畜は大事な家族同然なのだ。家族を攫われて、見逃せるはずがない。

「じいさまは三日三晩盗賊を追い続けたそうだ。すっかり安心して寝込んでいるところを、1人ずつ石でぶん殴って縛り上げたんだと」

 さすが縄の名人で、月明かりの下でも迷いなく賊を縛り上げた。
 その後、縛り上げた盗賊をその場に転がしたまま、ジャンは牧場まで助けを求めに戻ったのだそうだ。

 怪我を負った牧童の生き残りを救助した後、盗賊を残した場所に連れて行かれた一同は、驚いて自分の目を疑った。

「置き去りにして3日も経つってのに、牛泥棒は1人も欠けずに残したその場に転がっていたそうだ」

 屈強な男たちが身動きひとつ取れなかった。それ程にジャンが施したいましめは完璧だった。
 盗賊を生け捕りにし、盗まれた牛をすべて取り戻すことができた。見事な手柄だと、若き日のジャンは役人に大層ほめられたと言う。

 おかげでジャンは王都に招かれ、衛兵隊長様からご褒美を頂いた。

「その時に、隊員に捕縛の仕方を指導してくれと頼まれたんだとさ」

 屈強な盗賊が3日も身動き取れない縛り方とはどんなものか。ぜひ教えてくれと言われ、褒美をもらっている手前、ジャンは断ることができなかった。

「それで結局、衛兵隊に居残ることになっちゃったんだよ」

 ただの牧童だったジャンに、敵や盗賊と戦う力があるわけなく、捕縛術指導の傍ら武器防具の手入れをするという裏方仕事を任されることになる。

「それだけなら簡単な話だったんだが、ある日事件が起きてねえ――」

 ジェラートの語尾は力なく響き、再び手元の鎧に目を落とした。

「死刑で死人が出たんだ」

 苦い物を吐き出すように、ジェラートは言った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第541話 そんなことがあってはならないんだけど……。」

「死刑で死人が出るのは普通じゃありません?」

 怪訝に思ったステファノが問い返した。

「普通は罪人が処刑されて死ぬんだけどね。死んだのは役人なんだ」

 ◆◆◆

『最後に言い残すことはあるか?』

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

調子に乗りすぎて処刑されてしまった悪役貴族のやり直し自制生活 〜ただし自制できるとは言っていない〜

EAT
ファンタジー
「どうしてこうなった?」 優れた血統、高貴な家柄、天賦の才能────生まれときから勝ち組の人生により調子に乗りまくっていた侯爵家嫡男クレイム・ブラッドレイは殺された。 傍から見ればそれは当然の報いであり、殺されて当然な悪逆非道の限りを彼は尽くしてきた。しかし、彼はなぜ自分が殺されなければならないのか理解できなかった。そして、死ぬ間際にてその答えにたどり着く。簡単な話だ………信頼し、友と思っていた人間に騙されていたのである。 そうして誰もにも助けてもらえずに彼は一生を終えた。意識が薄れゆく最中でクレイムは思う。「願うことならば今度の人生は平穏に過ごしたい」と「決して調子に乗らず、謙虚に慎ましく穏やかな自制生活を送ろう」と。 次に目が覚めればまた新しい人生が始まると思っていたクレイムであったが、目覚めてみればそれは10年前の少年時代であった。 最初はどういうことか理解が追いつかなかったが、また同じ未来を繰り返すのかと絶望さえしたが、同時にそれはクレイムにとって悪い話ではなかった。「同じ轍は踏まない。今度は全てを投げ出して平穏なスローライフを送るんだ!」と目標を定め、もう一度人生をやり直すことを決意する。 しかし、運命がそれを許さない。 一度目の人生では考えられないほどの苦難と試練が真人間へと更生したクレイムに次々と降りかかる。果たしてクレイムは本当にのんびり平穏なスローライフを遅れるのだろうか? ※他サイトにも掲載中

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

処理中です...