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第5章 ルネッサンス攻防編
第520話 これからも研鑽に励めよ。
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「あの、本来は逃走や攻撃のために移動する術です。ただ高く跳んだところであまり意味はありませんが、こういうものだというご紹介までにご披露いたします」
「理解した。見せてくれ」
こくりと頷いたステファノは、声も発さずに床を蹴った。
まるで体重がなくなったかのように、ステファノの体が真上に跳び上がった。見えない紐で思い切り引っ張られているような勢いだ。
一瞬で10メートルの上空に達し、ステファノは大広間の天井に手袋をした両手をついた。
「おおっ!」
「何と! 飛んだ!」
壁際の廷臣たちからどよめきが上がる。跳べと言われて跳んだのだから当たり前なのだが、10メートルもの跳躍は「飛んだ」と言って良い程の大迫力だった。
それを詠唱もなく、一気に行った。
まるでステファノにそれだけのジャンプ力があるかのように、周りの目には映った。
「うん。見事。そこから『滑空術』で降りられるかい?」
「お許しを得て、従魔に滑空術を使わせましょう」
「よし。やらせてみよ」
天井から見下ろすステファノの問いに、ジュリアーノ王子が許しを与えた。
「トーマの所へ。飛べ、雷丸!」
「ピーーーッ!」
ステファノの頭髪をかき分けて、アンガス雷ネズミの雷丸が飛び出した。お披露目のつもりか、あえて真っ直ぐ飛ばず、広間をぐるりと一周して徐々に高度を下げていく。
それを見て、王子の背後に控えていたジョバンニ卿が、無言ですいと前に出た。左手は腰に下げた短剣の鍔元を押さえる。
いかなジョバンニの「レンタル・メンタル」といえど、獣の心は読めなかった。
使役するステファノに害意はないとしても、魔獣である雷丸がどう動くかは定かでない。
定かでない以上、何があっても王子を守る構えをジョバンニは取っていた。
天井のステファノはそれを見て震えた。間違って雷丸が王子の所に飛べば、ジョバンニは表情も変えずに雷獣を斬り捨てるだろう。
マルチェルのそれとは毛色の違う「鉄壁」を、ステファノはそこに見た。
「トーマっ!」
切羽詰まって、ステファノは叫んだ。
ビクンと体を揺らしたトーマは、慌てて右手を突き上げた。滑空する雷丸を受け止めようと。
「ピイッ!」
そんな緊迫した気配に染まることなく、雷丸は悠々と滑空してトーマの右手に止まった。
(ふう……。やれやれ、無事下りてくれたか)
雷丸がトーマの手に降りたのをその目で確かめると、ステファノは自らも天井を離れた。体を天井に吸いつけていた土魔法を解消して、ゆっくりと下降する。
重力の存在を否定するかのようなその動きを目の当たりにして、居並ぶ諸官は声を失っていた。
やがて、音もなくステファノが大広間の床に立つと、ぽんぽんと手を叩く音が響き渡った。
「見事! 従魔の滑空術も美しかったし、お前の土魔術も優雅なものであった」
ジュリアーノ王子は拍手を止めると、前に立つジョバンニ卿に手を振った。
「ジョバンニ、もうよい。危険は去ったであろう。そこにいては、ステファノたちの姿が見えないよ」
「失礼いたしました、殿下」
悠揚迫らぬ態度で王子に一礼し、ジョバンニは背後の位置に戻った。
(そうか。俺たち「外部の人間」が王子に近づくことを警戒して、国王陛下がジョバンニ卿を王子の護衛につけたのか)
暗殺未遂事件が発生したのは去年のことである。ジュリアーノ王子に対する警護を充実するのは、当然のことだった。
「ステファノよ、見事であった。魔法と言ったな? お前の術は実に独特で面白い」
「お褒めに預かり恐縮です」
ステファノはジュリアーノ王子直々にお褒めの言葉を頂く栄誉に浴した。王立アカデミー研究報告会の成果に対して、これ以上の称賛はない。
「他の3人、スールー、サントス、トーマも大儀であった。これからも研鑽に励め」
「はい! ありがとうございます!」
全員を代表してスールーが礼を述べた。4人とも深く頭を下げて、謝意を表す。
「アカデミー生4名、下がりなさい」
侍従に促されて、4人は王子の御前を辞去した。
◆◆◆
「いやあ、緊張したなぁ」
トーマは凝り固まった肩を回しながら、声を上げた。大広間を去り、控室で休むよう言われた後のことである。
「疲れた」
サントスも、外から見ている分には緊張しているように見えなかったが、それなりに気を張っていたらしい。
スールーとステファノは、2人に比べると平然としている。王族の前でも取り立てて緊張しなかったようだ。
「スールーが図々しいのはわかっちゃいるが、ステファノが当たり前の顔をしているのは意外だったな」
普段通りのステファノを見て、トーマがぼやいた。
「え? まあ、殿下はお優しそうな印象だったし……」
「そうだけどよ」
ステファノにしてみれば、ジュリアーノ王子に会うのは2度目のことである。手が届く距離で声をかけてもらったこともあった。
(あの時の状況に比べれば、今回はね。特に、緊張するような場面には思えないよね)
王宮の大広間というとんでもない場所なのだが、田舎者のステファノにとってはアカデミーの大講堂と大差がない。「大きくて、立派で、人がたくさんいるところ」という意味では代わり映えしなかった。
もしもそんな本心を語っていたら、スールーに頭を殴られていただろう。
「これで後は王国魔術競技会出場を残すだけかい? ステファノの学生生活も本当にお終いだね」
スールーがいつになく感慨深げに言った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第521話 こいつばかりはウチにしかできねぇ。」
「それを言ったら3人も似たようなものじゃありませんか。3学期が終われば卒業でしょう?」
ステファノがスールーに顔を向けて言った。トーマに限って言えば卒業ではなく中退だが、それを言い立てるのは無粋というものだろう。
「まあね。6月で3学期は終わる。学位の授与は夏休み明けの9月になるけどね」
「夏休みはお引越し」
スールーとサントスは夏休みの期間中に、海辺の町サポリに活動拠点を移すつもりだった。
……
◆お楽しみに。
「理解した。見せてくれ」
こくりと頷いたステファノは、声も発さずに床を蹴った。
まるで体重がなくなったかのように、ステファノの体が真上に跳び上がった。見えない紐で思い切り引っ張られているような勢いだ。
一瞬で10メートルの上空に達し、ステファノは大広間の天井に手袋をした両手をついた。
「おおっ!」
「何と! 飛んだ!」
壁際の廷臣たちからどよめきが上がる。跳べと言われて跳んだのだから当たり前なのだが、10メートルもの跳躍は「飛んだ」と言って良い程の大迫力だった。
それを詠唱もなく、一気に行った。
まるでステファノにそれだけのジャンプ力があるかのように、周りの目には映った。
「うん。見事。そこから『滑空術』で降りられるかい?」
「お許しを得て、従魔に滑空術を使わせましょう」
「よし。やらせてみよ」
天井から見下ろすステファノの問いに、ジュリアーノ王子が許しを与えた。
「トーマの所へ。飛べ、雷丸!」
「ピーーーッ!」
ステファノの頭髪をかき分けて、アンガス雷ネズミの雷丸が飛び出した。お披露目のつもりか、あえて真っ直ぐ飛ばず、広間をぐるりと一周して徐々に高度を下げていく。
それを見て、王子の背後に控えていたジョバンニ卿が、無言ですいと前に出た。左手は腰に下げた短剣の鍔元を押さえる。
いかなジョバンニの「レンタル・メンタル」といえど、獣の心は読めなかった。
使役するステファノに害意はないとしても、魔獣である雷丸がどう動くかは定かでない。
定かでない以上、何があっても王子を守る構えをジョバンニは取っていた。
天井のステファノはそれを見て震えた。間違って雷丸が王子の所に飛べば、ジョバンニは表情も変えずに雷獣を斬り捨てるだろう。
マルチェルのそれとは毛色の違う「鉄壁」を、ステファノはそこに見た。
「トーマっ!」
切羽詰まって、ステファノは叫んだ。
ビクンと体を揺らしたトーマは、慌てて右手を突き上げた。滑空する雷丸を受け止めようと。
「ピイッ!」
そんな緊迫した気配に染まることなく、雷丸は悠々と滑空してトーマの右手に止まった。
(ふう……。やれやれ、無事下りてくれたか)
雷丸がトーマの手に降りたのをその目で確かめると、ステファノは自らも天井を離れた。体を天井に吸いつけていた土魔法を解消して、ゆっくりと下降する。
重力の存在を否定するかのようなその動きを目の当たりにして、居並ぶ諸官は声を失っていた。
やがて、音もなくステファノが大広間の床に立つと、ぽんぽんと手を叩く音が響き渡った。
「見事! 従魔の滑空術も美しかったし、お前の土魔術も優雅なものであった」
ジュリアーノ王子は拍手を止めると、前に立つジョバンニ卿に手を振った。
「ジョバンニ、もうよい。危険は去ったであろう。そこにいては、ステファノたちの姿が見えないよ」
「失礼いたしました、殿下」
悠揚迫らぬ態度で王子に一礼し、ジョバンニは背後の位置に戻った。
(そうか。俺たち「外部の人間」が王子に近づくことを警戒して、国王陛下がジョバンニ卿を王子の護衛につけたのか)
暗殺未遂事件が発生したのは去年のことである。ジュリアーノ王子に対する警護を充実するのは、当然のことだった。
「ステファノよ、見事であった。魔法と言ったな? お前の術は実に独特で面白い」
「お褒めに預かり恐縮です」
ステファノはジュリアーノ王子直々にお褒めの言葉を頂く栄誉に浴した。王立アカデミー研究報告会の成果に対して、これ以上の称賛はない。
「他の3人、スールー、サントス、トーマも大儀であった。これからも研鑽に励め」
「はい! ありがとうございます!」
全員を代表してスールーが礼を述べた。4人とも深く頭を下げて、謝意を表す。
「アカデミー生4名、下がりなさい」
侍従に促されて、4人は王子の御前を辞去した。
◆◆◆
「いやあ、緊張したなぁ」
トーマは凝り固まった肩を回しながら、声を上げた。大広間を去り、控室で休むよう言われた後のことである。
「疲れた」
サントスも、外から見ている分には緊張しているように見えなかったが、それなりに気を張っていたらしい。
スールーとステファノは、2人に比べると平然としている。王族の前でも取り立てて緊張しなかったようだ。
「スールーが図々しいのはわかっちゃいるが、ステファノが当たり前の顔をしているのは意外だったな」
普段通りのステファノを見て、トーマがぼやいた。
「え? まあ、殿下はお優しそうな印象だったし……」
「そうだけどよ」
ステファノにしてみれば、ジュリアーノ王子に会うのは2度目のことである。手が届く距離で声をかけてもらったこともあった。
(あの時の状況に比べれば、今回はね。特に、緊張するような場面には思えないよね)
王宮の大広間というとんでもない場所なのだが、田舎者のステファノにとってはアカデミーの大講堂と大差がない。「大きくて、立派で、人がたくさんいるところ」という意味では代わり映えしなかった。
もしもそんな本心を語っていたら、スールーに頭を殴られていただろう。
「これで後は王国魔術競技会出場を残すだけかい? ステファノの学生生活も本当にお終いだね」
スールーがいつになく感慨深げに言った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第521話 こいつばかりはウチにしかできねぇ。」
「それを言ったら3人も似たようなものじゃありませんか。3学期が終われば卒業でしょう?」
ステファノがスールーに顔を向けて言った。トーマに限って言えば卒業ではなく中退だが、それを言い立てるのは無粋というものだろう。
「まあね。6月で3学期は終わる。学位の授与は夏休み明けの9月になるけどね」
「夏休みはお引越し」
スールーとサントスは夏休みの期間中に、海辺の町サポリに活動拠点を移すつもりだった。
……
◆お楽しみに。
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