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第4章 魔術学園奮闘編
第483話 それにしても思い切ったことを。
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その瞬間、ジェニーは自分が守る台車を横に向け、思い切り足で蹴りつけた。台車はガラガラと競技場のエンドラインに沿って走って行く。
一方、ジェニーは台車には目もくれず、フロントラインを目掛けて疾走した。
アキが慌てて放った矢は、横行している標的から大きく外れてしまった。
「そうか! 前に出て20メートルの距離からダメージを稼ぐつもりか!」
トーマが叫んだ。
30メートルの距離から放った矢と、20メートルの距離から放った矢とでは当たった際の威力がまるで異なる。距離が遠くなればなるほど、空気抵抗を受けて矢の勢いがなくなるのだ。
「台車の側を離れてはいけないという規則はないからな。それにしても思い切ったことを」
スールーはジェニーの思い切りに感心した。
ジェニーはもう台車に戻ることはできない。1分という制限時間がそれを許さない。試合終了まで彼女の標的は無防備に揺れていることになる。
フロントラインにたどりついたジェニーは、素早く矢をつがえ、標的に放った。
息も乱さず、機械のように正確に、3秒に1射のペースで矢を放つ。
「あの距離では、誤差も何も関係ない。振り子の頂点を狙わなくても当てられるわけだ」
ジェニーがフロントラインで射撃を始めたのは試合開始後45秒。残り時間を考えると5本の矢を当てられる。
「当てた矢の数ではアキの勝ちだが、与えたダメージの総量ではジェニーが逆転するぞ」
素早く計算したスールーが声を上げる。
その時、アキが逆襲に出た。自分の台車を強く蹴ったのだ。
アキの台車もジェニーのものと同じようにエンドラインに沿って走り出した。
アキ自身は、これまたジェニー同様前に向かって疾走する。
「むうっ! どうなる? これは微妙だぞ」
「アキが前陣から矢を当てたら、リードを守れるかも……」
残り5秒、アキが最前線から標的を撃ち始めた時、ジェニーが動いた。
「馬鹿な!」
「えっ? それが狙いだったか!」
スールーたちは驚愕した。ジェニーが弓を放り捨てたのだ。
次の瞬間、アニーは愕然として口を開けた。
腰の後ろに手を回すと、ジェニーは投げ斧を振りかぶった。
「決め手はそれか!」
サントスが叫んだ。
「やぁああーっ!」
気合もろとも、ジェニーは斧を標的目掛けて投げつけた。外せば後がない、乾坤一擲の一投であった。
回りながら頭上に放物線を描き、投げ斧が通り過ぎていくのを見て、アキは必死に矢を放った。もう彼女にできることはそれしかない。
アキがフロントラインから2本の矢を的中させる間に、ジェニーの斧は深々と標的に突き立った。
1分の試合時間が過ぎ、勝敗は審判によるダメージ評価に委ねられた。
判定の結果、投げ斧によるダメージが貢献し、わずかにジェニーのポイントがアキを上回った。
「最後の最後に投げ斧とはね。正に作戦勝ちというところかな」
「よくも的に命中させたもんだぜ。20メートル先の動く的だ。余程自信があったんだな」
「技も見事だが、精神力の勝利」
サントスの感想がすべてであった。残り5秒での1投にすべてを賭ける。
作戦とはいえ、誰にでもできることではなかった。
「魔術試技会なんて、僕には関係ないと敬遠していたんだけどね。案外と面白いものだね」
「本物の戦いとは違うが、試技会には試技会なりの戦略ってもんがあるのさ」
スールーの感想に、トーマが知ったような口を利く。他の2人に比べれば自分の方が詳しい知識を持っているという状況を、楽しんでいた。
「おっ? 次は面白い奴が出てくるぞ」
トーマは見知った顔を見つけて言った。視線の先には競技場に入ろうとするジロー・コリントの姿があった。
「ああ、確かステファノに因縁をつけたお貴族様だったか?」
スールーはステファノたちが入学した直後のトラブルを思い出していた。
「1学期は魔術試射場を出禁になったそうだが、十分な練習はできたのかな?」
「今学期は試射場に来ていたようだぜ。俺とは時間帯が違うので顔を合せなかったが」
3人の中で唯一試射場に出入りしているトーマが言った。ジローが試射場に戻ったという情報は、クラスメイトから入手していた。
ジローは仲間とつるむことを止めて、1人で現れ、黙々と試射を繰り返していたらしい。
「あいつの得意は風属性で、火もそこそこには使えるって話だったね」
「ああ。聞いた話では入学当時より腕を上げているそうだ。だとしたら、結構な実力者ってことになる」
「生意気なだけじゃない。これまでの出場者とはまとうイドの濃さが違う」
静かに試合を見ていたサントスが、前髪の陰で目を光らせた。
「ん? そう言えば、あいつ雰囲気が変わったな」
トーマも何かに気がついた。同じ魔術学科生徒としてトーマは毎日のようにジローの顔を見て来た。その彼がジローの変化を、今感じていた。
17歳は成長期である。肉体的にはある程度大人の体になっているが、精神的にはまだまだ成長が続く。
今日のジローは昨日のジローではない。
それはアカデミー生の誰にでも起こりうることであった。
「妙に落ち着きが出たな。休みの間に何かあったか?」
スールーがジローと顔を合わせる機会は少ない。ごく普通の学生が「変わる」としたら、長期休暇の間に事件が起こったのかと想像していた。
ジローの相手、ウォルシュという男子生徒が競技場に進み、開始線に立った。
「こっちの男は2年生だな。顔に見覚えがある」
さすがにスールーは顔が広い。学科が違う生徒でもある程度見知っていた。
「魔術師同士の試合。防御魔術の存在が作戦に影響するはず」
「そうだな。それに距離を取るのか、威力を重視するのか。それとも手数に頼るか?」
サントスとトーマはそれぞれに試合の見どころを考えていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第484話 あいつ、絶対に自分が勝つと信じ切っていやがる。」
「始めっ!」
試合開始の合図とともに、ウォルシュは自分の台車の前に氷壁を築いた。スピードも氷の厚さも、第1試合とは段違いであった。
「ほう? やるじゃないか。5センチの厚さはあるんじゃないか? 標的を完全に隠しているしね」
魔術は術者の手を離れてからは方向を変えることができない。ふつうは一直線に飛ぶ。
氷の陰に標的を置けば、直接攻撃はほぼ不可能であった。
……
◆お楽しみに。
一方、ジェニーは台車には目もくれず、フロントラインを目掛けて疾走した。
アキが慌てて放った矢は、横行している標的から大きく外れてしまった。
「そうか! 前に出て20メートルの距離からダメージを稼ぐつもりか!」
トーマが叫んだ。
30メートルの距離から放った矢と、20メートルの距離から放った矢とでは当たった際の威力がまるで異なる。距離が遠くなればなるほど、空気抵抗を受けて矢の勢いがなくなるのだ。
「台車の側を離れてはいけないという規則はないからな。それにしても思い切ったことを」
スールーはジェニーの思い切りに感心した。
ジェニーはもう台車に戻ることはできない。1分という制限時間がそれを許さない。試合終了まで彼女の標的は無防備に揺れていることになる。
フロントラインにたどりついたジェニーは、素早く矢をつがえ、標的に放った。
息も乱さず、機械のように正確に、3秒に1射のペースで矢を放つ。
「あの距離では、誤差も何も関係ない。振り子の頂点を狙わなくても当てられるわけだ」
ジェニーがフロントラインで射撃を始めたのは試合開始後45秒。残り時間を考えると5本の矢を当てられる。
「当てた矢の数ではアキの勝ちだが、与えたダメージの総量ではジェニーが逆転するぞ」
素早く計算したスールーが声を上げる。
その時、アキが逆襲に出た。自分の台車を強く蹴ったのだ。
アキの台車もジェニーのものと同じようにエンドラインに沿って走り出した。
アキ自身は、これまたジェニー同様前に向かって疾走する。
「むうっ! どうなる? これは微妙だぞ」
「アキが前陣から矢を当てたら、リードを守れるかも……」
残り5秒、アキが最前線から標的を撃ち始めた時、ジェニーが動いた。
「馬鹿な!」
「えっ? それが狙いだったか!」
スールーたちは驚愕した。ジェニーが弓を放り捨てたのだ。
次の瞬間、アニーは愕然として口を開けた。
腰の後ろに手を回すと、ジェニーは投げ斧を振りかぶった。
「決め手はそれか!」
サントスが叫んだ。
「やぁああーっ!」
気合もろとも、ジェニーは斧を標的目掛けて投げつけた。外せば後がない、乾坤一擲の一投であった。
回りながら頭上に放物線を描き、投げ斧が通り過ぎていくのを見て、アキは必死に矢を放った。もう彼女にできることはそれしかない。
アキがフロントラインから2本の矢を的中させる間に、ジェニーの斧は深々と標的に突き立った。
1分の試合時間が過ぎ、勝敗は審判によるダメージ評価に委ねられた。
判定の結果、投げ斧によるダメージが貢献し、わずかにジェニーのポイントがアキを上回った。
「最後の最後に投げ斧とはね。正に作戦勝ちというところかな」
「よくも的に命中させたもんだぜ。20メートル先の動く的だ。余程自信があったんだな」
「技も見事だが、精神力の勝利」
サントスの感想がすべてであった。残り5秒での1投にすべてを賭ける。
作戦とはいえ、誰にでもできることではなかった。
「魔術試技会なんて、僕には関係ないと敬遠していたんだけどね。案外と面白いものだね」
「本物の戦いとは違うが、試技会には試技会なりの戦略ってもんがあるのさ」
スールーの感想に、トーマが知ったような口を利く。他の2人に比べれば自分の方が詳しい知識を持っているという状況を、楽しんでいた。
「おっ? 次は面白い奴が出てくるぞ」
トーマは見知った顔を見つけて言った。視線の先には競技場に入ろうとするジロー・コリントの姿があった。
「ああ、確かステファノに因縁をつけたお貴族様だったか?」
スールーはステファノたちが入学した直後のトラブルを思い出していた。
「1学期は魔術試射場を出禁になったそうだが、十分な練習はできたのかな?」
「今学期は試射場に来ていたようだぜ。俺とは時間帯が違うので顔を合せなかったが」
3人の中で唯一試射場に出入りしているトーマが言った。ジローが試射場に戻ったという情報は、クラスメイトから入手していた。
ジローは仲間とつるむことを止めて、1人で現れ、黙々と試射を繰り返していたらしい。
「あいつの得意は風属性で、火もそこそこには使えるって話だったね」
「ああ。聞いた話では入学当時より腕を上げているそうだ。だとしたら、結構な実力者ってことになる」
「生意気なだけじゃない。これまでの出場者とはまとうイドの濃さが違う」
静かに試合を見ていたサントスが、前髪の陰で目を光らせた。
「ん? そう言えば、あいつ雰囲気が変わったな」
トーマも何かに気がついた。同じ魔術学科生徒としてトーマは毎日のようにジローの顔を見て来た。その彼がジローの変化を、今感じていた。
17歳は成長期である。肉体的にはある程度大人の体になっているが、精神的にはまだまだ成長が続く。
今日のジローは昨日のジローではない。
それはアカデミー生の誰にでも起こりうることであった。
「妙に落ち着きが出たな。休みの間に何かあったか?」
スールーがジローと顔を合わせる機会は少ない。ごく普通の学生が「変わる」としたら、長期休暇の間に事件が起こったのかと想像していた。
ジローの相手、ウォルシュという男子生徒が競技場に進み、開始線に立った。
「こっちの男は2年生だな。顔に見覚えがある」
さすがにスールーは顔が広い。学科が違う生徒でもある程度見知っていた。
「魔術師同士の試合。防御魔術の存在が作戦に影響するはず」
「そうだな。それに距離を取るのか、威力を重視するのか。それとも手数に頼るか?」
サントスとトーマはそれぞれに試合の見どころを考えていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第484話 あいつ、絶対に自分が勝つと信じ切っていやがる。」
「始めっ!」
試合開始の合図とともに、ウォルシュは自分の台車の前に氷壁を築いた。スピードも氷の厚さも、第1試合とは段違いであった。
「ほう? やるじゃないか。5センチの厚さはあるんじゃないか? 標的を完全に隠しているしね」
魔術は術者の手を離れてからは方向を変えることができない。ふつうは一直線に飛ぶ。
氷の陰に標的を置けば、直接攻撃はほぼ不可能であった。
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