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第4章 魔術学園奮闘編
第459話 研究報告会での実演を楽しみにしているよ。
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「お前の指示でって、魔獣ってのはそんなに賢いものなのか?」
親指サイズのアンガス雷ネズミに人の命令を聞き分ける知能はない。ステファノが雷丸を操れるのは、ひとえにアバターの能力による。
「雷丸は特殊個体だからね」
ステファノは雷丸に関する不思議をすべて特殊個体のせいにする作戦を発動した。説明を放棄する、実に便利な論法であった。
(だって、ユニークなんだもん)
「参考までに、どういう術理で空を飛ぶのか、聞かせてもらっても良いかね?」
もちろん、スールーには魔術も魔法も縁がない。空を飛ぶというロマンに心を動かされたに過ぎない。
「これに関しては大きな秘密はありません。土と風の複合魔法ですよ」
「土属性で引力を相殺するのだろう? それは想像できる。だが、それだけで飛ぶのは難しいと聞いたが?」
「常に浮力を保って、行きたい方向に引力を生み出すのが難しいんですよ。ぎくしゃくしてしまって、多分酔います」
自動車に乗るだけで酔う人もいる。制御不足の飛行を無理に敢行すれば、「飛行酔い」の発生は避けられないだろう。式神使いの能力を得たヨシズミならいざ知らず、ステファノであっても純粋な土魔法で自在に飛行することはできなかった。
「土魔法は重力低減の機能だけに使います。移動は風魔法で行うわけです」
「風を吹かせて、それに乗るということか? いくら軽くなったと言っても、それで自由に飛べるものかい?」
「最後の決め手はイドの制御です。ムササビの『膜』に代わるものをイドで創り出して、風を受けるんです」
要するにグライダーであった。体重を軽くしてあるので、わずかばかりの浮力で滑空することができる。
滑空制御は空中姿勢の変化で行うことができる。魔力で行うよりもはるかに容易であった。
「それをこいつがやるってのか?」
「俺が遠隔制御するんだけどね」
「ここで……見せてもらうわけにはいかないんだろうな」
スールーは雷丸のデモ飛行に興味津々であったが、アカデミーには魔術禁止のルールがある。
「細かく言うと、魔法を使うのは雷丸であって俺ではないんだけど……。やっぱりまずいでしょうね」
使役獣は主の制御下にある。つまりは一心同体だ。
ステファノが禁止されている以上、雷丸も魔法禁止ということになる。
(この間は、伝書鳩代わりに「天狗高跳びの術」を使わせちゃったけど、あれはまずかったな。せめてアカデミーの敷地を出てからにすれば良かった)
ハンニバル師に直接攻撃を受けて、ステファノも混乱していたらしい。これからは気をつけようと、ステファノは心にメモした。
「研究報告会での実演を楽しみにしているよ」
スールーはそう言って、雷丸をそっと撫でた。ステファノは、雷丸をあまり人目にさらさないようにしていた。魔獣学でのあの女子生徒の姿が強く記憶に残っている。
情革研は例外で、雷丸はメンバーたちにすっかり気を許していた。
「ピー」
「ふふふ。こいつが魔獣だとは、見た目からは想像つかないね。不思議な生き物だ」
スールーは微笑みながら、首を傾げた。
「魔獣と魔石の密接な関係を思えば、魔獣の起源そのものに魔石の存在が関わっているのじゃないかと思います」
「たまたまその場所に住みついたわけじゃないと言うんだな?」
魔力に関する話となると、トーマが興味を示して来た。
「単なる仮説だけど、魔石の存在が魔獣を生み出したのではないかと思うんです」
魔視鏡が魔視脳を刺激して覚醒させるように、魔石が魔獣を魔力に適応させたのではないか。ステファノはそう考えていた。
「俺は魔核を魔石の代わりにして雷丸をテイムすることができました。だったら、逆に魔石を使って人間から魔力を引き出すことができるかもしれません」
「魔石があれば、人は魔術師になれるってことか」
ステファノが創造した太陰鏡は人の魔視脳を開放することができる。しかし、そのことは秘中の秘として情革研のメンバーにも明かしていない。
魔石は自然界に存在するものでありながら、魔視鏡の代わりになるかもしれなかった。
「魔石の周りには魔獣がいる」
サントスがぼそりと呟いた。
「そんなところに住める奴はいない」
それこそ上級魔術者か、二つ名持ちのギフト保持者でなければ無理な話であった。
彼らですら1人では生活できない。眠っている間に守ってくれる仲間が必要であった。
「大量に魔石を集めて来れば、魔力開放の道具として使えるかもしれないね」
突飛な発想であったが、スールーのアイデアには一理あった。魔境に耐えられる人間たちが大量の魔石を持ちかえれば、強力な魔術師を量産することが可能になるかもしれない。
「それは……良いことなのか、悪いことなのか……」
ステファノには判断できなかった。魔力を万人のものとする手助けになるかもしれないが、殺戮者を大量に生み出すことになるかもしれない。
「危ないんじゃねぇか? 獣が魔獣になるんだろう? 人間は……『魔人』になるかもしれない」
トーマの想像を聞いて、他の3人の顔が青ざめた。
「ステファノ、この仮説は封印しよう。試すことすら危険すぎる。サントスも、トーマもいいな?」
スールーは声の震えを抑えながら、3人の同意を確認した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第460話 師匠という人がよほど優秀なんだね。」
ステファノの報告テーマはそれ以外にもあるが、概ね情革研のメンバーには内容が理解できた。
「しかし、こんなに盛りだくさんなテーマに挑む必要があるのかね?」
目立ちたがりのスールーでさえ、引き気味になる分量であった。
「俺は2学期で卒業します」
チャレンジの成功により、ステファノは十分すぎるほど修了単位を獲得していた。これ以上アカデミーに留まる意味はない。
……
◆お楽しみに。
親指サイズのアンガス雷ネズミに人の命令を聞き分ける知能はない。ステファノが雷丸を操れるのは、ひとえにアバターの能力による。
「雷丸は特殊個体だからね」
ステファノは雷丸に関する不思議をすべて特殊個体のせいにする作戦を発動した。説明を放棄する、実に便利な論法であった。
(だって、ユニークなんだもん)
「参考までに、どういう術理で空を飛ぶのか、聞かせてもらっても良いかね?」
もちろん、スールーには魔術も魔法も縁がない。空を飛ぶというロマンに心を動かされたに過ぎない。
「これに関しては大きな秘密はありません。土と風の複合魔法ですよ」
「土属性で引力を相殺するのだろう? それは想像できる。だが、それだけで飛ぶのは難しいと聞いたが?」
「常に浮力を保って、行きたい方向に引力を生み出すのが難しいんですよ。ぎくしゃくしてしまって、多分酔います」
自動車に乗るだけで酔う人もいる。制御不足の飛行を無理に敢行すれば、「飛行酔い」の発生は避けられないだろう。式神使いの能力を得たヨシズミならいざ知らず、ステファノであっても純粋な土魔法で自在に飛行することはできなかった。
「土魔法は重力低減の機能だけに使います。移動は風魔法で行うわけです」
「風を吹かせて、それに乗るということか? いくら軽くなったと言っても、それで自由に飛べるものかい?」
「最後の決め手はイドの制御です。ムササビの『膜』に代わるものをイドで創り出して、風を受けるんです」
要するにグライダーであった。体重を軽くしてあるので、わずかばかりの浮力で滑空することができる。
滑空制御は空中姿勢の変化で行うことができる。魔力で行うよりもはるかに容易であった。
「それをこいつがやるってのか?」
「俺が遠隔制御するんだけどね」
「ここで……見せてもらうわけにはいかないんだろうな」
スールーは雷丸のデモ飛行に興味津々であったが、アカデミーには魔術禁止のルールがある。
「細かく言うと、魔法を使うのは雷丸であって俺ではないんだけど……。やっぱりまずいでしょうね」
使役獣は主の制御下にある。つまりは一心同体だ。
ステファノが禁止されている以上、雷丸も魔法禁止ということになる。
(この間は、伝書鳩代わりに「天狗高跳びの術」を使わせちゃったけど、あれはまずかったな。せめてアカデミーの敷地を出てからにすれば良かった)
ハンニバル師に直接攻撃を受けて、ステファノも混乱していたらしい。これからは気をつけようと、ステファノは心にメモした。
「研究報告会での実演を楽しみにしているよ」
スールーはそう言って、雷丸をそっと撫でた。ステファノは、雷丸をあまり人目にさらさないようにしていた。魔獣学でのあの女子生徒の姿が強く記憶に残っている。
情革研は例外で、雷丸はメンバーたちにすっかり気を許していた。
「ピー」
「ふふふ。こいつが魔獣だとは、見た目からは想像つかないね。不思議な生き物だ」
スールーは微笑みながら、首を傾げた。
「魔獣と魔石の密接な関係を思えば、魔獣の起源そのものに魔石の存在が関わっているのじゃないかと思います」
「たまたまその場所に住みついたわけじゃないと言うんだな?」
魔力に関する話となると、トーマが興味を示して来た。
「単なる仮説だけど、魔石の存在が魔獣を生み出したのではないかと思うんです」
魔視鏡が魔視脳を刺激して覚醒させるように、魔石が魔獣を魔力に適応させたのではないか。ステファノはそう考えていた。
「俺は魔核を魔石の代わりにして雷丸をテイムすることができました。だったら、逆に魔石を使って人間から魔力を引き出すことができるかもしれません」
「魔石があれば、人は魔術師になれるってことか」
ステファノが創造した太陰鏡は人の魔視脳を開放することができる。しかし、そのことは秘中の秘として情革研のメンバーにも明かしていない。
魔石は自然界に存在するものでありながら、魔視鏡の代わりになるかもしれなかった。
「魔石の周りには魔獣がいる」
サントスがぼそりと呟いた。
「そんなところに住める奴はいない」
それこそ上級魔術者か、二つ名持ちのギフト保持者でなければ無理な話であった。
彼らですら1人では生活できない。眠っている間に守ってくれる仲間が必要であった。
「大量に魔石を集めて来れば、魔力開放の道具として使えるかもしれないね」
突飛な発想であったが、スールーのアイデアには一理あった。魔境に耐えられる人間たちが大量の魔石を持ちかえれば、強力な魔術師を量産することが可能になるかもしれない。
「それは……良いことなのか、悪いことなのか……」
ステファノには判断できなかった。魔力を万人のものとする手助けになるかもしれないが、殺戮者を大量に生み出すことになるかもしれない。
「危ないんじゃねぇか? 獣が魔獣になるんだろう? 人間は……『魔人』になるかもしれない」
トーマの想像を聞いて、他の3人の顔が青ざめた。
「ステファノ、この仮説は封印しよう。試すことすら危険すぎる。サントスも、トーマもいいな?」
スールーは声の震えを抑えながら、3人の同意を確認した。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第460話 師匠という人がよほど優秀なんだね。」
ステファノの報告テーマはそれ以外にもあるが、概ね情革研のメンバーには内容が理解できた。
「しかし、こんなに盛りだくさんなテーマに挑む必要があるのかね?」
目立ちたがりのスールーでさえ、引き気味になる分量であった。
「俺は2学期で卒業します」
チャレンジの成功により、ステファノは十分すぎるほど修了単位を獲得していた。これ以上アカデミーに留まる意味はない。
……
◆お楽しみに。
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