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第5章 ルネッサンス攻防編
第525話 それにしても、「黄泉路」とは何だ?
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拾い集めた小石を台の上に並べながら、ステファノは考える。
(「上天」、「中天」、「下天」は胸から上の高さで腕を振る。それはわかる)
腕を振る角度が変われば、体幹の使い方が変わる。回転させる軸の方向が変わって来るのだ。
ステファノはネオン師の映像を思い浮かべる。石を持たずに上天、中天、下天の動きを自分の体でなぞってみる。
(なぜ違う投げ方がある? 「そうした方が良い場合」があるからだ。上から投げる時、横から投げる時……)
恐らくは周りの環境に合わせるのだろう。右に障害があれば、「上天」で投げるか、「左四方」を使うしかない。反対に天井が低ければ、「中天」や「下天」で投げるしかない。
(それにしても、「黄泉路」とは何だ? 下から投げる必要があるか?)
黄泉とは「死者の国」のことだ。誰か年寄りに聞かされたことがある。「黄泉路」というのは「あの世」へ向かう道のことだろうか?
(ひょっとして殺人技のことだろうか?)
ネオンが見せた黄泉路の礫は、長テーブルの下をくぐって飛んで行った。
(敵の隙を突き、死角から攻撃するための技なのかもしれない)
物陰や木陰に身を隠しながら、出所を悟らせずに礫を撃つ。そういう技に思えた。
死者の国は、確か地の底にあるはずだ。地の底から湧き出すように低い位置から飛んで行く礫。それが黄泉路ではないか。
そもそも下手から投げた礫は勢いが弱くなる。
(近い距離から不意を突く技なんだろうな)
他の投法は勢いを乗せることができる。逆に動きを小さくすれば、出所をわかりにくくすることができるだろう。
(「天」と名のつく3つの投法は、遠近の使い分けがありそうだ)
そこまで考えて、ステファノは改めて20メートルの「近的」を見つめた。
『初めから強く撃つ必要はない。必中にこだわる必要もない。滞りなく、崩れることなく、流れの中で石を撃て』
ネオン師はそう言った。手本として見せたのは近的を相手にした「手裡八方」の手の内だった。
(近的相手に稽古するのは、敵の不意を突く隠し技だ)
そこまで口にせず、「普通の投げ方」だけを示したのは、ステファノに自分の頭で考えさせるためだろう。
かつてクリードの師ジョバンニは、こう言ったという。
『剣の道は「一人一流」である』と。
ネオン師は既に極意をステファノに託している。「流派の極意は初伝にある」と言ったではないか。
(俺は無尽流の極意を「自分の極意」にしなければならない)
『他のすべては「コツ」と「応用」に過ぎぬ』
ネオン師はそうも言った。
(後は自分で工夫せよということだろう)
これからやるべきことが、ステファノの中で明確になった。
ステファノは右手に4つ、左手に4つの小石を握り込み、近的に正対して立った。心を鎮め、イドの波動を抑える。隠形陰の構え。
音を消したすり足で左半身となり、力みのない動きで右四方の4石を撃つ。
1投も的を捉えることはなかったが、それには意を向けない。
小さく息を継いで、右半身に入れ替わる。今度は左四方の4石を続けて放つ。手の内がうまくさばけず、石を2つ取りこぼしてしまった。
それにも深く気を寄せない。
(流れの中で投げる)
『滞りなく、崩れることなく、流れの中で石を撃て』
それが師より授けられた極意だった。
(初めからできなくてもいい。これは稽古だ。できるまで繰り返せばいいんだ)
炒め物の稽古では、手拭いを載せて鍋を振った。砂を入れて振ったこともある。
バンスから叱られたのは工夫と努力を怠った時だけだ。「できない」ことを叱られたことはない。
(玉子なら2つ手に持って割ることができる。小石は玉子より小さい。片手に4つなら扱えるはずだ)
4つの小石を右手に握り、目をつぶってみた。どの順番で手の内の石を繰り出すか。
(これも1つの「段取り」だ。段取りが決まれば、仕事が決まる)
右手の動きが定まったら、目を開き、右左の手で同時に同じことをする。
(右でできることなら、左でもできる。「慣れ」が必要なだけだ)
鏡に右手を写すように、左手は右手と同じことをすればよい。できないことをするのではない。既に右手でできることを、反対写しにするだけなのだ。
(うん。小指で送り、親指で押し出す。それだけのことだ)
慣れてきたら手を傾け、横向き、下向きでも石を落とさないように意識する。
(いくら下働きだって、玉子を落とすようなドジはしないからね。ふふふ)
石を玉子のように扱う思い込みは、悪くなかった。そっと握るが、しっかりと支える。その心持が手の内に「遊び」を生んだ。
ぎゅっと握り締めれば遊びがなくなる。隙間なく握り込んだ石は、手の中で居つき、動かせなくなる。
遊びがあればこそ、手離れよく石は飛び出すのだ。
「よし! 段取りが決まった」
ステファノは顔を明るくし、再び投擲の構えに入った。やることは同じ。右四方と左四方を続けて行う。
今度は息を継がず、流れるように投げ続ける。
(やっぱり丸みのある滑らかな石の方が投げやすいな)
手の内で扱いやすく、バランスが取りやすい。丸い石を集めて使えば命中率を上げられるだろう。
しかし――。
(先生は「必中にこだわるな」と言った)
ステファノは石を選ぶ手を止めた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第526話 型の意味を考えていたら、こうなりました。」
『始めから強く撃つ必要はない。必中にこだわる必要もない』
ネオン師は確かにそう言ったのだ。普通の注意かもしれない。
しかし、それも「極意」の一部であるとしたら、どうだ。
(投げやすい石を選ぶのは、違うのかもしれない)
角が立った石は、たいてい不規則な形をしている。握りにくく、投げにくい。
だが、石とは本来そういうものだ。
……
◆お楽しみに。
(「上天」、「中天」、「下天」は胸から上の高さで腕を振る。それはわかる)
腕を振る角度が変われば、体幹の使い方が変わる。回転させる軸の方向が変わって来るのだ。
ステファノはネオン師の映像を思い浮かべる。石を持たずに上天、中天、下天の動きを自分の体でなぞってみる。
(なぜ違う投げ方がある? 「そうした方が良い場合」があるからだ。上から投げる時、横から投げる時……)
恐らくは周りの環境に合わせるのだろう。右に障害があれば、「上天」で投げるか、「左四方」を使うしかない。反対に天井が低ければ、「中天」や「下天」で投げるしかない。
(それにしても、「黄泉路」とは何だ? 下から投げる必要があるか?)
黄泉とは「死者の国」のことだ。誰か年寄りに聞かされたことがある。「黄泉路」というのは「あの世」へ向かう道のことだろうか?
(ひょっとして殺人技のことだろうか?)
ネオンが見せた黄泉路の礫は、長テーブルの下をくぐって飛んで行った。
(敵の隙を突き、死角から攻撃するための技なのかもしれない)
物陰や木陰に身を隠しながら、出所を悟らせずに礫を撃つ。そういう技に思えた。
死者の国は、確か地の底にあるはずだ。地の底から湧き出すように低い位置から飛んで行く礫。それが黄泉路ではないか。
そもそも下手から投げた礫は勢いが弱くなる。
(近い距離から不意を突く技なんだろうな)
他の投法は勢いを乗せることができる。逆に動きを小さくすれば、出所をわかりにくくすることができるだろう。
(「天」と名のつく3つの投法は、遠近の使い分けがありそうだ)
そこまで考えて、ステファノは改めて20メートルの「近的」を見つめた。
『初めから強く撃つ必要はない。必中にこだわる必要もない。滞りなく、崩れることなく、流れの中で石を撃て』
ネオン師はそう言った。手本として見せたのは近的を相手にした「手裡八方」の手の内だった。
(近的相手に稽古するのは、敵の不意を突く隠し技だ)
そこまで口にせず、「普通の投げ方」だけを示したのは、ステファノに自分の頭で考えさせるためだろう。
かつてクリードの師ジョバンニは、こう言ったという。
『剣の道は「一人一流」である』と。
ネオン師は既に極意をステファノに託している。「流派の極意は初伝にある」と言ったではないか。
(俺は無尽流の極意を「自分の極意」にしなければならない)
『他のすべては「コツ」と「応用」に過ぎぬ』
ネオン師はそうも言った。
(後は自分で工夫せよということだろう)
これからやるべきことが、ステファノの中で明確になった。
ステファノは右手に4つ、左手に4つの小石を握り込み、近的に正対して立った。心を鎮め、イドの波動を抑える。隠形陰の構え。
音を消したすり足で左半身となり、力みのない動きで右四方の4石を撃つ。
1投も的を捉えることはなかったが、それには意を向けない。
小さく息を継いで、右半身に入れ替わる。今度は左四方の4石を続けて放つ。手の内がうまくさばけず、石を2つ取りこぼしてしまった。
それにも深く気を寄せない。
(流れの中で投げる)
『滞りなく、崩れることなく、流れの中で石を撃て』
それが師より授けられた極意だった。
(初めからできなくてもいい。これは稽古だ。できるまで繰り返せばいいんだ)
炒め物の稽古では、手拭いを載せて鍋を振った。砂を入れて振ったこともある。
バンスから叱られたのは工夫と努力を怠った時だけだ。「できない」ことを叱られたことはない。
(玉子なら2つ手に持って割ることができる。小石は玉子より小さい。片手に4つなら扱えるはずだ)
4つの小石を右手に握り、目をつぶってみた。どの順番で手の内の石を繰り出すか。
(これも1つの「段取り」だ。段取りが決まれば、仕事が決まる)
右手の動きが定まったら、目を開き、右左の手で同時に同じことをする。
(右でできることなら、左でもできる。「慣れ」が必要なだけだ)
鏡に右手を写すように、左手は右手と同じことをすればよい。できないことをするのではない。既に右手でできることを、反対写しにするだけなのだ。
(うん。小指で送り、親指で押し出す。それだけのことだ)
慣れてきたら手を傾け、横向き、下向きでも石を落とさないように意識する。
(いくら下働きだって、玉子を落とすようなドジはしないからね。ふふふ)
石を玉子のように扱う思い込みは、悪くなかった。そっと握るが、しっかりと支える。その心持が手の内に「遊び」を生んだ。
ぎゅっと握り締めれば遊びがなくなる。隙間なく握り込んだ石は、手の中で居つき、動かせなくなる。
遊びがあればこそ、手離れよく石は飛び出すのだ。
「よし! 段取りが決まった」
ステファノは顔を明るくし、再び投擲の構えに入った。やることは同じ。右四方と左四方を続けて行う。
今度は息を継がず、流れるように投げ続ける。
(やっぱり丸みのある滑らかな石の方が投げやすいな)
手の内で扱いやすく、バランスが取りやすい。丸い石を集めて使えば命中率を上げられるだろう。
しかし――。
(先生は「必中にこだわるな」と言った)
ステファノは石を選ぶ手を止めた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第526話 型の意味を考えていたら、こうなりました。」
『始めから強く撃つ必要はない。必中にこだわる必要もない』
ネオン師は確かにそう言ったのだ。普通の注意かもしれない。
しかし、それも「極意」の一部であるとしたら、どうだ。
(投げやすい石を選ぶのは、違うのかもしれない)
角が立った石は、たいてい不規則な形をしている。握りにくく、投げにくい。
だが、石とは本来そういうものだ。
……
◆お楽しみに。
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