528 / 629
第5章 ルネッサンス攻防編
第528話 ……お前には似合いの武器になるかもしれない。
しおりを挟む
翌日、朝の日課の後、ステファノはネオン師と共に試射場にいた。
「まずは遠的に慣れてもらう。投法は左右の『中天』で行う」
飛距離、威力、命中精度を全て満足させられるのは、「中天」以外になかった。
「使う石も大きくなる。いきなり全力で投げると肩を壊すぞ。5割の力から始めなさい」
ネオン師が示したのは拳大の石だった。
確かにこれを思い切り投げたら筋肉を痛めそうだと、ステファノは思った。
「隠密性は考えなくていい。体全体を使って大きな動きで投げろ。腕だけに頼ってはいけない」
そう言うと、ネオンは自ら一石を投じて見せた。
半身の姿勢から片足を上げ、体を捻りながら足を大きく前方に踏み出し、腰から肩、腕、手首に回転を伝え、石を飛ばしていた。
「右手でも左手でも投げられるようにする。すなわち体は左右均等に鍛えなければならない」
ネオン師はあえて力を抑え、山なりに石を飛ばした。それでも石は40メートル先の標的を捉えた。
「状況によってはあえて山なりに投げる場合もある。途中に障害物がある場合などだな」
高く投げ上げた石を頭上から落として、物陰に隠れた敵を倒す技もあると、ネオン師は言った。
「お前も山なりの投法から始めると良い」
そう言い残して、彼女は狩りに出かけて行った。
◆◆◆
1人になり、ステファノは台の上に転がる石を眺めた。
(先生は拳大の石を投げていた。俺もそうすべきか?)
右手に石を取り、握り具合を確かめる。
(俺の手は先生の手より小さい。石の大きさは自分の手に合わせた方が良いな)
石が大きすぎると、握りが甘くなる。十分な力が伝えられないし、狙いもぶれるだろう。
ぽんぽんと、軽く手から放り上げて石の重みを測った。
(うーん。思ったより重いな。これは体に負担がかかりそうだ)
ステファノは初伝の教えを思い出した。
(思い切り投げる必要はないんだ。徐々に体を慣らせばいい)
右手の石と台上の石を見比べ、ステファノは大きさが半分の石に持ち替えた。
(うん。これなら無理せずに投げられる)
左半身から「右中天」の型で石を投じた。ゆったりと山なりに飛んだ礫は遠的の右側を通過した。
(最初はこれで良い。右左5本ずつ交互に練習するか)
10投を1セットに、ステファノは練習を繰り返した。1セット毎にインターバルを取り、石を拾い集める。
ネオン師のアドバイスに従い、ステファノは日常生活でも左手を使うように心掛けていた。
慣れない動作には違和感が伴う。それは動きの無駄、筋肉の緊張につながり、肉体と精神の疲労をもたらす。
重労働の負荷とはまた違うきつさがあった。
それでも繰り返せば慣れてくる。10日の修業でステファノは左手をかなりうまく使えるようになっていた。
礫を当てることにこだわり過ぎると、特に左手の場合、手の動きに頼ってしまう。そうではなく、体全体を使ってゆったりと大きく動くことを、ステファノは心掛けた。
不思議なもので手の器用さに頼らないことで、投擲はかえって安定するのだった。
(これは当たる)
やがて石が指先を離れる瞬間、どこに飛んで行くかが予想できるようになってきた。投擲の形が徐々に安定したせいだろう。無理に当てには行かず、一定の形で投げる。
形と飛ぶ先が安定すれば、後々狙いを調整するだけで良いはずだ。
ステファノは3日で遠的の型を安定させ、4日めからは礫の大きさと速度を上げて行った。ネオン師は朝夕にステファノの型を検分し、時折手直しをさせた。
連日の稽古で筋力も増し、10日めにはかなりの速さで礫を飛ばせるようになっていた。
「よし。遠的の型も定まったな。いよいよ明日からは道具の使い方を教えよう」
「道具を使った投石ですか?」
「そうだ。……お前には似合いの武器になるかもしれない」
ネオン師は意味ありげにほほ笑んだ。
◆◆◆
翌日の朝稽古は「投石器」の紹介から始まった。
「これが『投石紐』だ。当流では簡単に『紐』と呼んでいる」
「これを使うんですか?」
ネオン師が懐から取り出したのは、全長1メートル程の紐の中央に革製の短い帯のような物を取りつけた道具であった。
「中央の革帯に石を包んで使う。紐は羊毛を編んだものだ。植物性に比べて伸縮する分、投石の威力が増す利点がある」
「一方の端にある輪は、何に使うものでしょう?」
「ここに手首を通して、紐が手から離れないようにする」
ネオンは実際に紐を右手に装着して見せた。石を革帯に包むと、紐のもう一方の端を輪から出た紐と一緒に、手のひらに握り込む。
「持ち方はこうだ。これを頭上や体の横で振り回してから手を離すと、2つ折にした紐がまっすぐに伸びて石が放たれるのだ」
「手を離すタイミングが難しそうですね」
石は紐が旋回する面に沿って飛んで行くが、タイミングを間違うと標的には当たらない。
「どれ、試しにやって見せよう。離れていなさい」
ネオン師は長机に近づき、拳大の石を紐にセットした。
「紐には『上天』の型と『黄泉路』の型しかない。まずは上天を見せる」
彼女は左半身に構え、右手の紐を頭上で回し始めた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第529話 お前、縄を使うのだろう?」
ひゅん、ひゅん、とうなりを上げる紐は回転が早まると、「ヒュー」と音が一定になった。
5回転したところで紐が放たれ、ネオン師の手元から石が宙に飛び出した。
そのスピードは素手で投げるよりもはるかに速い。一直線に40メートル先の遠的にぶち当たった。
「これが『右上天』だ。続いて、『右黄泉路』」
ネオン師は別の石を「紐」に挟むと、体の右横で縦に回した。車で言えば後退の回転だ。
……
◆お楽しみに。
「まずは遠的に慣れてもらう。投法は左右の『中天』で行う」
飛距離、威力、命中精度を全て満足させられるのは、「中天」以外になかった。
「使う石も大きくなる。いきなり全力で投げると肩を壊すぞ。5割の力から始めなさい」
ネオン師が示したのは拳大の石だった。
確かにこれを思い切り投げたら筋肉を痛めそうだと、ステファノは思った。
「隠密性は考えなくていい。体全体を使って大きな動きで投げろ。腕だけに頼ってはいけない」
そう言うと、ネオンは自ら一石を投じて見せた。
半身の姿勢から片足を上げ、体を捻りながら足を大きく前方に踏み出し、腰から肩、腕、手首に回転を伝え、石を飛ばしていた。
「右手でも左手でも投げられるようにする。すなわち体は左右均等に鍛えなければならない」
ネオン師はあえて力を抑え、山なりに石を飛ばした。それでも石は40メートル先の標的を捉えた。
「状況によってはあえて山なりに投げる場合もある。途中に障害物がある場合などだな」
高く投げ上げた石を頭上から落として、物陰に隠れた敵を倒す技もあると、ネオン師は言った。
「お前も山なりの投法から始めると良い」
そう言い残して、彼女は狩りに出かけて行った。
◆◆◆
1人になり、ステファノは台の上に転がる石を眺めた。
(先生は拳大の石を投げていた。俺もそうすべきか?)
右手に石を取り、握り具合を確かめる。
(俺の手は先生の手より小さい。石の大きさは自分の手に合わせた方が良いな)
石が大きすぎると、握りが甘くなる。十分な力が伝えられないし、狙いもぶれるだろう。
ぽんぽんと、軽く手から放り上げて石の重みを測った。
(うーん。思ったより重いな。これは体に負担がかかりそうだ)
ステファノは初伝の教えを思い出した。
(思い切り投げる必要はないんだ。徐々に体を慣らせばいい)
右手の石と台上の石を見比べ、ステファノは大きさが半分の石に持ち替えた。
(うん。これなら無理せずに投げられる)
左半身から「右中天」の型で石を投じた。ゆったりと山なりに飛んだ礫は遠的の右側を通過した。
(最初はこれで良い。右左5本ずつ交互に練習するか)
10投を1セットに、ステファノは練習を繰り返した。1セット毎にインターバルを取り、石を拾い集める。
ネオン師のアドバイスに従い、ステファノは日常生活でも左手を使うように心掛けていた。
慣れない動作には違和感が伴う。それは動きの無駄、筋肉の緊張につながり、肉体と精神の疲労をもたらす。
重労働の負荷とはまた違うきつさがあった。
それでも繰り返せば慣れてくる。10日の修業でステファノは左手をかなりうまく使えるようになっていた。
礫を当てることにこだわり過ぎると、特に左手の場合、手の動きに頼ってしまう。そうではなく、体全体を使ってゆったりと大きく動くことを、ステファノは心掛けた。
不思議なもので手の器用さに頼らないことで、投擲はかえって安定するのだった。
(これは当たる)
やがて石が指先を離れる瞬間、どこに飛んで行くかが予想できるようになってきた。投擲の形が徐々に安定したせいだろう。無理に当てには行かず、一定の形で投げる。
形と飛ぶ先が安定すれば、後々狙いを調整するだけで良いはずだ。
ステファノは3日で遠的の型を安定させ、4日めからは礫の大きさと速度を上げて行った。ネオン師は朝夕にステファノの型を検分し、時折手直しをさせた。
連日の稽古で筋力も増し、10日めにはかなりの速さで礫を飛ばせるようになっていた。
「よし。遠的の型も定まったな。いよいよ明日からは道具の使い方を教えよう」
「道具を使った投石ですか?」
「そうだ。……お前には似合いの武器になるかもしれない」
ネオン師は意味ありげにほほ笑んだ。
◆◆◆
翌日の朝稽古は「投石器」の紹介から始まった。
「これが『投石紐』だ。当流では簡単に『紐』と呼んでいる」
「これを使うんですか?」
ネオン師が懐から取り出したのは、全長1メートル程の紐の中央に革製の短い帯のような物を取りつけた道具であった。
「中央の革帯に石を包んで使う。紐は羊毛を編んだものだ。植物性に比べて伸縮する分、投石の威力が増す利点がある」
「一方の端にある輪は、何に使うものでしょう?」
「ここに手首を通して、紐が手から離れないようにする」
ネオンは実際に紐を右手に装着して見せた。石を革帯に包むと、紐のもう一方の端を輪から出た紐と一緒に、手のひらに握り込む。
「持ち方はこうだ。これを頭上や体の横で振り回してから手を離すと、2つ折にした紐がまっすぐに伸びて石が放たれるのだ」
「手を離すタイミングが難しそうですね」
石は紐が旋回する面に沿って飛んで行くが、タイミングを間違うと標的には当たらない。
「どれ、試しにやって見せよう。離れていなさい」
ネオン師は長机に近づき、拳大の石を紐にセットした。
「紐には『上天』の型と『黄泉路』の型しかない。まずは上天を見せる」
彼女は左半身に構え、右手の紐を頭上で回し始めた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第529話 お前、縄を使うのだろう?」
ひゅん、ひゅん、とうなりを上げる紐は回転が早まると、「ヒュー」と音が一定になった。
5回転したところで紐が放たれ、ネオン師の手元から石が宙に飛び出した。
そのスピードは素手で投げるよりもはるかに速い。一直線に40メートル先の遠的にぶち当たった。
「これが『右上天』だ。続いて、『右黄泉路』」
ネオン師は別の石を「紐」に挟むと、体の右横で縦に回した。車で言えば後退の回転だ。
……
◆お楽しみに。
11
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる