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第5章 ルネッサンス攻防編
第516話 わからないことは……やってみるしかないか?
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呪タウンから王都までの道のりを、ステファノはゆっくりとたどった。
生活魔法で野営をしながらの旅が面白くなり、後半はほとんど人家に寄らずに旅をした。
(ヨシズミ師匠の山籠もりは、こんな感じだったのかな)
想像してくすりと笑うこともあった。
村や人家に立ち寄る際は、ジョバンニ卿のことを聞いてみた。若き日の逸話が残っていないかと。
盗賊との立ち回りは人々の記憶に残っていなかった。ただ、見目良き侍女を連れた若者が剣の稽古をする姿を、珍しいものとして記憶にとどめた者がいただけであった。
「稽古はどんな様子でしたか?」
「どんなって言われてもな。1人で静かに体を動かしていたな。理由は知らねぇが、目隠しをして剣を振ったり、立木の間を歩いたりしていたっけ」
「目隠しをして稽古を――」
村人が言うには、目隠しのまま立ち木に斬りつけ、剣がつけた傷を確かめたりもしていたそうだ。
(どういう意味があるんだろう? 魔視脳が覚醒していれば、目を閉じても周囲の物を察知できるだろうが……)
例えばステファノならば、目隠しをしても立ち木を縫って歩くことができる。その感覚を磨こうとしたのであろうか?
(何か違うような気がする)
ジョバンニの音無しの剣と目隠し稽古とが、ステファノのイメージでは結びつかなかった。
(わからない。わからないことは……やってみるしかないか?)
鉢巻にしている黒手拭いで目を覆い、ステファノは立木の間を歩いてみた。あえて魔視を封じ、暗闇の中、直前の記憶を頼りに足を進める。
(あいたっ! やってみると難しいな。覚えている距離感で動けていない)
映像記憶を持つステファノでも、目隠しをして歩くのは難しかった。思った通りに体を動かすことができないのだ。
50センチ足を進めようと頭で思っても、体は40センチしか動けていなかったりする。
(これは、思った通りに体を動かすための稽古ではないか?)
立木の位置を記憶することはできる。正確に体を動かすことができれば、目隠しをしても木々を避けられるはずだ。それができないのは、体の制御に誤差があるからだった。
ジョバンニの剣は、力に頼るものではない。速さを誇る剣でもない。
(必要なのは精確さだ。それに、この稽古なら1人でもできる)
ステファノはそう確信し、その日から日課の稽古に目隠し稽古を取り入れた。両眼を隠すばかりでなく、時には片目だけを開けて動いてもみた。
ある時は両眼に加えて、両耳も塞いでみた。
片手を懐に入れたり、片足立ちで跳ねて見たり、自由にならぬ状態で動くこともした。
(これができるようになれば、不意を襲われても、怪我をしても身を守れる)
ステファノはそう信じて、稽古を続けた。鉄のような筋肉を鍛え上げるより、精確な動きを身につけることの方が、自分の性格に合っている。稽古を続ける程に、ステファノはその方法にのめり込んで行った。
◆◆◆
「毎日、良く飽きずに同じ稽古をできますね」
10歳の少年ジョバンニが剣を振る姿を見て、供のリーナが首を振った。
「大事なことだからな。できないことを、できるまでやる。それだけだよ」
ジョバンニは顔も向けずに、言った。稽古とはそういうものだと、その態度が示していた。
両眼を手拭いで縛り、目隠しして剣を振るっている。立ち木を相手に、どんな体制からでも同じ場所に撃ち込めるようにと、太刀筋を磨いているのだ。
剣の技そのものというよりも、「空間認識力」と「体勢保持」、そして「身体制御」を極めようとしているように見える。
リーナにはジョバンニが同じことを繰り返しているように見える。だから、飽きるのではないかと疑ったのだ。しかし、実際には1つとして同じ打ち込みはない。
立ち木からの距離、腰の高さ、振出の位置など、一撃ごとに状況は変化するのだ。
それでも、ジョバンニは同じ場所に斬りつけようとしていた。
立木の傷は小さければ、小さいほど良い。思い通りに剣が振れている証になる。
剣がぶれれば、傷口に当たらず、新たな樹皮を傷つける。
がつんと伝わる樹皮の手応えは、打ち込み損じた報せなのだ。さくりと切り応えが手に馴染めば、幹に食い込んだと判断できる。
(「がつん」を減らして、「さくり」を増やす。「さくり」を増やす……)
人体の急所を想像しながら、ジョバンニは立木の周りを巡る。接近しては離れ、また踏み込む。
ジョバンニが動いても、立木は動かない。
立木の傷も、また動かない。
(動かないものを斬るだけのことだ。できない方がおかしいじゃないか)
ジョバンニはそう信じて剣を振る。外れた時は、なぜ外れたかを考える。
姿勢が乱れたのか、剣筋が悪いのか、それとも空間認識に狂いがあるのか。
毎日、毎日、ジョバンニは目隠し稽古を繰り返した。ただひたすらに「正しい一撃」を求めて。
狂いなく、同じ場所に刃が立つようになるまでに、1年かかった。
それからは「斬ること」を止めた。決めた場所にぴたりと剣先を止める。
これは難しかった。斬りつけておいて、樹皮には触れない。振る制御と止める制御の両方を同時に行わねばならなかった。
今度は満足するまでに、2年かかった。
ジョバンニが「音無しの剣」を完成させたのは、ランスフォード家を追放されてから5年たった日のことだった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第517話 こういう時にお前は頼りになるね。」
ステファノは、ジョバンニの「音無しの剣」を目指してはいない。「弱者の剣」という考えに、共感を覚えただけだった。ジョバンニの稽古法を真似ることで、何か発見があるのではないかと、ステファノは考えた。
実際のところ、ステファノとジョバンニに共通するところは少ない。
10歳で旅に出た時、ジョバンニは既に一通りの剣技を身に着けていた。彼はそこに精緻な制御を上乗せしただけであった。
……
◆お楽しみに。
生活魔法で野営をしながらの旅が面白くなり、後半はほとんど人家に寄らずに旅をした。
(ヨシズミ師匠の山籠もりは、こんな感じだったのかな)
想像してくすりと笑うこともあった。
村や人家に立ち寄る際は、ジョバンニ卿のことを聞いてみた。若き日の逸話が残っていないかと。
盗賊との立ち回りは人々の記憶に残っていなかった。ただ、見目良き侍女を連れた若者が剣の稽古をする姿を、珍しいものとして記憶にとどめた者がいただけであった。
「稽古はどんな様子でしたか?」
「どんなって言われてもな。1人で静かに体を動かしていたな。理由は知らねぇが、目隠しをして剣を振ったり、立木の間を歩いたりしていたっけ」
「目隠しをして稽古を――」
村人が言うには、目隠しのまま立ち木に斬りつけ、剣がつけた傷を確かめたりもしていたそうだ。
(どういう意味があるんだろう? 魔視脳が覚醒していれば、目を閉じても周囲の物を察知できるだろうが……)
例えばステファノならば、目隠しをしても立ち木を縫って歩くことができる。その感覚を磨こうとしたのであろうか?
(何か違うような気がする)
ジョバンニの音無しの剣と目隠し稽古とが、ステファノのイメージでは結びつかなかった。
(わからない。わからないことは……やってみるしかないか?)
鉢巻にしている黒手拭いで目を覆い、ステファノは立木の間を歩いてみた。あえて魔視を封じ、暗闇の中、直前の記憶を頼りに足を進める。
(あいたっ! やってみると難しいな。覚えている距離感で動けていない)
映像記憶を持つステファノでも、目隠しをして歩くのは難しかった。思った通りに体を動かすことができないのだ。
50センチ足を進めようと頭で思っても、体は40センチしか動けていなかったりする。
(これは、思った通りに体を動かすための稽古ではないか?)
立木の位置を記憶することはできる。正確に体を動かすことができれば、目隠しをしても木々を避けられるはずだ。それができないのは、体の制御に誤差があるからだった。
ジョバンニの剣は、力に頼るものではない。速さを誇る剣でもない。
(必要なのは精確さだ。それに、この稽古なら1人でもできる)
ステファノはそう確信し、その日から日課の稽古に目隠し稽古を取り入れた。両眼を隠すばかりでなく、時には片目だけを開けて動いてもみた。
ある時は両眼に加えて、両耳も塞いでみた。
片手を懐に入れたり、片足立ちで跳ねて見たり、自由にならぬ状態で動くこともした。
(これができるようになれば、不意を襲われても、怪我をしても身を守れる)
ステファノはそう信じて、稽古を続けた。鉄のような筋肉を鍛え上げるより、精確な動きを身につけることの方が、自分の性格に合っている。稽古を続ける程に、ステファノはその方法にのめり込んで行った。
◆◆◆
「毎日、良く飽きずに同じ稽古をできますね」
10歳の少年ジョバンニが剣を振る姿を見て、供のリーナが首を振った。
「大事なことだからな。できないことを、できるまでやる。それだけだよ」
ジョバンニは顔も向けずに、言った。稽古とはそういうものだと、その態度が示していた。
両眼を手拭いで縛り、目隠しして剣を振るっている。立ち木を相手に、どんな体制からでも同じ場所に撃ち込めるようにと、太刀筋を磨いているのだ。
剣の技そのものというよりも、「空間認識力」と「体勢保持」、そして「身体制御」を極めようとしているように見える。
リーナにはジョバンニが同じことを繰り返しているように見える。だから、飽きるのではないかと疑ったのだ。しかし、実際には1つとして同じ打ち込みはない。
立ち木からの距離、腰の高さ、振出の位置など、一撃ごとに状況は変化するのだ。
それでも、ジョバンニは同じ場所に斬りつけようとしていた。
立木の傷は小さければ、小さいほど良い。思い通りに剣が振れている証になる。
剣がぶれれば、傷口に当たらず、新たな樹皮を傷つける。
がつんと伝わる樹皮の手応えは、打ち込み損じた報せなのだ。さくりと切り応えが手に馴染めば、幹に食い込んだと判断できる。
(「がつん」を減らして、「さくり」を増やす。「さくり」を増やす……)
人体の急所を想像しながら、ジョバンニは立木の周りを巡る。接近しては離れ、また踏み込む。
ジョバンニが動いても、立木は動かない。
立木の傷も、また動かない。
(動かないものを斬るだけのことだ。できない方がおかしいじゃないか)
ジョバンニはそう信じて剣を振る。外れた時は、なぜ外れたかを考える。
姿勢が乱れたのか、剣筋が悪いのか、それとも空間認識に狂いがあるのか。
毎日、毎日、ジョバンニは目隠し稽古を繰り返した。ただひたすらに「正しい一撃」を求めて。
狂いなく、同じ場所に刃が立つようになるまでに、1年かかった。
それからは「斬ること」を止めた。決めた場所にぴたりと剣先を止める。
これは難しかった。斬りつけておいて、樹皮には触れない。振る制御と止める制御の両方を同時に行わねばならなかった。
今度は満足するまでに、2年かかった。
ジョバンニが「音無しの剣」を完成させたのは、ランスフォード家を追放されてから5年たった日のことだった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第517話 こういう時にお前は頼りになるね。」
ステファノは、ジョバンニの「音無しの剣」を目指してはいない。「弱者の剣」という考えに、共感を覚えただけだった。ジョバンニの稽古法を真似ることで、何か発見があるのではないかと、ステファノは考えた。
実際のところ、ステファノとジョバンニに共通するところは少ない。
10歳で旅に出た時、ジョバンニは既に一通りの剣技を身に着けていた。彼はそこに精緻な制御を上乗せしただけであった。
……
◆お楽しみに。
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