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第4章 魔術学園奮闘編
第446話 そういう奴はよ、結局やるんだよ。
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ダニエルはステファノの足取りを追って旅をしていた。
人と垣根を作らない性格が、話を聞き取る助けとなっていた。
「へへ、うちの店の若いもんが8月頃にこの辺を通ったそうで、ご迷惑を掛けてなけりゃいいなってね」
「去年の8月かぁ。さてなあ。こんな田舎町だ。大きなことが起こればみんな知っているはずだからな」
「何にもなかったってことですかね?」
「さてなあ。5カ月も前のこととなると、記憶って奴がぼんやりしやがってよぉ」
酒場のカウンターに座った男は、空のグラスに目を落とした。
「こりゃ気がつかなくてすまねぇ。おい、こっちにお代わりを」
「おっ、すまねえなぁ。催促したわけじゃねぇんだぜ? 折角だからいただくとするか」
火酒がなみなみとつがれたグラスを、モーガンという男は口の方から迎えに行く。
ちゅっと音を立てて、グラスから盛り上がった酒を男は吸い上げた。
「へへ。うめえなぁ、もらい酒はよぉ。おっと、8月の話だったな。あれが8月のことじゃなかったかなぁ。なあ、ベン? ダレンの娘が死に損なったのはよぉ?」
「何だと? ダレンの娘ってぇと……。ああ、チェルシーか。良く助かったもんだぜ」
ベンと呼ばれたバーテンが記憶をまさぐるようにしてそう言った。
「何だよ。物騒な話だな。そのチェルシーって娘がどうしたんだい?」
ダニエルはモーガンに酒を進めながら、自分のグラスをちびちびと舐めた。
「毒蛇に噛まれたんだよ。金が底をついて医者にも見放されちまってよ。ダレンの奴は旅人から財布を奪って治療代を稼ごうとしたらしいぜ」
「そりゃ、気の毒なことで」
「へへん。いくら娘の命がかかってるって言ってもよ、追剥をやらかしていいってことはねぇだろうぜ」
ベンが事情を説明しても、モーガンは同情するそぶりを見せなかった。
「そういう奴はよ、結局やるんだよ。娘の生き死には、ただの口実さ」
「知ったような口を利くな? モーガンよ」
「知ってるともさ。俺の親父がそうだった」
苦いものを飲み込むように、モーガンはグラスの火酒を飲み干した。
目でバーテンにお代わりの合図をしながら、ダニエルはモーガンに先を促した。
「親父さんのことはともかく、そのダレンて奴が追剥をやらかしたんだな?」
「そうさ。みんな知ってる話だぜ? おっ、済まねえな。遠慮なく飲ませてもらうぜ」
「それでどうなったんだ?」
おごり酒をちびりと飲んで、モーガンは続きを語った。
「ついてやがったんだな。その相手にはとっ捕まったらしいんだが、娘の話をしたら知り合いと一緒に手当をしてくれたらしい」
「あん? 医者か薬師か、そいつらは?」
「そんなんじゃねえ。手当をしてくれたのはまだ若い小僧で、連れの方は中年の冴えねえおっさんだったってよ」
「へぇ。そいつぁ妙だな。そいつらの名前は?」
ダニエルの目がぎょろりと動いた。
「へん。知らねぇよ。知りたきゃダレンに聞いてみるんだな」
「そうしてみよう。ダレンの住処を教えてくれ」
◆◆◆
(小僧ってのがステファノと決まったわけじゃないが、時期は一致する。何より、追剥の娘を助けるなんて間抜けな話は、あいつにお似合いだぜ)
貧民街の住所を訪ねながらダニエルは確信を強めていた。
番地などという上品なものは存在しない。「大体この辺り」という説明を元に、近所に聞きながらダニエルはダレンの家にたどりついた。
「邪魔するぜ」
薄っぺらなドアを押し開けて入れば、一室きりの暗い室内であった。
「な、何だ、お前さんは?」
小さなベッドに横たわっていた男が、驚いて身を起こした。
「ダレンだな? 話を聞きに来た。ああ、これは手土産だ」
ダニエルは酒場で手に入れた酒瓶をぐいっと突き出した。
「えぇ? 話だと? 何の話が聞きたい?」
ダレンの眼は酒瓶に釘づけになった。
「ちょっと前、おめェの娘が死にかかった時の話だ」
「な、何? それがどうした?」
ダレンは慌てて手を引っ込め、目をそらした。
「安心しな。追剥をとやかく言おうってんじゃねえんだ。その時ここに来た2人組について聞きてぇ」
「俺は何にも……」
「小僧とおっさんだったんだろ? 名前を言ってなかったか?」
しらばくれようとするダレンに、ダニエルは畳みかけた。ダニエルの関心が自分ではなく、2人組の方にあると知って、ダレンは急に元気になった。
「名前だと? 若い方はおっさんのことを『師匠』って呼んでたな。てっきり薬師だと思ったが……」
「若い方は? 何て呼ばれてた?」
「確か……スタン……いや、ステファノだったか」
天井を見上げながらダレンは記憶を呼び起こした。
「そうか。ほれ、土産を取っとけよ。その時のことをできるだけ詳しく教えてくれ」
ダレンの手に酒瓶を押しつけながら、ダニエルは話を促した。
◆◆◆
(間違いない。連れの中年オヤジが誰かは知らんが、若い方はステファノだ。一体どうやって毒蛇に噛まれて死にそうな子供を助けたってんだ?)
ダレンの話では、2人組は薬も道具も使わなかったと言う。
そればかりではなく、治療らしいことをしていたのはステファノだけで「師匠」という男は何一つ手を出さなかったそうだ。
ただステファノの側で話しかけるだけだったと。
(薬を飲ませたわけじゃねぇと言う。じゃあ何だ? 魔術でも使ったってのか?)
ステファノが魔術師になりたいと言っていたこと。そのために今アカデミーで勉強していることを、ダニエルは知っている。しかし、これは9月の話だ。
ステファノはアカデミーに足を踏み入れてさえいなかった。
(早すぎる。急すぎる。一体あいつは何をした?)
少女の命を救ったのは、自分が知っているあのステファノとは別人ではないか? ダニエルの頭からはその疑いが離れなかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第447話 鍵はサポリにあるはずだ。」
「あのダニエルという奴は使い物になるのか?」
とある教会の前に、ハンニバル師の姿があった。石段に腰を下ろし、休憩の体を取っている。
(目くらまし程度に考えて仕事を与えましたが、思いの外役に立っております。小物であることが相手の警戒を解くようで……)
さりげなく耳の下に当てた短杖が直接骨に相手の声を伝えて来る。
自分が声を発する時は、短杖を持つ手元で唇を隠すようにしてぼそぼそと呟いていた。
……
◆お楽しみに。
人と垣根を作らない性格が、話を聞き取る助けとなっていた。
「へへ、うちの店の若いもんが8月頃にこの辺を通ったそうで、ご迷惑を掛けてなけりゃいいなってね」
「去年の8月かぁ。さてなあ。こんな田舎町だ。大きなことが起こればみんな知っているはずだからな」
「何にもなかったってことですかね?」
「さてなあ。5カ月も前のこととなると、記憶って奴がぼんやりしやがってよぉ」
酒場のカウンターに座った男は、空のグラスに目を落とした。
「こりゃ気がつかなくてすまねぇ。おい、こっちにお代わりを」
「おっ、すまねえなぁ。催促したわけじゃねぇんだぜ? 折角だからいただくとするか」
火酒がなみなみとつがれたグラスを、モーガンという男は口の方から迎えに行く。
ちゅっと音を立てて、グラスから盛り上がった酒を男は吸い上げた。
「へへ。うめえなぁ、もらい酒はよぉ。おっと、8月の話だったな。あれが8月のことじゃなかったかなぁ。なあ、ベン? ダレンの娘が死に損なったのはよぉ?」
「何だと? ダレンの娘ってぇと……。ああ、チェルシーか。良く助かったもんだぜ」
ベンと呼ばれたバーテンが記憶をまさぐるようにしてそう言った。
「何だよ。物騒な話だな。そのチェルシーって娘がどうしたんだい?」
ダニエルはモーガンに酒を進めながら、自分のグラスをちびちびと舐めた。
「毒蛇に噛まれたんだよ。金が底をついて医者にも見放されちまってよ。ダレンの奴は旅人から財布を奪って治療代を稼ごうとしたらしいぜ」
「そりゃ、気の毒なことで」
「へへん。いくら娘の命がかかってるって言ってもよ、追剥をやらかしていいってことはねぇだろうぜ」
ベンが事情を説明しても、モーガンは同情するそぶりを見せなかった。
「そういう奴はよ、結局やるんだよ。娘の生き死には、ただの口実さ」
「知ったような口を利くな? モーガンよ」
「知ってるともさ。俺の親父がそうだった」
苦いものを飲み込むように、モーガンはグラスの火酒を飲み干した。
目でバーテンにお代わりの合図をしながら、ダニエルはモーガンに先を促した。
「親父さんのことはともかく、そのダレンて奴が追剥をやらかしたんだな?」
「そうさ。みんな知ってる話だぜ? おっ、済まねえな。遠慮なく飲ませてもらうぜ」
「それでどうなったんだ?」
おごり酒をちびりと飲んで、モーガンは続きを語った。
「ついてやがったんだな。その相手にはとっ捕まったらしいんだが、娘の話をしたら知り合いと一緒に手当をしてくれたらしい」
「あん? 医者か薬師か、そいつらは?」
「そんなんじゃねえ。手当をしてくれたのはまだ若い小僧で、連れの方は中年の冴えねえおっさんだったってよ」
「へぇ。そいつぁ妙だな。そいつらの名前は?」
ダニエルの目がぎょろりと動いた。
「へん。知らねぇよ。知りたきゃダレンに聞いてみるんだな」
「そうしてみよう。ダレンの住処を教えてくれ」
◆◆◆
(小僧ってのがステファノと決まったわけじゃないが、時期は一致する。何より、追剥の娘を助けるなんて間抜けな話は、あいつにお似合いだぜ)
貧民街の住所を訪ねながらダニエルは確信を強めていた。
番地などという上品なものは存在しない。「大体この辺り」という説明を元に、近所に聞きながらダニエルはダレンの家にたどりついた。
「邪魔するぜ」
薄っぺらなドアを押し開けて入れば、一室きりの暗い室内であった。
「な、何だ、お前さんは?」
小さなベッドに横たわっていた男が、驚いて身を起こした。
「ダレンだな? 話を聞きに来た。ああ、これは手土産だ」
ダニエルは酒場で手に入れた酒瓶をぐいっと突き出した。
「えぇ? 話だと? 何の話が聞きたい?」
ダレンの眼は酒瓶に釘づけになった。
「ちょっと前、おめェの娘が死にかかった時の話だ」
「な、何? それがどうした?」
ダレンは慌てて手を引っ込め、目をそらした。
「安心しな。追剥をとやかく言おうってんじゃねえんだ。その時ここに来た2人組について聞きてぇ」
「俺は何にも……」
「小僧とおっさんだったんだろ? 名前を言ってなかったか?」
しらばくれようとするダレンに、ダニエルは畳みかけた。ダニエルの関心が自分ではなく、2人組の方にあると知って、ダレンは急に元気になった。
「名前だと? 若い方はおっさんのことを『師匠』って呼んでたな。てっきり薬師だと思ったが……」
「若い方は? 何て呼ばれてた?」
「確か……スタン……いや、ステファノだったか」
天井を見上げながらダレンは記憶を呼び起こした。
「そうか。ほれ、土産を取っとけよ。その時のことをできるだけ詳しく教えてくれ」
ダレンの手に酒瓶を押しつけながら、ダニエルは話を促した。
◆◆◆
(間違いない。連れの中年オヤジが誰かは知らんが、若い方はステファノだ。一体どうやって毒蛇に噛まれて死にそうな子供を助けたってんだ?)
ダレンの話では、2人組は薬も道具も使わなかったと言う。
そればかりではなく、治療らしいことをしていたのはステファノだけで「師匠」という男は何一つ手を出さなかったそうだ。
ただステファノの側で話しかけるだけだったと。
(薬を飲ませたわけじゃねぇと言う。じゃあ何だ? 魔術でも使ったってのか?)
ステファノが魔術師になりたいと言っていたこと。そのために今アカデミーで勉強していることを、ダニエルは知っている。しかし、これは9月の話だ。
ステファノはアカデミーに足を踏み入れてさえいなかった。
(早すぎる。急すぎる。一体あいつは何をした?)
少女の命を救ったのは、自分が知っているあのステファノとは別人ではないか? ダニエルの頭からはその疑いが離れなかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第447話 鍵はサポリにあるはずだ。」
「あのダニエルという奴は使い物になるのか?」
とある教会の前に、ハンニバル師の姿があった。石段に腰を下ろし、休憩の体を取っている。
(目くらまし程度に考えて仕事を与えましたが、思いの外役に立っております。小物であることが相手の警戒を解くようで……)
さりげなく耳の下に当てた短杖が直接骨に相手の声を伝えて来る。
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……
◆お楽しみに。
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