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第5章 ルネッサンス攻防編
第513話 魔法って本当に便利だ。
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王都までの旅。その先々で中継器を設置することが、旅の目的の1つだった。
あくまでもついでのことであり、それを主目的とする旅ではなかったが。
既に呪タウンとギルモア家領との間は通信網が結ばれている。呪タウンと王都を結べば、ギルモア領から王都へも直接連絡できるようになるはずだった。
世話になった人に魔道具を渡すことは、ついでのついでであった。メシヤ流「魔法具」の宣伝にはなるが、数軒の家で配ったところでその効果はたかが知れている。
あくまでもステファノの自己満足であった。
(洗濯や掃除の魔法具なら、悪用されることもないだろう)
下働き時代に自分が苦労していた作業。それを楽にしてくれる魔法具をお世話になった人に使ってほしい。それだけの気持ちである。
旅の日課は朝の鍛錬だ。型の修行はやればやるほど面白い。
特に、イドの高周波化を覚えてから技の切れが格段に良くなった。
(恐らくこれが「勁」というものだろう)
武術の達人が長年の修行によって獲得する極意を、自分はイドの制御により実現したのだと、ステファノは考えていた。
あるいは両者はまったく異なるものかもしれない。だとしても、ステファノは自分が極意に近づける限界がここまでであろうと推測していた。「上手に体を動かすこと」はできる。だが、名人・達人の領域で精妙至極の動作を為すには至らないだろう。
そこには努力だけではたどりつけない。天賦の才が必要だ。
ステファノはそのことをよく知っていた。
(純粋な体術で「発勁」を得られないのは残念だけど、道順は1つとは限らない。これが俺のやり方だと思えば良いのだろう)
高周波化したイドは常にピークの状態で肉体を動かす。当然筋肉に負担がかかり、体が疲労する。それに負けない肉体を作り上げることを、ステファノは旅の目的にした。
発勁状態で歩き、走り、跳びはねる。体に疲労が溜まったら、負荷を解き、筋肉を休めるようにした。
運動生理学を知らないステファノだったが、鍛錬の結果はいわゆる「速筋」を鍛えることになった。見た目はさほどいかつくならなかったが、必要な時に力を素早く出せるしなやかな筋肉を手に入れることができた。
村から村へと移動しながら、ステファノは時に回り道をし、野宿をしながら体を鍛えた。生活魔法があるので、荷物が少なくても野宿は楽だった。
煮炊きの水は水魔法で創り出せる。体や衣服は洗浄魔法で清潔に保てた。
調理には焚火さえせず、魔法で直接熱を生み出した。
イドの繭をまとって眠れば、暑さ寒さはもちろんのこと、雨風さえしのぐことができたのだ。
(こうなってみると、宿屋さえ必要ないね。魔法って本当に便利だ)
ステファノにしてみれば、戦闘魔法など魔法の本流ではないと思えた。
(火魔法の応用で水から「燃気」と「清気」を創り出せる。イドの繭をまとって水中深く潜ることもできる)
地を跳ね、空を飛び、水中を進むことも自由だ。ヨシズミは海面を走って渡ることもできると言った。
移動手段としてだけでも、魔法の有用性ははかり知れなかった。
産業、経済のことを考えれば、大量輸送手段が世の中を変えるだろう。ヨシズミと共に創り出した「魔動車」は、かつてないレベルで物資の輸送を現実化する。ヨシズミに言わせれば、それだけで社会が根本的に変わるほどの出来事なのだそうだ。
(火球で人を千人殺しても世界は変わらない。千キロの荷物を運ぶ魔法具は、どんな攻撃魔術よりも大きな意味を持つんだ)
自分の足で旅をしてみれば、そのことが実感できる。飯屋の下働きをしていた頃には想像できないことであった。見ること、知ることが経験となり、力となる。
旅の途中に武術道場などなかったが、ステファノにとっては旅自体が修行であり、勉強なのだった。
◆◆◆
「そうかい。その恰好で武術を鍛えながら村を回っているのかい」
「はい。生まれ故郷から出たことがなかったので、世の中を知ろうと思って」
「そいつは奇特なことだな。王都までの間なら、そうそう盗賊が出ることもないだろうしな」
訪ねた村の1つで、ステファノは村の男と話していた。
呪タウンと王都の間は、王国有数の大街道で結ばれている。王国軍のにらみが効いており、悪党が跳梁跋扈できるような場所ではなかった。どの村にものどかな空気が満ちている。
「昔は物騒なもんだったがな」
「この辺りにも盗賊が出たんですか?」
「おらの親父がな。盗賊にやられちまったよ」
野良仕事で日に焼けた男は、遠くに目をやってそう言った。
「おらはまだ餓鬼の時分で、前後のことはよく覚えてねぇんだが……。頭を割られて血みどろになった親父の死に顔は、目に焼きついて離れねぇ。生きてる時の顔なんか、思い出せねぇのによぉ」
「村が襲われたんですか?」
「こんなちっぽけな村なんてよ。襲ったところで金にはなんねぇ。行きがけの駄賃みてぇなもんよぉ」
わずかな食料を奪いに、盗賊たちは村に襲い掛かったのだと言う。
「おらのおっ母も上の姉さんも、引っさらわれて散々転がされたとよ。おら餓鬼だったから何にもわからんかったが」
盗賊たちは獣欲を満たすために、村の女たちをさらい、凌辱したのだ。平和な村にとっては地獄のような出来事だった。
「お役人は助けてくれなかったんですか?」
「知らせに走ろうとした男衆は、盗賊に殺されたらしい。そのままだったら何人殺されたかわからねぇな」
「どうやって盗賊から逃れたんでしょう?」
ステファノは心の痛みに顔を曇らせながら、村人に尋ねた。盗賊が簡単に立ち去るとは思えなかったからだ。
「助けられたんだ」
「え? 誰に?」
「旅の人だ。まだ若かったな。名前はジョバンニという人だった」
音無しのジョバンニ、若き日の出来事であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第514話 ジョバンニは、後も見ずに逃げ出した。」
音無しのジョバンニこと、ジョバンニ・ランスフォード卿。国王ヨハン陛下の護り刀にして、最強の剣客。
飯綱使いクリードの師でもあった。
「どんな人だったんでしょう?」
「なあに、おとなしそうな少年だったよ。お前さんみたいにな」
旅装だったが、身につけたものは身分の高さを思わせる上等なものだったそうだ。おつきの侍女を1人連れての旅の途中だった。侍女も若く、身目麗しかったと村人は記憶していた。
……
◆お楽しみに。
あくまでもついでのことであり、それを主目的とする旅ではなかったが。
既に呪タウンとギルモア家領との間は通信網が結ばれている。呪タウンと王都を結べば、ギルモア領から王都へも直接連絡できるようになるはずだった。
世話になった人に魔道具を渡すことは、ついでのついでであった。メシヤ流「魔法具」の宣伝にはなるが、数軒の家で配ったところでその効果はたかが知れている。
あくまでもステファノの自己満足であった。
(洗濯や掃除の魔法具なら、悪用されることもないだろう)
下働き時代に自分が苦労していた作業。それを楽にしてくれる魔法具をお世話になった人に使ってほしい。それだけの気持ちである。
旅の日課は朝の鍛錬だ。型の修行はやればやるほど面白い。
特に、イドの高周波化を覚えてから技の切れが格段に良くなった。
(恐らくこれが「勁」というものだろう)
武術の達人が長年の修行によって獲得する極意を、自分はイドの制御により実現したのだと、ステファノは考えていた。
あるいは両者はまったく異なるものかもしれない。だとしても、ステファノは自分が極意に近づける限界がここまでであろうと推測していた。「上手に体を動かすこと」はできる。だが、名人・達人の領域で精妙至極の動作を為すには至らないだろう。
そこには努力だけではたどりつけない。天賦の才が必要だ。
ステファノはそのことをよく知っていた。
(純粋な体術で「発勁」を得られないのは残念だけど、道順は1つとは限らない。これが俺のやり方だと思えば良いのだろう)
高周波化したイドは常にピークの状態で肉体を動かす。当然筋肉に負担がかかり、体が疲労する。それに負けない肉体を作り上げることを、ステファノは旅の目的にした。
発勁状態で歩き、走り、跳びはねる。体に疲労が溜まったら、負荷を解き、筋肉を休めるようにした。
運動生理学を知らないステファノだったが、鍛錬の結果はいわゆる「速筋」を鍛えることになった。見た目はさほどいかつくならなかったが、必要な時に力を素早く出せるしなやかな筋肉を手に入れることができた。
村から村へと移動しながら、ステファノは時に回り道をし、野宿をしながら体を鍛えた。生活魔法があるので、荷物が少なくても野宿は楽だった。
煮炊きの水は水魔法で創り出せる。体や衣服は洗浄魔法で清潔に保てた。
調理には焚火さえせず、魔法で直接熱を生み出した。
イドの繭をまとって眠れば、暑さ寒さはもちろんのこと、雨風さえしのぐことができたのだ。
(こうなってみると、宿屋さえ必要ないね。魔法って本当に便利だ)
ステファノにしてみれば、戦闘魔法など魔法の本流ではないと思えた。
(火魔法の応用で水から「燃気」と「清気」を創り出せる。イドの繭をまとって水中深く潜ることもできる)
地を跳ね、空を飛び、水中を進むことも自由だ。ヨシズミは海面を走って渡ることもできると言った。
移動手段としてだけでも、魔法の有用性ははかり知れなかった。
産業、経済のことを考えれば、大量輸送手段が世の中を変えるだろう。ヨシズミと共に創り出した「魔動車」は、かつてないレベルで物資の輸送を現実化する。ヨシズミに言わせれば、それだけで社会が根本的に変わるほどの出来事なのだそうだ。
(火球で人を千人殺しても世界は変わらない。千キロの荷物を運ぶ魔法具は、どんな攻撃魔術よりも大きな意味を持つんだ)
自分の足で旅をしてみれば、そのことが実感できる。飯屋の下働きをしていた頃には想像できないことであった。見ること、知ることが経験となり、力となる。
旅の途中に武術道場などなかったが、ステファノにとっては旅自体が修行であり、勉強なのだった。
◆◆◆
「そうかい。その恰好で武術を鍛えながら村を回っているのかい」
「はい。生まれ故郷から出たことがなかったので、世の中を知ろうと思って」
「そいつは奇特なことだな。王都までの間なら、そうそう盗賊が出ることもないだろうしな」
訪ねた村の1つで、ステファノは村の男と話していた。
呪タウンと王都の間は、王国有数の大街道で結ばれている。王国軍のにらみが効いており、悪党が跳梁跋扈できるような場所ではなかった。どの村にものどかな空気が満ちている。
「昔は物騒なもんだったがな」
「この辺りにも盗賊が出たんですか?」
「おらの親父がな。盗賊にやられちまったよ」
野良仕事で日に焼けた男は、遠くに目をやってそう言った。
「おらはまだ餓鬼の時分で、前後のことはよく覚えてねぇんだが……。頭を割られて血みどろになった親父の死に顔は、目に焼きついて離れねぇ。生きてる時の顔なんか、思い出せねぇのによぉ」
「村が襲われたんですか?」
「こんなちっぽけな村なんてよ。襲ったところで金にはなんねぇ。行きがけの駄賃みてぇなもんよぉ」
わずかな食料を奪いに、盗賊たちは村に襲い掛かったのだと言う。
「おらのおっ母も上の姉さんも、引っさらわれて散々転がされたとよ。おら餓鬼だったから何にもわからんかったが」
盗賊たちは獣欲を満たすために、村の女たちをさらい、凌辱したのだ。平和な村にとっては地獄のような出来事だった。
「お役人は助けてくれなかったんですか?」
「知らせに走ろうとした男衆は、盗賊に殺されたらしい。そのままだったら何人殺されたかわからねぇな」
「どうやって盗賊から逃れたんでしょう?」
ステファノは心の痛みに顔を曇らせながら、村人に尋ねた。盗賊が簡単に立ち去るとは思えなかったからだ。
「助けられたんだ」
「え? 誰に?」
「旅の人だ。まだ若かったな。名前はジョバンニという人だった」
音無しのジョバンニ、若き日の出来事であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第514話 ジョバンニは、後も見ずに逃げ出した。」
音無しのジョバンニこと、ジョバンニ・ランスフォード卿。国王ヨハン陛下の護り刀にして、最強の剣客。
飯綱使いクリードの師でもあった。
「どんな人だったんでしょう?」
「なあに、おとなしそうな少年だったよ。お前さんみたいにな」
旅装だったが、身につけたものは身分の高さを思わせる上等なものだったそうだ。おつきの侍女を1人連れての旅の途中だった。侍女も若く、身目麗しかったと村人は記憶していた。
……
◆お楽しみに。
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