437 / 624
第4章 魔術学園奮闘編
第437話 ノリス、君は失格です。
しおりを挟む
教室から出てはいけないという禁止事項は無かった。自分の順番までに戻ればチャレンジに参加できる。
(登場の仕方でわたしを驚かすつもりか? しかし、名前を呼ばれてからでなければ意味がないのだが……)
アングリットはステファノの行動を視野の隅に納めていたが、逆に行動の選択肢が狭まり、不利になるのではないかと思っていた。
それよりも他の生徒の動向を視野に入れて置こうと、チャレンジ開始までの5分間、特定の人間にはあえて焦点を合わせずぼんやりと全体を眺めていた。
「さて、それではチャレンジを開始します。ノリス!」
「あの、僕はパスします!」
「そうですか。では、次……」
「ダァアアアアアッ!」
アングリットが次の生徒を指名しようとした瞬間、ノリスは会場を揺るがす大声を発した。彼は「大声」のギフトを持っていた。
「ノリス、君は失格です」
「えっ? でも、まだ次の生徒の指名前でしたよ?」
「君は自分で『パスする』と宣言した。その段階でチャレンジ権利を失っています。持ち時間を使い切ったのと同じことですね。その後の行動は審査の対象外です」
「そんな……」
「明確に述べたルールを理解できないのは、能力不足と言われても仕方ありません。ああ、君の行為は講義の妨害に当たりますので、受業態度不良として相応の減点となります。では、次。ミリア!」
肩を落としたノリスを見て生徒たちは一斉に動揺した。彼と同じような不意打ちを考えていた者が複数いたのだ。
ルール逸脱に対して罰則が存在することに委縮した者も多かった。
結局、クラスの4分の3が棄権した。
勇気を失わずチャレンジに参加した生徒は、変顔を見せたり、大きな音を立てたり、閃光を発するなどの工夫を示した。アングリットにとってはことごとく予想の範囲内であり、彼女を驚かせるには至らなかった。
天井に向かって火球を放った者は、術をかき消された上、一発退場処分となった。
「やれやれ、器物破壊は禁止だと言っておいたのに。次は、ステファノ! 入って来なさい!」
廊下に出たきり戻っていないステファノに、アングリットは声をかけた。
「持ち時間のカウントは始まっています。1分経ったら次の生徒に進みますよ」
ステファノにというよりはクラスに向かって、アングリットは宣言した。
その間も、いつ乱入されても驚かないよう、心の備えは忘れなかった。
30秒が過ぎ、40秒が過ぎた。
依然としてステファノは姿を見せない。
(このまま現れないつもりだろうか? それとも、諦めて逃げたのか?)
残り10秒となり、アングリットは秒読みを始めようと口を開いた。
「じゅ……」
「ピー」
「えっ?」
片手に持った懐中時計の上に、小さな白いネズミの様な生き物が乗っていた。
「何だ、お前は? どこから来た? うん? 確かステファノの――」
「そうです。俺の使役獣です」
「うわわっ!」
てっきり廊下にいると思っていたステファノが、アングリットの隣に立っていた。
「戻れ、雷丸。ハウス!」
「ピー!」
「いや、頭じゃなくてハウスの方だって……」
「ピー……」
「お、お前。いつの間に?」
「えぇと、ずっとここにいました」
陽炎の術であった。
アングリットには教室を出る自分の姿を見せ、クラス全員からは自分の姿を隠した。
ところが、実際は教壇に歩み寄り、アングリットの隣に立ったのだ。
「そんな……」
「ルールに従って、時間内に先生を驚かしたと思いますが?」
「ぐっ……」
確かに数秒を残したところで、アングリットはステファノの気配に驚かされた。
「いない者」をいると見せて、ステファノはアングリットに自身は教室を出たと錯覚させた。
逆に、「いる者」をいないと見せて、隣に立つ自分をアングリットとクラス全員から隠して見せた。
アングリットが言った心理誘導を実演したステファノであった。
「……合格だ。魔術心理学初級から上級までの3単位修了を認める」
絞り出すようにアングリットは結果をアナウンスした。
「あれ? 上級まで合格ですか?」
ステファノは意外に思い、問い返した。確かに心理の裏を突いたが、それほどの工夫ではない。初級か中級止まりだろうと考えていた。
「幻術が並外れていた。同時に2つの幻を見せるなど、学生レベルでは聞いたことがない。幻術マスターと呼ばれるクラスに相当する」
「ははあ。アバターに任せたお陰ですね」
ステファノのアバターである虹の王は分身である。部屋を出る幻影と、本体を隠す幻影を2体の分身が操った。
ステファノ本人は「指揮者」として「そうあれかし」と願うだけで良い。
「たとえ視覚を奪われても気配を見失うことはないと自負していたのだが」
アングリットはイドを察知する能力を有していた。ステファノが透明になったとしても、居場所はわかる。
「隠形五遁の術ですからね。気配も偽装しました」
ステファノは魔核混入と逆・魔核混入を駆使して、自分の気配を巧みに偽装した。
そこまでやってのけてこその「飯屋流陽炎の術」であった。
「そこまで読まれていたか?」
「チャレンジのルールを聞いて、先生は気配察知ができると予測しました。なので、それを逆手に取れば意表を突けるかなと」
「ふふふ、見事だ。わたしの完敗だったな」
アングリットのクラスでチャレンジ成功者はステファノ1人であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第438話 共に鍛え、共に学べばよい。」
金曜日までの講座すべてを振り返ってみると、8つの講座で3単位ずつ、計24単位をステファノは修得したことになる。
1学期の講座と研究報告会のポイントを合わせると、全体で65単位に到達した。
(これってもう卒業必要単位を満たしているね)
ステファノが申請さえすれば、現時点でアカデミーを卒業することができる。
(でも……。そこまで急ぐ必要はないな。錬金術と魔術医療はきちんと勉強したいし、魔獣学と魔術工芸の授業も受けたい)
……
◆お楽しみに。
(登場の仕方でわたしを驚かすつもりか? しかし、名前を呼ばれてからでなければ意味がないのだが……)
アングリットはステファノの行動を視野の隅に納めていたが、逆に行動の選択肢が狭まり、不利になるのではないかと思っていた。
それよりも他の生徒の動向を視野に入れて置こうと、チャレンジ開始までの5分間、特定の人間にはあえて焦点を合わせずぼんやりと全体を眺めていた。
「さて、それではチャレンジを開始します。ノリス!」
「あの、僕はパスします!」
「そうですか。では、次……」
「ダァアアアアアッ!」
アングリットが次の生徒を指名しようとした瞬間、ノリスは会場を揺るがす大声を発した。彼は「大声」のギフトを持っていた。
「ノリス、君は失格です」
「えっ? でも、まだ次の生徒の指名前でしたよ?」
「君は自分で『パスする』と宣言した。その段階でチャレンジ権利を失っています。持ち時間を使い切ったのと同じことですね。その後の行動は審査の対象外です」
「そんな……」
「明確に述べたルールを理解できないのは、能力不足と言われても仕方ありません。ああ、君の行為は講義の妨害に当たりますので、受業態度不良として相応の減点となります。では、次。ミリア!」
肩を落としたノリスを見て生徒たちは一斉に動揺した。彼と同じような不意打ちを考えていた者が複数いたのだ。
ルール逸脱に対して罰則が存在することに委縮した者も多かった。
結局、クラスの4分の3が棄権した。
勇気を失わずチャレンジに参加した生徒は、変顔を見せたり、大きな音を立てたり、閃光を発するなどの工夫を示した。アングリットにとってはことごとく予想の範囲内であり、彼女を驚かせるには至らなかった。
天井に向かって火球を放った者は、術をかき消された上、一発退場処分となった。
「やれやれ、器物破壊は禁止だと言っておいたのに。次は、ステファノ! 入って来なさい!」
廊下に出たきり戻っていないステファノに、アングリットは声をかけた。
「持ち時間のカウントは始まっています。1分経ったら次の生徒に進みますよ」
ステファノにというよりはクラスに向かって、アングリットは宣言した。
その間も、いつ乱入されても驚かないよう、心の備えは忘れなかった。
30秒が過ぎ、40秒が過ぎた。
依然としてステファノは姿を見せない。
(このまま現れないつもりだろうか? それとも、諦めて逃げたのか?)
残り10秒となり、アングリットは秒読みを始めようと口を開いた。
「じゅ……」
「ピー」
「えっ?」
片手に持った懐中時計の上に、小さな白いネズミの様な生き物が乗っていた。
「何だ、お前は? どこから来た? うん? 確かステファノの――」
「そうです。俺の使役獣です」
「うわわっ!」
てっきり廊下にいると思っていたステファノが、アングリットの隣に立っていた。
「戻れ、雷丸。ハウス!」
「ピー!」
「いや、頭じゃなくてハウスの方だって……」
「ピー……」
「お、お前。いつの間に?」
「えぇと、ずっとここにいました」
陽炎の術であった。
アングリットには教室を出る自分の姿を見せ、クラス全員からは自分の姿を隠した。
ところが、実際は教壇に歩み寄り、アングリットの隣に立ったのだ。
「そんな……」
「ルールに従って、時間内に先生を驚かしたと思いますが?」
「ぐっ……」
確かに数秒を残したところで、アングリットはステファノの気配に驚かされた。
「いない者」をいると見せて、ステファノはアングリットに自身は教室を出たと錯覚させた。
逆に、「いる者」をいないと見せて、隣に立つ自分をアングリットとクラス全員から隠して見せた。
アングリットが言った心理誘導を実演したステファノであった。
「……合格だ。魔術心理学初級から上級までの3単位修了を認める」
絞り出すようにアングリットは結果をアナウンスした。
「あれ? 上級まで合格ですか?」
ステファノは意外に思い、問い返した。確かに心理の裏を突いたが、それほどの工夫ではない。初級か中級止まりだろうと考えていた。
「幻術が並外れていた。同時に2つの幻を見せるなど、学生レベルでは聞いたことがない。幻術マスターと呼ばれるクラスに相当する」
「ははあ。アバターに任せたお陰ですね」
ステファノのアバターである虹の王は分身である。部屋を出る幻影と、本体を隠す幻影を2体の分身が操った。
ステファノ本人は「指揮者」として「そうあれかし」と願うだけで良い。
「たとえ視覚を奪われても気配を見失うことはないと自負していたのだが」
アングリットはイドを察知する能力を有していた。ステファノが透明になったとしても、居場所はわかる。
「隠形五遁の術ですからね。気配も偽装しました」
ステファノは魔核混入と逆・魔核混入を駆使して、自分の気配を巧みに偽装した。
そこまでやってのけてこその「飯屋流陽炎の術」であった。
「そこまで読まれていたか?」
「チャレンジのルールを聞いて、先生は気配察知ができると予測しました。なので、それを逆手に取れば意表を突けるかなと」
「ふふふ、見事だ。わたしの完敗だったな」
アングリットのクラスでチャレンジ成功者はステファノ1人であった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第438話 共に鍛え、共に学べばよい。」
金曜日までの講座すべてを振り返ってみると、8つの講座で3単位ずつ、計24単位をステファノは修得したことになる。
1学期の講座と研究報告会のポイントを合わせると、全体で65単位に到達した。
(これってもう卒業必要単位を満たしているね)
ステファノが申請さえすれば、現時点でアカデミーを卒業することができる。
(でも……。そこまで急ぐ必要はないな。錬金術と魔術医療はきちんと勉強したいし、魔獣学と魔術工芸の授業も受けたい)
……
◆お楽しみに。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
復讐完遂者は吸収スキルを駆使して成り上がる 〜さあ、自分を裏切った初恋の相手へ復讐を始めよう〜
サイダーボウイ
ファンタジー
「気安く私の名前を呼ばないで! そうやってこれまでも私に付きまとって……ずっと鬱陶しかったのよ!」
孤児院出身のナードは、初恋の相手セシリアからそう吐き捨てられ、パーティーを追放されてしまう。
淡い恋心を粉々に打ち砕かれたナードは失意のどん底に。
だが、ナードには、病弱な妹ノエルの生活費を稼ぐために、冒険者を続けなければならないという理由があった。
1人決死の覚悟でダンジョンに挑むナード。
スライム相手に死にかけるも、その最中、ユニークスキル【アブソープション】が覚醒する。
それは、敵のLPを吸収できるという世界の掟すらも変えてしまうスキルだった。
それからナードは毎日ダンジョンへ入り、敵のLPを吸収し続けた。
増やしたLPを消費して、魔法やスキルを習得しつつ、ナードはどんどん強くなっていく。
一方その頃、セシリアのパーティーでは仲間割れが起こっていた。
冒険者ギルドでの評判も地に落ち、セシリアは徐々に追いつめられていくことに……。
これは、やがて勇者と呼ばれる青年が、チートスキルを駆使して最強へと成り上がり、自分を裏切った初恋の相手に復讐を果たすまでの物語である。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる