501 / 624
第4章 魔術学園奮闘編
第501話 いざとなったら全然役に立たなかった。
しおりを挟む
確かにステファノは恐怖した。魔術師でもないジェニーが精神攻撃系ギフト保有者とは思わなかった。
(油断していた)
威圧や眠気、感覚異常等の精神攻撃なら、受けてからでも対応できると考えていたのだ。いきなり魔視脳の機能を阻害されるとは予想していなかった。
(魔視脳を遮断されて、慌ててしまった)
今になって思えば多少の頭痛や視覚異常があったものの、身体機能は普通に使えたのだ。
鉄丸を普通の礫として投げつける戦い方もあった。
(それに……魔法が使えない時のために、魔法具を用意したんじゃないか)
ステファノの手袋や靴には魔法付与した鉄粉が仕込んである。魔力を練れなくても、キーワードをトリガーとして魔法発動ができるのだ。
(いざとなったら全然役に立たなかった。いや、俺の心の問題だ)
敵の前で無防備になる恐怖。それはかつて口入屋一味に捕えられ、命の危機に瀕した経験で味わった絶望だった。何もできない無力感。
未だにその恐怖がトラウマとなって心の奥に巣食っていることを、ステファノはあらためて思い知った。
(俺は……臆病だ。危険が迫れば震えて動けなくなる弱虫なんだ)
自分ではどうしようもない心の弱さ。苦い物を噛みしめながら、ステファノはその事実と向かい合った。
(俺は、飯屋のせがれだ。戦士でも英雄でもない。戦いが怖いのは当たり前じゃないか)
それでも、口入屋からステファノは生きて帰った。あの頃はまだ魔法を使えなかったのに、絶体絶命の窮地を生き延びた。
いましめを解き、一味の1人を倒したのは、身につけた経験と知識だった。
(たとえ何もなくても。魔法が使えなくなっても、やれることはある。俺は、俺にできることをやるだけだ)
それしかできない。そう開き直ると、ステファノは肩の荷が軽くなるのを感じた。
(何が来ても、自分にできることをしよう。――それにしても、さっきはちょっとやりすぎたな)
ステファノは苦笑いして、頭をかいた。
◆◆◆
(結局、ステファノに精神攻撃は効かなかったか)
2回戦で敗れ、観客席に移ったジローはジェニーが敗退した一戦を見ていた。
(「虎の眼」とは、少し違うタイプの精神攻撃だったようだが……。あの魔獣に破られたか)
ジローの場合は「虎の眼」を使う機会がなかった。ステファノが「霧隠れ」を使ったせいである。
指輪に刻まれた「眼」に対象の姿を見せぬ限り、「虎の眼」の攻撃は届かない。
霧に隠れたステファノは、それと知らず「虎の眼」からも身を隠していたのだった。
精神攻撃系能力発動には視覚や聴覚での「リンク」が必要とされる。これはID波での干渉を成立させるために、対象の魔視脳と接触が必要だからではないか。
ステファノはジェニーの声を聞きリンクを成立させてしまったが、雷丸には効かなかった。アンガス雷ネズミである雷丸の解剖学的臓器構造や、魔視脳の大きさが人間のものと大きく異なるためだった。
従魔の存在がステファノを守った。
(アーティファクトに頼って勝ったところで、自慢にはならない)
それはアーティファクトの勝利であって、自分の勝利とは言えないとジローは考えた。
(俺の修業はまだまだだ。魔力の錬成、術式構築、そして術の発動、魔術付与など、磨くべき課題はいくらでもある。ステファノを見て、俺の術がどれほど未熟かよくわかった)
試合に負けたことは悔しい。しかし、得たものははるかに大きかった。
ジローは未だかつてなかったほどに、魔術を学びたいと心から渇望していた。
「マランツ先生、またサポリに行っても良いでしょうか?」
ジローは虚空にそっと呼び掛けた。
◆◆◆
トマスはギフトの使い方を確認していた。
(タイミングだ。起動のタイミングが難しい。早すぎても、遅すぎても効果がない)
もちろんこれまでにもギフトを使ったことがある。これまでの使い方であればミスすることはない。
今までのやり方であれば。
(普通のやり方ではステファノに勝てない。曲芸のようだが、これを成功させなくては――)
(だめだ! 早すぎた!)
(糞っ! 今度は遅い!)
(焦るな。一定のタイミングだ……)
ボバッ!
トマスの足元で、青い炎が燃え上がった。
「よしっ! これだ!」
トマスのこめかみを一筋の汗がしたたり落ちた。
◆◆◆
準決勝、イライザ対トマスの試合が始まろうとしていた。
イライザの様子に変わりはない。大槍を山積みした台車を傍らにおいて、仁王立ちしていた。準備運動も十分行ったのだろう。両肩から湯気が上がるほど、体は上気していた。
対するトマスは緊張しているのか、具合が悪そうな表情だった。顔に汗をかいていたが、イライザのように体を動かしたせいではなく、どこか苦しそうに見える。
「あいつ、腹でも痛いのか?」
トーマは首を傾げた。
「もしそうなら、審判に言えばいい。言わないということは、平気なんだろう」
スールーの言うことは理にかなっている。その通りなのだが――。
「どうも、気になるぜ。あいつの様子は普通じゃねェ」
目を凝らし、「天降甘露」を使ってみても、特段変わったことをしているわけではない。
「色が違う」
「何だと?」
口をつぐんでいたサントスが、つぶやいた。
「イドの色が違う。あれは魔力を使う時の色じゃない。あれは――」
最後まで語る前に、イライザ対トマスの試合が始まった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第502話 トマスはなぜ攻撃しない?」
イライザは「剛力」のギフトを発動しながら、大槍を投げた。戦い方は決まっている。最大威力の攻撃で、この空間を飽和させる。
リリースの瞬間、ギフト発動の光に身を包みながら、イライザは2秒に1投のルーチンを続ける。
対するトマスは右手を突き出し、魔力を放出した。
「氷壁!」
……
◆お楽しみに。
(油断していた)
威圧や眠気、感覚異常等の精神攻撃なら、受けてからでも対応できると考えていたのだ。いきなり魔視脳の機能を阻害されるとは予想していなかった。
(魔視脳を遮断されて、慌ててしまった)
今になって思えば多少の頭痛や視覚異常があったものの、身体機能は普通に使えたのだ。
鉄丸を普通の礫として投げつける戦い方もあった。
(それに……魔法が使えない時のために、魔法具を用意したんじゃないか)
ステファノの手袋や靴には魔法付与した鉄粉が仕込んである。魔力を練れなくても、キーワードをトリガーとして魔法発動ができるのだ。
(いざとなったら全然役に立たなかった。いや、俺の心の問題だ)
敵の前で無防備になる恐怖。それはかつて口入屋一味に捕えられ、命の危機に瀕した経験で味わった絶望だった。何もできない無力感。
未だにその恐怖がトラウマとなって心の奥に巣食っていることを、ステファノはあらためて思い知った。
(俺は……臆病だ。危険が迫れば震えて動けなくなる弱虫なんだ)
自分ではどうしようもない心の弱さ。苦い物を噛みしめながら、ステファノはその事実と向かい合った。
(俺は、飯屋のせがれだ。戦士でも英雄でもない。戦いが怖いのは当たり前じゃないか)
それでも、口入屋からステファノは生きて帰った。あの頃はまだ魔法を使えなかったのに、絶体絶命の窮地を生き延びた。
いましめを解き、一味の1人を倒したのは、身につけた経験と知識だった。
(たとえ何もなくても。魔法が使えなくなっても、やれることはある。俺は、俺にできることをやるだけだ)
それしかできない。そう開き直ると、ステファノは肩の荷が軽くなるのを感じた。
(何が来ても、自分にできることをしよう。――それにしても、さっきはちょっとやりすぎたな)
ステファノは苦笑いして、頭をかいた。
◆◆◆
(結局、ステファノに精神攻撃は効かなかったか)
2回戦で敗れ、観客席に移ったジローはジェニーが敗退した一戦を見ていた。
(「虎の眼」とは、少し違うタイプの精神攻撃だったようだが……。あの魔獣に破られたか)
ジローの場合は「虎の眼」を使う機会がなかった。ステファノが「霧隠れ」を使ったせいである。
指輪に刻まれた「眼」に対象の姿を見せぬ限り、「虎の眼」の攻撃は届かない。
霧に隠れたステファノは、それと知らず「虎の眼」からも身を隠していたのだった。
精神攻撃系能力発動には視覚や聴覚での「リンク」が必要とされる。これはID波での干渉を成立させるために、対象の魔視脳と接触が必要だからではないか。
ステファノはジェニーの声を聞きリンクを成立させてしまったが、雷丸には効かなかった。アンガス雷ネズミである雷丸の解剖学的臓器構造や、魔視脳の大きさが人間のものと大きく異なるためだった。
従魔の存在がステファノを守った。
(アーティファクトに頼って勝ったところで、自慢にはならない)
それはアーティファクトの勝利であって、自分の勝利とは言えないとジローは考えた。
(俺の修業はまだまだだ。魔力の錬成、術式構築、そして術の発動、魔術付与など、磨くべき課題はいくらでもある。ステファノを見て、俺の術がどれほど未熟かよくわかった)
試合に負けたことは悔しい。しかし、得たものははるかに大きかった。
ジローは未だかつてなかったほどに、魔術を学びたいと心から渇望していた。
「マランツ先生、またサポリに行っても良いでしょうか?」
ジローは虚空にそっと呼び掛けた。
◆◆◆
トマスはギフトの使い方を確認していた。
(タイミングだ。起動のタイミングが難しい。早すぎても、遅すぎても効果がない)
もちろんこれまでにもギフトを使ったことがある。これまでの使い方であればミスすることはない。
今までのやり方であれば。
(普通のやり方ではステファノに勝てない。曲芸のようだが、これを成功させなくては――)
(だめだ! 早すぎた!)
(糞っ! 今度は遅い!)
(焦るな。一定のタイミングだ……)
ボバッ!
トマスの足元で、青い炎が燃え上がった。
「よしっ! これだ!」
トマスのこめかみを一筋の汗がしたたり落ちた。
◆◆◆
準決勝、イライザ対トマスの試合が始まろうとしていた。
イライザの様子に変わりはない。大槍を山積みした台車を傍らにおいて、仁王立ちしていた。準備運動も十分行ったのだろう。両肩から湯気が上がるほど、体は上気していた。
対するトマスは緊張しているのか、具合が悪そうな表情だった。顔に汗をかいていたが、イライザのように体を動かしたせいではなく、どこか苦しそうに見える。
「あいつ、腹でも痛いのか?」
トーマは首を傾げた。
「もしそうなら、審判に言えばいい。言わないということは、平気なんだろう」
スールーの言うことは理にかなっている。その通りなのだが――。
「どうも、気になるぜ。あいつの様子は普通じゃねェ」
目を凝らし、「天降甘露」を使ってみても、特段変わったことをしているわけではない。
「色が違う」
「何だと?」
口をつぐんでいたサントスが、つぶやいた。
「イドの色が違う。あれは魔力を使う時の色じゃない。あれは――」
最後まで語る前に、イライザ対トマスの試合が始まった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第502話 トマスはなぜ攻撃しない?」
イライザは「剛力」のギフトを発動しながら、大槍を投げた。戦い方は決まっている。最大威力の攻撃で、この空間を飽和させる。
リリースの瞬間、ギフト発動の光に身を包みながら、イライザは2秒に1投のルーチンを続ける。
対するトマスは右手を突き出し、魔力を放出した。
「氷壁!」
……
◆お楽しみに。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
レベルが上がらずパーティから捨てられましたが、実は成長曲線が「勇者」でした
桐山じゃろ
ファンタジー
同い年の幼馴染で作ったパーティの中で、ラウトだけがレベル10から上がらなくなってしまった。パーティリーダーのセルパンはラウトに頼り切っている現状に気づかないまま、レベルが低いという理由だけでラウトをパーティから追放する。しかしその後、仲間のひとりはラウトについてきてくれたし、弱い魔物を倒しただけでレベルが上がり始めた。やがてラウトは精霊に寵愛されし最強の勇者となる。一方でラウトを捨てた元仲間たちは自業自得によるざまぁに遭ったりします。※小説家になろう、カクヨムにも同じものを公開しています。
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる