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第4章 魔術学園奮闘編
第469話 イドとは何だ?
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「うむ。同期に異才がいるようでな」
「ははあ。噂は聞いております」
「そなたならそうであろう。わしはジローから直接聞いたのだが……何分酒の毒が回っていてな。詳しくは覚えておらんのだ」
「こちらで掴んでいる情報をお話しすればよろしいので?」
「すまぬが、頼みたい」
マランツは膝に手を置き、頭を下げた。
「頭をお上げください。師のお頼みとあれば喜んでお話しいたします」
忙しい体であろうに、ヨハンセンは嫌な顔もせず、知っている情報を語り出した。
「何? ギルモア家の預かりだと? あのネルソンが目をかけているのか?」
「情報革命研究会? 何だ、それは? 製版器? 印刷機? 拡声器だと? 自在に魔道具を作り出していると言うのか?」
「隠形五遁の法の復活に、イドの制御? 魔法具の開発? むう、術の原理が計り知れん。それが『メシヤ流』なのか」
「魔石も使わずに魔獣を手なずけただと? うーん。実力の底が知れんな」
どの話をとってもマランツの想像を絶する異才ぶりであった。
「ステファノと『メシヤ流』、恐るべき存在であると改めてわかった」
「話を聞き、わたしもそう思いました。とてもアカデミーに入学して半年もたたない人間が為したこととは思えません」
それどころか、一流を通り越して超一流の魔術師というべき成果であった。
「しかし、それだけの力があるなら、アカデミーで学ぶ必要などそもそもなかったのではないか?」
「それがそうとも言えぬのです。私が調べた限りでは、ステファノが才能を発揮したのはあくまでもアカデミー入学後。それまではほとんど魔術を知らなかったそうで」
「そんな馬鹿な!」
常識では説明できない成長スピードであった。
「推測するに、ステファノはギフト持ちに違いありません」
「それが成長の秘密だと言うのか」
「そのギフトはイドの制御に絡んだもののようです」
「イドとは何だ?」
マランツの知識にはない概念だった。弟子であるヨハンセンにとっても同じであったが、彼は既に情報を収集していた。
「第一に、イドとは人を含む万物が持つもの。その存在の本質を表す性質だと」
「本性ということか?」
「性格などではなく、世界と個の関係において『唯一無二』であることそのものだそうです」
「それがどうした?」
すべての事物は「唯一無二」であろう。石ころでさえ2つと同じものはない。それはわかる。
だが、「だからどうした?」と聞きたくなる。
そんなことは当たり前でないか?
「イドは生命あるものに濃く存在し、人において最も顕著であると」
「それは『知性』とは違うのか?」
「いえ。『無意識の自我』だと、ステファノは称しているそうです」
「『唯一無二の無意識』か……。むう。それがどうなる?」
まるで神学か禅問答だ。魔術学も抽象的であったが、これはそれどころではない。曖昧模糊として捉えどころがない。
「森羅万象は物質界に存在しながら、同時にイデア界にその本質が存在すると言います」
「イデア界とは、この世とは別の世界か?」
「純粋観念のみが存在する世界だそうです。距離も、大きさも、時も存在しないのだと」
「何だそれは? 意味がわからん? すべてが1つということになるではないか?」
「過去も未来も、1つに重なって存在すると言うのです」
1点に集約された宇宙。マランツの脳は想像力の限界に直面して、悶える。
「そのイデア界に影響を及ぼし、同時存在する因果のつながりを己の望むものにつなぎ変えるのが魔法であると言います」
「魔法? 魔術ではないのか?」
「世界の法則を理解し、可能な限りその法則を乱さぬように因果を改変するものが魔法だと。法則を無視して、因果を塗り替えるものが魔術だと言っております」
何を言っているのかと、マランツは戸惑う。魔術がこの世の理を覆すのは当たり前のことではないか。それこそ魔術が魔術たるゆえんである。
「イドのみがイデア界に介入できる実体であり、意志を以てそれを為せるものが魔法師というものだそうです」
「何を! 魔術師には意志がないというか?」
「意志を伝える術を持っていないということでしょうな」
それは魔術師を貶める考えではないか。マランツは憤慨しながらも、得体の知れない不安を覚える。
もしもステファノが唱える理論が正しければ、魔術師は目隠しをしたまま崖っぷちを歩いているようなものではないか。
「イデア界に意志を及ぼす媒体を、ステファノを指導するドイル教授は意子と名づけました。現実界とイデア界を媒介するエネルギー素であると。現実界においてはイドンは疑似物質化すると唱えています」
「疑似物質とはいかなるものだ?」
「この世において、物質に影響を及ぼします。身にまとえば刀や矢を止め、撃ち出せば敵を打ち倒します」
「そ、それは……」
「伝統武術において、『気功』と呼ばれるものと同じだそうです」
ヨハンセンはメシヤ流魔法について正確な情報を掴んでいた。アカデミーの魔術学科に余程太いパイプを持っているのであろう。
「乱暴に言葉にするなら、ステファノとは気功と魔術を自在に操る者と考えて良いでしょう」
「それゆえ魔道具術をも我が物にしているのか」
「そればかりか、錬金術、魔獣術、医療魔術まで使いこなすようです」
「そのようなことが可能だとは……」
マランツは頭を抱えて唸った。
「先生、どうされましたか?」
「それでは……それではジローの立つ瀬がないではないか!」
マランツの悩みは実に生々しく、卑近であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第470話 怪我の1つが頭部への重傷であった。」
「た、立つ瀬ですか、先生?」
「そうだ。ただでさえ不始末で出遅れておる。そこに学園創設以来の異才が現れるとは、不運にも程があろう」
そう言われればそうではあるが、不始末はジローが自分で仕出かした。ステファノの陰で目立たないのは、新入生全体の境遇でもある。
ジロー・コリントに不遇なことなどないのだ。
ヨハンセンは目の前の師を改めて見直した。そこにいたのはかつて「疾風」と恐れられた魔術師ではなく、孫の素行に心を痛める老人のような姿であった。
……
◆お楽しみに。
「ははあ。噂は聞いております」
「そなたならそうであろう。わしはジローから直接聞いたのだが……何分酒の毒が回っていてな。詳しくは覚えておらんのだ」
「こちらで掴んでいる情報をお話しすればよろしいので?」
「すまぬが、頼みたい」
マランツは膝に手を置き、頭を下げた。
「頭をお上げください。師のお頼みとあれば喜んでお話しいたします」
忙しい体であろうに、ヨハンセンは嫌な顔もせず、知っている情報を語り出した。
「何? ギルモア家の預かりだと? あのネルソンが目をかけているのか?」
「情報革命研究会? 何だ、それは? 製版器? 印刷機? 拡声器だと? 自在に魔道具を作り出していると言うのか?」
「隠形五遁の法の復活に、イドの制御? 魔法具の開発? むう、術の原理が計り知れん。それが『メシヤ流』なのか」
「魔石も使わずに魔獣を手なずけただと? うーん。実力の底が知れんな」
どの話をとってもマランツの想像を絶する異才ぶりであった。
「ステファノと『メシヤ流』、恐るべき存在であると改めてわかった」
「話を聞き、わたしもそう思いました。とてもアカデミーに入学して半年もたたない人間が為したこととは思えません」
それどころか、一流を通り越して超一流の魔術師というべき成果であった。
「しかし、それだけの力があるなら、アカデミーで学ぶ必要などそもそもなかったのではないか?」
「それがそうとも言えぬのです。私が調べた限りでは、ステファノが才能を発揮したのはあくまでもアカデミー入学後。それまではほとんど魔術を知らなかったそうで」
「そんな馬鹿な!」
常識では説明できない成長スピードであった。
「推測するに、ステファノはギフト持ちに違いありません」
「それが成長の秘密だと言うのか」
「そのギフトはイドの制御に絡んだもののようです」
「イドとは何だ?」
マランツの知識にはない概念だった。弟子であるヨハンセンにとっても同じであったが、彼は既に情報を収集していた。
「第一に、イドとは人を含む万物が持つもの。その存在の本質を表す性質だと」
「本性ということか?」
「性格などではなく、世界と個の関係において『唯一無二』であることそのものだそうです」
「それがどうした?」
すべての事物は「唯一無二」であろう。石ころでさえ2つと同じものはない。それはわかる。
だが、「だからどうした?」と聞きたくなる。
そんなことは当たり前でないか?
「イドは生命あるものに濃く存在し、人において最も顕著であると」
「それは『知性』とは違うのか?」
「いえ。『無意識の自我』だと、ステファノは称しているそうです」
「『唯一無二の無意識』か……。むう。それがどうなる?」
まるで神学か禅問答だ。魔術学も抽象的であったが、これはそれどころではない。曖昧模糊として捉えどころがない。
「森羅万象は物質界に存在しながら、同時にイデア界にその本質が存在すると言います」
「イデア界とは、この世とは別の世界か?」
「純粋観念のみが存在する世界だそうです。距離も、大きさも、時も存在しないのだと」
「何だそれは? 意味がわからん? すべてが1つということになるではないか?」
「過去も未来も、1つに重なって存在すると言うのです」
1点に集約された宇宙。マランツの脳は想像力の限界に直面して、悶える。
「そのイデア界に影響を及ぼし、同時存在する因果のつながりを己の望むものにつなぎ変えるのが魔法であると言います」
「魔法? 魔術ではないのか?」
「世界の法則を理解し、可能な限りその法則を乱さぬように因果を改変するものが魔法だと。法則を無視して、因果を塗り替えるものが魔術だと言っております」
何を言っているのかと、マランツは戸惑う。魔術がこの世の理を覆すのは当たり前のことではないか。それこそ魔術が魔術たるゆえんである。
「イドのみがイデア界に介入できる実体であり、意志を以てそれを為せるものが魔法師というものだそうです」
「何を! 魔術師には意志がないというか?」
「意志を伝える術を持っていないということでしょうな」
それは魔術師を貶める考えではないか。マランツは憤慨しながらも、得体の知れない不安を覚える。
もしもステファノが唱える理論が正しければ、魔術師は目隠しをしたまま崖っぷちを歩いているようなものではないか。
「イデア界に意志を及ぼす媒体を、ステファノを指導するドイル教授は意子と名づけました。現実界とイデア界を媒介するエネルギー素であると。現実界においてはイドンは疑似物質化すると唱えています」
「疑似物質とはいかなるものだ?」
「この世において、物質に影響を及ぼします。身にまとえば刀や矢を止め、撃ち出せば敵を打ち倒します」
「そ、それは……」
「伝統武術において、『気功』と呼ばれるものと同じだそうです」
ヨハンセンはメシヤ流魔法について正確な情報を掴んでいた。アカデミーの魔術学科に余程太いパイプを持っているのであろう。
「乱暴に言葉にするなら、ステファノとは気功と魔術を自在に操る者と考えて良いでしょう」
「それゆえ魔道具術をも我が物にしているのか」
「そればかりか、錬金術、魔獣術、医療魔術まで使いこなすようです」
「そのようなことが可能だとは……」
マランツは頭を抱えて唸った。
「先生、どうされましたか?」
「それでは……それではジローの立つ瀬がないではないか!」
マランツの悩みは実に生々しく、卑近であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第470話 怪我の1つが頭部への重傷であった。」
「た、立つ瀬ですか、先生?」
「そうだ。ただでさえ不始末で出遅れておる。そこに学園創設以来の異才が現れるとは、不運にも程があろう」
そう言われればそうではあるが、不始末はジローが自分で仕出かした。ステファノの陰で目立たないのは、新入生全体の境遇でもある。
ジロー・コリントに不遇なことなどないのだ。
ヨハンセンは目の前の師を改めて見直した。そこにいたのはかつて「疾風」と恐れられた魔術師ではなく、孫の素行に心を痛める老人のような姿であった。
……
◆お楽しみに。
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