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第5章 ルネッサンス攻防編

第510話 ステファノはあえて回り道を選んだ。

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「ステファノ、1週間お前の鍛錬を見て来た。お前の杖には既にことわりが備わっている。最早この道場に留まる必要もあるまい」
「ゲンドー先生、それでは……」
「お前に足りないものは、強い体と実戦だけだろう。体を鍛えるのは道場でなくともできる。そして実戦は道場では得られぬ」

 道場で行える申し合いや試合は、所詮実戦ではない。そうであれば、ステファノをこれ以上道場に留める必要はなかった。

「世の中は広い。当道場を出て、見聞を広めるが良かろう。体の鍛錬は1人でもできるはずだ」
「先生、道場での修行をお許しいただき、ありがとうございました」
「例には及ばない。お前が勝手に学んだだけのこと。ムソウ流の名はやれぬが、お前はそれを望んではいまい」

 ステファノは無言で頭を下げた。

 道場を出たとしてもゲンドー師範の技は常にステファノの脳裏にある。既にそれは単なる映像記憶ではなく、現実を超えた理想形として刻まれていた。

(王都まで歩いてみよう)

 王族ご進講と魔術競技会参加。その予定はまだ3週間先だった。
 馬車に乗れば半日の道のりを、ステファノは歩いていこうと考えていた。

 街道を真っ直ぐに行けば、歩いても1泊の距離であったが、ステファノはあえて回り道を選んだ。
 街道を外れた小さな農村を訪ねながら、3日かけて王都に向かう計画を立てた。

 夜は野宿するつもりだった。10日分の保存食と雨風をしのぐ毛布を荷物に入れた。それでも加重軽減の土魔法を施した背嚢は、背負っていることを忘れるほど軽かった。

 土魔法を使えば馬車よりも速く移動できるが、ステファノは自分の足で歩くことを選んだ。道々の景色さえも貴重な経験であり、一歩一歩が体を鍛える運動になると考えた。

(アカデミー生活で随分楽をして来たからなぁ。少しは体を使わないと)

 ステファノはそう思っていたが、実際に怠けていたわけではない。在学中も毎日欠かさず型を行い、杖を振って来た。ステファノにとって労働以外の運動は趣味なのだ。
 それが「体への負担」になるとは考えていなかった。

 一心館道場に通う間、魔法修業は一時休止し、杖術だけに集中していた。練習量が格段に増えたお陰で、体力にも向上が見られた。
 体力がつけば体幹も腕の振りも安定感を増す。理想の動きを再現することが、よりやり易くなっていった。

 今、旅路を歩きながらステファノは久しぶりの魔法修業に意識を振り向けた。

 頭の中には魔術試技会で苦戦した「精神攻撃」への対策があった。

(精神攻撃の鍵となる条件は「同調」らしい。視覚や聴覚がキーとなってリンクを結ぶ。イドの鎧は攻撃をはねのけることができなかった)

 通常の魔力攻撃であればイドの鎧で防げる。人の体内に直接魔術で攻撃できないのは、すべての人間が多かれ少なかれイドを身にまとっているからだ。

(魔術はID波の伝播で対象に作用を及ぼす。イドの鎧がID波を遮断すると考えれば、魔力攻撃を防御する仕組みが理解できる)

 一方、精神攻撃は魔視脳に直接作用する。それはなぜか?

 ステファノは、感覚の同調がイドの壁を超越するのだと仮定した。魔力の基本である意子イドンはイデア界と現実界とに同時存在する。
 現実界での挙動は波動となる。それがID波だ。

(しかし、イデア界に距離はない。だったら、イドンの共有に波動は必要ないはずだ)

 感覚同調だけでイドンの共有が成り立つということではないか。魔視まじ脳という器官の特殊性が物質を超越したイドンの共有を現実化する。
 その結果、感覚の共鳴を媒介として魔視脳内部にイドンの共有が起こるのではないか。

 どうしたら共鳴を防げるか?

(震えない鐘……鳴らない鐘を持てば良い)

 問題解決の発想法に、本質を同じくする別のものに置き換えるという方法がある。ステファノは魔視脳の共鳴防止というテーマを「鳴らない鐘」という現象に置き換えてみた。

(水に漬ける? それでも鐘は鳴るか。土か漆喰で固める? 共鳴は止まるだろうが……)

 固める・・・という方法は、魔視脳の機能を阻害することになりそうだった。

(うん? 既に鐘が鳴っていたらどうだ? 違う音で鳴る鐘なら共鳴しないのでは? そうか!)
 
 ジェニーとの試合、痛みに苦しむステファノを救ったのは雷丸いかずちまるの鳴き声だった。

(あの時、雷丸が耳元で叫んだからジェニーの声との共鳴が破れたんだ!)

 聴覚による共鳴は、「大きな音」で妨害できそうだった。

(だったら、視覚については光を創り出せば良いか? でも、どんな感覚を媒介にされるかは、その時にならないとわからない)

 すべての感覚に備えるのは難しい。「音」だけにこだわっていては精神攻撃全般への対策にならない。
 妨害すべきは「音」ではないはずだった。

(防がなきゃいけないのは「音」じゃない。「共鳴」だ。もっと深い部分での共通点は――「振動」だ!)

 熱も、触覚も、光でさえも「振動」と捉えることができる。それを阻害するイメージ。
 あらかじめ外部からの影響を拒絶する、自分だけの「振動」を持っていればどうか。

(固有振動。それを持てば良い。いや、待てよ?)

 宇宙に存在する物体、それらすべては振動している。ID波がイドンの振動であるなら、すべてのイドも振動しているはずであった。
 生物のイドは物質のイドよりも強い。それはより強く振動しているということではないか?

(イドは本来固有の振動を持っている。必要なのは外部からの干渉を排除する「強さ」だ!)

 イドの鎧をまとう時、ステファノはイドをより厚く、硬くすることを考えていた。それはイドを物質を見る感覚で捉えていたからだ。

(イドは物質ではない。「波動」だ。イドの鎧を厚くしても共鳴を防げない。変えるべきは――振動数だ!)

 ID波の周波数を変える。ステファノはイド操作の新たなテーマを見つけた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第511話 色は陽、散るは陰。」

 ステファノは「いろは歌」を詠唱しながら、足を運ぶ。その意識は足元でも前方の景色でもなく、内なるイドに向けられていた。

「色は匂えど、散りぬるを――」

 どうしたらイドの振動数を変えられる? 魔力操作の基本はイメージだが、ステファノには「振動数」を変化させるイメージが掴めなかった。

(答えが見つからない時は、本質に立ち返れ。イドとは何だったか? 無意識の自我、俺はそう定義したはずだ)

 ……

◆お楽しみに。
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