飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
500 / 670
第4章 魔術学園奮闘編

第500話 イドにはイドを!

しおりを挟む
「何っ? どうした?」
「ステファノが攻撃された?」
「それは反則」

 競技者への直接攻撃はルールで禁止されている。現に、ジェニーはステファノに何かをぶつけたわけではない。
 それなのにステファノは明らかにダメージを受けている。

「……精神攻撃か」
「あぁん? ジェニーがだと?」

 ありうべき答えはそれしかないと、スールーは頷いた。ジェニーが発している不思議な声。
 それはギフトの発動条件に違いない。

「彼女は精神攻撃系のギフト持ちだ。それ以外、この状況はあり得ない」

「……ァアアアアー」
 
 ステファノが苦しんでいる隙に、長い声を発したままジェニーは最前線に進み出た。弓に矢をつがえ、素早く引き絞った。
 落ち着いて放たれた矢はステファノの標的に突き刺さる。

 ステファノは目も開けられない光の中にいた。

 試合開始と同時に押し寄せた光の波に、体全体を飲み込まれたのだ。太陽のフレアにあおられたように、真っ白な光を体中で感じる。
 光はとめどなく押し寄せていた。許容量を超えた光に、ステファノの「第3の眼」が悲鳴を上げていた。

雷丸いかずちまる……。助けてくれ!」
「ピーッ!」

 ステファノの髪をかき分けて、雷丸が顔を出した。きょろきょろと辺りを見回していたが、ステファノが苦しんでいると気づいたのか、頭のてっぺんに這い上がり、四肢を踏ん張った。

 雷丸の全身を覆う針が逆立ち、黄金色に光輝いた。

「ピィイ――ッ!」

 ステファノを襲っていた光の波が、ぴたりと収まる。

(あの声――。精神攻撃の発動条件だ。音を通じて、俺の魔視脳にリンクした。ならば……)

「色は匂えど、散りぬるを――。(音も、光も、一瞬のものでしかない)」

 ステファノはギフト「諸行無常いろはにほへと」の成句を高らかに詠唱した。すべてを手放し、成句にのみ意識を集中する。

「我が世誰ぞ、常ならむ――。(世界は移り変わり、俺自身も常に変化する)」

「有為の奥山、今日越えて――。(俺の存在は物質界に止まらない)」

「浅き夢見じ、飢干ゑひもせず――。ん――。(宇宙は幻想。実相は永遠なるイデア界にあり)」

 ステファノは全身から「始原の赤」の光を放出した。存在の根源たる陽気である。
 陽気は広がり、押し寄せるジェニーのID波を飲み込んだ。

 ジェニーのギフト「レゾナンス」は希少な精神攻撃系能力だ。特定波長の声を対象に聞かせている間、魔視脳の機能を阻害できる。同時に頭痛やめまいをもたらすものであった。

 ギフトも魔視脳の働きによる能力である。その発現にはイドが発するID波が関与していた。

(イドにはイドを!)

 ステファノの陽気はジェニーのID波を圧倒した。陽極まれば、陰に転ずる。
 ステファノはあふれる陰気を、自分の標的に飛ばした。

「ステファノの名において命じる。虹の王ナーガよ、我が標的を守れ! ナーガの鱗!」

 トーマは見た。人の胴ほどに太い、大蛇が標的に巻きつき鎌首をもたげる姿を。
 ステファノの標的は既に2本の矢を受けていた。しかし、続いて飛んで来た3本目の矢はぬるりと標的を避けた。

「くっ! どうして矢が当たらない?」

 ジェニーは焦ったが、どうすることもできなかった。

 ステファノは腰に下げた小物入れに手を入れた。じゃらじゃらと一掴みの鉄丸を取り出す。

 手のひらに載せた鉄丸に、雷属性の魔力を籠める。土属性の魔力により引力を操り、さらに雷気による推進力で加速させた。電磁加速砲レールガンである。

土生金どしょうこん飯綱嵐いづなあらし!」

 バリリッ! ドンッ!

 まばゆい光と轟音を発し、鉄丸の群れは一直線にジェニーの標的を撃った。鉄丸は音速に達し、衝撃波とともに標的を穿うがった。
 あまりの高速に鉄丸の表面は空気との摩擦で赤熱し、標的の表面を焦がす。

「雷気開放!」

 標的にめり込んだ十数個の鉄丸が一斉に高圧放電し、大気をプラズマ化した。

 バァアアン!

 視界を真っ白に染める閃光を発し、ジェニーの標的が炎に包まれた。電流は手近な金属部である鎖に流れ、一気に焼き切った。
 吊り下げていた鎖を失った標的は煙を上げながら、どさりと地面に落ちた。

「そっ、それまでっ!」

 審判が致命傷を認め、ステファノの勝利を宣言した。

 対戦相手に礼をして競技エリアを去るステファノは、勝利者とは思えぬ厳しい表情を浮かべていた。

 ◆◆◆

「うーん、どうなんだあの顔は? 勝ったのに不満そうだったね、ステファノの奴」
「思い通りに行かなかったんだろうなぁ。精神攻撃は予想してなかったな」

 ステファノの勝利を喜びたいスールーであったが、去り際に見せたステファノの表情が気になっていた。

「ステファノの思い上がり。世の中予想通りに行かない」

 サントスのコメントは手厳しい。それはステファノが自ら痛感していることでもあった。

「勝ちは勝ちだからな。俺に言わせりゃ、それで十分だと思うぜ」
「トーマは志が低すぎ。小物感丸出し」
「良いじゃねぇか、小物でも。己を知るって奴さ」

「アレは『霹靂へきれきの杖』の真似だったね」

 トーマとサントスのやり取りを無視して、スールーはステファノが放った術について自分の感想を語った。

「デズモンドの聖遺物アーティファクトか……?」
「真似というより強化版」

 サントスの見立てでは、たま数、スピード、威力の全てにおいてステファノの術の方が勝っていた。

「デズモンドの雷撃は避雷針で防がれたが、ステファノの鉄丸は避雷針など撃ち抜いて標的を破壊する。それを十数発同時に放つなど、威力過剰」

 その通りであった。「不殺ころさず」にこだわるステファノが、なぜそこまでの威力で攻撃したのか?

「怖かったのだろうね」

 スールーが目を伏せながら言った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第501話 いざとなったら全然役に立たなかった。」

 確かにステファノは恐怖した。魔術師でもないジェニーが精神攻撃系ギフト保有者とは思わなかった。

(油断していた)

 威圧や眠気、感覚異常等の精神攻撃なら、受けてからでも対応できると考えていたのだ。いきなり魔視脳まじのうの機能を阻害されるとは予想していなかった。

(魔視脳を遮断されて、慌ててしまった)

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
感想 4

あなたにおすすめの小説

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

魔境へ追放された公爵令息のチート領地開拓 〜動く屋敷でもふもふ達とスローライフ!〜

西園寺わかば🌱
ファンタジー
公爵家に生まれたエリクは転生者である。 4歳の頃、前世の記憶が戻って以降、知識無双していた彼は気づいたら不自由極まりない生活を送るようになっていた。 そんな彼はある日、追放される。 「よっし。やっと追放だ。」 自由を手に入れたぶっ飛んび少年エリクが、ドラゴンやフェンリルたちと気ままに旅先を決めるという物語。 - この話はフィクションです。 - カクヨム様でも連載しています。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

異世界へ五人の落ち人~聖女候補とされてしまいます~

かずきりり
ファンタジー
望んで異世界へと来たわけではない。 望んで召喚などしたわけでもない。 ただ、落ちただけ。 異世界から落ちて来た落ち人。 それは人知を超えた神力を体内に宿し、神からの「贈り人」とされる。 望まれていないけれど、偶々手に入る力を国は欲する。 だからこそ、より強い力を持つ者に聖女という称号を渡すわけだけれど…… 中に男が混じっている!? 帰りたいと、それだけを望む者も居る。 護衛騎士という名の監視もつけられて……  でも、私はもう大切な人は作らない。  どうせ、無くしてしまうのだから。 異世界に落ちた五人。 五人が五人共、色々な思わくもあり…… だけれど、私はただ流れに流され……

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

間違い召喚! 追い出されたけど上位互換スキルでらくらく生活

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
僕は20歳独身、名は小日向 連(こひなた れん)うだつの上がらないダメ男だ ひょんなことから異世界に召喚されてしまいました。 間違いで召喚された為にステータスは最初見えない状態だったけどネットのネタバレ防止のように背景をぼかせば見えるようになりました。 多分不具合だとおもう。 召喚した女と王様っぽいのは何も持っていないと言って僕をポイ捨て、なんて世界だ。それも元の世界には戻せないらしい、というか戻さないみたいだ。 そんな僕はこの世界で苦労すると思ったら大間違い、王シリーズのスキルでウハウハ、製作で人助け生活していきます ◇ 四巻が販売されました! 今日から四巻の範囲がレンタルとなります 書籍化に伴い一部ウェブ版と違う箇所がございます 追加場面もあります よろしくお願いします! 一応191話で終わりとなります 最後まで見ていただきありがとうございました コミカライズもスタートしています 毎月最初の金曜日に更新です お楽しみください!

処理中です...