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第4章 魔術学園奮闘編
第440話 ボクはそんな国で生きるのは嫌だ。
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「そういうわけでボクは児童教育の道に進むことにしたよ」
情革研の会合で、突然スールーが卒業後の進路を語り出した。休みの間、実家で考え抜いた結論である。
「スールーが教育? 随分と奇をてらった取り合わせだな」
旧知の仲であるトーマにはまったくつながりが見えない。商売の道を目指すものだとばかり思っていたのである。
「話せば長くなるが戦後の世の中と、この国の将来を見据えた上での判断だよ。商売とは物を売れば良いというわけではないだろう?」
「そうかもしれないが、難しいことを考えても仕方がねぇだろ? 俺の場合は物作りが生きがいだからな、商売そのものに興味があるわけじゃない。戦争の最中は軍需物資が売れまくるし、戦争に勝てば景気が良くなって何でも売れる。結局のところ、俺たちは売れるものを作るだけだ」
いい加減な言葉に聞こえるが、ほとんどの商売人たちはトーマのように考えて、その日その日を生きている。
近視眼だと言われればそれまでだが、それを責めるのは酷というものだった。
ふうと、大きなため息をついて、スールーはトーマに向き直った。
「人の考えにケチをつけたくはない。だが、皆が流されるままに商売をしていたら、この国は『あほうの国』になってしまうぞ? ボクはそんな国で生きるのは嫌だ」
「それでこどもを教育するってのか? 具体的にどうするつもりだ?」
トーマもスールーの意見を否定しているわけではない。商売人である自分たちに一体何ができるのかと、疑問を呈しているだけであった。
「つらつら考えてみたが、ボクに学校の運営は無理だ」
「うん? 教育をやるって言ったじゃないか?」
「学校はふさわしい人にやってもらう。ボクは『教科書』を作るよ」
所詮学校を1つ開いたところで焼け石に水だ。爆発する児童人口に対応できるはずがない。
ならばこどもに教える「中身」の方を整備すべきだ。
「適切な教科書さえ潤沢に出回っていれば、最低限の教育はできるはずだ。近所のこどもを集めて、年寄りが教師を務めても良い」
それがスールーの教育構想であった。
「教科書を作って、売るということか? 俺たちは売ることのプロだ。値段さえ合えば問題ないだろうな。作る方はどうなんだ?」
トーマの疑問は製作というサイドにある。児童人口が爆発すると言うなら、それに応じるだけの大量生産が必要となるはずだ。
「実家では製本なんてやったことがないが、大量生産ができるもんかね?」
「簡単にできるくらいなら苦労はないさ。頑張っても木版の手刷りだよ? 数百冊という規模が限界だろう」
「ふうん。じゃあ、今手掛けてる印刷機が絶対に必要だな。そうすれば何千冊でも刷れるだろう」
「製版器の方も数を揃えてもらわないと。こっちはステファノが頼りだね」
スールーたちには「術式複写」の魔法具が存在することを告げていない。普通のやり方では製版器を大量に作り出すのは大変なことに思えた。
「あれは1台でも数十万から数百万粒の鉄粉を使いますからね。すべての粒に術式を籠めなければいけないので、他の魔法具よりは手間がかかります」
「そうか。鉄粉1つに術式を籠めておいて、それを器具に埋め込むというわけにはいかないんだな」
「そうなんです。術式付与の魔法具を複数作れば、人手を借りて、ある程度大量生産できると思いますが」
製版器の術式を付与する専用の魔法具、現代で言えば「ROMライター」のようなものを一定数用意すれば、ステファノの手を離れた大量生産が可能になるはずであった。
「それはいい。それなら製版から印刷までサントスの実家でやってもらうことができるね」
「スールーさんの商会ではダメなんですか?」
「ウチは売る方専門だからね。流通には強いが、物を作るのは得意じゃない。分業した方が良さそうだよ。その代わり、教科書の著者を探して原稿を書かせたり、本を宣伝したりするのは任せてくれ」
トーマのキムラーヤ商会は印刷機メーカー、サントスの実家椿屋は印刷業、スールーの実家モントルー商会は出版社として立ち居振舞うということである。
「良いんじゃねぇか? それぞれの得意分野で頑張れば。キムラーヤは他所の店にも印刷機を売れば良いし、サントスさんの店は教科書以外も印刷したら良い。そうすりゃ事業が広がるだろうぜ」
トーマは勘の良さを示して、垂直分業のメリットを説いて見せた。
サントスとて、その意味するところは十分にイメージできるだけの事業知識を有していた。
「了解。3月の研究報告会までに事業の形を作ろう」
「そうだね。そうすれば商売のタネを人に盗まれずに済むだろう」
「わかった。キムラーヤの役割が重要だな。とにかく実用に耐える印刷機を作らなくちゃ」
3人は頭を寄せ集め、行動計画をすり合わせた。2学期はこのテーマに集中し、印刷・出版プロジェクト一本で研究報告会にぶつかって行こうと腹を決めたのだった。
「俺の役割は製版器術式付与の魔法具作成ですね。幸い授業での拘束時間は少ないので、素体を用意してもらえたらすぐに取り掛かります」
ステファノも全面的な協力を約束した。
「よし。魔法具はさしあたり100台もあれば足りるだろう。取り扱いやすい短杖を100本用意させるぜ」
情革研の「卒業テーマ」は、こうしてトントン拍子に形になって行った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第441話 あれはわたしの妹だ。」
「魔術学科長室に出頭せよ」
その連絡を受けて、ステファノはマリアンヌ学科長を部屋に訪ねた。
「入れ」
部屋の中から促されてドアを開けると、マリアンヌの他にもう1人、中年の見知らぬ男が座っていた。
黒ずくめの上下に、金髪碧眼。がっちりとした体格だが、背は中背よりも低めかと思われた。
ステファノは、男の瞳に見覚えのある気がした。
「ステファノ、そこに座りなさい」
マリアンヌに示されたのは男の正面にあるソファであった。
……
◆お楽しみに。
情革研の会合で、突然スールーが卒業後の進路を語り出した。休みの間、実家で考え抜いた結論である。
「スールーが教育? 随分と奇をてらった取り合わせだな」
旧知の仲であるトーマにはまったくつながりが見えない。商売の道を目指すものだとばかり思っていたのである。
「話せば長くなるが戦後の世の中と、この国の将来を見据えた上での判断だよ。商売とは物を売れば良いというわけではないだろう?」
「そうかもしれないが、難しいことを考えても仕方がねぇだろ? 俺の場合は物作りが生きがいだからな、商売そのものに興味があるわけじゃない。戦争の最中は軍需物資が売れまくるし、戦争に勝てば景気が良くなって何でも売れる。結局のところ、俺たちは売れるものを作るだけだ」
いい加減な言葉に聞こえるが、ほとんどの商売人たちはトーマのように考えて、その日その日を生きている。
近視眼だと言われればそれまでだが、それを責めるのは酷というものだった。
ふうと、大きなため息をついて、スールーはトーマに向き直った。
「人の考えにケチをつけたくはない。だが、皆が流されるままに商売をしていたら、この国は『あほうの国』になってしまうぞ? ボクはそんな国で生きるのは嫌だ」
「それでこどもを教育するってのか? 具体的にどうするつもりだ?」
トーマもスールーの意見を否定しているわけではない。商売人である自分たちに一体何ができるのかと、疑問を呈しているだけであった。
「つらつら考えてみたが、ボクに学校の運営は無理だ」
「うん? 教育をやるって言ったじゃないか?」
「学校はふさわしい人にやってもらう。ボクは『教科書』を作るよ」
所詮学校を1つ開いたところで焼け石に水だ。爆発する児童人口に対応できるはずがない。
ならばこどもに教える「中身」の方を整備すべきだ。
「適切な教科書さえ潤沢に出回っていれば、最低限の教育はできるはずだ。近所のこどもを集めて、年寄りが教師を務めても良い」
それがスールーの教育構想であった。
「教科書を作って、売るということか? 俺たちは売ることのプロだ。値段さえ合えば問題ないだろうな。作る方はどうなんだ?」
トーマの疑問は製作というサイドにある。児童人口が爆発すると言うなら、それに応じるだけの大量生産が必要となるはずだ。
「実家では製本なんてやったことがないが、大量生産ができるもんかね?」
「簡単にできるくらいなら苦労はないさ。頑張っても木版の手刷りだよ? 数百冊という規模が限界だろう」
「ふうん。じゃあ、今手掛けてる印刷機が絶対に必要だな。そうすれば何千冊でも刷れるだろう」
「製版器の方も数を揃えてもらわないと。こっちはステファノが頼りだね」
スールーたちには「術式複写」の魔法具が存在することを告げていない。普通のやり方では製版器を大量に作り出すのは大変なことに思えた。
「あれは1台でも数十万から数百万粒の鉄粉を使いますからね。すべての粒に術式を籠めなければいけないので、他の魔法具よりは手間がかかります」
「そうか。鉄粉1つに術式を籠めておいて、それを器具に埋め込むというわけにはいかないんだな」
「そうなんです。術式付与の魔法具を複数作れば、人手を借りて、ある程度大量生産できると思いますが」
製版器の術式を付与する専用の魔法具、現代で言えば「ROMライター」のようなものを一定数用意すれば、ステファノの手を離れた大量生産が可能になるはずであった。
「それはいい。それなら製版から印刷までサントスの実家でやってもらうことができるね」
「スールーさんの商会ではダメなんですか?」
「ウチは売る方専門だからね。流通には強いが、物を作るのは得意じゃない。分業した方が良さそうだよ。その代わり、教科書の著者を探して原稿を書かせたり、本を宣伝したりするのは任せてくれ」
トーマのキムラーヤ商会は印刷機メーカー、サントスの実家椿屋は印刷業、スールーの実家モントルー商会は出版社として立ち居振舞うということである。
「良いんじゃねぇか? それぞれの得意分野で頑張れば。キムラーヤは他所の店にも印刷機を売れば良いし、サントスさんの店は教科書以外も印刷したら良い。そうすりゃ事業が広がるだろうぜ」
トーマは勘の良さを示して、垂直分業のメリットを説いて見せた。
サントスとて、その意味するところは十分にイメージできるだけの事業知識を有していた。
「了解。3月の研究報告会までに事業の形を作ろう」
「そうだね。そうすれば商売のタネを人に盗まれずに済むだろう」
「わかった。キムラーヤの役割が重要だな。とにかく実用に耐える印刷機を作らなくちゃ」
3人は頭を寄せ集め、行動計画をすり合わせた。2学期はこのテーマに集中し、印刷・出版プロジェクト一本で研究報告会にぶつかって行こうと腹を決めたのだった。
「俺の役割は製版器術式付与の魔法具作成ですね。幸い授業での拘束時間は少ないので、素体を用意してもらえたらすぐに取り掛かります」
ステファノも全面的な協力を約束した。
「よし。魔法具はさしあたり100台もあれば足りるだろう。取り扱いやすい短杖を100本用意させるぜ」
情革研の「卒業テーマ」は、こうしてトントン拍子に形になって行った。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第441話 あれはわたしの妹だ。」
「魔術学科長室に出頭せよ」
その連絡を受けて、ステファノはマリアンヌ学科長を部屋に訪ねた。
「入れ」
部屋の中から促されてドアを開けると、マリアンヌの他にもう1人、中年の見知らぬ男が座っていた。
黒ずくめの上下に、金髪碧眼。がっちりとした体格だが、背は中背よりも低めかと思われた。
ステファノは、男の瞳に見覚えのある気がした。
「ステファノ、そこに座りなさい」
マリアンヌに示されたのは男の正面にあるソファであった。
……
◆お楽しみに。
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