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第4章 魔術学園奮闘編
第489話 なるほど、よくできている。
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「すると、あれだな。今後の試合でステファノはいくつかの見せ場を作ろうとしているわけだ」
トーマの考えでは、第1試合は「受けのうまさ」を見せつつ、隠形五遁の法で見せ場を作った。霧隠れから山嵐、そして高跳びの術という流れは原始魔術が実戦で有効であることを実証した。
今後の見せ場は、「防御魔法の強力さ」、「魔道具の有用性」、「獣魔術の実演」などを示すつもりではないかと、トーマは予想していた。
「概ね研究報告会のテーマと重なるわけだな」
「そういうことだ。報告会が伏線となって、魔術試技会がその実演の役割を果たすのさ」
「なるほど、よくできている。2つのイベントが相互に引き立て合うということか」
トーマの指摘にスールーも得心顔となった。
報告会の会場では開発した魔法や魔法具を十分に実演することができなかった。会場の制約や観客への影響を考慮すれば、危険なデモを行うわけにはいかなかったのだ。
競技場であれば、制約の大半はなくなる。
反対に、試技会で使う術の術理は、研究報告の内容を読めば理解しやすくなる。2つを合わせることで、メシヤ流の優秀さを十分にアピールできるのだ。
「そうか。試合の前に術理を明かすなど、損をする行為だと思ったが、そういう意図があったのだな」
「術理がわかっても防げない。その自信があるのだろうさ」
ステファノの口振りでは、手の内をすべてさらけ出したわけではなさそうだった。1つや2つ手品の種を知ったところで、一朝一夕で対抗できるものではない。
「ステファノは呪文の詠唱とやらをしないしね。例の気恥ずかしい奴」
「ああ。どうやら常に発動可能な状態にあるらしい。普通は魔力を練って、術式をイメージ化する必要があるんだが、全部省略だ」
「ステファノに普通を求めても無駄」
トーマの言葉通り、ステファノは予備動作なしに無詠唱で魔法を繰り出せる。集中も構成も必要ない。
ただ虹の王に結果の発現を求めれば良かった。
「だったら、なぜ術の名を叫んだりするんだろう?」
「聞かせるためだろうな。今使っているのはこういう術だとね」
「ステファノは親切な変態」
声に出さなければ術をかけていることさえ気づかれない。見過ごされないように、周りに告げているのだとトーマは言った。
「ははあ、遠当てみたいな術は目に見えないからか。ステファノも意外に気を使っているんだね」
「そういう駆け引きは得意だろう、スールー?」
「スールーは悪知恵の化身」
「まあ、否定はしないがね」
スールーはそう言って、あいまいに微笑んだ。既に彼女の関心は次の試合に移っている。
「それよりアレは何だね?」
彼女が指さす先には試合場に進み出る巨大な人影があった。
「僕の目がおかしいのかな? 2メートルを超える身長に見えるんだけれど」
ずしんという地響きが聞こえてきそうな足取りで、その女は競技エリアに向かって歩を進めた。
「おいおい。あんな奴がいたっけか? 俺は授業で一緒になったことがないが……」
「トーマも知らないのか? 2年生にあんな生徒はいないぞ」
「1年でも2年でもない。ならば、3年生か?」
情革研の3人はその女生徒を見たことがなかった。であれば、3年生以上ということになろう。あれほど目立つ生徒を見落とすことなどあるはずがなかった。
考えられるとすれば、あの女生徒はスールーとサントスが入学する前から休学していたということだ。
「ちょっと待ってくれ。情報を集めてくる」
スールーは席から立ち上がると、服のしわを伸ばし、内ポケットから手帳を取り出した。そのまま観客席の最前列を進み、何人かの講師たちが観戦している席を目指す。
サントスたちの視線の先で、スールーは講師たちに愛嬌を振りまき、笑いながら話をしていた。
彼女の武器である社交性を存分に発揮した情報収集である。2、3人の講師と言葉を交わし、丁寧を礼を言った後、スールーは急いで自分の席に戻って来た。
「わかったぞ。彼女の名はイライザ。4年生だ。1年半、休学していたそうだ」
「それで見たことがなかった」
「ゴリゴリの武闘派だ。剣と槍が得意武器らしい。ああ、何やら持ち出したな」
一旦開始線に立って相手選手と審判に礼をしたイライザは、審判に何かを告げ、試合場横の控えスペースに戻った。そうして、ガラガラと荷車のようなものを試合場に引き込んだ。
「おいおい。何だあれは?」
トーマが呆れるのも無理はない。試合場に荷車を持ち込むとは。
「ルール上はセーフ」
「セーフと言ったって……。とんでもねぇな」
サントスは平静を保っていたが、内心では驚いていた。
イライザが試合場に引っ張り込んだのは槍を満載した荷車であった。100キロは優に超えているはずだ。
「ありゃあ手槍というサイズじゃねぇな。本式の槍じゃねぇか」
「あれをぶん投げるつもりだろうね。実に勇ましい」
槍を投げる武術は存在する。しかし、その時に使われるのは手槍とか投げ槍と呼ばれるものだ。
本式の槍に比べれば、細く短い。重量ももちろん軽く仕上げてある。
イライザが持ち込んだ数十本の槍は、普通の人間が投げられるようなものではなかった。握りも太く、長大であった。
無理して投げれば、一度で肩を壊すだろう。
「彼女は『剛力』というギフトを持っているそうだ。休学していたのは所属流派の昇格試験である修行に挑むためだ」
「ふうん。結果は?」
スールーは仕込んできたばかりの情報を吹聴した。
自慢げにトーマの質問に答える。
「もちろん合格さ。免許皆伝というのかな? 師範代という格になって、復学したそうだ」
武術の技と「剛力」のギフト。それを生かして、イライザは数十本の槍を雨のように敵の標的にぶつけるつもりだった。防御など糞くらえ。圧倒的な攻撃力で敵を粉砕する。
どのような武器も使用が自由だと言っても、前代未聞の質量戦であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第490話 こりゃあ勝負にならないんじゃないか?」
「とてつもない脳筋じゃねぇか!」
トーマが呆れて吐き出した。
「あのガタイで繊細な作戦を立てられても、気持ちが悪いだろう?」
「2人とも失礼。繊細な脳筋かもしれない」
「脳筋のどこが繊細なんだよ!」
変態評論家を自認するサントスであったが、ノーマルな感覚しか持たないスールーとトーマとは話が合わなかった。
……
◆お楽しみに。
トーマの考えでは、第1試合は「受けのうまさ」を見せつつ、隠形五遁の法で見せ場を作った。霧隠れから山嵐、そして高跳びの術という流れは原始魔術が実戦で有効であることを実証した。
今後の見せ場は、「防御魔法の強力さ」、「魔道具の有用性」、「獣魔術の実演」などを示すつもりではないかと、トーマは予想していた。
「概ね研究報告会のテーマと重なるわけだな」
「そういうことだ。報告会が伏線となって、魔術試技会がその実演の役割を果たすのさ」
「なるほど、よくできている。2つのイベントが相互に引き立て合うということか」
トーマの指摘にスールーも得心顔となった。
報告会の会場では開発した魔法や魔法具を十分に実演することができなかった。会場の制約や観客への影響を考慮すれば、危険なデモを行うわけにはいかなかったのだ。
競技場であれば、制約の大半はなくなる。
反対に、試技会で使う術の術理は、研究報告の内容を読めば理解しやすくなる。2つを合わせることで、メシヤ流の優秀さを十分にアピールできるのだ。
「そうか。試合の前に術理を明かすなど、損をする行為だと思ったが、そういう意図があったのだな」
「術理がわかっても防げない。その自信があるのだろうさ」
ステファノの口振りでは、手の内をすべてさらけ出したわけではなさそうだった。1つや2つ手品の種を知ったところで、一朝一夕で対抗できるものではない。
「ステファノは呪文の詠唱とやらをしないしね。例の気恥ずかしい奴」
「ああ。どうやら常に発動可能な状態にあるらしい。普通は魔力を練って、術式をイメージ化する必要があるんだが、全部省略だ」
「ステファノに普通を求めても無駄」
トーマの言葉通り、ステファノは予備動作なしに無詠唱で魔法を繰り出せる。集中も構成も必要ない。
ただ虹の王に結果の発現を求めれば良かった。
「だったら、なぜ術の名を叫んだりするんだろう?」
「聞かせるためだろうな。今使っているのはこういう術だとね」
「ステファノは親切な変態」
声に出さなければ術をかけていることさえ気づかれない。見過ごされないように、周りに告げているのだとトーマは言った。
「ははあ、遠当てみたいな術は目に見えないからか。ステファノも意外に気を使っているんだね」
「そういう駆け引きは得意だろう、スールー?」
「スールーは悪知恵の化身」
「まあ、否定はしないがね」
スールーはそう言って、あいまいに微笑んだ。既に彼女の関心は次の試合に移っている。
「それよりアレは何だね?」
彼女が指さす先には試合場に進み出る巨大な人影があった。
「僕の目がおかしいのかな? 2メートルを超える身長に見えるんだけれど」
ずしんという地響きが聞こえてきそうな足取りで、その女は競技エリアに向かって歩を進めた。
「おいおい。あんな奴がいたっけか? 俺は授業で一緒になったことがないが……」
「トーマも知らないのか? 2年生にあんな生徒はいないぞ」
「1年でも2年でもない。ならば、3年生か?」
情革研の3人はその女生徒を見たことがなかった。であれば、3年生以上ということになろう。あれほど目立つ生徒を見落とすことなどあるはずがなかった。
考えられるとすれば、あの女生徒はスールーとサントスが入学する前から休学していたということだ。
「ちょっと待ってくれ。情報を集めてくる」
スールーは席から立ち上がると、服のしわを伸ばし、内ポケットから手帳を取り出した。そのまま観客席の最前列を進み、何人かの講師たちが観戦している席を目指す。
サントスたちの視線の先で、スールーは講師たちに愛嬌を振りまき、笑いながら話をしていた。
彼女の武器である社交性を存分に発揮した情報収集である。2、3人の講師と言葉を交わし、丁寧を礼を言った後、スールーは急いで自分の席に戻って来た。
「わかったぞ。彼女の名はイライザ。4年生だ。1年半、休学していたそうだ」
「それで見たことがなかった」
「ゴリゴリの武闘派だ。剣と槍が得意武器らしい。ああ、何やら持ち出したな」
一旦開始線に立って相手選手と審判に礼をしたイライザは、審判に何かを告げ、試合場横の控えスペースに戻った。そうして、ガラガラと荷車のようなものを試合場に引き込んだ。
「おいおい。何だあれは?」
トーマが呆れるのも無理はない。試合場に荷車を持ち込むとは。
「ルール上はセーフ」
「セーフと言ったって……。とんでもねぇな」
サントスは平静を保っていたが、内心では驚いていた。
イライザが試合場に引っ張り込んだのは槍を満載した荷車であった。100キロは優に超えているはずだ。
「ありゃあ手槍というサイズじゃねぇな。本式の槍じゃねぇか」
「あれをぶん投げるつもりだろうね。実に勇ましい」
槍を投げる武術は存在する。しかし、その時に使われるのは手槍とか投げ槍と呼ばれるものだ。
本式の槍に比べれば、細く短い。重量ももちろん軽く仕上げてある。
イライザが持ち込んだ数十本の槍は、普通の人間が投げられるようなものではなかった。握りも太く、長大であった。
無理して投げれば、一度で肩を壊すだろう。
「彼女は『剛力』というギフトを持っているそうだ。休学していたのは所属流派の昇格試験である修行に挑むためだ」
「ふうん。結果は?」
スールーは仕込んできたばかりの情報を吹聴した。
自慢げにトーマの質問に答える。
「もちろん合格さ。免許皆伝というのかな? 師範代という格になって、復学したそうだ」
武術の技と「剛力」のギフト。それを生かして、イライザは数十本の槍を雨のように敵の標的にぶつけるつもりだった。防御など糞くらえ。圧倒的な攻撃力で敵を粉砕する。
どのような武器も使用が自由だと言っても、前代未聞の質量戦であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第490話 こりゃあ勝負にならないんじゃないか?」
「とてつもない脳筋じゃねぇか!」
トーマが呆れて吐き出した。
「あのガタイで繊細な作戦を立てられても、気持ちが悪いだろう?」
「2人とも失礼。繊細な脳筋かもしれない」
「脳筋のどこが繊細なんだよ!」
変態評論家を自認するサントスであったが、ノーマルな感覚しか持たないスールーとトーマとは話が合わなかった。
……
◆お楽しみに。
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