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第4章 魔術学園奮闘編
第485話 ジローにあんなことできたかなぁ。
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試合時間は残り30秒。ジローが自陣のフロントラインに立った。
「距離を詰めて攻撃しようってのか?」
「ウォルシュの方は氷壁の陰から動かないだろうしね」
スールーの言う通り、ウォルシュは位置を変えずにいた。氷壁は手堅い防御だが、1箇所にとどまることを強いる防御手段だった。
ジローが走り寄る間もウォルシュは気を練っていた。もう一度力を籠めて威力ある術を放つためだ。ジローが台車を止めた瞬間、ウォルシュは練り上げた太極玉に見合う術式を展開した。
彼が撃てる最大の水魔術を氷柱として撃ち出す。
距離が近い分、先程よりも大きな威力を以て標的を襲うはずであった。
貫通力を高めた氷柱は、槍のように飛んでジローが守る標的へと飛んだ。氷そのものは術を打ち消しても消えない。即ち、ジローが陰気の盾で防ごうとしても物理的な打撃力はそのまま残ることになる。
ジローの盾はウォルシュの氷柱を止める「強さ」があるか?
ぱぁーん!
見守る観客の目の前で、氷柱は乾いた音とともに向きを変えた。まるで何かに横っ面をはたかれたように。
勢いは衰えぬまま、ジローの標的をかすめて背後に抜けた。
「ぬ? 何だい、アレは? どうして曲がった?」
理由がわからないスールーは首を左右に振り向けて、トーマとサントスに問いかける。
「魔力が――いや、イドがあふれた」
「そいつはあれだろ。『遠当て』ってやつじゃないか? 氷柱の横っ面にぶつけたようだ」
遠当ての術を行うにはイドの制御を必要とする。体にまとうだけでなく、外に向けて飛ばさなければならない。
「ジローにあんなことできたかなぁ」
眉間にしわを寄せてトーマが考え込んだ。少なくともトーマ自身は見掛けたことがない。
2学期の試射場でもそんな素振りはなかった。
「アカデミーの外で身につけたってことか?」
外部で教授を受ければ、あるいは修得可能かもしれない。それにしてもこの短期間によくぞ物にしたものだ。
「それによ、気づいたか?」
「何のことだ?」
訳あり気に尋ねるトーマの声に、サントスは首を傾げた。
「術の出所だよ。陰気の盾も、遠当ての時も、ジローは短杖を振っていない」
「そう言えば……」
「あの野郎、『台車』を魔術発動具にしやがった!」
「馬鹿な!」
ジローの左手は常に台車のハンドルを握り締めていた。標的を含む台車全体を魔術発動具に見立てたとすれば、標的からイドを飛ばしても不思議はない。
しかし、手に触れたものすべてを発動具として扱うには、相当の熟練を要する。アカデミー生にできることではなかった。
普通であれば。
「何があったか知らねぇが、ジローは相当特殊な訓練を受けてきたようだな」
「かなりの変態」
首を左右に振り向けて2人のやり取りを聞いていたスールーは、大体の事情を察した。
「面白くなってきたねえ。秘密の特訓かあ。意地とプライドのぶつかり合いだねえ」
後半のセリフは雰囲気に興奮したうわごとのようなものだったが、観客席はその雰囲気に当てられてざわざわと湧き出していた。
「五つ星っ!」
ついにジローが反撃した。短杖を振るって魔術を飛ばす。
目に見えぬ何かが風を切り、ウォルシュが築いた氷壁に突き刺さった。その数5つ。
びきっ!
サイコロの目のように氷壁に丸い傷がつき、それを中心に小さなひびわれが生まれた。
ウォルシュの氷壁はびくともせずに健在だった。彼はそれを見て取ると、構わず魔力を練る。今度こそジローの防御を突き破る強力な攻撃を放つつもりだった。
「着火」
貯めも気合も籠めず、ジローはすいっと短杖を振った。まるで指揮者がタクトを一振りするように。
小さな火の玉が氷壁に飛び、左上の傷に重なった。
ボンッ!
軽快な爆発音とともに、氷に穿った穴が弾けた。細かい氷の欠片が飛び散り、穴を中心にしたひび割れが深く、そして長くなった。
それでも氷壁自体はびくともしない。ジローの術は大して効き目がないように見えた。
それを見定めて、ウォルシュは自分の攻撃魔術に集中した。
「まだ、どちらも標的に攻撃を当てていないね」
スールーがぽつりと言った。互いに攻撃を応酬してはいるが、彼女が言う通り標的には届いていなかった。
「試合時間は1分。この分だと、先に一撃入れた方が勝ち逃げするかもな」
残り時間は15秒。
「着火」
「着火」
ジローが更に2つ小火球を飛ばした。右上の穴、左下の穴が爆発し、それぞれひび割れを大きくした。
それでも氷壁は変わりなくそびえ立つ。
「着火」
「我ウォルシュの名のもとに、水よ集いて群れとなれ、氷となりて敵を撃て! 群雹!」
「着火!」
ジローとウォルシュの声が重なった。それぞれの術が宙で交差する。
ウォルシュが放ったのは、数十発もの雹の群れであった。それらがうなりを上げて標的に襲い掛かる。
ジローの術は相も変わらず種火のような小さな火球だった。
「ウォルシュの術は、終了間際の最後っ屁だな。どれか1つでも当たればポイント勝ちできる」
ジローが飛来する雹の全てを防ぎきれるか? そこが1つのポイントであった。
ボンッ!
ボンッ!
ジローが放った火球がいち早く氷壁に当たり、最後の一発が中央の穴を爆発させた。
「あれは最初の攻撃で燃気を打ち込んでおいたんだな。火球はそれに着火しただけだ」
トーマがジローの術を読み取って言った。
「さて、ジローさんよ。数撃ちの雹をどう受ける?」
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第486話 あの勝ち方はどうなんだ?」
「風よ集え、竜玉!」
始めてジローが呪文を詠唱した。
再び台車を発動体として風が巻き起こる。標的の前方に横向きの渦が生まれ、飛んで来る雹を巻き込んだ。
渦は激しく回転しながら飛び、中心に向かって小さくなっていった。
しかし、回転の勢いが弱まったわけではなく拳大の玉になってそのまま飛んで行った。
「うっ! 守れ、氷壁!」
……
◆お楽しみに。
「距離を詰めて攻撃しようってのか?」
「ウォルシュの方は氷壁の陰から動かないだろうしね」
スールーの言う通り、ウォルシュは位置を変えずにいた。氷壁は手堅い防御だが、1箇所にとどまることを強いる防御手段だった。
ジローが走り寄る間もウォルシュは気を練っていた。もう一度力を籠めて威力ある術を放つためだ。ジローが台車を止めた瞬間、ウォルシュは練り上げた太極玉に見合う術式を展開した。
彼が撃てる最大の水魔術を氷柱として撃ち出す。
距離が近い分、先程よりも大きな威力を以て標的を襲うはずであった。
貫通力を高めた氷柱は、槍のように飛んでジローが守る標的へと飛んだ。氷そのものは術を打ち消しても消えない。即ち、ジローが陰気の盾で防ごうとしても物理的な打撃力はそのまま残ることになる。
ジローの盾はウォルシュの氷柱を止める「強さ」があるか?
ぱぁーん!
見守る観客の目の前で、氷柱は乾いた音とともに向きを変えた。まるで何かに横っ面をはたかれたように。
勢いは衰えぬまま、ジローの標的をかすめて背後に抜けた。
「ぬ? 何だい、アレは? どうして曲がった?」
理由がわからないスールーは首を左右に振り向けて、トーマとサントスに問いかける。
「魔力が――いや、イドがあふれた」
「そいつはあれだろ。『遠当て』ってやつじゃないか? 氷柱の横っ面にぶつけたようだ」
遠当ての術を行うにはイドの制御を必要とする。体にまとうだけでなく、外に向けて飛ばさなければならない。
「ジローにあんなことできたかなぁ」
眉間にしわを寄せてトーマが考え込んだ。少なくともトーマ自身は見掛けたことがない。
2学期の試射場でもそんな素振りはなかった。
「アカデミーの外で身につけたってことか?」
外部で教授を受ければ、あるいは修得可能かもしれない。それにしてもこの短期間によくぞ物にしたものだ。
「それによ、気づいたか?」
「何のことだ?」
訳あり気に尋ねるトーマの声に、サントスは首を傾げた。
「術の出所だよ。陰気の盾も、遠当ての時も、ジローは短杖を振っていない」
「そう言えば……」
「あの野郎、『台車』を魔術発動具にしやがった!」
「馬鹿な!」
ジローの左手は常に台車のハンドルを握り締めていた。標的を含む台車全体を魔術発動具に見立てたとすれば、標的からイドを飛ばしても不思議はない。
しかし、手に触れたものすべてを発動具として扱うには、相当の熟練を要する。アカデミー生にできることではなかった。
普通であれば。
「何があったか知らねぇが、ジローは相当特殊な訓練を受けてきたようだな」
「かなりの変態」
首を左右に振り向けて2人のやり取りを聞いていたスールーは、大体の事情を察した。
「面白くなってきたねえ。秘密の特訓かあ。意地とプライドのぶつかり合いだねえ」
後半のセリフは雰囲気に興奮したうわごとのようなものだったが、観客席はその雰囲気に当てられてざわざわと湧き出していた。
「五つ星っ!」
ついにジローが反撃した。短杖を振るって魔術を飛ばす。
目に見えぬ何かが風を切り、ウォルシュが築いた氷壁に突き刺さった。その数5つ。
びきっ!
サイコロの目のように氷壁に丸い傷がつき、それを中心に小さなひびわれが生まれた。
ウォルシュの氷壁はびくともせずに健在だった。彼はそれを見て取ると、構わず魔力を練る。今度こそジローの防御を突き破る強力な攻撃を放つつもりだった。
「着火」
貯めも気合も籠めず、ジローはすいっと短杖を振った。まるで指揮者がタクトを一振りするように。
小さな火の玉が氷壁に飛び、左上の傷に重なった。
ボンッ!
軽快な爆発音とともに、氷に穿った穴が弾けた。細かい氷の欠片が飛び散り、穴を中心にしたひび割れが深く、そして長くなった。
それでも氷壁自体はびくともしない。ジローの術は大して効き目がないように見えた。
それを見定めて、ウォルシュは自分の攻撃魔術に集中した。
「まだ、どちらも標的に攻撃を当てていないね」
スールーがぽつりと言った。互いに攻撃を応酬してはいるが、彼女が言う通り標的には届いていなかった。
「試合時間は1分。この分だと、先に一撃入れた方が勝ち逃げするかもな」
残り時間は15秒。
「着火」
「着火」
ジローが更に2つ小火球を飛ばした。右上の穴、左下の穴が爆発し、それぞれひび割れを大きくした。
それでも氷壁は変わりなくそびえ立つ。
「着火」
「我ウォルシュの名のもとに、水よ集いて群れとなれ、氷となりて敵を撃て! 群雹!」
「着火!」
ジローとウォルシュの声が重なった。それぞれの術が宙で交差する。
ウォルシュが放ったのは、数十発もの雹の群れであった。それらがうなりを上げて標的に襲い掛かる。
ジローの術は相も変わらず種火のような小さな火球だった。
「ウォルシュの術は、終了間際の最後っ屁だな。どれか1つでも当たればポイント勝ちできる」
ジローが飛来する雹の全てを防ぎきれるか? そこが1つのポイントであった。
ボンッ!
ボンッ!
ジローが放った火球がいち早く氷壁に当たり、最後の一発が中央の穴を爆発させた。
「あれは最初の攻撃で燃気を打ち込んでおいたんだな。火球はそれに着火しただけだ」
トーマがジローの術を読み取って言った。
「さて、ジローさんよ。数撃ちの雹をどう受ける?」
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第486話 あの勝ち方はどうなんだ?」
「風よ集え、竜玉!」
始めてジローが呪文を詠唱した。
再び台車を発動体として風が巻き起こる。標的の前方に横向きの渦が生まれ、飛んで来る雹を巻き込んだ。
渦は激しく回転しながら飛び、中心に向かって小さくなっていった。
しかし、回転の勢いが弱まったわけではなく拳大の玉になってそのまま飛んで行った。
「うっ! 守れ、氷壁!」
……
◆お楽しみに。
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