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第5章 ルネッサンス攻防編
第537話 面白い。そういう道もあるのだな。
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ステファノは木陰を避けながらすいと立ち上がった。わずかな動きを後から下りて来たキジが見つけ、慌てて逃げようと羽ばたいた。
しかしキジは既に着地の動きに入っており、すぐには新たな揚力を得られない。大きな鳥ほど機動性が低いのだった。
宙でもがくキジを狙って、ステファノは右上天の礫を放った。鋭く空気を斬り裂きながら、礫はキジの翼を捉えた。ネオン師が教えた急所であるつけ根の部分だった。
「キィーッ!」
悲し気な鳴き声と共にキジはぼとりと地に落ちた。入れ替わりに地面に降りていた1羽が逃れようと飛び立つ。
ステファノはこれを左下天の礫で落とした。
「ピーーッ!」
樹上に止まっていた雷丸が滑空術で降りて来た。地面でもがく2羽のキジに雷撃を放って止めを刺し、主人を待つ。
「大したものだな」
茂みから姿を現し、ネオン師は一言感想を述べた。それだけではステファノの投擲を褒めたものか、雷丸の行動を褒めたものかわからない。しかし、ステファノは褒められたのは雷丸だと解釈した。
小さく師に向かって頷くと、獲物を回収しに水辺に向かった。
回収した死体をネオン師が改めてみると、果たして2羽とも翼のつけ根を折られていた。
「いいだろう」
当たり所、威力共にネオン師の及第点に達しているようだ。
「血のにおいをさせて歩き回るわけには行かん。そのまま背負って行け」
肉質のためには早めに血抜きをした方が良いのだが、まだ猟の途中である。ステファノは背負子にくくりつけて2羽を背中に背負った。
「始めに止まる鳥、続いて立つ鳥を撃ったのは良い判断だった。逆の順では1羽を逃していただろう」
ネオン師はステファノの攻撃順を褒めた。確かに2羽が空中にいる状態で先の1羽を狙えば、後の1羽は異変に驚いて身を翻していたろう。
「左手での投擲も随分こなれてきた。下天を選んだのは素早く投げるためだな?」
「はい。左方向は開けていたので横から投げる余裕がありました」
右には身を隠していた立木があった。そこでステファノは右手での投擲は上天から行ったのだ。
「うむ。状況判断に周囲の認識、技の選択が的確だった。上出来だな」
「ありがとうございます」
「もう1つ――」
ネオン師は言葉を止めて、ステファノを見た。
「その歳で気を操れるのは、魔術師ゆえか?」
「メシヤ流では『イド』と呼びます。魔法と武術を同時に学んだ成果です」
「面白い。そういう道もあるのだな」
なぜわかったのかと、ステファノは尋ねなかった。ネオン師が体内の気を操れることは、礫の技を見ていればわかる。気功に熟達すれば他人の気を観ることもできるのだろう。
ネオンもそれ以上質問を重ねることなく、次の狩場へと向かった。
◆◆◆
「ピ、ピ」
木の上で雷丸が短く鳴いた。普段の声とは違う。
「先生」
ステファノは先を歩くネオン師に小さく声をかけた。
「何か見つけたか?」
「獲物だと思います。少なくとも猛獣ではありません」
雷丸は頭上で木から木へと飛び移った。
「あちらの方向か。便利なことだ」
上空からの監視ができる分、雷丸の存在は猟犬よりも役に立つかもしれない。何よりもただのネズミに見えるので、獲物を警戒させることがない。
「いかんな。体が楽を覚えてしまいそうだ」
冗談を1つ言うと、ネオン師は気配を断って雷丸の後を追った。ステファノも逆・魔核混入で森の気をまとい、その後に続いた。
雷丸が2人を連れて行ったのは森の切れ目だった。木々に覆われていた視界が突然広がった。
(ここは……沢か)
ステファノの前には河原が広がり、ゴロゴロと石が転がる間を幅10メートルほどの川が流れていた。
流れが穏やかになった浅瀬に、水を飲む獣の姿があった。
「若い牡鹿だな」
牡鹿までの距離は70メートル。風がないこともあり、2人の存在には気づいていない。
水面に口をつけて、水を飲むことに専念していた。
「この川は岸を歩いて里まで下れる。あれを仕留めて帰るとするか」
仕留めるのはもちろんステファノである。こくりと頷くと、ステファノは河原から手ごろな石を3つ集めた。
牡鹿がいるのは川の上流側で、2人の立つ位置よりも上った位置だった。距離は70メートルでも平地なら100メートル近く石を飛ばすつもりで投げる必要がある。
ステファノは紐を取り出し、手早く長杖に装着した。「天秤」の技を使うつもりだった。
(紐での投擲で高低差のある的は狙いにくい。紐を振り回す音で気づかれやすいし。一撃で投げる天秤の方が分が良いはず)
ステファノは石を紐にセットし、左半身の構えを取った。
(浅き夢見じ、飢干もせず――んー)
ギフトの末句を念誦すると、一気に長杖を振り抜いた。地上2.5メートルの高さから放たれた礫は、ほぼ一直線に牡鹿を襲った。
杖が風切る音が聞こえたか、宙を飛ぶ礫に気づいたか。水面から牡鹿がふと首を持ち上げた。
と同時に、拳大の礫が鹿の後ろ脚を直撃した。
「ボソッ!」
鈍い音と共に牡鹿の両脚は地面から跳ね飛ばされ、牡鹿は腰から横倒しになった。パニックを起こし、必死に立ち上がろうとあがくが、礫の直撃で腰骨が折れていた。片脚は使い物にならない。
残る後ろ脚1本で何とか立ち上がったが、そんな状態では走って逃げることもできなかった。
動かぬ折れた足を引きずって、それでも鹿は森に逃げ込もうとしていた。
「ガツッ!」
ステファノが放った2石めが牡鹿の頭部を撃った。その一撃は頭蓋骨もろとも牡鹿の脳を粉砕した。
即死した牡鹿は、ばったりと河原に転がった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第538話 次の世代に宝を引き継げるとは、幸せなことだな。」
ネオン師の指示で流木を集め、ステファノは簡単ないかだを作った。その上に2人がかりで牡鹿の死体を載せ、森で調達したツタで縛りつける。
いかだを水に浮かべ、川の両側からロープを引けば、流れに任せて牡鹿を運ぶことができる。
森で生きる者の知恵だった。
土魔法を使えば重さをなくして牡鹿を運ぶことができたが、ステファノはあえてそうしなかった。
……
◆お楽しみに。
しかしキジは既に着地の動きに入っており、すぐには新たな揚力を得られない。大きな鳥ほど機動性が低いのだった。
宙でもがくキジを狙って、ステファノは右上天の礫を放った。鋭く空気を斬り裂きながら、礫はキジの翼を捉えた。ネオン師が教えた急所であるつけ根の部分だった。
「キィーッ!」
悲し気な鳴き声と共にキジはぼとりと地に落ちた。入れ替わりに地面に降りていた1羽が逃れようと飛び立つ。
ステファノはこれを左下天の礫で落とした。
「ピーーッ!」
樹上に止まっていた雷丸が滑空術で降りて来た。地面でもがく2羽のキジに雷撃を放って止めを刺し、主人を待つ。
「大したものだな」
茂みから姿を現し、ネオン師は一言感想を述べた。それだけではステファノの投擲を褒めたものか、雷丸の行動を褒めたものかわからない。しかし、ステファノは褒められたのは雷丸だと解釈した。
小さく師に向かって頷くと、獲物を回収しに水辺に向かった。
回収した死体をネオン師が改めてみると、果たして2羽とも翼のつけ根を折られていた。
「いいだろう」
当たり所、威力共にネオン師の及第点に達しているようだ。
「血のにおいをさせて歩き回るわけには行かん。そのまま背負って行け」
肉質のためには早めに血抜きをした方が良いのだが、まだ猟の途中である。ステファノは背負子にくくりつけて2羽を背中に背負った。
「始めに止まる鳥、続いて立つ鳥を撃ったのは良い判断だった。逆の順では1羽を逃していただろう」
ネオン師はステファノの攻撃順を褒めた。確かに2羽が空中にいる状態で先の1羽を狙えば、後の1羽は異変に驚いて身を翻していたろう。
「左手での投擲も随分こなれてきた。下天を選んだのは素早く投げるためだな?」
「はい。左方向は開けていたので横から投げる余裕がありました」
右には身を隠していた立木があった。そこでステファノは右手での投擲は上天から行ったのだ。
「うむ。状況判断に周囲の認識、技の選択が的確だった。上出来だな」
「ありがとうございます」
「もう1つ――」
ネオン師は言葉を止めて、ステファノを見た。
「その歳で気を操れるのは、魔術師ゆえか?」
「メシヤ流では『イド』と呼びます。魔法と武術を同時に学んだ成果です」
「面白い。そういう道もあるのだな」
なぜわかったのかと、ステファノは尋ねなかった。ネオン師が体内の気を操れることは、礫の技を見ていればわかる。気功に熟達すれば他人の気を観ることもできるのだろう。
ネオンもそれ以上質問を重ねることなく、次の狩場へと向かった。
◆◆◆
「ピ、ピ」
木の上で雷丸が短く鳴いた。普段の声とは違う。
「先生」
ステファノは先を歩くネオン師に小さく声をかけた。
「何か見つけたか?」
「獲物だと思います。少なくとも猛獣ではありません」
雷丸は頭上で木から木へと飛び移った。
「あちらの方向か。便利なことだ」
上空からの監視ができる分、雷丸の存在は猟犬よりも役に立つかもしれない。何よりもただのネズミに見えるので、獲物を警戒させることがない。
「いかんな。体が楽を覚えてしまいそうだ」
冗談を1つ言うと、ネオン師は気配を断って雷丸の後を追った。ステファノも逆・魔核混入で森の気をまとい、その後に続いた。
雷丸が2人を連れて行ったのは森の切れ目だった。木々に覆われていた視界が突然広がった。
(ここは……沢か)
ステファノの前には河原が広がり、ゴロゴロと石が転がる間を幅10メートルほどの川が流れていた。
流れが穏やかになった浅瀬に、水を飲む獣の姿があった。
「若い牡鹿だな」
牡鹿までの距離は70メートル。風がないこともあり、2人の存在には気づいていない。
水面に口をつけて、水を飲むことに専念していた。
「この川は岸を歩いて里まで下れる。あれを仕留めて帰るとするか」
仕留めるのはもちろんステファノである。こくりと頷くと、ステファノは河原から手ごろな石を3つ集めた。
牡鹿がいるのは川の上流側で、2人の立つ位置よりも上った位置だった。距離は70メートルでも平地なら100メートル近く石を飛ばすつもりで投げる必要がある。
ステファノは紐を取り出し、手早く長杖に装着した。「天秤」の技を使うつもりだった。
(紐での投擲で高低差のある的は狙いにくい。紐を振り回す音で気づかれやすいし。一撃で投げる天秤の方が分が良いはず)
ステファノは石を紐にセットし、左半身の構えを取った。
(浅き夢見じ、飢干もせず――んー)
ギフトの末句を念誦すると、一気に長杖を振り抜いた。地上2.5メートルの高さから放たれた礫は、ほぼ一直線に牡鹿を襲った。
杖が風切る音が聞こえたか、宙を飛ぶ礫に気づいたか。水面から牡鹿がふと首を持ち上げた。
と同時に、拳大の礫が鹿の後ろ脚を直撃した。
「ボソッ!」
鈍い音と共に牡鹿の両脚は地面から跳ね飛ばされ、牡鹿は腰から横倒しになった。パニックを起こし、必死に立ち上がろうとあがくが、礫の直撃で腰骨が折れていた。片脚は使い物にならない。
残る後ろ脚1本で何とか立ち上がったが、そんな状態では走って逃げることもできなかった。
動かぬ折れた足を引きずって、それでも鹿は森に逃げ込もうとしていた。
「ガツッ!」
ステファノが放った2石めが牡鹿の頭部を撃った。その一撃は頭蓋骨もろとも牡鹿の脳を粉砕した。
即死した牡鹿は、ばったりと河原に転がった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第538話 次の世代に宝を引き継げるとは、幸せなことだな。」
ネオン師の指示で流木を集め、ステファノは簡単ないかだを作った。その上に2人がかりで牡鹿の死体を載せ、森で調達したツタで縛りつける。
いかだを水に浮かべ、川の両側からロープを引けば、流れに任せて牡鹿を運ぶことができる。
森で生きる者の知恵だった。
土魔法を使えば重さをなくして牡鹿を運ぶことができたが、ステファノはあえてそうしなかった。
……
◆お楽しみに。
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