452 / 629
第4章 魔術学園奮闘編
第452話 ミョウシンさんに鎧は似合わない気がします。
しおりを挟む
「ステファノ、観てください!」
ある日の柔研究会でのこと。ミョウシンはうきうきした様子でステファノを手招きした。
「どうしました、ミョウシンさん?」
「わたくしもイドの繭をまとえるようになりました!」
「おお! 本当ですか?」
ミョウシンは目を閉じて口中に真言を唱えた。
「オム・マニ・ペメ・フム……開け、紅蓮華!」
薄い、薄い絹。ベールのような布をふわりとまとうように、ミョウシンの体をイドの繭が覆った。
紅蓮華と呼んだ名前の如く、薄紅に染まっていた。
「これは……羽衣のような」
昔話で天女がまとっていたという羽衣を思わせて、ミョウシンのイドは薄絹のように軽く見えた。
「今の呪文は何かの祈りでしょうか?」
ミョウシンの表情は神に仕える巫女の様であった。
「遠方の山国に伝わる祈りの言葉と聞きました。『心を清め、慈悲をたたえる時、真理に至り悟りを開く』と」
「始まりと終わりが『阿吽』に似ていますね。同じ1つの真理を指し示しているのかもしれません」
ミョウシンにふさわしい成句だと、ステファノは思った。
「ステファノにはわたくしのイドが観えるのですよね?」
「ミョウシンさんには観えませんか?」
イドの繭、いやイドの衣をまとうに至ったが、ミョウシンにはそれを観る第三の眼が開いていない。
皮膚の感覚として、「そこにもやもやとしたものがある」と感じるのみであった。
「わたくしのイドはこれ以上厚くも硬くもできないようです。鎧にするのは無理でした」
少し悲し気に、ミョウシンは呟いた。
「良いんじゃないですか? 柔に鎧は必要ないでしょう。それに……」
「何ですか、ステファノ?」
「ミョウシンさんに鎧は似合わない気がします」
「まあ……ふふふ。そうですね。いかつい鎧はわたくしには不似合いでしょう」
ステファノの何気ない一言でミョウシンは元気を取り戻した。
その日、ステファノはイドの鎧ならぬイドの羽衣を動かす練習方法を、ミョウシンに指導した。ミョウシンのイド操作はいかにもミョウシンらしく、堅牢な防殻にはならないものの、するりと攻撃をそらせる目的に適していた。
(なるほど。こういう使い方もあるのだな)
ステファノが感心するほどに、ミョウシンには「イドの羽衣」が似合っていた。油でもまとっているように、ミョウシンを掴みに行く手は滑り、そらされてしまうのだった。
ミョウシン自身は――実際に油をまとっているわけではないので――相手を掴み、投げることに何の支障も存在しない。滅法組手に強くなったという結果だけが残る。
ステファノが魔核混入を使えば、ミョウシンのイドを侵食することができる。しかし、掴みかかった一瞬でミョウシンのイドを染め変えることはできない。魔核を同調させようとするわずかな時間に、ミョウシンはステファノの手からすり抜け、技を仕掛けることができる。
ステファノは「掴まずに投げる」という高度な技を繰り出すしかなかった。これは柔の鍛錬である。柔研究会では「当て身技」を禁じ手にしていたので、投げが修練の中心なのだ。
(たとえイドの守りがあっても、バランスが崩れれば人は倒れる)
それはどんな達人でも避けられない、宇宙の法則であった。
ステファノ側に傾いていた組手の力関係が、再び互角に戻っていた。
ミョウシンは流れるように自然な足運びで襟、袖を取りに来る。対するステファノは組むことを諦め、接触した瞬間にミョウシンの重心を崩そうとする。
掴めばミョウシンのペース、離れればステファノのペースという高度な攻防が繰り返された。
接触の瞬間に投げるという努力はステファノの技に精妙さを加えた。タイミングとポジション取り、そして力の角度が物を言う。
それを受け流して掴みに行くという努力はミョウシンの体裁きと組手手順を、未だかつてない高みに押し上げる。
ステファノがイドの繭でミョウシンの腕を絡め取ろうとすれば、ミョウシンは羽衣を脱ぎ捨てるようにその罠から脱出した。
懐に踏み込んだミョウシンが襟を取ろうとすれば、ステファノは胸を守るイドを厚くしてその手をはねのける。
ミョウシンの上達に合わせて、ステファノが使うイドの技も、より厳しいものになって行った。
(イドで守りを固められると、普通に手を伸ばしただけでは掴めない)
ステファノに対する攻めを繰り返しながら、ミョウシンは次の一手を考えていた。
(イドに対するはイド。わたくしもイドを動かせれば、ステファノに迫れるはず!)
ミョウシンは工夫を試みた。まとったイドを硬くしてみた。先をとがらせて、力を一点に集中してみた。大きく広げてステファノを包み込もうとした。
そのすべてをステファノの第3の眼が観極め、虹の王が無効化した。
(ミョウシンさんのイド制御がハイレベルになって来た。次はどう来るか?)
その時、ミョウシンは天啓を得た。イドの本質に逆らってはいけない、と。
(オム・マニ・ペメ・フム……)
ミョウシンの身を覆うイドの羽衣が、真紅に染まった。
「紅蓮華」とは釈迦の故郷に咲いた蓮の花。そして、宇宙の真理を表わす――。
ミョウシンのイドは薄く、頼りなく見えて、絶えず変化する。動き、流れてひと時も留まることがない。
ステファノの胸元に触れたミョウシンの手から真紅のイドが流れ出す。それは厚く固められたステファノのイドに触れ、砂糖に白湯を注ぐようにするすると溶かし、流し去った。
自然に伸ばされた細腕がステファノの襟を取ったかと思うと、いつの間にか袖も掴み取られていた。
(いかん!)
背負い投げの動きで飛び込んで来るミョウシンに対し、ステファノは一瞬で脱力した。
くたくたと古い毛布のような塊になり、重力に任せて床に落ちていく。
ミョウシンに先手を取られた以上、投げのタイミングは外せない。体を硬くして抵抗すれば、むしろ柔の理合いで投げやすくなってしまう。無理な抵抗を止めて、扱いにくいぬかるみになる。
ステファノが選んだのは、裏を取るための時間を稼ぐ道であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第453話 変化こそがイドの本質である。」
しかし、その動きにミョウシンは覚えがあった。「そう来るだろう」と予想していたわけではない。「そう来るかもしれない」という警戒心は、頭の一部にあった。
ステファノの重心が自分のものよりも低いと知った瞬間、ミョウシンは考えるより早く技を切り替えていた。
跳び込んだ勢いをそのままに、背負いではなく、大内刈りに右足を飛ばす。両手はステファノの上体を引き込む代わりに、当たった体の勢いそのままに突き放しに行った。
ステファノは体を左に捻ってこれをかわしたかったが、ミョウシンの左手がしっかりとステファノの右袖を引き込んでおり、変化を許さない。
……
◆お楽しみに。
ある日の柔研究会でのこと。ミョウシンはうきうきした様子でステファノを手招きした。
「どうしました、ミョウシンさん?」
「わたくしもイドの繭をまとえるようになりました!」
「おお! 本当ですか?」
ミョウシンは目を閉じて口中に真言を唱えた。
「オム・マニ・ペメ・フム……開け、紅蓮華!」
薄い、薄い絹。ベールのような布をふわりとまとうように、ミョウシンの体をイドの繭が覆った。
紅蓮華と呼んだ名前の如く、薄紅に染まっていた。
「これは……羽衣のような」
昔話で天女がまとっていたという羽衣を思わせて、ミョウシンのイドは薄絹のように軽く見えた。
「今の呪文は何かの祈りでしょうか?」
ミョウシンの表情は神に仕える巫女の様であった。
「遠方の山国に伝わる祈りの言葉と聞きました。『心を清め、慈悲をたたえる時、真理に至り悟りを開く』と」
「始まりと終わりが『阿吽』に似ていますね。同じ1つの真理を指し示しているのかもしれません」
ミョウシンにふさわしい成句だと、ステファノは思った。
「ステファノにはわたくしのイドが観えるのですよね?」
「ミョウシンさんには観えませんか?」
イドの繭、いやイドの衣をまとうに至ったが、ミョウシンにはそれを観る第三の眼が開いていない。
皮膚の感覚として、「そこにもやもやとしたものがある」と感じるのみであった。
「わたくしのイドはこれ以上厚くも硬くもできないようです。鎧にするのは無理でした」
少し悲し気に、ミョウシンは呟いた。
「良いんじゃないですか? 柔に鎧は必要ないでしょう。それに……」
「何ですか、ステファノ?」
「ミョウシンさんに鎧は似合わない気がします」
「まあ……ふふふ。そうですね。いかつい鎧はわたくしには不似合いでしょう」
ステファノの何気ない一言でミョウシンは元気を取り戻した。
その日、ステファノはイドの鎧ならぬイドの羽衣を動かす練習方法を、ミョウシンに指導した。ミョウシンのイド操作はいかにもミョウシンらしく、堅牢な防殻にはならないものの、するりと攻撃をそらせる目的に適していた。
(なるほど。こういう使い方もあるのだな)
ステファノが感心するほどに、ミョウシンには「イドの羽衣」が似合っていた。油でもまとっているように、ミョウシンを掴みに行く手は滑り、そらされてしまうのだった。
ミョウシン自身は――実際に油をまとっているわけではないので――相手を掴み、投げることに何の支障も存在しない。滅法組手に強くなったという結果だけが残る。
ステファノが魔核混入を使えば、ミョウシンのイドを侵食することができる。しかし、掴みかかった一瞬でミョウシンのイドを染め変えることはできない。魔核を同調させようとするわずかな時間に、ミョウシンはステファノの手からすり抜け、技を仕掛けることができる。
ステファノは「掴まずに投げる」という高度な技を繰り出すしかなかった。これは柔の鍛錬である。柔研究会では「当て身技」を禁じ手にしていたので、投げが修練の中心なのだ。
(たとえイドの守りがあっても、バランスが崩れれば人は倒れる)
それはどんな達人でも避けられない、宇宙の法則であった。
ステファノ側に傾いていた組手の力関係が、再び互角に戻っていた。
ミョウシンは流れるように自然な足運びで襟、袖を取りに来る。対するステファノは組むことを諦め、接触した瞬間にミョウシンの重心を崩そうとする。
掴めばミョウシンのペース、離れればステファノのペースという高度な攻防が繰り返された。
接触の瞬間に投げるという努力はステファノの技に精妙さを加えた。タイミングとポジション取り、そして力の角度が物を言う。
それを受け流して掴みに行くという努力はミョウシンの体裁きと組手手順を、未だかつてない高みに押し上げる。
ステファノがイドの繭でミョウシンの腕を絡め取ろうとすれば、ミョウシンは羽衣を脱ぎ捨てるようにその罠から脱出した。
懐に踏み込んだミョウシンが襟を取ろうとすれば、ステファノは胸を守るイドを厚くしてその手をはねのける。
ミョウシンの上達に合わせて、ステファノが使うイドの技も、より厳しいものになって行った。
(イドで守りを固められると、普通に手を伸ばしただけでは掴めない)
ステファノに対する攻めを繰り返しながら、ミョウシンは次の一手を考えていた。
(イドに対するはイド。わたくしもイドを動かせれば、ステファノに迫れるはず!)
ミョウシンは工夫を試みた。まとったイドを硬くしてみた。先をとがらせて、力を一点に集中してみた。大きく広げてステファノを包み込もうとした。
そのすべてをステファノの第3の眼が観極め、虹の王が無効化した。
(ミョウシンさんのイド制御がハイレベルになって来た。次はどう来るか?)
その時、ミョウシンは天啓を得た。イドの本質に逆らってはいけない、と。
(オム・マニ・ペメ・フム……)
ミョウシンの身を覆うイドの羽衣が、真紅に染まった。
「紅蓮華」とは釈迦の故郷に咲いた蓮の花。そして、宇宙の真理を表わす――。
ミョウシンのイドは薄く、頼りなく見えて、絶えず変化する。動き、流れてひと時も留まることがない。
ステファノの胸元に触れたミョウシンの手から真紅のイドが流れ出す。それは厚く固められたステファノのイドに触れ、砂糖に白湯を注ぐようにするすると溶かし、流し去った。
自然に伸ばされた細腕がステファノの襟を取ったかと思うと、いつの間にか袖も掴み取られていた。
(いかん!)
背負い投げの動きで飛び込んで来るミョウシンに対し、ステファノは一瞬で脱力した。
くたくたと古い毛布のような塊になり、重力に任せて床に落ちていく。
ミョウシンに先手を取られた以上、投げのタイミングは外せない。体を硬くして抵抗すれば、むしろ柔の理合いで投げやすくなってしまう。無理な抵抗を止めて、扱いにくいぬかるみになる。
ステファノが選んだのは、裏を取るための時間を稼ぐ道であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第453話 変化こそがイドの本質である。」
しかし、その動きにミョウシンは覚えがあった。「そう来るだろう」と予想していたわけではない。「そう来るかもしれない」という警戒心は、頭の一部にあった。
ステファノの重心が自分のものよりも低いと知った瞬間、ミョウシンは考えるより早く技を切り替えていた。
跳び込んだ勢いをそのままに、背負いではなく、大内刈りに右足を飛ばす。両手はステファノの上体を引き込む代わりに、当たった体の勢いそのままに突き放しに行った。
ステファノは体を左に捻ってこれをかわしたかったが、ミョウシンの左手がしっかりとステファノの右袖を引き込んでおり、変化を許さない。
……
◆お楽しみに。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
お花畑な母親が正当な跡取りである兄を差し置いて俺を跡取りにしようとしている。誰か助けて……
karon
ファンタジー
我が家にはおまけがいる。それは俺の兄、しかし兄はすべてに置いて俺に勝っており、俺は凡人以下。兄を差し置いて俺が跡取りになったら俺は詰む。何とかこの状況から逃げ出したい。
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる