上 下
496 / 624
第4章 魔術学園奮闘編

第496話 相手が小さすぎる!

しおりを挟む
 雷丸いかずちまるは小さい。その機動性を生かせば、5発の空気弾をかわすことは容易かった。覚醒した魔視脳まじのうを持つ雷丸には、目に見えぬはずの空気弾がネオンサインのように光って観える。

 だが、避けない。

 避ける必要がない。

「ピーーィッ!」

「遠当てだと? 馬鹿なっ!」

 雷丸は前方の空気弾に向かってイドの塊を飛ばした。その色は「終焉の紫」。
 束縛するイドを消し去られた空気弾は、ほどけ、膨れながら雷丸に迫る。その小さな体を吹き飛ばす空気圧となって。

 雷丸は体を包むイドの鎧を変形させた。翼をたたみ、細くとがったきりになる。

 体の小さいことを利用して、空気圧の薄い隙間に錐の先端を打ち込み、身を捻ってすり抜けた。
 一切の抵抗もなく、雷丸はするりと空気弾を潜り抜けて見せた。

「相手が小さすぎる! くっ、逆風陣!」

 ジローは攻撃を諦め、防御を強化した。既に固めた「氷柱牢アイス・バインド」の周りに竜巻を起こした。通常の風陣と違い、竜巻を天地逆さに回転させる。
 逆立ちした竜巻が形作る円錐は標的の上で閉じていた。

(制御が……。やはり倒立は難しいか)

 逆風陣は自然の摂理に逆らっていた。ともすればジローの制御を離れ、暴走しようとする。
 ジローは常に意識を集中して、術式を維持する必要があった。

(だが、これで魔獣の攻撃を防げるはず)

 ジローは歯を食いしばりながら、標的に迫る魔獣の動きを注視した。その時、雷丸が黄金色に輝いた。

 ぴしっ!

 初めに空気がきしんだ。

 続いて、世界が光った。目の前の全てが黄金色に染まった。落雷だということを知ったのは、次の瞬間だった。

 ドオーン!

 轟音などという生易しいものではなかった。競技場が揺れた。
 ジローは、足元から地面がなくなったのではないかと一瞬戸惑った。

「雷電? こんな規模でか?」

 思わず腕で顔をかばっていたジローが振りむけば、竜巻は吹き飛び、氷結牢は粉々に砕け落ちていた。

「一撃で……? 氷と風の防御を、たった一撃で?」

 台車の上で裸にされた標的が、頼りなさげに揺れていた。

(「虎の眼」を――!)

 圧倒的な攻撃力の差を痛感し、ジローは奥の手である「虎の眼」を使おうとした。右手の指輪をステファノに向ける。

「何だと! どこに消えた?」

 試合場の向こう半分は、真っ白な霧に包まれていた。水遁、霧隠れの術。
 これでは「虎の眼」を使えない。精神攻撃を行うためには、相手の姿を「虎の眼」に映す必要がある。

(そもそも攻撃のしようがない……)

 当然台車は動いている。ステファノの台車がどこにあるか、目を離していたジローにはわからなかった。

(風で霧を吹き飛ばせば――!)

「ピーッ!」

 ジローの標的にとまった雷丸が、鳴き声で存在を誇示した。体を覆う針が逆立ち、黄金色の光を発している。
 いつでも雷撃で標的を撃てるぞ、と。

「……降参します」

 ジローは短杖ワンドを納めて、一礼した。

 驚愕から醒めた観衆が、どっと歓声を上げた。

 ◆◆◆

「面白かったね。あのネズミ君がここまで戦えるとは知らなかったよ」
「そいつはみんな同じだろう、スールー? あんなちっぽけな魔獣が、どでかい雷撃をぶっ放すとはな」
「最後はジローが可哀そう。2人がかりで大人げない」

 言葉の割に、サントスは楽しそうだった。威張り散らす輩が煮え湯を飲まされるのは、この上ない見ものである。

「確かに2人がかりだね。トーマ、従魔っていうものは勝手に攻撃するものなのかい」
「さあ、俺もそこまで詳しかないぜ。だが、所詮獣さ。賢くっても猟犬くらいじゃねぇか?」

 待てと言えば待ち、襲えと言えば敵を襲う。言葉、身振り、笛の音などで指示を与える必要がある。

「ステファノは何て言ったかな?」
「確か一言、『標的を撃て』と言っただけだな」
「その一言であの行動。トーマより賢い」
「うるせぇよ!」

 信じられない判断力であり、実行力だった。

「滑空術だっけか? 空を飛ぶことは研究報告でわかっていたがよ。あんなに・・・・飛べるとはな」
「鳥より自由」
「攻撃力にも驚かされたよ。すごい雷撃じゃないか」

 スールーには見えなかったが、サントスとトーマは遠当ての攻防にも気づいていた。

「俺は授業で先生が使う『雷電』を見せてもらったことがある。アイツの雷電ははるかに強力だぜ」

 中級魔術としての最高レベル。雷丸の一撃は、それだけの威力があった。
 それを手のひらより小さいネズミ・・・が使っていた。

「魔獣つっても小ネズミ1匹。大した戦力にならねぇと思ったが……。小さいことが武器になることもあるんだなぁ」

 トーマは腕組みをして唸った。殴る、蹴る、噛みつくという戦いであれば、体が大きく、力が強いものが有利だろう。
 だが、魔術は体力と関係がない。小さい体だろうと、非力だろうと、魔力さえ練れれば術は発動する。

「むしろ小さい方が怖い」

 ぼそりとサントスが言った。

 今の試合がそうだった。遠当てを撃っても、小さな体を利して、隙間を縫うようにかわされた。
 高速で飛ばれれば、視認することさえ難しい。

 その癖、攻撃力は一流だ。試合では見せなかったが、雷丸は雷気をまとって体当たりすることもできる。
 自分の意志を持って。

 投擲術とも魔術とも異なり、空中で自在に軌道を変えながら敵を撃ち抜くことができるのだ。

「これは反則に近いなあ。ジローは2人のステファノを相手にしたようなものじゃないか」
「分身みたいなもんだからな。普通じゃ勝てそうもねぇぜ」

 聞けば聞くほど、スールーはあきれ顔になった。しかし、獣魔術は立派な戦闘技術であり、反則ではない。
 ステファノの術が特殊過ぎるだけだった。

「……限らない」
「えっ? 何だって、サントス?」
「従魔は1匹とは限らない。100匹従えたら、国を落とせる」

 それは恐ろしい想像だった。
 普通のテイマーであれば、2匹の従魔でさえ同時に使えないだろう。名人なら3匹、あるいは5匹同時に使えるだろうか?

「ステファノだからな。やろうと思えば、100匹でも使えるのではないか?」

 言いながら、スールーの背筋に寒気が走った。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第497話 おいおいおい、マジかよ?」

「他の観客も、その可能性に気づいただろうか?」

 声を低くして、スールーはトーマたちに語りかけた。

「うーん。多分、気づいてねぇな」
「俺たちはステファノに毒されてる。普通の人は、そんな馬鹿なと思う」

 誰よりもステファノを知る情革研の3人だからこそ、従魔100匹などという非常識を想像できる。
 常識ある・・・・人間は、そんなことを考えない。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜

サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」 孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。 淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。 だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。 1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。 スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。 それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。 それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。 増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。 一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。 冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。 これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

処理中です...