飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
486 / 664
第4章 魔術学園奮闘編

第486話 あの勝ち方はどうなんだ?

しおりを挟む
「風よ集え、竜玉りゅうぎょく!」

 始めてジローが呪文を詠唱した。

 再び台車を発動体として風が巻き起こる。標的の前方に横向きの渦が生まれ、飛んで来るひょうを巻き込んだ。
 渦は激しく回転しながら飛び、中心に向かって小さくなっていった。

 しかし、回転の勢いが弱まったわけではなく拳大の玉になってそのまま飛んで行った。

「うっ! 守れ、氷壁!」

 ウォルシュは自分の術を破られたのを見て、慌てて氷壁を強化しようとした。ひび割れた氷壁の足元から、覆いかぶさるように新しい氷壁が伸びていく。

 しかし、成長が間に合わない。

 ゴウッ!

 ジローの竜玉が氷壁中央のひび割れに直撃した。

 バキバキ……ッ!

 強度が落ちていた氷壁は竜玉の勢いにひとたまりもなく、ハンマーを受けたガラス細工のように砕け落ちた。

 飛び散る氷の破片を巻き込みながら、竜玉はウォルシュの標的に命中した。
 バリバリと音を立てて渦を広げながら標的を刻み、切りつける。

「竜の爪のようだな」

 スールーの言葉通りであった。

 ウォルシュが守る標的は胴体を同心円状に切り刻まれ、大きなダメージを負っていた。
 一方、ジローの標的は竜玉に巻き込まれなかった雹がいくつか当たっただけで、無傷も同然だった。

「勝者、ジロー・コリント!」

 標的を検分した審判が、ジローの勝利を告げた。

 ◆◆◆

「ジローの圧勝だったね」

 試合を見届けたスールーが感心したようにつぶやいた。

「確かにそうだが……あの勝ち方はどうなんだ?」
「無駄が多い」

 トーマの疑問にサントスが辛口の批評を返した。

「最初から前に出て『竜玉』を使えばいい」
「そう言われれば。ウォルシュが氷壁を築く前に竜玉とやらをぶち込めば良かったのか」

 試合の流れを反芻しながら、スールーは頷いた。

 試合開始直後、ジローは何もせずウォルシュが防御を固めるのを許した。無防備のまま相手に攻撃までさせている。
 作戦上無意味な行動であった。

示威行動デモンストレーションってことなんだろうな。こんなこともできるぞという」

 トーマの声にはいくらかの反感が籠められていた。わざと手を抜くようなジローの試合ぶりが気に入らないらしい。

 ジローは、相手の攻撃をいなし、打ち消し、そして吹き飛ばした。多彩な防御力と、圧倒的な攻撃力を示したのだった。

「いつでも勝てるっていう態度が気に入らねぇな」
「試合というより、『指導』」
「は? 師匠のつもりだってことか? 随分と余裕だな」

 トーマは鼻を鳴らした。

「ステファノの奴、『圧倒的な勝ち方を目指す』とか言っていたな。ジローみたいに戦うつもりなら応援する気がなくなるんだが」
「心配ない。あいつのは『圧倒的』より『変態的』になる」
「僕もサントスに賛成だ。どうせステファノは突拍子もないことをやってくれるさ」

 サントスとスールーのステファノに対する「信頼」は揺るぎなかった。

「それよりも、ジローの戦い方を見ていて、『隙』がありそうに感じてね」

 スールーは目を細めて言った。

「先ず射程距離が短いのじゃないか?」

 最後の決め手である竜玉を放つ際、ジローは開始線から動いて自陣最前線に立った。これは開始位置の距離20メートルでは効果的な攻撃が届かないためではないか。

「だとすれば、最初に後退しておけばジローの攻撃を防げることになる」
「可能性はあるな。射程とか威力とかは訓練で簡単に伸ばせるもんじゃないからな」
「空気弾なら届く」

 氷壁に穴を開けた空気弾は20メートルの距離で効果を発揮していた。もう少し遠くの的にも届くかもしれない。

「問題は威力だな。竜玉ももう少し遠くまで届くかもしれないが、当たったところでどれだけのダメージを与えられるかが問題だ」

 距離が延びると、魔術の効果は急激に減衰する。最後、一撃で氷壁を砕き、標的にダメージを与えるために、ジローは前進しなければならなかった。

「ふむふむ。細かいポイントの取り合いならコツコツ魔術を当てるのもありだが、攻撃力の高い相手には通じにくいね」

 トーマの分析にスールーが納得した。

「もう1つ。防御力に課題がありそうなんだが」

 ジローの防御は多彩で、一見上手そうに見えた。だが――。

「被弾しているからね」

 ウォルシュが放ったひょうの群れを竜玉で蹴散らしたのは良いが、消し損ねたいくつかの弾を被弾してしまった。

「今回は敵の攻撃力が低かったが、相手によっては致命傷を受けるかもしれない」
「ウォルシュがやったみたいに、壁を作って隠れれば良いんじゃないか?」
「そう思ったんだが……それができないんじゃないか?」

 水魔術を使えない。それがジローの弱点になるのではないかと、スールーは指摘した。

「うーん。本当に使えないのか、それともあえて使わなかったのか?」
「次の試合ではその辺が勝負の分かれ目になるかもしれない」
「お手並み拝見」

 競技場では次の試合が準備されていた。いよいよステファノの登場であった。

 ステファノの相手は2年生の女子で、魔術師でありながら武術も身につけていた。将来は王立騎士団への入団を目指しているエトワールという貴族子女であった。

「エトワールが相手か。生真面目な奴で、武術の方はかなりの腕前だと聞いたぞ」

 スールーの情報網にはエトワールのことも含まれていた。

「武術って言っても剣や槍では試合の役に立たないだろう? 飛び道具を使えるのか?」
「確か投擲術も学んでいるはずだ」
「投擲なら両手がふさがることはないか」

 弓矢に比べれば行動の自由が利く。

「ステファノなら相手の魔術を完封できるだろう。投擲をどうやって防ぐかが見どころか?」

 トーマはステファノが見せるであろう防御魔術に興味を寄せた。

「どうせ変態魔術。間違いない」

 サントスは相変わらず平坦な声だが、どこやら嬉しそうだった。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第487話 あいつ、加減してるな? 威力が小さい。」

 競技場に入ったステファノは、毎度おなじみの道着姿だった。いつもと違うのはヘルメスの杖を携えていない点である。かさばる杖は台車を操作する邪魔になるので、今回は置いて来た。

 その代わりに、腰の帯には墨染の縄を巻いたものを下げている。いつもは杖に結んで運んでいるものを、身につけて来たのだ。

(今日の試合では、この「みずち」が杖の代わりだ)

 イドをまとわせれば、思い通りに「杖」となり、「鞭」となる。

(水を含ませれば、ヘルメスの杖以上に雷気を通す。武具としての応用性は「蛟」の方が高い)

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
感想 4

あなたにおすすめの小説

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました

ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

異世界に転生した社畜は調合師としてのんびりと生きていく。~ただの生産職だと思っていたら、結構ヤバい職でした~

夢宮
ファンタジー
台風が接近していて避難勧告が出されているにも関わらず出勤させられていた社畜──渡部与一《わたべよいち》。 雨で視界が悪いなか、信号無視をした車との接触事故で命を落としてしまう。 女神に即断即決で異世界転生を決められ、パパっと送り出されてしまうのだが、幸いなことに女神の気遣いによって職業とスキルを手に入れる──生産職の『調合師』という職業とそのスキルを。 異世界に転生してからふたりの少女に助けられ、港町へと向かい、物語は動き始める。 調合師としての立場を知り、それを利用しようとする者に悩まされながらも生きていく。 そんな与一ののんびりしたくてものんびりできない異世界生活が今、始まる。 ※2話から登場人物の描写に入りますので、のんびりと読んでいただけたらなと思います。 ※サブタイトル追加しました。

知識スキルで異世界らいふ

チョッキリ
ファンタジー
他の異世界の神様のやらかしで死んだ俺は、その神様の紹介で別の異世界に転生する事になった。地球の神様からもらった知識スキルを駆使して、異世界ライフ

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

公爵家三男に転生しましたが・・・

キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが… 色々と本当に色々とありまして・・・ 転生しました。 前世は女性でしたが異世界では男! 記憶持ち葛藤をご覧下さい。 作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

処理中です...