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第4章 魔術学園奮闘編
第465話 完璧に回避する方法はないのかもしれないね。
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「木靴、笛、ランタン、煙、飲食物、それに肉体的な接触か……。やはり五感を通じた情報が、ギフト発動条件になっているらしい」
マロニー街の「鬼」と呼ばれたジャンセンは、自宅の2階から犠牲者を見下ろし、木靴を踏み鳴らしていたらしい。被害者はその足音を聞き、背後に迫る人影のものだと錯覚した。
(ジャンセンのギフトは主に聴覚を操るものだった。そのトリガーが「音」だと言うのは、頷ける話だ)
術中に陥った犠牲者は、ジャンセンが潜む玄関の明かりを大通りから差す光だと錯覚した。精神操作が視覚情報にまで及んでいることがわかる。
(トリガーとなる条件は術の性質と結びついていそうだ。音なら聴覚。光なら視覚という具合だな)
接触の場合は、痛覚や熱を中心とした感覚操作をもたらす。
(相手を視界に入れることも必要なことらしい)
たとえ、相手の味覚を刺激する場合でも、自分が相手を視界に納める必要がある。精神攻撃とはそういうものらしい。
(五感をシャットアウトすれば、精神攻撃を防げるのか)
しかし、それでは自分も行動できなくなる。競技開始の合図さえわからないのでは、試合にならない。
(相手の視界から外れる方法もあるか)
五遁の術で身を隠せば、精神攻撃をブロックできるかもしれない。その場合は、標的を載せた台車ごと姿を消す必要があるので、隠形の規模を大きくしなければならない。
(できないことはないが、神経を使う分、いつも通りには動き回れないな)
山勘で撃たれた魔術が隠形を吹き飛ばすことがあるかもしれない。誰だって、姿を消した元の位置をまずは狙うだろう。
(完璧に回避する方法はないのかもしれないね)
完璧ではなくても逃げ続ける。そうすればこちらから攻撃するチャンスが掴めるはずだ。
ステファノは自分が得意とする「逃げること」を中心に戦術を構築することにした。
◆◆◆
「護身具とやらを使えば、標的を守れるのではないか?」
ステファノは第2試射場を訪れ、精神攻撃に関する調査結果をドリーと議論していた。
「そうなんですが、俺が護身具を作れることを隠しておきたいんですよね」
護身具は飯屋派にとって切り札であった。ステファノが身近な人を守るための切り札だと言っても良い。
魔術試技会ごときのために切り札を晒してしまうのはもったいない話だ。
「氷壁を仕込んでおけば、大概の攻撃は跳ねのけられると思います」
ステファノが作る氷壁なら、魔術だけでなく、大抵の物理攻撃もシャットアウトできる。
更に、一度作られた氷は、術者が意識を失っても消えない。万一、ステファノが精神攻撃系ギフトの攻撃を受けても、しばらくは標的を守り切れるはずだ。
「先制攻撃で敵の標的を一気に破壊する手もあるな」
ステファノの攻撃魔法は、本気を出せば上級魔術を上回る。アカデミーの生徒が作る防壁程度、容易く撃ち抜けるだろう。
「贅沢なことを言うようですが、攻撃力一辺倒という勝ち方は気が進まないんです」
ステファノは気乗りしない様子で言う。
圧倒的な攻撃力で勝つことも、「メシヤ流」の名を上げることにはなるが、どうしても好戦的な印象を与えてしまう。
世は和平の方向に向かっているとはいえ、未だ戦いは終わっていない。ステファノが戦場に駆り出される展開がないとも限らないのだ。
「しかし、圧勝しろと言われているのであろう? 攻撃力でなければ、何を持って圧勝するつもりだ?」
「作戦と応用力の高さ、というのはどうでしょうか?」
「どういうことだ?」
要するに「うまさ勝ち」をしたいのだと、ステファノは言った。
「武術で言えば、『力』ではなく、『技』で勝つような」
「ああ、何となくわかった。敵の力をそらし、最小のパワーで制圧するということか」
「そうです、そうです! そういう感じです」
マルチェルがいれば、「それを合気と言う」と言ったであろう。
「お前、それは達人の勝ち方だぞ」
「やっぱりそうでしょうか?」
「そういう武術もあることはあるが……。お前たちが取り組んでいる『柔』もその1つか」
ミョウシンと始めた「柔研究会」が目指すのは、敵の力を利用して勝ちを収める境地であった。
「そうですね。柔のように力をそらし、柔のように力を利用する……」
ステファノは宙を見つめて、ぶつぶつと呟いた。
(何か思いついたか? どうする気だ、ステファノ?)
「……試してみるか。ドリーさん、試射の許可をお願いします」
「うむ。何を撃つ気だ?」
「そうですね。火球にしましょう。火魔法を撃たせてください」
「よし。5番、火球。任意に撃って良し!」
ドリーの号令に従い、ステファノはブースに立って杖を構えた。いつもと違って、精神統一するように呼吸を整える。
(ただの火球ではないな。何をやるつもりだ?)
ドリーが第3の眼を凝らす前で、ステファノは標的に向かって杖を振りかぶった。
「受け流せ! 虹の王の鱗!」
気合と共に、標的に向かってイドを飛ばした。杖の先から迸るように走る、細長いイド。
ドリーの眼には紫の蛇が走るように見えた。
蛇が標的に取りつくと、薄く全体を覆った。その表面は一瞬も留まることなく、流れるように動いている。
ステファノがイメージする虹の王の鱗。
水たまりに浮かぶ油膜の如く、薄紅の中に7色の模様が浮かんで消える。
「火球。叢雲!」
ステファノの宣言で、ヘルメスの杖から群れ為す火球が飛び出した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第466話 それはもちろんですが、狙いはそれだけではありません。」
同時に撃ち出す火球、その数6発。「叢雲」という名の通り、群れとなって重なるように標的に襲い掛かった。
その瞬間――。
標的を覆うイドが高速で流れ、火球の群れを左右に引き離した。火球は流れながら茜雲のように細長く引き延ばされた。
方向を変えられた火炎流は両隣の標的に襲い掛かり、まとわりつきながら勢いを弱め、やがて消えていった。
「これは……殴りかかった拳が、油で滑ったような」
虹の王の鱗が働くところを目の当たりにして、ドリーは唸った。
……
◆お楽しみに。
マロニー街の「鬼」と呼ばれたジャンセンは、自宅の2階から犠牲者を見下ろし、木靴を踏み鳴らしていたらしい。被害者はその足音を聞き、背後に迫る人影のものだと錯覚した。
(ジャンセンのギフトは主に聴覚を操るものだった。そのトリガーが「音」だと言うのは、頷ける話だ)
術中に陥った犠牲者は、ジャンセンが潜む玄関の明かりを大通りから差す光だと錯覚した。精神操作が視覚情報にまで及んでいることがわかる。
(トリガーとなる条件は術の性質と結びついていそうだ。音なら聴覚。光なら視覚という具合だな)
接触の場合は、痛覚や熱を中心とした感覚操作をもたらす。
(相手を視界に入れることも必要なことらしい)
たとえ、相手の味覚を刺激する場合でも、自分が相手を視界に納める必要がある。精神攻撃とはそういうものらしい。
(五感をシャットアウトすれば、精神攻撃を防げるのか)
しかし、それでは自分も行動できなくなる。競技開始の合図さえわからないのでは、試合にならない。
(相手の視界から外れる方法もあるか)
五遁の術で身を隠せば、精神攻撃をブロックできるかもしれない。その場合は、標的を載せた台車ごと姿を消す必要があるので、隠形の規模を大きくしなければならない。
(できないことはないが、神経を使う分、いつも通りには動き回れないな)
山勘で撃たれた魔術が隠形を吹き飛ばすことがあるかもしれない。誰だって、姿を消した元の位置をまずは狙うだろう。
(完璧に回避する方法はないのかもしれないね)
完璧ではなくても逃げ続ける。そうすればこちらから攻撃するチャンスが掴めるはずだ。
ステファノは自分が得意とする「逃げること」を中心に戦術を構築することにした。
◆◆◆
「護身具とやらを使えば、標的を守れるのではないか?」
ステファノは第2試射場を訪れ、精神攻撃に関する調査結果をドリーと議論していた。
「そうなんですが、俺が護身具を作れることを隠しておきたいんですよね」
護身具は飯屋派にとって切り札であった。ステファノが身近な人を守るための切り札だと言っても良い。
魔術試技会ごときのために切り札を晒してしまうのはもったいない話だ。
「氷壁を仕込んでおけば、大概の攻撃は跳ねのけられると思います」
ステファノが作る氷壁なら、魔術だけでなく、大抵の物理攻撃もシャットアウトできる。
更に、一度作られた氷は、術者が意識を失っても消えない。万一、ステファノが精神攻撃系ギフトの攻撃を受けても、しばらくは標的を守り切れるはずだ。
「先制攻撃で敵の標的を一気に破壊する手もあるな」
ステファノの攻撃魔法は、本気を出せば上級魔術を上回る。アカデミーの生徒が作る防壁程度、容易く撃ち抜けるだろう。
「贅沢なことを言うようですが、攻撃力一辺倒という勝ち方は気が進まないんです」
ステファノは気乗りしない様子で言う。
圧倒的な攻撃力で勝つことも、「メシヤ流」の名を上げることにはなるが、どうしても好戦的な印象を与えてしまう。
世は和平の方向に向かっているとはいえ、未だ戦いは終わっていない。ステファノが戦場に駆り出される展開がないとも限らないのだ。
「しかし、圧勝しろと言われているのであろう? 攻撃力でなければ、何を持って圧勝するつもりだ?」
「作戦と応用力の高さ、というのはどうでしょうか?」
「どういうことだ?」
要するに「うまさ勝ち」をしたいのだと、ステファノは言った。
「武術で言えば、『力』ではなく、『技』で勝つような」
「ああ、何となくわかった。敵の力をそらし、最小のパワーで制圧するということか」
「そうです、そうです! そういう感じです」
マルチェルがいれば、「それを合気と言う」と言ったであろう。
「お前、それは達人の勝ち方だぞ」
「やっぱりそうでしょうか?」
「そういう武術もあることはあるが……。お前たちが取り組んでいる『柔』もその1つか」
ミョウシンと始めた「柔研究会」が目指すのは、敵の力を利用して勝ちを収める境地であった。
「そうですね。柔のように力をそらし、柔のように力を利用する……」
ステファノは宙を見つめて、ぶつぶつと呟いた。
(何か思いついたか? どうする気だ、ステファノ?)
「……試してみるか。ドリーさん、試射の許可をお願いします」
「うむ。何を撃つ気だ?」
「そうですね。火球にしましょう。火魔法を撃たせてください」
「よし。5番、火球。任意に撃って良し!」
ドリーの号令に従い、ステファノはブースに立って杖を構えた。いつもと違って、精神統一するように呼吸を整える。
(ただの火球ではないな。何をやるつもりだ?)
ドリーが第3の眼を凝らす前で、ステファノは標的に向かって杖を振りかぶった。
「受け流せ! 虹の王の鱗!」
気合と共に、標的に向かってイドを飛ばした。杖の先から迸るように走る、細長いイド。
ドリーの眼には紫の蛇が走るように見えた。
蛇が標的に取りつくと、薄く全体を覆った。その表面は一瞬も留まることなく、流れるように動いている。
ステファノがイメージする虹の王の鱗。
水たまりに浮かぶ油膜の如く、薄紅の中に7色の模様が浮かんで消える。
「火球。叢雲!」
ステファノの宣言で、ヘルメスの杖から群れ為す火球が飛び出した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第466話 それはもちろんですが、狙いはそれだけではありません。」
同時に撃ち出す火球、その数6発。「叢雲」という名の通り、群れとなって重なるように標的に襲い掛かった。
その瞬間――。
標的を覆うイドが高速で流れ、火球の群れを左右に引き離した。火球は流れながら茜雲のように細長く引き延ばされた。
方向を変えられた火炎流は両隣の標的に襲い掛かり、まとわりつきながら勢いを弱め、やがて消えていった。
「これは……殴りかかった拳が、油で滑ったような」
虹の王の鱗が働くところを目の当たりにして、ドリーは唸った。
……
◆お楽しみに。
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