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第5章 ルネッサンス攻防編
第522話 あれがルネッサンスのゆりかごとなる場所か。
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魔耳話器を得たトーマは、1人になる不安もなく、キムラーヤ商会に戻る準備を始めることになった。馬車か馬で手紙を運ぶしか連絡手段がないこの時代において、魔耳話器の利便性は圧倒的だった。
「これを道中で打ち込んで歩けばいいんだな?」
ステファノから渡された小袋に、小さな釘が数十本納まっている。中継器の魔法式を付与した魔法具だった。魔耳話器同士の直接通話距離はせいぜい100メートルだが、中継器を間に入れれば距離の制約がなくなる。
中継器はID波の伝送に特化した術式を乗せているので、3キロ間隔で設置すれば通信網をつなぐことができる。
街道沿いなら村が並ぶ間隔に近かった。
トーマは、ステファノのように建物の屋根には上がれない。そこで村の入り口に立つ大木に登り、幹に中継釘を打ち込んだ。
どこの村にも目印になるような大木が生えているものだ。
村がない時は、街道沿いの立木に釘を打ち込んだ。そうしておいて、情革恊のメンバーに「遠話」をつなぐ。
魔耳話器のテストが互いの近況報告を兼ねていた。
サントスも海辺の町サポリに向かいながら、道中で中継器を設置して歩いた。
スールーは女の身なので、徒歩での旅は何かと差しさわりがある。無理する必要はないとサントスに言われ、彼女は馬車でサポリに先行した。
あらかじめ決めておいた宿屋に身を落ち着け、スールーはサポリの町を下見して歩いた。どこにでもある海辺の町。
探し回るまでもなく、ウニベルシタスの建築予定地はすぐにわかった。町を見下ろす海辺の崖上に、レンガ造りの建物が建てられているところだった。
「あれがルネッサンスのゆりかごとなる場所か」
そこに灯される「科学の灯」が、あまねく世を照らすことになる。
その灯を掲げ、世を照らす腕の1つを自分と仲間たちが務めるのだ。
スールーは使命の大きさを改めて感じ、胸に大きく息を吸い込んだ。
「むふう。実に楽しみだね。早く来い、サントス、ステファノ! 僕は待ちきれないぞ」
抑えきれない笑みが、その顔からこぼれていた。
◆◆◆
ゲンドー師範から紹介を受けた礫術の道場。いや、道場などはなく、ただの民家にステファノは来ていた。
訪ね、訪ねて探し当てた武術者は、「石投げの先生」と近所で呼ばれていた。
「なるほど。礫術を習いたいそうだね。変わった奴だ」
ステファノと向かい合って座っているのは、40台前半の女性だった。黒のズボンにグレーのシャツという無造作な服装をしている。細身の服は引き締まった体にフィットしていた。
身長はステファノより少し高い程度であったが、手足の長さが目を引いた。
木製のコップから水を飲んでいる。コップを持つ手の指が細く、長い。
「ご覧の通りの暮らしぶりだ。あまり豊かではないのでね。いくらか束脩をもらうことになるが、それで良いか?」
「貯えがあるので、大丈夫です」
女性の名はネオン。「無尽流」という名の礫術を、代々受け継ぐ一族に生まれたそうだ。
しかし、学びたいという入門者は滅多におらず、道場も持たずに暮らしている。
「森に行けば、鳥や獣がいる。狩人の真似事で食い扶持くらいは何とかなる」
本職の猟師に余った獲物を買い取ってもらったり、農家と物々交換をしたり。暮らし向きは楽ではなかった。
「この家があるので何とか生きていけるがな。金をもらえるなら大助かりだ」
ネオンはそう言って、屈託なく笑った。物事を気にしないタイプのようだ。
「改めて、よろしくお願いします」
ステファノは膝に手を置き、きっちりと礼をした。
「うむ。この家には使っていない部屋がある。そこで寝泊まりしたら良い。食料もうちの物を使って良い」
「それなら料理と掃除は俺がやります。こどもの頃からやって来たことなので」
「そうか。では、頼む。掃除はともかく、料理は苦手でな。何を食わせたらよいか、困るところだった」
ネオンは苦笑して言った。
「さて、早速だがお前の素養を見せてもらおうか。利き手を出してみろ」
「こうですか?」
促され、ステファノは右手をネオンに預けた。
「ふむ――」
ステファノの手首を軽くつかみながら、ネオンは背中、胸、二の腕、前腕の筋肉を確かめた。
「やはり武術の修業をしているだけあって、見た目よりも筋肉がついているな」
関節の可動域も満足のいくレベルだったようだ。
「杖術と拳法が主な修行内容だと紹介状にあった。この分では足腰も相当鍛え込んでいるな?」
「毎日の型稽古に加え、最近は街道沿いを走って来ました」
正確には「跳んだり、走ったり」であった。主に瞬発力をステファノは鍛えていた。
ネオンは最後に、ステファノの手を調べた。
「――割と普通だな。指はそれほど長くない。投擲には長い指の方が向いているのだが、長くなければ身につかぬというものでもない」
ネオンはステファノの手のひらを開放すると、手首をつかんだまま、ステファノに言った。
「合図をしたら、1から10まで指を折って順に数えてみろ。できるだけ速くだ」
ネオンはステファノに手を開かせた。
「やめろと言うまで数え続けろ。よし、始め!」
「1、2、3、4……」
ステファノは指を折りながら、数を数えた。ずるをしては意味がないだろうと思い、数1つずつをきっちりと指を折って数えていく。
「速く、もっと速くだ!」
ネオンはステファノの手首から先が動かぬよう、しっかりと腕を押さえていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第523話 その格好を見れば武術の師がいることはわかる。」
「よし。次は反対の手だ」
ネオンは左手の動きも確認した後、ステファノの腕を開放した。
「なかなか手先が器用だな。左手も使えそうだ」
「長いこと飯屋の下働きをしてました。そのおかげじゃないかと」
「なるほど料理人か。ならば刃物にも慣れているわけだ」
納得したのか、ネオンは薄っすら微笑んで頷いた。
……
◆お楽しみに。
「これを道中で打ち込んで歩けばいいんだな?」
ステファノから渡された小袋に、小さな釘が数十本納まっている。中継器の魔法式を付与した魔法具だった。魔耳話器同士の直接通話距離はせいぜい100メートルだが、中継器を間に入れれば距離の制約がなくなる。
中継器はID波の伝送に特化した術式を乗せているので、3キロ間隔で設置すれば通信網をつなぐことができる。
街道沿いなら村が並ぶ間隔に近かった。
トーマは、ステファノのように建物の屋根には上がれない。そこで村の入り口に立つ大木に登り、幹に中継釘を打ち込んだ。
どこの村にも目印になるような大木が生えているものだ。
村がない時は、街道沿いの立木に釘を打ち込んだ。そうしておいて、情革恊のメンバーに「遠話」をつなぐ。
魔耳話器のテストが互いの近況報告を兼ねていた。
サントスも海辺の町サポリに向かいながら、道中で中継器を設置して歩いた。
スールーは女の身なので、徒歩での旅は何かと差しさわりがある。無理する必要はないとサントスに言われ、彼女は馬車でサポリに先行した。
あらかじめ決めておいた宿屋に身を落ち着け、スールーはサポリの町を下見して歩いた。どこにでもある海辺の町。
探し回るまでもなく、ウニベルシタスの建築予定地はすぐにわかった。町を見下ろす海辺の崖上に、レンガ造りの建物が建てられているところだった。
「あれがルネッサンスのゆりかごとなる場所か」
そこに灯される「科学の灯」が、あまねく世を照らすことになる。
その灯を掲げ、世を照らす腕の1つを自分と仲間たちが務めるのだ。
スールーは使命の大きさを改めて感じ、胸に大きく息を吸い込んだ。
「むふう。実に楽しみだね。早く来い、サントス、ステファノ! 僕は待ちきれないぞ」
抑えきれない笑みが、その顔からこぼれていた。
◆◆◆
ゲンドー師範から紹介を受けた礫術の道場。いや、道場などはなく、ただの民家にステファノは来ていた。
訪ね、訪ねて探し当てた武術者は、「石投げの先生」と近所で呼ばれていた。
「なるほど。礫術を習いたいそうだね。変わった奴だ」
ステファノと向かい合って座っているのは、40台前半の女性だった。黒のズボンにグレーのシャツという無造作な服装をしている。細身の服は引き締まった体にフィットしていた。
身長はステファノより少し高い程度であったが、手足の長さが目を引いた。
木製のコップから水を飲んでいる。コップを持つ手の指が細く、長い。
「ご覧の通りの暮らしぶりだ。あまり豊かではないのでね。いくらか束脩をもらうことになるが、それで良いか?」
「貯えがあるので、大丈夫です」
女性の名はネオン。「無尽流」という名の礫術を、代々受け継ぐ一族に生まれたそうだ。
しかし、学びたいという入門者は滅多におらず、道場も持たずに暮らしている。
「森に行けば、鳥や獣がいる。狩人の真似事で食い扶持くらいは何とかなる」
本職の猟師に余った獲物を買い取ってもらったり、農家と物々交換をしたり。暮らし向きは楽ではなかった。
「この家があるので何とか生きていけるがな。金をもらえるなら大助かりだ」
ネオンはそう言って、屈託なく笑った。物事を気にしないタイプのようだ。
「改めて、よろしくお願いします」
ステファノは膝に手を置き、きっちりと礼をした。
「うむ。この家には使っていない部屋がある。そこで寝泊まりしたら良い。食料もうちの物を使って良い」
「それなら料理と掃除は俺がやります。こどもの頃からやって来たことなので」
「そうか。では、頼む。掃除はともかく、料理は苦手でな。何を食わせたらよいか、困るところだった」
ネオンは苦笑して言った。
「さて、早速だがお前の素養を見せてもらおうか。利き手を出してみろ」
「こうですか?」
促され、ステファノは右手をネオンに預けた。
「ふむ――」
ステファノの手首を軽くつかみながら、ネオンは背中、胸、二の腕、前腕の筋肉を確かめた。
「やはり武術の修業をしているだけあって、見た目よりも筋肉がついているな」
関節の可動域も満足のいくレベルだったようだ。
「杖術と拳法が主な修行内容だと紹介状にあった。この分では足腰も相当鍛え込んでいるな?」
「毎日の型稽古に加え、最近は街道沿いを走って来ました」
正確には「跳んだり、走ったり」であった。主に瞬発力をステファノは鍛えていた。
ネオンは最後に、ステファノの手を調べた。
「――割と普通だな。指はそれほど長くない。投擲には長い指の方が向いているのだが、長くなければ身につかぬというものでもない」
ネオンはステファノの手のひらを開放すると、手首をつかんだまま、ステファノに言った。
「合図をしたら、1から10まで指を折って順に数えてみろ。できるだけ速くだ」
ネオンはステファノに手を開かせた。
「やめろと言うまで数え続けろ。よし、始め!」
「1、2、3、4……」
ステファノは指を折りながら、数を数えた。ずるをしては意味がないだろうと思い、数1つずつをきっちりと指を折って数えていく。
「速く、もっと速くだ!」
ネオンはステファノの手首から先が動かぬよう、しっかりと腕を押さえていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第523話 その格好を見れば武術の師がいることはわかる。」
「よし。次は反対の手だ」
ネオンは左手の動きも確認した後、ステファノの腕を開放した。
「なかなか手先が器用だな。左手も使えそうだ」
「長いこと飯屋の下働きをしてました。そのおかげじゃないかと」
「なるほど料理人か。ならば刃物にも慣れているわけだ」
納得したのか、ネオンは薄っすら微笑んで頷いた。
……
◆お楽しみに。
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