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第5章 ルネッサンス攻防編
第518話 ……ちょっと違うのか。
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怖い話だった。自分は「地獄の門」を開くかもしれない。ステファノは、ドイルにそう言われたように感じていた。
「魔術」の危険性は、ヨシズミから強く言い聞かされている。魔術は因果律に大きく干渉し、この世界の秩序を乱す。その結果生じる歪みは、多くの人々を傷つけるかもしれないと。
もしもそれが地獄の門を開くような「継続的な異常」をもたらした場合、世界にもたらす被害は壊滅的なものになるかもしれない。ステファノはそう考えさせられた。
(因果の改変はできるだけ少ない方が良い。「常時発動魔法」も良くないのかもしれない)
魔道具はどうなんだろうかと、ステファノは考える。あれは常時魔法を使っていることにならないか。
(……ちょっと違うのか。魔道具は魔力供給などのきっかけによってその時発動するものだ。「常時発動」というわけじゃない)
魔法具でも、そこは同じだった。
(長時間の連続行使というのも良くなさそうだな。高跳びの連続は――ジャンプの度に一旦途切れるから連続ではないか)
滑空魔法は風と土の魔法を常時行使している。あれは長時間の使用を避けた方が良さそうだ。
(だから師匠の世界では空を飛ぶ代わりに地面をジャンプしていたのか? 安全を考えれば、高跳びの方が安心だし)
上空を飛行中に意識を失った場合、術者は地上に落下して命を失う危険がある。高跳びであれば骨折ですむところも、100メートルの高さから落ちれば死を免れない。
(万人が魔法を使う世界って、そういうところまで考えられているんだろう。一度、師匠にじっくり教えてもらった方が良さそうだ)
科学技術については口が重いヨシズミであったが、この世界にもある魔法についてならば教えてくれそうだ。少なくとも魔術の危険性や禁忌事項についてなら、語ってくれるだろう。
(ウニベルシタスでそういうことを教えてもらえば良いかもね。魔法そのものの使い方は、魔視脳覚醒者が現れてから教えてもらおう)
魔視脳覚醒者と言えば、アバターを持つと見られる上級魔術者たちはどうなのか? 彼らが異世界との扉を開いてしまう可能性もあるのではないか?
ハンニバル師の深淵のような瞳を思い出し、ステファノはわけもなく身震いした。
◆◆◆
王都に身を落ち着けたステファノは、情革研メンバーと合流し、王族へのご進講というイベントに参加した。
王宮の一角で行われたご講義は、宮廷諸官が見守る中で行われ、ステファノの精神をごりごりと削るものであった。
サントスとトーマも似たようなもので、生き生きとしていたのはスールーただ1人だった。
キラキラと瞳を輝かせたスールーは、よそ行きの衣服をまとって、良く通る声を大広間に響かせていた。普段とはまるで違った気配を漂わせている。見たことはないが、役者や歌手が舞台上で見せるという輝きに近いのではないかと、ステファノは圧倒された。
「そうか。よくわかった。ところで、キミ、実演ができると聞いたが?」
ステファノの個人発表――緊張しながらも必死でこなした――が終わったところで、ご質問があった。
にこやかに笑みを浮かべているのは、ジュリアーノ王子殿下だ。
(えぇ~? ここでやるのかぁ?)
ステファノのシャツがにじみ出た汗で背中に貼りつく。緊張はさらに強まるが、こうなったら腹をくくるしかない。
逃げ場はどこにもないのだ。
「はい。どの術をお望みでしょうか?」
若干かすれ気味ではあったが、声を震わせなかった自分をステファノは褒めてやりたかった。
「そうだな。『五遁の術』というのを見てみたい。霧隠れだろう、炎隠れ、陽炎というのも見たい。金縛りは……危ないから無理か。高跳びならできるね?」
「お、お詳しいですね……」
ステファノがアカデミーで公表した五遁の術を、次々と挙げていく王子。確かにたった今、講義で説明したばかりではあるが、どうも事前に情報を集めていたように思われる。それぞれどんな術かも、知っていそうだ。
「高跳びや炎隠れは広い場所が必要なので、ちょっと移動させていただきます」
ステファノは王子の前を退いて、広間の中央に下がった。王子から多少距離ができたが、十分に様子が見えるであろう場所だ。
大広間の壁に沿って、諸官がぐるりと立ち並んでいる。
王子との距離が離れたので、ステファノはいささか声を張った。
「それでは五遁の術をお目にかけます。まずは火遁の術より、陽炎と炎隠れを」
しんと静まった大広間、王子の背後に置かれた衝立の陰からやせた人影がするりと現れ、椅子の後ろに立った。
(護衛の人かな? 槍も長剣も持っていないけれど)
ステファノはちらりと人影に目をやったが、深くは気にせず、術の行使に集中した。
「いつもの杖は使わないのか?」
今日のステファノは手ぶらである。王族の前に武器を持って伺候することを避けたのだ。
もっとも、持ち込もうとしても杖を取り上げられていただろうが。
同じ理由で鉄丸も持ち込んではいない。
「今日は杖を使いません」
杖がないことを除けばいつもと同じ道着姿のステファノは、王子の問いににっこりと答えた。
「参ります。――火遁、炎隠れ!」
ステファノの全身を、純白の炎が包み、閃光が広間の隅々まで照らした。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第519話 その時、王子はめまいを感じた。」
大広間の壁両側にずらりと諸官が並んでいるため、どこから見ても身を隠せるよう、ステファノは炎の中にいた。
イドの鎧でガードしているため、短時間であれば高熱に包まれても危険はなかった。
ほとんどの見物人は炎が発した閃光をまともに見てしまい、視覚を一時的に奪われた。目を開けていても、真っ赤な幻が視界を覆っていた。
だが、一部の人間はそうではなかった。
……
◆お楽しみに。
「魔術」の危険性は、ヨシズミから強く言い聞かされている。魔術は因果律に大きく干渉し、この世界の秩序を乱す。その結果生じる歪みは、多くの人々を傷つけるかもしれないと。
もしもそれが地獄の門を開くような「継続的な異常」をもたらした場合、世界にもたらす被害は壊滅的なものになるかもしれない。ステファノはそう考えさせられた。
(因果の改変はできるだけ少ない方が良い。「常時発動魔法」も良くないのかもしれない)
魔道具はどうなんだろうかと、ステファノは考える。あれは常時魔法を使っていることにならないか。
(……ちょっと違うのか。魔道具は魔力供給などのきっかけによってその時発動するものだ。「常時発動」というわけじゃない)
魔法具でも、そこは同じだった。
(長時間の連続行使というのも良くなさそうだな。高跳びの連続は――ジャンプの度に一旦途切れるから連続ではないか)
滑空魔法は風と土の魔法を常時行使している。あれは長時間の使用を避けた方が良さそうだ。
(だから師匠の世界では空を飛ぶ代わりに地面をジャンプしていたのか? 安全を考えれば、高跳びの方が安心だし)
上空を飛行中に意識を失った場合、術者は地上に落下して命を失う危険がある。高跳びであれば骨折ですむところも、100メートルの高さから落ちれば死を免れない。
(万人が魔法を使う世界って、そういうところまで考えられているんだろう。一度、師匠にじっくり教えてもらった方が良さそうだ)
科学技術については口が重いヨシズミであったが、この世界にもある魔法についてならば教えてくれそうだ。少なくとも魔術の危険性や禁忌事項についてなら、語ってくれるだろう。
(ウニベルシタスでそういうことを教えてもらえば良いかもね。魔法そのものの使い方は、魔視脳覚醒者が現れてから教えてもらおう)
魔視脳覚醒者と言えば、アバターを持つと見られる上級魔術者たちはどうなのか? 彼らが異世界との扉を開いてしまう可能性もあるのではないか?
ハンニバル師の深淵のような瞳を思い出し、ステファノはわけもなく身震いした。
◆◆◆
王都に身を落ち着けたステファノは、情革研メンバーと合流し、王族へのご進講というイベントに参加した。
王宮の一角で行われたご講義は、宮廷諸官が見守る中で行われ、ステファノの精神をごりごりと削るものであった。
サントスとトーマも似たようなもので、生き生きとしていたのはスールーただ1人だった。
キラキラと瞳を輝かせたスールーは、よそ行きの衣服をまとって、良く通る声を大広間に響かせていた。普段とはまるで違った気配を漂わせている。見たことはないが、役者や歌手が舞台上で見せるという輝きに近いのではないかと、ステファノは圧倒された。
「そうか。よくわかった。ところで、キミ、実演ができると聞いたが?」
ステファノの個人発表――緊張しながらも必死でこなした――が終わったところで、ご質問があった。
にこやかに笑みを浮かべているのは、ジュリアーノ王子殿下だ。
(えぇ~? ここでやるのかぁ?)
ステファノのシャツがにじみ出た汗で背中に貼りつく。緊張はさらに強まるが、こうなったら腹をくくるしかない。
逃げ場はどこにもないのだ。
「はい。どの術をお望みでしょうか?」
若干かすれ気味ではあったが、声を震わせなかった自分をステファノは褒めてやりたかった。
「そうだな。『五遁の術』というのを見てみたい。霧隠れだろう、炎隠れ、陽炎というのも見たい。金縛りは……危ないから無理か。高跳びならできるね?」
「お、お詳しいですね……」
ステファノがアカデミーで公表した五遁の術を、次々と挙げていく王子。確かにたった今、講義で説明したばかりではあるが、どうも事前に情報を集めていたように思われる。それぞれどんな術かも、知っていそうだ。
「高跳びや炎隠れは広い場所が必要なので、ちょっと移動させていただきます」
ステファノは王子の前を退いて、広間の中央に下がった。王子から多少距離ができたが、十分に様子が見えるであろう場所だ。
大広間の壁に沿って、諸官がぐるりと立ち並んでいる。
王子との距離が離れたので、ステファノはいささか声を張った。
「それでは五遁の術をお目にかけます。まずは火遁の術より、陽炎と炎隠れを」
しんと静まった大広間、王子の背後に置かれた衝立の陰からやせた人影がするりと現れ、椅子の後ろに立った。
(護衛の人かな? 槍も長剣も持っていないけれど)
ステファノはちらりと人影に目をやったが、深くは気にせず、術の行使に集中した。
「いつもの杖は使わないのか?」
今日のステファノは手ぶらである。王族の前に武器を持って伺候することを避けたのだ。
もっとも、持ち込もうとしても杖を取り上げられていただろうが。
同じ理由で鉄丸も持ち込んではいない。
「今日は杖を使いません」
杖がないことを除けばいつもと同じ道着姿のステファノは、王子の問いににっこりと答えた。
「参ります。――火遁、炎隠れ!」
ステファノの全身を、純白の炎が包み、閃光が広間の隅々まで照らした。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第519話 その時、王子はめまいを感じた。」
大広間の壁両側にずらりと諸官が並んでいるため、どこから見ても身を隠せるよう、ステファノは炎の中にいた。
イドの鎧でガードしているため、短時間であれば高熱に包まれても危険はなかった。
ほとんどの見物人は炎が発した閃光をまともに見てしまい、視覚を一時的に奪われた。目を開けていても、真っ赤な幻が視界を覆っていた。
だが、一部の人間はそうではなかった。
……
◆お楽しみに。
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