上 下
473 / 640
第4章 魔術学園奮闘編

第473話 人を10人も殺せば、名は残る。

しおりを挟む
「先生、これは……?」

 ジローは差し出された指輪を前に、戸惑いを隠せなかった。

「これは我が師より受け継いだアーティファクトだ。次の世代であるお前に託す」
「先生、わたしはそのようなものを引き継ぐ資格など……」

 アーティファクトすなわち国宝級の遺物である。ジローは戸惑い、受け取ることを躊躇ためらった。

「資格? 資格とは何だ? 生きるためには資格が要るのか? 誰が資格を認めてくれるのだ?」
「先生、わたしはまだ何者でもありません」

 ジローの言葉を聞いて、マランツは口をつぐみ、目を細めた。

不遜なことだな・・・・・・・。お前は『何者かになれる』つもりでいるのか」
「そんな……」
「何者とは誰だ? どこにいる?」

 マランツはごまかしを許さなかった。鋭い語気でジローを追いつめる。

「わたしはただ、世に名を残すような魔術師になりたいと……」
「人を10人も殺せば、名は残る」

 マランツの唸るような言葉を聞き、ジローは息をのんだ。

「ふん。そうではないのだろうな。『偉大なるジロー・コリント』として人々の記憶に残りたい。大方そんな夢を描いているのだろう。違うか」
「……はい」
「覚えておきなさい。人間の価値は『誰であるか』では決まらぬ。価値を決めるのは、『何を為すか』だ」

 マランツは一転して優しく語った。

「お前が誰であるかなど、どうでもいい。この指輪にふさわしいかどうかは、お前がこれから何を為すかによって決まるのだ」

 マランツはジローの手を取り、指輪を握らせた。

「名前を残すかどうかなど、どうでも良いのだ。お前の価値はお前自身が決めることだ。この指輪にふさわしい人間として行動すれば、それで良い」

 そこまで行って、マランツは目を落とした。

「……わしは到底ふさわしいなどと言えなかったがな」
「先生、そんなことは!」
「気を使わんでいい。わしが残したのは人殺しの二つ名と、空の酒瓶だ。……いや、そうでもないか? 良き弟子を残したと言ってもらえるかもしれん」

 マランツは傍らのヨハンセンを見やって、微笑んだ。

「アーティファクトを生かすも殺すも、持ち主次第だ。お前が思う通りに、価値あることに使えば良い」
「先生、わかりました」

 ジローは指輪を握り締めて頷いた。

「指輪の名を『虎の眼』という。魔力を籠めれば、相手の精神に押しつぶすような威圧を与えることができる」
「先程の攻撃は、この指輪によるものでしたか」
「いかにも。威圧の大きさは籠める魔力の大きさによる。敵が近ければさほどでもないが、距離が遠くなるほど籠める魔力は大きくなければならん」
「敵に近い程、効果が大きいということですね?」

 ジローは指輪に顔を近づけた。金で作られたと思しき指輪には、「眼」のような意匠が彫られていた。

「威圧の効果を得るためには、その『眼』に相手の姿を映す必要がある」

 マランツはジローに威圧をかける際、さりげなく指輪を動かしてジローに「眼」が向くようにした。

「他にも制約がある。指輪を使っている間は、魔術を使うことができん。魔力の全てを指輪に集中させる必要がある。そして、もう1つ――」

 マランツは悲し気な表情を浮かべた。

「指輪は使う度に、使用者の精神をもむしばむ」
「先生、それは!」

 ヨハンセンが驚きに声を上げた。

「使い過ぎれば心が病む。いわば諸刃の剣だ」
「では、先生はその指輪のために……」

 ヨハンセンはマランツが酒におぼれた理由を初めて知った。
 それまでは戦いに心を折られたのだと思っていた。すべては心の弱さによるものだと。

 そうではなかった。

「わしの弱さが原因であることに違いはない。わし程度の術者が生き残るには、指輪に頼るしかなかったのだ」
「そんな……」

 何か言わんとするヨハンセンを手振りで押しとどめ、マランツはジローに語りかける。

「結局、わしは指輪の力に負けた。だから、ジローよ。お前はそうなるな」
「先生……」
「お前の心はわしよりも強い。お前はその肩に伯爵家次男という重荷を背負って生きてきた。ジロー、虎をねじ伏せて見せよ」

 マランツは重荷を下ろした者の表情で、ジローを見た。

「先生は負けてなどいません」

 何かをこらえるようにジローは言った。

「ジロー……」
「このひと月、身を削ってわたしを導いてくれたではありませんか? 酒を遠ざけ、わたしのために立ち上がってくれたではありませんか!」

 膝に置かれたジローの両手は、きつく拳を結んでいた。

「わたしは『疾風のマランツ』の弟子として、魔術試技会に全力を尽くします!」

 コリント伯爵家次男としてでなく、魔術師マランツの弟子として人の記憶に残って見せると、ジローは宣言した。

「ありがとう、ジロー。ならば、試技会までに『虎の眼』を使いこなせ。ヨハンセン、すまぬがお主がつき合ってやってくれ」
「わたしがですか? 構いませんが、先生が見てやった方が早いのでは……」
「そうしてやりたいのは山々なんだが――」

 マランツは目をつぶった。

「わしにはもう魔力が練れん」

 そう言うと、マランツはゆっくり崩れ落ちた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第474話 「虎の眼」は、指を締めつけるだけの重りになった。」

 マランツの魔視脳まじのういた。

 度重なる戦の中で「虎の眼」を使い過ぎたために、脳全体がダメージを受けていた。壊れかけた脳が見せる悪夢と幻覚を逃れるため、マランツは酒浸りとなった。
 すると、今度は酒が体を蝕み、脳を侵した。

 迷える弟子ジローの助けになろうとマランツは非常手段を取った。「虎の眼」で自らにプレッシャーをかけ、強制的に脳を覚醒状態に追い込んだのだ。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

二人分働いてたのに、「聖女はもう時代遅れ。これからはヒーラーの時代」と言われてクビにされました。でも、ヒーラーは防御魔法を使えませんよ?

小平ニコ
ファンタジー
「ディーナ。お前には今日で、俺たちのパーティーを抜けてもらう。異論は受け付けない」  勇者ラジアスはそう言い、私をパーティーから追放した。……異論がないわけではなかったが、もうずっと前に僧侶と戦士がパーティーを離脱し、必死になって彼らの抜けた穴を埋めていた私としては、自分から頭を下げてまでパーティーに残りたいとは思わなかった。  ほとんど喧嘩別れのような形で勇者パーティーを脱退した私は、故郷には帰らず、戦闘もこなせる武闘派聖女としての力を活かし、賞金首狩りをして生活費を稼いでいた。  そんなある日のこと。  何気なく見た新聞の一面に、驚くべき記事が載っていた。 『勇者パーティー、またも敗走! 魔王軍四天王の前に、なすすべなし!』  どうやら、私がいなくなった後の勇者パーティーは、うまく機能していないらしい。最新の回復職である『ヒーラー』を仲間に加えるって言ってたから、心配ないと思ってたのに。  ……あれ、もしかして『ヒーラー』って、完全に回復に特化した職業で、聖女みたいに、防御の結界を張ることはできないのかしら?  私がその可能性に思い至った頃。  勇者ラジアスもまた、自分の判断が間違っていたことに気がついた。  そして勇者ラジアスは、再び私の前に姿を現したのだった……

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

落ちこぼれの貴族、現地の人達を味方に付けて頑張ります!

ユーリ
ファンタジー
気が付くと見知らぬ部屋にいた。 最初は、何が起こっているのか、状況を把握する事が出来なかった。 でも、鏡に映った自分の姿を見た時、この世界で生きてきた、リュカとしての記憶を思い出した。 記憶を思い出したはいいが、状況はよくなかった。なぜなら、貴族では失敗した人がいない、召喚の儀を失敗してしまった後だったからだ! 貴族としては、落ちこぼれの烙印を押されても、5歳の子供をいきなり屋敷の外に追い出したりしないだろう。しかも、両親共に、過保護だからそこは大丈夫だと思う……。 でも、両親を独占して甘やかされて、勉強もさぼる事が多かったため、兄様との関係はいいとは言えない!! このままでは、兄様が家督を継いだ後、屋敷から追い出されるかもしれない! 何とか兄様との関係を改善して、追い出されないよう、追い出されてもいいように勉強して力を付けるしかない! だけど、勉強さぼっていたせいで、一般常識さえも知らない事が多かった……。 それに、勉強と兄様との関係修復を目指して頑張っても、兄様との距離がなかなか縮まらない!! それでも、今日も関係修復頑張ります!! 5/9から小説になろうでも掲載中

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

【完結】実はチートの転生者、無能と言われるのに飽きて実力を解放する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング1位獲得作品!!】  最強スキル『適応』を与えられた転生者ジャック・ストロングは16歳。  戦士になり、王国に潜む悪を倒すためのユピテル英才学園に入学して3ヶ月がたっていた。  目立たないために実力を隠していたジャックだが、学園長から次のテストで成績がよくないと退学だと脅され、ついに実力を解放していく。  ジャックのライバルとなる個性豊かな生徒たち、実力ある先生たちにも注目!!  彼らのハチャメチャ学園生活から目が離せない!! ※小説家になろう、カクヨム、エブリスタでも投稿中

処理中です...