飯屋のせがれ、魔術師になる。

藍染 迅

文字の大きさ
上 下
447 / 671
第4章 魔術学園奮闘編

第447話 鍵はサポリにあるはずだ。

しおりを挟む
「あのダニエルという奴は使い物になるのか?」

 とある教会の前に、ハンニバル師の姿があった。石段に腰を下ろし、休憩の体を取っている。

(目くらまし程度に考えて仕事を与えましたが、思いの外役に立っております。小物であることが相手の警戒を解くようで……)

 さりげなく耳の下に当てた短杖ワンドが直接骨に相手の声を伝えて来る。
 自分が声を発する時は、短杖を持つ手元で唇を隠すようにしてぼそぼそと呟いていた。

「雑魚には雑魚の使い道があるということか」
(調べが甘いところはわたしの方で補っております)
「それで良い。くれぐれも目立つな。殻の中に閉じこもられると厄介なのでな」
(心得ました)

 ハンニバルは、ダニエルの影として調査に出した「密偵」と会話していた。
 聖教会の鐘楼を介した「遠話」であった。

 隣町の密偵ともリアルタイムに情報交換ができる。

「サポリの町が重要拠点であることはわかっている。だが、途中の町でも気を抜くなよ。今回のようなことがあるからな」
(了解です。道中もおかしなことがなかったか、気を張ってまいります)
 
「こちらの調べではステファノがまじタウンとサポリとの間を往復したのはわずか10日ほどの間であった。一体何があったのか? 何がステファノを魔術に目覚めさせたのか? 鍵はサポリにあるはずだ」
(きっと尻尾をつかんで御覧に入れます)

「では、頼んだぞ」

 そう言ってハンニバル師は「遠話の術」を解除した。

(いずれは自らサポリに行くことになりそうだな。旨い魚があれば良いが……)

 ハンニバル師は教会前の石段から立ち上がると、服の埃を風魔術で払って歩き出した。

 ◆◆◆

「ハンニバル師が教会周辺に出没していると?」

 ネルソンは書斎でマルチェルからの報告を受けていた。

「聖教会を見張らせていた鴉から報告が上がっております」

 いくら手練れの鴉でもハンニバル師をつけ回すのは荷が重すぎた。師の追跡は諦めていたのだが、教会を見張っていた密偵に目撃されることとなった。

「聖教会のメンバーと接触したのか?」
「いいえ、それは確認できておりません。聖堂に立ち入った形跡もないとのこと」

 マルチェルの報告はネルソンを困惑させた。
 それでは何のために教会を訪れたというのか。

「ハンニバル師は教会を見張っていたわけではないのか?」
「特に不審な動きはなかったそうで。しばらく佇んでいたり、腰掛けていたり、体を休めているようにしか見えなかったと」

 なぜわざわざ教会の近くで休むのか? 熱心な信者というわけでもなく、お気に入りの場所という情報もない。

「単純に疲れたせいではないかと、カラスは言っておりました」
「疲れたから休んだと? 他の場所で休む姿は目撃されたのか?」
「いえ、師を尾行した者はいませんので。他の場所のことまでは……」

 ネルソンはふうとため息を吐いた。
 
「埒が明かんな」
「旦那様?」
「気にするだけ無駄だということだろう。魔術師学会と聖教会に見張られている前提で、これからの動きを練り直そう」

 ネルソンはそう言って、にやりと笑った。

「見張られるのは元からわかっていたことだ。いっそのことこちらから見せてやれば良いのだな」
「手の内をあえて晒すと?」
「ふふ。敵の手の内を見せられると、案外戦いにくくなるものだ」

 逆張りではあるが、自ら情報戦の主導権を握ることにもなる。「どの情報を伝えるか」を、こちらで決めるのだ。

「どうせウニベルシタスを世に問うのだ。しっかりと見せつけて、宣伝してもらえば良い」
「なるほど。お披露目というわけですな」
「まずは魔法具を売り出そう。魔法具を作れるのはステファノだけではないということを示すのだ」

 今はまだ顔見世程度で良い。ステファノが作った「魔法具メーカー」は魔力行使を必要としない。
 生活魔法用の道具であれば、誰にでも生み出せるのだ。

 100や200の魔法具なら、1日で創り出せる。

「着火魔具、送風魔具、魔灯具、魔冷蔵庫、魔掃除具、魔洗具。売り・・に出すのはそんなところで良いか」
「旦那様、商会でお売りになるのですか?」
「いや。薬種問屋のルートにはふさわしくなかろう。特別なルートに出す」
「特別と言いますと?」

 ネルソンはにやりと笑った。

「金持ち連中が集まるオークションだ。メシヤ流魔法具をそこで世に問うというわけだ」
「まさにお披露目にふさわしい場所ですな」
「そういうことだ。今回は『第1号試作品シリーズ』と称して好事家に売りつける」
「あえて試作品とうたうので?」

 マルチェルが眉を持ち上げて、問い返した。
 試作品とは通常不具合点を抱えているものだ。それを表に押し出すのはどういう考えか?

「いずれ生活魔法具は大量販売する。高く売りつけておいて後から安売りされれば、買い手は腹を立てかねない。だったら、初めから限定試作品として売りつけた方が良い」
「売れるでしょうか?」
「好事家とは人が持っていないものを欲しがるものだ。量産開始は3カ月後だと明言してやれば、買い手はつくさ」

 言わば書籍における「初版本」というわけである。希少価値を喜ぶ収集家コレクターは、どこの世界にもいる。

「1種類当たり限定10台と称してシリアルナンバーをつけてやろう。それでも競り合いになるだろうよ」
「お見それいたしました」

 ネルソンの商才未だ衰えず。マルチェルは素直に頭を下げた。

――――――――――
 ここまで読んでいただいてありがとうございます。

◆次回「第448話 コッシュに妙な色気を出させたくないからな。」

 生活魔法具6種類をそれぞれ10台ずつ、計60台を試作品として製作販売することが決まった。その程度の量であれば、つき合いのある道具屋に素体を作らせることができる。

「製作期間は2週間。希少品らしく仕上げには気合を入れさせよう。彫刻、塗装、象嵌などを施しても良いが、期限内に仕上げるように厳命してくれ」
「かしこまりました」
「オークションは来月1日開催の回にかける。半月あれば事前の予告も行き届くであろう」

 出品者名は「メシヤ工房」と決めた。

 ……

◆お楽しみに。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

弟に裏切られ、王女に婚約破棄され、父に追放され、親友に殺されかけたけど、大賢者スキルと幼馴染のお陰で幸せ。

克全
ファンタジー
「アルファポリス」「カクヨム」「ノベルバ」に同時投稿しています。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る

マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息 三歳で婚約破棄され そのショックで前世の記憶が蘇る 前世でも貧乏だったのなんの問題なし なによりも魔法の世界 ワクワクが止まらない三歳児の 波瀾万丈

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ

井藤 美樹
ファンタジー
 初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。  一人には勇者の証が。  もう片方には証がなかった。  人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。  しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。  それが判明したのは五歳の誕生日。  証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。  これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...