435 / 671
第4章 魔術学園奮闘編
第435話 ふうん、そうか……ってならんだろう!
しおりを挟む
試射場の壁を蹴り、天井を蹴り、床を蹴って、雷丸はその名の通り稲妻のように跳び回った。
肉眼では尾を引く赤い閃光にしか見えない。
「ピーーーッ!」
ひときわ高い声を発しながら、雷丸は標的の1つに向かって宙を飛んだ。赤い閃光が標的の胸を撃つ。
「あれ?」
「何だと!」
標的の胸にはブスブスと煙を上げる小さな穴が開いていた。標的を貫通した雷丸は反対側の壁を蹴り、天井や床で跳ねながら宙を飛んで戻って来る。
「おっと! ハウス!」
ビシっという擬音が見えるほどの唐突さで雷丸が静止し、ちょろちょろと床を走ってステファノの頭頂部まで戻って来た。
「いや、待て。いろいろ言いたいことがあるが、何だその『ハウス』という掛け声は?」
「昔、犬を連れた大道芸人が店に来たことがありまして。その人が犬をかごに入れる時に、そう命令していたんです」
「ふうん、そうか……ってならんだろう! どうして雷丸に意味が伝わる?」
「何か、主人と使役獣とのキズナみたいなこと? 通じたみたいです」
随分といい加減な話だなとドリーは憤慨したが、魔術の世界はイメージ次第。意志の強さが事象を左右することは、魔術師にとって当たり前のことであった。
「大体、お前の頭がなぜハウスなんだ? ……いや、いい。アホくさくなった。それより今の威力が問題だ」
最後はドリーの声が真剣味を帯びた。
標的を引き寄せてみれば、やはり親指の太さで貫通した穴が開いていた。背中の射出孔も真っ黒に炭化している。
「これは……。範囲が集中しているが、威力で言ったらお前の遠当てに匹敵するんじゃないか?」
「そうですね。少なくとも授業で見せた術とは肩を並べそうです」
破壊困難な標的を引きちぎる術に匹敵する威力があると、2人は改めて命中痕を見つめた。
「秘伝のマッサージが効いたようです」
「ふざけるな、馬鹿者!」
雷丸の体当たりは、ドリーの秘術光龍の息吹にも負けない威力であった。
「こんなちっぽけなネズミがあんな魔術を使えるはずないだろう! いや、そんなに物騒な魔獣をお手軽に生徒に譲るわけがないだろうが!」
「ですよね。つないでおかなくても危なくないって言われましたし」
「放し飼いどころか自在に跳び回ってたろう! どこが主人に依存しているだ!」
雷丸の見た目とその威力のアンバランスが、激しくドリーの常識を揺さぶった。
その時ドリーは、自分が怒鳴りつけている相手がステファノであることを思い出し、急速に萎えた。
「はぁあ……。お前に常識を期待したわたしが馬鹿だった」
「えぇ~?」
「まあ座ろう」
2人は椅子に腰かけて、息を整えた。
「お前がこいつに何をしたのかは聞かん。うすうす察しはつくがな」
「はあ、すいません」
「ふん。いちいち謝るな。話が進まん」
ドリーはステファノの頭頂部にちょこんと座った雷丸に、ちらりと目をやった。
「あれはただの雷魔術ではなかった」
「そうですね」
「お前の魔力でもない。その動きはなかったからな」
「その通りです」
「ということはだ」
ドリーは言いにくいことを口にするように、どっかと踏みしめた膝の上に両手をついて顔を突き出した。
「たった今こいつは複合魔術を使ったことになる」
「そうだと思います」
はあーとため息をつき、ドリーは肩を落とした。
「魔術界のエリートたちがどれだけ苦労して複合魔術を身につけていると思う? ……いや、言わなくていい。答えを聞きたくない」
やってみたらできましたの少年にする質問ではなかった。
「よし! こいつは『特殊個体』だ!」
「はい?」
「お前が何かしたとなると、話がややこしくなる。たまたまこいつがレアでアレな特殊個体だった。そういうことにしよう! いや、そうだった!」
「は、はい」
ドリーは両手で顔を覆いながら、「こいつは特殊個体」「こいつは特殊個体」と口の中で繰り返した。
最後の方は「特殊個体はステファノ」と聞こえた気がしたが、定かではない。
「えー、そういうことで切り替えよう。こいつが使った複合魔術だが、雷属性は当然として、あの勢いだ。土属性で加速しているな」
「あの、土属性はジャンプの瞬間だけですね」
「何?」
「引力で自分の体を加速させ続けるのはとても困難です。うちの師匠くらいでないとできません」
新能力「式神使い」を開花させたヨシズミをしてようやく飛行術を安定制御できるようになったくらいである。
「では、どうやって加速したと言うんだ?」
「それには雷気を使っていました」
筒状の空間に雷気を帯びさせ、自らは電磁砲弾となってその中を飛翔する。ヨシズミならば電磁加速砲と呼んだであろう。
「聞いたこともない術だ」
「着弾の瞬間には身の回りの空気を灼熱化していましたね」
「雷と火だと?」
プラズマ放電。ヨシズミならその現象をこう呼んだはずである。
「何てことだ。そんな勢いでぶつかって、そいつはどうして無事なんだ」
「体の周りにイドの鎧をまとっていましたね。めちゃめちゃ器用に……」
「器用にどうした?」
「あの……俺の真似をしたようです」
「ああ……そうか。なら仕方ないな」
ドリーはその瞬間、憑き物が落ちたような顔になった。
「飼い主の責任だ。そいつにきちんとしつけることだな。命令があるまで術を使うなと」
内心でドリーは「お前をしつけるのはどこの誰の責任だ?」と、叫びたかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第436話 お前が凶暴な性格じゃなくて良かったよ。」
ドリーはそれ以上雷丸の「性能」について突っ込むことはなかった。
部屋に戻ってから落ちついて観察してみると、ステファノはいくつかのことに気がついた。
1.雷丸の魔視脳が開放されていること。
2.雷丸が自分自身で魔核を練れること。
3.その魔核は虹の王の分身であること。
4.ステファノ同様、全属性の魔力を使いこなせること。
5.ステファノの魔核には最早依存していないこと。
6.それでもステファノの命令には従うこと。
……
◆お楽しみに。
肉眼では尾を引く赤い閃光にしか見えない。
「ピーーーッ!」
ひときわ高い声を発しながら、雷丸は標的の1つに向かって宙を飛んだ。赤い閃光が標的の胸を撃つ。
「あれ?」
「何だと!」
標的の胸にはブスブスと煙を上げる小さな穴が開いていた。標的を貫通した雷丸は反対側の壁を蹴り、天井や床で跳ねながら宙を飛んで戻って来る。
「おっと! ハウス!」
ビシっという擬音が見えるほどの唐突さで雷丸が静止し、ちょろちょろと床を走ってステファノの頭頂部まで戻って来た。
「いや、待て。いろいろ言いたいことがあるが、何だその『ハウス』という掛け声は?」
「昔、犬を連れた大道芸人が店に来たことがありまして。その人が犬をかごに入れる時に、そう命令していたんです」
「ふうん、そうか……ってならんだろう! どうして雷丸に意味が伝わる?」
「何か、主人と使役獣とのキズナみたいなこと? 通じたみたいです」
随分といい加減な話だなとドリーは憤慨したが、魔術の世界はイメージ次第。意志の強さが事象を左右することは、魔術師にとって当たり前のことであった。
「大体、お前の頭がなぜハウスなんだ? ……いや、いい。アホくさくなった。それより今の威力が問題だ」
最後はドリーの声が真剣味を帯びた。
標的を引き寄せてみれば、やはり親指の太さで貫通した穴が開いていた。背中の射出孔も真っ黒に炭化している。
「これは……。範囲が集中しているが、威力で言ったらお前の遠当てに匹敵するんじゃないか?」
「そうですね。少なくとも授業で見せた術とは肩を並べそうです」
破壊困難な標的を引きちぎる術に匹敵する威力があると、2人は改めて命中痕を見つめた。
「秘伝のマッサージが効いたようです」
「ふざけるな、馬鹿者!」
雷丸の体当たりは、ドリーの秘術光龍の息吹にも負けない威力であった。
「こんなちっぽけなネズミがあんな魔術を使えるはずないだろう! いや、そんなに物騒な魔獣をお手軽に生徒に譲るわけがないだろうが!」
「ですよね。つないでおかなくても危なくないって言われましたし」
「放し飼いどころか自在に跳び回ってたろう! どこが主人に依存しているだ!」
雷丸の見た目とその威力のアンバランスが、激しくドリーの常識を揺さぶった。
その時ドリーは、自分が怒鳴りつけている相手がステファノであることを思い出し、急速に萎えた。
「はぁあ……。お前に常識を期待したわたしが馬鹿だった」
「えぇ~?」
「まあ座ろう」
2人は椅子に腰かけて、息を整えた。
「お前がこいつに何をしたのかは聞かん。うすうす察しはつくがな」
「はあ、すいません」
「ふん。いちいち謝るな。話が進まん」
ドリーはステファノの頭頂部にちょこんと座った雷丸に、ちらりと目をやった。
「あれはただの雷魔術ではなかった」
「そうですね」
「お前の魔力でもない。その動きはなかったからな」
「その通りです」
「ということはだ」
ドリーは言いにくいことを口にするように、どっかと踏みしめた膝の上に両手をついて顔を突き出した。
「たった今こいつは複合魔術を使ったことになる」
「そうだと思います」
はあーとため息をつき、ドリーは肩を落とした。
「魔術界のエリートたちがどれだけ苦労して複合魔術を身につけていると思う? ……いや、言わなくていい。答えを聞きたくない」
やってみたらできましたの少年にする質問ではなかった。
「よし! こいつは『特殊個体』だ!」
「はい?」
「お前が何かしたとなると、話がややこしくなる。たまたまこいつがレアでアレな特殊個体だった。そういうことにしよう! いや、そうだった!」
「は、はい」
ドリーは両手で顔を覆いながら、「こいつは特殊個体」「こいつは特殊個体」と口の中で繰り返した。
最後の方は「特殊個体はステファノ」と聞こえた気がしたが、定かではない。
「えー、そういうことで切り替えよう。こいつが使った複合魔術だが、雷属性は当然として、あの勢いだ。土属性で加速しているな」
「あの、土属性はジャンプの瞬間だけですね」
「何?」
「引力で自分の体を加速させ続けるのはとても困難です。うちの師匠くらいでないとできません」
新能力「式神使い」を開花させたヨシズミをしてようやく飛行術を安定制御できるようになったくらいである。
「では、どうやって加速したと言うんだ?」
「それには雷気を使っていました」
筒状の空間に雷気を帯びさせ、自らは電磁砲弾となってその中を飛翔する。ヨシズミならば電磁加速砲と呼んだであろう。
「聞いたこともない術だ」
「着弾の瞬間には身の回りの空気を灼熱化していましたね」
「雷と火だと?」
プラズマ放電。ヨシズミならその現象をこう呼んだはずである。
「何てことだ。そんな勢いでぶつかって、そいつはどうして無事なんだ」
「体の周りにイドの鎧をまとっていましたね。めちゃめちゃ器用に……」
「器用にどうした?」
「あの……俺の真似をしたようです」
「ああ……そうか。なら仕方ないな」
ドリーはその瞬間、憑き物が落ちたような顔になった。
「飼い主の責任だ。そいつにきちんとしつけることだな。命令があるまで術を使うなと」
内心でドリーは「お前をしつけるのはどこの誰の責任だ?」と、叫びたかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第436話 お前が凶暴な性格じゃなくて良かったよ。」
ドリーはそれ以上雷丸の「性能」について突っ込むことはなかった。
部屋に戻ってから落ちついて観察してみると、ステファノはいくつかのことに気がついた。
1.雷丸の魔視脳が開放されていること。
2.雷丸が自分自身で魔核を練れること。
3.その魔核は虹の王の分身であること。
4.ステファノ同様、全属性の魔力を使いこなせること。
5.ステファノの魔核には最早依存していないこと。
6.それでもステファノの命令には従うこと。
……
◆お楽しみに。
1
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります
真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」
婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。
そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。
脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。
王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

三歳で婚約破棄された貧乏伯爵家の三男坊そのショックで現世の記憶が蘇る
マメシバ
ファンタジー
貧乏伯爵家の三男坊のアラン令息
三歳で婚約破棄され
そのショックで前世の記憶が蘇る
前世でも貧乏だったのなんの問題なし
なによりも魔法の世界
ワクワクが止まらない三歳児の
波瀾万丈

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

裏切られ追放という名の処刑宣告を受けた俺が、人族を助けるために勇者になるはずないだろ
井藤 美樹
ファンタジー
初代勇者が建国したエルヴァン聖王国で双子の王子が生まれた。
一人には勇者の証が。
もう片方には証がなかった。
人々は勇者の誕生を心から喜ぶ。人と魔族との争いが漸く終結すると――。
しかし、勇者の証を持つ王子は魔力がなかった。それに比べ、持たない王子は莫大な魔力を有していた。
それが判明したのは五歳の誕生日。
証を奪って生まれてきた大罪人として、王子は右手を斬り落とされ魔獣が棲む森へと捨てられた。
これは、俺と仲間の復讐の物語だ――

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる