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第5章 ルネッサンス攻防編
第526話 型の意味を考えていたら、こうなりました。
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『始めから強く撃つ必要はない。必中にこだわる必要もない』
ネオン師は確かにそう言ったのだ。普通の注意かもしれない。
しかし、それも「極意」の一部であるとしたら、どうだ。
(投げやすい石を選ぶのは、違うのかもしれない)
角が立った石は、たいてい不規則な形をしている。握りにくく、投げにくい。
だが、石とは本来そういうものだ。
どこにでも落ちている小石を拾って武器とする。それが礫術の本質だとするなら、投げやすい丸石を探すのはおかしいのではないか?
ステファノは無意識に集めていた丸石を台に戻し、角ばった石を拾い直した。
『いつもいつも形の揃ったジャガイモがあるわけねえ。何のための包丁だ? 大きさは切る時に揃えりゃいい』
与えられた材料を使いこなすのが、職人の技量というものだ。バンスはそう教えてくれた。
そう思ってみれば、ネオン師は丸石を選んではいなかった。
(どんな石でも使いこなせなければ、型を身につけたとは言えない)
「手裡八方」の型をステファノが1時間繰り返した頃、ネオン師が試射場に戻って来た。
「工夫をしていたようだな」
ステファノの様子を見て、ネオンはそう声をかけた。
「はい。近的相手の投法は隠密が優先だろうと考えました」
「ほう。自分で考えたのか?」
ステファノの答えはネオン師を面白がらせたようだ。
「型の意味を考えていたら、こうなりました」
ステファノは悪びれずに答えた。もし間違っていたら、詫びるだけの話だ。
「そうか。それも良いだろう」
とがめられることも覚悟していたが、ネオン師はそれ以上追及しなかった。
「それより体に疲れはないか? 痛むところは?」
言われて、ステファノは改めて自分の体を確かめた。
「疲れはありませんが、ところどころ少し筋が張った気がします」
「そうか。左手に張りがあるのではないか?」
「そうですね。そう言われると、手首や前腕に張りがあるようです」
ネオン師によれば普段使わない筋肉を使った結果だろうということだった。無理をせず、そこまでにしておけと言われ、ステファノはその日の稽古を終わりにした。
そのままにしない方が良いと言われ、ステファノは筋肉をほぐすストレッチやマッサージのやり方を師から教わった。
ネオン師の勧めもあり、ステファノはそのまま納屋に寝泊まりさせてもらうことになった。
◆◆◆
その日からネオン道場での修行が始まった。
朝は水汲みと掃除、洗濯から1日が始まる。掃除と洗濯には魔法具を使ったが、水汲みはあえて体を使って井戸水を運んだ。
体力増強に丁度良いからだ。
初日は腕が疲れたが、すぐに慣れた。10年近い下働きで水汲みは嫌になるほどやって来た。水汲みだったら自分は達人クラスだろうと、ステファノは思う。
朝食の前に、基礎運動をすることがステファノの日課になっていた。
走り、跳び、転がる。イドを高周波化しながら動き回ると、通常よりも筋肉を活性化することができる。短い時間で筋肉を鍛えるには有効な方法だった。
動き回るだけでなく転がる運動を付け加えたのは「柔」の修業のつもりだ。体を投げ出して身を守る。その時に怪我をしないために役立つ動きと考えた。
(それに、宙を飛ぶ練習になるしね)
空間認識、姿勢制御。これらは普通に走るだけでは身につかない。転がり、跳ぶことによってステファノは空中機動の能力を高めた。
滑空術に役立てるためである。
土魔法と風魔法の複合である滑空術はステファノの魔視脳に刻み込まれている。しかし、空中での身ごなしはそうはいかない。
いくら雷丸の飛行経験を共有しても、それは魔法的な経験であって、運動経験を共有することはできない。
ただ真っ直ぐに滑空するだけならば、ステファノにもできる。だが方向転換や上昇、下降などを自在に行うのは魔法だけでは難しかった。
土魔法で引力は変えられても、慣性は変えられない。大きく重いステファノの体で空を飛び回るのは至難の業だ。
(空中機動が上達すれば、滑空術は本格的な術になる)
その確信を持って、ステファノは宙返りや受け身の稽古に励むのだった。
基礎運動が終わったら汗を落として朝食の時間だ。山の中を走ることを日課としているネオンも、同じ頃山から下りて来る。ステファノが用意した簡単な料理で朝食を取る。
肉と山菜くらいしか食材がないので、たいていスープになる。
朝食の後、ネオンは狩に出掛ける。夕方までには戻ることが多いが、泊まり込みの猟になることもある。
狩りの道具は礫だけだ。
山に入った道々で礫になる石を拾い集め、それを投げて獲物を殺すのだという。
「鳥やウサギなら小石で殺せるでしょうが、猪や熊が出たらどうするんですか?」
猛獣を倒す礫術があるのだろうかと、ステファノはネオンに尋ねた。
「逃げるさ」
ネオンはあっさり答えた。
狐くらいの大きさまでなら礫で倒せるが、それ以上は難しいと言う。そうかといって弓を持ち歩くつもりもない。
「わたしは無尽流礫術の継承者だからな。猟は本業ではない」
そう言いながらも、ネオン師の背には獲物を載せて持ち帰るための背負子があり、腰には山刀を差している。
足には蛇除け、蛭除けの脚絆を巻いて、頭も頭巾で守っていた。
見た目には立派な猟師だった。
「行って来る」
そう言い残して出て行くネオンを見送り、ステファノは1人修行を開始した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第527話 それも1つの道だろう。」
近的の修業に、ステファノは10日費やした。
的に当てるだけなら、2日めの終わりには目途がついた。命中率は8割から9割の間だった。
名人とは決して言えないが、十分に役には立つ。
そもそも礫で致命傷を与えることはできないので、敵のけん制になれば良い。そう考えれば9割の命中率は合格点と言えた。
……
◆お楽しみに。
ネオン師は確かにそう言ったのだ。普通の注意かもしれない。
しかし、それも「極意」の一部であるとしたら、どうだ。
(投げやすい石を選ぶのは、違うのかもしれない)
角が立った石は、たいてい不規則な形をしている。握りにくく、投げにくい。
だが、石とは本来そういうものだ。
どこにでも落ちている小石を拾って武器とする。それが礫術の本質だとするなら、投げやすい丸石を探すのはおかしいのではないか?
ステファノは無意識に集めていた丸石を台に戻し、角ばった石を拾い直した。
『いつもいつも形の揃ったジャガイモがあるわけねえ。何のための包丁だ? 大きさは切る時に揃えりゃいい』
与えられた材料を使いこなすのが、職人の技量というものだ。バンスはそう教えてくれた。
そう思ってみれば、ネオン師は丸石を選んではいなかった。
(どんな石でも使いこなせなければ、型を身につけたとは言えない)
「手裡八方」の型をステファノが1時間繰り返した頃、ネオン師が試射場に戻って来た。
「工夫をしていたようだな」
ステファノの様子を見て、ネオンはそう声をかけた。
「はい。近的相手の投法は隠密が優先だろうと考えました」
「ほう。自分で考えたのか?」
ステファノの答えはネオン師を面白がらせたようだ。
「型の意味を考えていたら、こうなりました」
ステファノは悪びれずに答えた。もし間違っていたら、詫びるだけの話だ。
「そうか。それも良いだろう」
とがめられることも覚悟していたが、ネオン師はそれ以上追及しなかった。
「それより体に疲れはないか? 痛むところは?」
言われて、ステファノは改めて自分の体を確かめた。
「疲れはありませんが、ところどころ少し筋が張った気がします」
「そうか。左手に張りがあるのではないか?」
「そうですね。そう言われると、手首や前腕に張りがあるようです」
ネオン師によれば普段使わない筋肉を使った結果だろうということだった。無理をせず、そこまでにしておけと言われ、ステファノはその日の稽古を終わりにした。
そのままにしない方が良いと言われ、ステファノは筋肉をほぐすストレッチやマッサージのやり方を師から教わった。
ネオン師の勧めもあり、ステファノはそのまま納屋に寝泊まりさせてもらうことになった。
◆◆◆
その日からネオン道場での修行が始まった。
朝は水汲みと掃除、洗濯から1日が始まる。掃除と洗濯には魔法具を使ったが、水汲みはあえて体を使って井戸水を運んだ。
体力増強に丁度良いからだ。
初日は腕が疲れたが、すぐに慣れた。10年近い下働きで水汲みは嫌になるほどやって来た。水汲みだったら自分は達人クラスだろうと、ステファノは思う。
朝食の前に、基礎運動をすることがステファノの日課になっていた。
走り、跳び、転がる。イドを高周波化しながら動き回ると、通常よりも筋肉を活性化することができる。短い時間で筋肉を鍛えるには有効な方法だった。
動き回るだけでなく転がる運動を付け加えたのは「柔」の修業のつもりだ。体を投げ出して身を守る。その時に怪我をしないために役立つ動きと考えた。
(それに、宙を飛ぶ練習になるしね)
空間認識、姿勢制御。これらは普通に走るだけでは身につかない。転がり、跳ぶことによってステファノは空中機動の能力を高めた。
滑空術に役立てるためである。
土魔法と風魔法の複合である滑空術はステファノの魔視脳に刻み込まれている。しかし、空中での身ごなしはそうはいかない。
いくら雷丸の飛行経験を共有しても、それは魔法的な経験であって、運動経験を共有することはできない。
ただ真っ直ぐに滑空するだけならば、ステファノにもできる。だが方向転換や上昇、下降などを自在に行うのは魔法だけでは難しかった。
土魔法で引力は変えられても、慣性は変えられない。大きく重いステファノの体で空を飛び回るのは至難の業だ。
(空中機動が上達すれば、滑空術は本格的な術になる)
その確信を持って、ステファノは宙返りや受け身の稽古に励むのだった。
基礎運動が終わったら汗を落として朝食の時間だ。山の中を走ることを日課としているネオンも、同じ頃山から下りて来る。ステファノが用意した簡単な料理で朝食を取る。
肉と山菜くらいしか食材がないので、たいていスープになる。
朝食の後、ネオンは狩に出掛ける。夕方までには戻ることが多いが、泊まり込みの猟になることもある。
狩りの道具は礫だけだ。
山に入った道々で礫になる石を拾い集め、それを投げて獲物を殺すのだという。
「鳥やウサギなら小石で殺せるでしょうが、猪や熊が出たらどうするんですか?」
猛獣を倒す礫術があるのだろうかと、ステファノはネオンに尋ねた。
「逃げるさ」
ネオンはあっさり答えた。
狐くらいの大きさまでなら礫で倒せるが、それ以上は難しいと言う。そうかといって弓を持ち歩くつもりもない。
「わたしは無尽流礫術の継承者だからな。猟は本業ではない」
そう言いながらも、ネオン師の背には獲物を載せて持ち帰るための背負子があり、腰には山刀を差している。
足には蛇除け、蛭除けの脚絆を巻いて、頭も頭巾で守っていた。
見た目には立派な猟師だった。
「行って来る」
そう言い残して出て行くネオンを見送り、ステファノは1人修行を開始した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第527話 それも1つの道だろう。」
近的の修業に、ステファノは10日費やした。
的に当てるだけなら、2日めの終わりには目途がついた。命中率は8割から9割の間だった。
名人とは決して言えないが、十分に役には立つ。
そもそも礫で致命傷を与えることはできないので、敵のけん制になれば良い。そう考えれば9割の命中率は合格点と言えた。
……
◆お楽しみに。
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