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第4章 魔術学園奮闘編
第497話 おいおいおい、マジかよ?
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「他の観客も、その可能性に気づいただろうか?」
声を低くして、スールーはトーマたちに語りかけた。
「うーん。多分、気づいてねぇな」
「俺たちはステファノに毒されてる。普通の人は、そんな馬鹿なと思う」
誰よりもステファノを知る情革研の3人だからこそ、従魔100匹などという非常識を想像できる。
常識ある人間は、そんなことを考えない。
「何しろあいつは一度に1万個の魔術を発動できるからな」
「そうだった。魔獣を使わなくても、国と戦争できる奴だったね」
「戦争にならない。戦争とは近似した軍事力のバランスを前提とする」
それがサントスのリアルだ。
「どんな国が来ても、戦えばステファノの圧勝。それを知れば、挑戦する馬鹿はいない」
「この魔術試技会を見て、少しはそのことがわかるだろうぜ。世間ていう連中もな」
◆◆◆
2回戦の第3試合は、イライザ対デズモンドの組み合わせだった。体力に全振りしたイライザの物理攻撃に、デズモンドの魔道具攻撃が対抗できるか?
初動の速さを比べれば、イライザが先手を取りそうであった。とすれば、デズモンドは守りを固めるために一手を割く必要があろう。
短い試合時間の中で後手に回るのは明らかに不利だった。
「攻撃を始めちまえば、イライザの手は止まらねぇ。デズモンドの防御がよほど堅くない限りは、押し切られちまうぜ」
それどころか、致命傷一発で試合が終わるかもしれないのだ。デズモンドにとって試合開始直後は極めて重要なポイントであった。
「おいおいおい、マジかよ?」
競技エリアに登場したイライザは、前試合同様武器を載せた荷車を用意していた。そこには彼女の長身をもそのまま隠せるほどの巨大なタワー・シールドが載せられていた。
「良いのかよ? あれって、標的の前に立てるつもりだろう?」
「盾を使っちゃいけないというルールは存在しないね」
「そりゃそうだが、アレはやり過ぎじゃねぇか?」
トーマは気に入らないようだが、審判は制止しなかった。ガラガラと荷車を引いて、イライザが試合開始線についた。
「こうなると、イライザが有利じゃないか? あの質量攻撃に耐えられるほどの防御魔術を、デズモンドが持っているかね?」
「霹靂の杖でタワー・シールドを破れない限り、デズモンドの勝ちはないわけだ」
デズモンドとしては、イライザがタワー・シールドを設置する前に攻撃を叩き込むしかない。トーマにはそれ以外に彼の勝機を見いだせなかった。
「しかしあれだね。巨大な盾1つで勝敗が決まるとなると、魔術試技会の面白みがなくなるね」
「まったくだ。防御魔術で盾を作るのとは違うからな。魔術の巧拙を競うという話ではなくなっちまう」
「それもまたリアル。戦場では何でもあり」
実際に戦場では盾が利用されている。投石や弓矢、そして魔術に対する防御手段として確立されているのだ。
模擬戦とはいえ戦場の現実を想定するならば、タワー・シールドの存在を否定することはできなかった。
「審判!」
デズモンドが審判に声をかけた。
「こちらも盾の準備をしたい」
「……5分以内に戻るように」
許しを得るや、デズモンドは走り出した。控えていた従者とともに、盾を調達しに行く。
「やれやれ。変なことになったね」
「ここは闘技場。タワー・シールドくらいある」
「試合開始を延期する必要があったかなぁ」
「ふふん。そこはデズモンドの家柄が味方したな」
デズモンドの家は伯爵家だ。試合の準備をさせるくらいのことは、認めざるを得なかった。
「お貴族様の中のお貴族様だからな。ルールを破らない範囲なら融通を利かせてやらないと、後でどう言われるかわからない」
「ちっ、勝負に水を差された気分だぜ。こうなったらイライザを応援するか」
「どっちもお貴族様。勝手にやらせればいい」
サントスが暗い目を細めた。
「盾を持ち込もうと、城を築こうと関係ない。いずれステファノが蹴散らす」
「おっ、さすがサントス。良いこと言うぜ。そいつを楽しみにしておくか」
観客席がざわざわと騒いでいる間に、デズモンドが戻って来た。2メートルとはいかないが、1.7メートルほどの高さのタワー・シールドを調達していた。
両者ともタワー・シールドの下部に杭がとりつけてあり、地面に突き刺して固定することができる。
「盾を構え終わっちまったら、攻撃が難しいな。特にイライザには直線的な物理攻撃しかない」
「盾を超えて、上から攻撃するってのはどうかな?」
「無理。100回投げても当たらない」
山なりに槍を投げて盾の上から標的に当てる。理屈の上では成り立つが、現実に当たるものではなかった。
かといって、デズモンドが有利だとも言えない。魔術の軌道を曲げられない以上、標的に届く攻撃はできなさそうだった。
「これは……手詰まりかもしれないね」
スールーが眉を寄せた時、試合が始まった。
「始めっ!」
誰もが予想した通り、2人の選手は標的の前にタワー・シールドをがっしりと据えた。イライザはその膂力で杭を打ち込み、デズモンドは土魔術を使った。
そうしておいて、イライザは武器を満載した荷車のもとに走り、デズモンドは台車の遮蔽物に隠れた。
それから長い戦いが始まった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第498話 サドンデスって何だい?」
イライザは長槍を投げつけ、デズモンドは雷を飛ばす。
荷車を最前線まで押し上げたイライザは、必中の槍を投げ続けた。ガンガンとデズモンドのタワーシールドを打ちつける音が競技場にこだました。
デズモンドは霹靂の杖」から雷撃を発する。恐るべき速度で宙を飛んだプラズマは、鉄製のタワー・シールドに引きつけられて着弾する。激しい火花を散らし、大音響を響かせるが、標的は無傷のままだった。
……
◆お楽しみに。
声を低くして、スールーはトーマたちに語りかけた。
「うーん。多分、気づいてねぇな」
「俺たちはステファノに毒されてる。普通の人は、そんな馬鹿なと思う」
誰よりもステファノを知る情革研の3人だからこそ、従魔100匹などという非常識を想像できる。
常識ある人間は、そんなことを考えない。
「何しろあいつは一度に1万個の魔術を発動できるからな」
「そうだった。魔獣を使わなくても、国と戦争できる奴だったね」
「戦争にならない。戦争とは近似した軍事力のバランスを前提とする」
それがサントスのリアルだ。
「どんな国が来ても、戦えばステファノの圧勝。それを知れば、挑戦する馬鹿はいない」
「この魔術試技会を見て、少しはそのことがわかるだろうぜ。世間ていう連中もな」
◆◆◆
2回戦の第3試合は、イライザ対デズモンドの組み合わせだった。体力に全振りしたイライザの物理攻撃に、デズモンドの魔道具攻撃が対抗できるか?
初動の速さを比べれば、イライザが先手を取りそうであった。とすれば、デズモンドは守りを固めるために一手を割く必要があろう。
短い試合時間の中で後手に回るのは明らかに不利だった。
「攻撃を始めちまえば、イライザの手は止まらねぇ。デズモンドの防御がよほど堅くない限りは、押し切られちまうぜ」
それどころか、致命傷一発で試合が終わるかもしれないのだ。デズモンドにとって試合開始直後は極めて重要なポイントであった。
「おいおいおい、マジかよ?」
競技エリアに登場したイライザは、前試合同様武器を載せた荷車を用意していた。そこには彼女の長身をもそのまま隠せるほどの巨大なタワー・シールドが載せられていた。
「良いのかよ? あれって、標的の前に立てるつもりだろう?」
「盾を使っちゃいけないというルールは存在しないね」
「そりゃそうだが、アレはやり過ぎじゃねぇか?」
トーマは気に入らないようだが、審判は制止しなかった。ガラガラと荷車を引いて、イライザが試合開始線についた。
「こうなると、イライザが有利じゃないか? あの質量攻撃に耐えられるほどの防御魔術を、デズモンドが持っているかね?」
「霹靂の杖でタワー・シールドを破れない限り、デズモンドの勝ちはないわけだ」
デズモンドとしては、イライザがタワー・シールドを設置する前に攻撃を叩き込むしかない。トーマにはそれ以外に彼の勝機を見いだせなかった。
「しかしあれだね。巨大な盾1つで勝敗が決まるとなると、魔術試技会の面白みがなくなるね」
「まったくだ。防御魔術で盾を作るのとは違うからな。魔術の巧拙を競うという話ではなくなっちまう」
「それもまたリアル。戦場では何でもあり」
実際に戦場では盾が利用されている。投石や弓矢、そして魔術に対する防御手段として確立されているのだ。
模擬戦とはいえ戦場の現実を想定するならば、タワー・シールドの存在を否定することはできなかった。
「審判!」
デズモンドが審判に声をかけた。
「こちらも盾の準備をしたい」
「……5分以内に戻るように」
許しを得るや、デズモンドは走り出した。控えていた従者とともに、盾を調達しに行く。
「やれやれ。変なことになったね」
「ここは闘技場。タワー・シールドくらいある」
「試合開始を延期する必要があったかなぁ」
「ふふん。そこはデズモンドの家柄が味方したな」
デズモンドの家は伯爵家だ。試合の準備をさせるくらいのことは、認めざるを得なかった。
「お貴族様の中のお貴族様だからな。ルールを破らない範囲なら融通を利かせてやらないと、後でどう言われるかわからない」
「ちっ、勝負に水を差された気分だぜ。こうなったらイライザを応援するか」
「どっちもお貴族様。勝手にやらせればいい」
サントスが暗い目を細めた。
「盾を持ち込もうと、城を築こうと関係ない。いずれステファノが蹴散らす」
「おっ、さすがサントス。良いこと言うぜ。そいつを楽しみにしておくか」
観客席がざわざわと騒いでいる間に、デズモンドが戻って来た。2メートルとはいかないが、1.7メートルほどの高さのタワー・シールドを調達していた。
両者ともタワー・シールドの下部に杭がとりつけてあり、地面に突き刺して固定することができる。
「盾を構え終わっちまったら、攻撃が難しいな。特にイライザには直線的な物理攻撃しかない」
「盾を超えて、上から攻撃するってのはどうかな?」
「無理。100回投げても当たらない」
山なりに槍を投げて盾の上から標的に当てる。理屈の上では成り立つが、現実に当たるものではなかった。
かといって、デズモンドが有利だとも言えない。魔術の軌道を曲げられない以上、標的に届く攻撃はできなさそうだった。
「これは……手詰まりかもしれないね」
スールーが眉を寄せた時、試合が始まった。
「始めっ!」
誰もが予想した通り、2人の選手は標的の前にタワー・シールドをがっしりと据えた。イライザはその膂力で杭を打ち込み、デズモンドは土魔術を使った。
そうしておいて、イライザは武器を満載した荷車のもとに走り、デズモンドは台車の遮蔽物に隠れた。
それから長い戦いが始まった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第498話 サドンデスって何だい?」
イライザは長槍を投げつけ、デズモンドは雷を飛ばす。
荷車を最前線まで押し上げたイライザは、必中の槍を投げ続けた。ガンガンとデズモンドのタワーシールドを打ちつける音が競技場にこだました。
デズモンドは霹靂の杖」から雷撃を発する。恐るべき速度で宙を飛んだプラズマは、鉄製のタワー・シールドに引きつけられて着弾する。激しい火花を散らし、大音響を響かせるが、標的は無傷のままだった。
……
◆お楽しみに。
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