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第5章 ルネッサンス攻防編
第524話 流派の極意は初伝にある。
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「ほう。随分と殊勝な挨拶だな」
面白がるようにネオンは鼻を鳴らした。
「武術の極意はすべて初伝の中にありと、師匠に教わりました」
「なるほどな。はっきり物を言う師から道を学んだようだ」
ネオンは微笑みながら頷いた。
「お前の言うことは正しい。奥義だ、秘術だともったいぶっても、流派の極意は初伝にある。他のすべては『コツ』と『応用』に過ぎぬ」
「先生も同じご意見ですか?」
「熟達者であれば皆知っていることだ。なあに、奥義と呼べば格好がつくのでな。さも特別なことのように祭り上げているだけさ」
ネオンはあっけらかんと肩をゆすった。
「さてと。折角来たのだから『手裡八方』の稽古をしていきなさい。右四方と左四方を交互に行うように」
「わかりました。稽古で心がけるべきことはありますか?」
軽く頭を下げて、ステファノは尋ねた。手裡八方の「形」は先程観て取った。
しかし、籠めるべき「意」までは外から読み取れない。
「そうだな。初めから強く撃つ必要はない。必中にこだわる必要もない。滞りなく、崩れることなく、流れの中で石を撃て。右と左は等分に使え。普段の動きで左手を使うように意識せよ。それくらいだ」
「ご注意ありがとうございます」
「うん。痛みが出るまで体をいじめるなよ? 筋や骨を痛めるのはばかばかしい。無理のない形を身につけるのが初伝の目的と考えなさい」
ステファノは無言で頭を下げ、手裡八方の稽古を始めた。ネオンは後ろに立ち、ステファノの動きをしばらく見守っていた。
礫撃ち自体はこれまでも稽古していた。ヨシズミの投擲法を基本として、無理のない動きを意識してきた。
いつも土魔法を載せて礫を撃ち出していたので、実は体の動きだけで投擲したことはあまりない。
(ネオン師匠はイドや魔力を使っていなかった)
魔視が告げるところによれば、ネオン師の気は練り上げられ体内で整っていた。
(その気になればイドを使えるはず)
しかし、魔力が使えなければ礫に術式を載せたり、土魔法の加速で撃ち出すことはできない。小石にイドをまとわせて、「本来よりも硬くする」くらいのことしかできないだろう。
(あるいは、イドを身体強化に利用するか、だ)
最近ステファノが練習している「イドによる発勁」である。神経伝達をID波で代替し、全身運動を加速する。
そちらの方が礫術の威力増加に効き目がありそうだった。
(それはそうだが、その前にまず基本を身につけなければ)
右手だけでも4種類の投法がある。体の使い方が変わって来るはずだ。
試みに「右四方」を軽くなぞってみた。「中天」の投げ方は今まで我流で稽古してきた投法に近い。これなら、それなりに体の使い方がイメージできた。
「上天」は右手を垂直に上げるため、腰を中心とした上体のひねりが利かせにくい。
「下天」、「黄泉路」になると、試したことがない。
(とにかく、先生の「型」をなぞろう)
ネオン師の投法は既にステファノの脳裏に映像として記憶されている。「形」を真似ることはできるのだ。
ステファノは、最も馴染みやすそうな「中天」からやってみることにした。初めは石を持たないまま、体の動きを確認する。
その様子を見て、ネオンは試射場から出て行った。
(自由にやれということだろう)
ステファノはそう解釈し、ネオンが示した「右四方の型」に己の動きを重ねることに没入した。
重ねて観れば、同じように見える投擲であっても、ネオンのそれとステファノのそれでは微妙に違いがある。
体のひねりの使い方、肩やひじの入れ方、手首のひねり、石を放すポイントなどに細かい差があった。
ゆっくりと動きながら、両者の差を意識し、それを調整していく。1つ1つ、「右四方の型」に動きを合わせる。
ステファノは、2つの画像を重ね合わせて、はみ出た部分を修正するような作業を繰り返し続けた。やがて逸脱が目立たなくなった頃、徐々に動きのスピードを上げる。
通常スピードで9割以上の一致と感じられた時点で、ステファノは初めて台の上から小石を4つ拾った。
的に正対した姿勢で呼吸を整え、左半身に変わるや否や、右手の小石を的に投げた。
『初めから強く撃つ必要はない。必中にこだわる必要もない。滞りなく、崩れることなく、流れの中で石を撃て』
頭の中に、ネオン師の声が響いていた。
ステファノの手中には3つの小石があった。続けて「中天」から一石を投じる。
手中に握り込んだ石を指先に送り込む動きが難しい。握りがずれれば、正しく石に力を伝えられない。
(3石を強く握り込んではだめだ。軽く包むように押さえ、親指で手先に送り込む)
ネオン師が4つの石を手にした瞬間から、ステファノは石を持つ手の動きに注意を向けていた。そこまで含めての「型」である。
「流れるように」とはいかなかったが、ステファノは動きを止めることなく4つの石を投げ切った。
(やっぱり、狙いが外れたな)
1投めは満足な握りで行えたが、2投めからは握りに誤差が入り込んだ。握りの甘さが、弾道の狂いに現れる。
(だが、今は良い。「必中にこだわるな」と先生は言った。4石の扱いに慣れてくれば、やがて狙いは狂わなくなるはず)
ステファノは石が指先を離れた後のことは、意識から切り離すようにした。今は「結果」よりも「過程」を大切にする時だ。
20投して台上の石が足りなくなると、ステファノは籠を持って小石を拾いに行った。多くは標的に当たって地面に落ちていたが、いくつかは的の背後まで飛んでいた。
『右と左は等分に使え。普段の動きで左手を使うように意識せよ』
ステファノは左手を使って小石を拾い、集め終わったらその籠を左手に持って台まで戻った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第525話 それにしても、「黄泉路」とは何だ?」
拾い集めた小石を台の上に並べながら、ステファノは考える。
(「上天」、「中天」、「下天」は胸から上の高さで腕を振る。それはわかる)
腕を振る角度が変われば、体幹の使い方が変わる。回転させる軸の方向が変わって来るのだ。
ステファノはネオン師の映像を思い浮かべる。石を持たずに上天、中天、下天の動きを自分の体でなぞってみる。
……
◆お楽しみに。
面白がるようにネオンは鼻を鳴らした。
「武術の極意はすべて初伝の中にありと、師匠に教わりました」
「なるほどな。はっきり物を言う師から道を学んだようだ」
ネオンは微笑みながら頷いた。
「お前の言うことは正しい。奥義だ、秘術だともったいぶっても、流派の極意は初伝にある。他のすべては『コツ』と『応用』に過ぎぬ」
「先生も同じご意見ですか?」
「熟達者であれば皆知っていることだ。なあに、奥義と呼べば格好がつくのでな。さも特別なことのように祭り上げているだけさ」
ネオンはあっけらかんと肩をゆすった。
「さてと。折角来たのだから『手裡八方』の稽古をしていきなさい。右四方と左四方を交互に行うように」
「わかりました。稽古で心がけるべきことはありますか?」
軽く頭を下げて、ステファノは尋ねた。手裡八方の「形」は先程観て取った。
しかし、籠めるべき「意」までは外から読み取れない。
「そうだな。初めから強く撃つ必要はない。必中にこだわる必要もない。滞りなく、崩れることなく、流れの中で石を撃て。右と左は等分に使え。普段の動きで左手を使うように意識せよ。それくらいだ」
「ご注意ありがとうございます」
「うん。痛みが出るまで体をいじめるなよ? 筋や骨を痛めるのはばかばかしい。無理のない形を身につけるのが初伝の目的と考えなさい」
ステファノは無言で頭を下げ、手裡八方の稽古を始めた。ネオンは後ろに立ち、ステファノの動きをしばらく見守っていた。
礫撃ち自体はこれまでも稽古していた。ヨシズミの投擲法を基本として、無理のない動きを意識してきた。
いつも土魔法を載せて礫を撃ち出していたので、実は体の動きだけで投擲したことはあまりない。
(ネオン師匠はイドや魔力を使っていなかった)
魔視が告げるところによれば、ネオン師の気は練り上げられ体内で整っていた。
(その気になればイドを使えるはず)
しかし、魔力が使えなければ礫に術式を載せたり、土魔法の加速で撃ち出すことはできない。小石にイドをまとわせて、「本来よりも硬くする」くらいのことしかできないだろう。
(あるいは、イドを身体強化に利用するか、だ)
最近ステファノが練習している「イドによる発勁」である。神経伝達をID波で代替し、全身運動を加速する。
そちらの方が礫術の威力増加に効き目がありそうだった。
(それはそうだが、その前にまず基本を身につけなければ)
右手だけでも4種類の投法がある。体の使い方が変わって来るはずだ。
試みに「右四方」を軽くなぞってみた。「中天」の投げ方は今まで我流で稽古してきた投法に近い。これなら、それなりに体の使い方がイメージできた。
「上天」は右手を垂直に上げるため、腰を中心とした上体のひねりが利かせにくい。
「下天」、「黄泉路」になると、試したことがない。
(とにかく、先生の「型」をなぞろう)
ネオン師の投法は既にステファノの脳裏に映像として記憶されている。「形」を真似ることはできるのだ。
ステファノは、最も馴染みやすそうな「中天」からやってみることにした。初めは石を持たないまま、体の動きを確認する。
その様子を見て、ネオンは試射場から出て行った。
(自由にやれということだろう)
ステファノはそう解釈し、ネオンが示した「右四方の型」に己の動きを重ねることに没入した。
重ねて観れば、同じように見える投擲であっても、ネオンのそれとステファノのそれでは微妙に違いがある。
体のひねりの使い方、肩やひじの入れ方、手首のひねり、石を放すポイントなどに細かい差があった。
ゆっくりと動きながら、両者の差を意識し、それを調整していく。1つ1つ、「右四方の型」に動きを合わせる。
ステファノは、2つの画像を重ね合わせて、はみ出た部分を修正するような作業を繰り返し続けた。やがて逸脱が目立たなくなった頃、徐々に動きのスピードを上げる。
通常スピードで9割以上の一致と感じられた時点で、ステファノは初めて台の上から小石を4つ拾った。
的に正対した姿勢で呼吸を整え、左半身に変わるや否や、右手の小石を的に投げた。
『初めから強く撃つ必要はない。必中にこだわる必要もない。滞りなく、崩れることなく、流れの中で石を撃て』
頭の中に、ネオン師の声が響いていた。
ステファノの手中には3つの小石があった。続けて「中天」から一石を投じる。
手中に握り込んだ石を指先に送り込む動きが難しい。握りがずれれば、正しく石に力を伝えられない。
(3石を強く握り込んではだめだ。軽く包むように押さえ、親指で手先に送り込む)
ネオン師が4つの石を手にした瞬間から、ステファノは石を持つ手の動きに注意を向けていた。そこまで含めての「型」である。
「流れるように」とはいかなかったが、ステファノは動きを止めることなく4つの石を投げ切った。
(やっぱり、狙いが外れたな)
1投めは満足な握りで行えたが、2投めからは握りに誤差が入り込んだ。握りの甘さが、弾道の狂いに現れる。
(だが、今は良い。「必中にこだわるな」と先生は言った。4石の扱いに慣れてくれば、やがて狙いは狂わなくなるはず)
ステファノは石が指先を離れた後のことは、意識から切り離すようにした。今は「結果」よりも「過程」を大切にする時だ。
20投して台上の石が足りなくなると、ステファノは籠を持って小石を拾いに行った。多くは標的に当たって地面に落ちていたが、いくつかは的の背後まで飛んでいた。
『右と左は等分に使え。普段の動きで左手を使うように意識せよ』
ステファノは左手を使って小石を拾い、集め終わったらその籠を左手に持って台まで戻った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第525話 それにしても、「黄泉路」とは何だ?」
拾い集めた小石を台の上に並べながら、ステファノは考える。
(「上天」、「中天」、「下天」は胸から上の高さで腕を振る。それはわかる)
腕を振る角度が変われば、体幹の使い方が変わる。回転させる軸の方向が変わって来るのだ。
ステファノはネオン師の映像を思い浮かべる。石を持たずに上天、中天、下天の動きを自分の体でなぞってみる。
……
◆お楽しみに。
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