上 下
451 / 624
第4章 魔術学園奮闘編

第451話 旦那様もかつてこの試練を乗り越えたはずだ。

しおりを挟む
「魔術医療(初級)」はステファノにとってつらい授業だった。

「今日は麻酔について学んでもらいます」

 教卓には金網で覆われたケージが置かれていた。ケージの中には、一匹のモルモットが入れられている。

「今日の授業ではこのモルモットに麻酔をかけます」

 講師のラフテルはクラスの生徒に宣言した。

「麻酔とは薬物を服用した効果によって、一時的に痛覚を失わせることです。試用薬物や服用量によって、全身麻酔、局所麻酔の区別があります。全身麻酔は脳に作用し、完全に意識を失います。一方、局所麻酔では意識を残しながら特定部位の痛覚のみ麻痺させます」

 その日の授業ではエーテルを使ってモルモットに全身麻酔を施した。

「このように鼻と口を覆った布に液体のエーテルを垂らし、気化したものを吸引させます」

 魔術での医療手段を学ぶためには、薬品などの通常手段がどのようにして働くかを実際に見届ける必要がある。用量が多すぎたり、少なすぎた場合に何が起きるかも自分の目で見届けなければならなかった。

 教科書だけの知識では術理に落とし込むことができない。魔術でエーテルを合成するのではなく、エーテルの作用・・・・・・・を再現しなければならないのだ。

 ほとんどの生徒は目で見たものを魔術で再現することができなかった。

 これが「熱を加える」とか「雷気を流す」という内容であれば対応できる者もいる。属性魔術に近似しているからである。しかし、麻酔の効果を再現するとなると、その因果を認識することが難しい。

 実のところ麻酔がなぜ効くかという疑問に、我々の世界でさえ医学は確たる答えを持っていない。生体の不思議というしかないのだ。

 ステファノはエーテルを吸引したモルモットの体に何が起きているかを、第3の目で詳細に観察した。単に、物理的な変化だけでなく、イドのレベルの変化をも観察し、記録したのだ。

 過剰投与や、投与不足のケースについてもモルモットの生体反応がどう変わるかを観察した。
 眠りから覚めず、そのまま死んでいくケースや、麻酔が効かず体を切られる痛みに暴れるケースも観た。

 それは肉眼で見るより数倍惨たらしく、悲惨なものであった。

(旦那様もかつてこの試練を乗り越えたはずだ。何百種類という薬種について、その性質を学び、確かめて来たんだ)

 ひきつろうとする顔面を手で押さえながら、ステファノは目をそらさずにモルモットを観続けた。

 ◆◆◆

 モルモットやラットの観察を続ける内に、ステファノの精神状態が変化した。感情を持った自我と、感情を持たない自我とが分離したような感覚を覚える。

 感情を持たない客観的な自我は第三者の視点で自分の姿さえ俯瞰して見ていた。

(これは……虹の王ナーガの視点なのか?)

 それは魔道具ネットを通じて虹の王ナーガの視点を共有する感覚に似ていた。

(それなら、ナーガに観察と制御を任せられる)

(有為の奥山、今日越えて……)

 スタファノは内心に成句を念誦ねんじゅしながら虹の王ナーガに術を委ねた。
 すると、微細単位での処方制御が可能となり、麻酔魔法の精度が劇的に向上した。

「おお! これは見事ですね。効果の持続も完璧です」

 ラフテルは手放しでステファノの手際を褒めた。

 それからの授業はステファノにとって順調に進んだ。心の柔らかい部分では実験体となる小動物を憐れみながらも、理性は知識のすべてを吸収しようと被験体の反応に目を凝らした。

 その甲斐あってステファノは、救命治療を含む基礎的な医療法を魔法で再現できるようになった。

 ◆◆◆

 ある日、ステファノは第2試射場にモルモットのかごを持ちこんだ。

「何だ、それは? また使役獣とやらを増やしたのか?」
「ドリーさん、違います。これは実験動物です。今日はこいつを標的に見立てて試射してみても良いですか?」

 ステファノはモルモットをドリーに見せながらそう尋ねた。

「血なまぐさい真似はごめんだぞ? そいつを殺さないなら試射を許そう」
「ありがとうございます。もちろんこいつには怪我もさせません」

 ステファノはいつもの通り、20メートルの距離にモルモットの入ったかごをセットした。

「医療魔法を使います」
「そういうことか。よし。5番、医療魔法。任意に撃て!」

 ステファノは半身になってヘルメスの杖を構えた。

「飯屋流隠形五遁! 春花の術!」

 目に見えた変化は何もなく、かごの中のモルモットも動き続けていた。

「ん? どうした。失敗か?」

 ドリーが不審気に目を凝らすと、モルモットの動きに変化があった。動き回る勢いが弱まり、やがて立ち止まったかと思うとことりと横になった。

「む、何をした? 殺したのか?」

 魔力の動きはドリーにも観えた。しかし、何をしたのかがわからない。属性魔術ではなかった。

「眠らせただけです。すぐに目を覚ますでしょう」
「春花の術と言ったな? 眠り薬をまいたのか?」

 ドリーは思わず口を覆いながら、ステファノに尋ねた。

「薬ではありません。薬の効果を再現しました」
「薬の効果だと? また器用なことを」

 それからステファノは医療魔法の何たるかをドリーに説明した。

「ふうむ。まるでクサッツの温泉だな」
「何ですか、それは?」
「山の中に湧き出る天然の湯だ。それに身を浸すと、万病に効果があるそうだ。『医者要らず』と呼ばれているらしい」
「へぇ。それは良さそうですね。機会があれば一度行ってみたいです」

 無事に目を覚ましたモルモットを見ながら、ステファノは無邪気に瞳を輝かせた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第452話 ミョウシンさんに鎧は似合わない気がします。」

「ステファノ、観てください!」

 ある日の柔研究会でのこと。ミョウシンはうきうきした様子でステファノを手招きした。

「どうしました、ミョウシンさん?」
「わたくしもイドの繭をまとえるようになりました!」
「おお! 本当ですか?」

 ミョウシンは目を閉じて口中に真言を唱えた。

「オム・マニ・ペメ・フム……開け、紅蓮華ぐれんげ!」

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する

雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。 その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。 代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。 それを見た柊茜は 「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」 【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。 追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん….... 主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します

幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話

妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』 『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』 『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』  大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな

七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」 「そうそう」  茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。  無理だと思うけど。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します

有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。 妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。 さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。 そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。 そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。 現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

処理中です...