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第4章 魔術学園奮闘編
第425話 旦那様、学会と教会に『鴉』を潜り込ませますか?
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「アーティファクト……神器か!」
ドイルが叫んだ。
「ええ。神器は王家に取り上げられましたが、魔力非依存のアーティファクトであれば教会の人間でも武器にできると思いまして」
「聖教会にならば神器以外にアーティファクトが伝わっていたとしても不思議はないな」
王国成立直後から存在する聖教会である。神器に匹敵する魔道具があったとしてもおかしくない。
「魔術師学会の構成員には上級魔術師も含まれる。用心すべき相手の筆頭と考えられるが、聖教会も潜在的脅威から除外するわけにはいかんな」
ネルソンは考えながら呟いた。
「危険度の順序としては魔術師学会が一番で、大きく離れて聖教会という感じか……」
いくら聖教会が歴史ある団体だといっても、貴重なアーティファクトがごろごろ転がっているはずはない。徒党を組んでの襲撃などはできないはずであった。
「旦那様、学会と教会に『鴉』を潜り込ませますか?」
マルチェルはギルモア家の密偵を2つの団体に潜入させようかと伺いを立てた。
ネルソンは暫く目を伏せて黙考していたが、やがて顔を上げた。
「いや、止めておこう」
「旦那様」
「どちらも閉鎖的な集団だ。密偵を入れれば目立つのは避けられぬ」
かたや魔術師、かたや聖職者。生半可な偽装で溶け込むことは不可能と思われた。
「藪をつついて蛇を出すことになりかねない。内部潜入は控えて、外から様子を見張らせよう」
「イエス、サー。くれぐれも気取られることがないように、腕利きを当たらせます」
襲撃のような荒事を企てれば、外からでも目立つ兆候が表れるはずであった。それを見張るのは根気の要る話であるが、鴉とはそれを生業とする集団である。
「長期戦を覚悟して体勢を整えてくれ。頼んだぞ、マルチェル」
「イエス、サー。お任せを」
◆◆◆
外敵として最も恐れるべきは魔術師学会。ステファノはそう警告されていた。
そうである以上、魔法の披露に当たって実力を見せるには限度がある。いくら自重を捨てると言ってもだ。
上級魔術師に匹敵する実力を示せば、必然的に「魔術師学会への脅威」としてマークされることになる。
ステファノが狙うのは「中級魔術師としてのトップクラス」というレベルであった。在学中の、それも初年度の学生としては破格の高レベルであるが、魔術師学会にとっての脅威とは見なされない。
上級魔術師が容易にねじ伏せられる相手であるし、何なら中級魔術師を2人連れて来れば抑え込める。
具体的に言えば、マリアンヌやドリーのレベルであった。
試射場の標的を引きちぎる威力はステファノの意図したものよりも上振れしていたが、依然として中級魔術師の実力レベルには収まっている。
(いきなりにしてはやりすぎたけど、この程度なら許容範囲だろう)
ステファノは余裕を持って、講師の質問に対応していた。
「どうなんです? メシヤ流とは、一体どういう流派なんですか?」
これについてもネルソンから「こう答えよ」という指示を受けていた。
「メシヤとは聖スノーデン公を意味します。戦乱の世から民を救った救世主ということです」
「恐れ多いことだが、王家への敬愛と受け取っておきましょう。聖スノーデンをシンボルとして頂く意味は?」
「『原点復帰』です」
「どういうことですか?」
王国創始者のイメージの下、「原点復帰」つまり懐古主義、原理主義を信奉するというスタイルは理解できる。
だが、戻るべき「原点」とはこの場合何を指しているのか?
「我らメシヤ流が目指すのは、魔力行使の方法論における原点回帰です」
「それは現代魔術の方法論を疑うということですか?」
「『見直す』と言った方がより正確でしょう。我々は現代魔術の体系を否定するものではありません。むしろそこに秩序と応用性を補おうとしています」
「秩序と応用性ですか……」
「それが我々の掲げる『魔法』の体系です」
あからさまに言えば、魔法とは魔術とは全く異なるものである。だが、そう言ってしまうと角が立つ。
魔術師学会との全面対決を呼び込むことになる。
ネルソンは魔法とは魔術を補完する新機軸だということにした。
「魔法の要諦は不要な因果の改変をできる限り避けるところにあります。天然自然を原点とし、可能な限りそこに回帰する」
「それで『原点回帰』ですか」
これがネルソンが設定したカバーストーリーであった。既存の魔術師にとって当たり障りない内容に調整してあるが、魔法の本質から離れてしまったわけでもない。
新奇ではあっても反社会的ではない。その微妙なポジションを狙ったものであった。
「それにしても今まで一体どこに埋もれていたのでしょう?」
「メシヤ流は田舎流儀ですから。サポリ郊外の寒村に細々と伝わって来たそうです」
原始魔術の時代からその流れはあった。隠形五遁の法を行っていたセイナッド氏、その一派から分かれた落人がサポリにたどりついて住みついたのだとも言う。
「初めて聞きました」
講師はそう言った。それはそうだろう。そんな話は伝わっていないのだから。
「だが、そういう事実がなかったとも言えんだろう。要は誰も知らないだけのことだ」
ネルソンは不敵に笑って、そう言ったのだった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第426話 こいつがあればいつでも『味見』ができるからな。」
ステファノは「遠当ての術」の術理を論文にすることを条件に、「攻撃魔術」について初級、中級、上級の単位修得を認められることになった。あの威力を見せられては、他の生徒と同列に扱うことなどできなかった。
ちなみに、今回チャレンジに臨んだ生徒からはジロー・コリントのみが「攻撃魔術(初級)」の合格を認められた。トーマも惜しいところまで頑張ったが、術の発動に手間がかかりすぎる点が減点材料となった。
「相手は逃げも反撃もしないという設定だから、時間はかけ放題だと思ったんだがな」
授業の後、トーマはぼやいたが、言うほど悔しそうではなかった。チャレンジ成功にもう一歩まで迫れた。その事実だけでも大きな自信となったのだ。
……
◆お楽しみに。
ドイルが叫んだ。
「ええ。神器は王家に取り上げられましたが、魔力非依存のアーティファクトであれば教会の人間でも武器にできると思いまして」
「聖教会にならば神器以外にアーティファクトが伝わっていたとしても不思議はないな」
王国成立直後から存在する聖教会である。神器に匹敵する魔道具があったとしてもおかしくない。
「魔術師学会の構成員には上級魔術師も含まれる。用心すべき相手の筆頭と考えられるが、聖教会も潜在的脅威から除外するわけにはいかんな」
ネルソンは考えながら呟いた。
「危険度の順序としては魔術師学会が一番で、大きく離れて聖教会という感じか……」
いくら聖教会が歴史ある団体だといっても、貴重なアーティファクトがごろごろ転がっているはずはない。徒党を組んでの襲撃などはできないはずであった。
「旦那様、学会と教会に『鴉』を潜り込ませますか?」
マルチェルはギルモア家の密偵を2つの団体に潜入させようかと伺いを立てた。
ネルソンは暫く目を伏せて黙考していたが、やがて顔を上げた。
「いや、止めておこう」
「旦那様」
「どちらも閉鎖的な集団だ。密偵を入れれば目立つのは避けられぬ」
かたや魔術師、かたや聖職者。生半可な偽装で溶け込むことは不可能と思われた。
「藪をつついて蛇を出すことになりかねない。内部潜入は控えて、外から様子を見張らせよう」
「イエス、サー。くれぐれも気取られることがないように、腕利きを当たらせます」
襲撃のような荒事を企てれば、外からでも目立つ兆候が表れるはずであった。それを見張るのは根気の要る話であるが、鴉とはそれを生業とする集団である。
「長期戦を覚悟して体勢を整えてくれ。頼んだぞ、マルチェル」
「イエス、サー。お任せを」
◆◆◆
外敵として最も恐れるべきは魔術師学会。ステファノはそう警告されていた。
そうである以上、魔法の披露に当たって実力を見せるには限度がある。いくら自重を捨てると言ってもだ。
上級魔術師に匹敵する実力を示せば、必然的に「魔術師学会への脅威」としてマークされることになる。
ステファノが狙うのは「中級魔術師としてのトップクラス」というレベルであった。在学中の、それも初年度の学生としては破格の高レベルであるが、魔術師学会にとっての脅威とは見なされない。
上級魔術師が容易にねじ伏せられる相手であるし、何なら中級魔術師を2人連れて来れば抑え込める。
具体的に言えば、マリアンヌやドリーのレベルであった。
試射場の標的を引きちぎる威力はステファノの意図したものよりも上振れしていたが、依然として中級魔術師の実力レベルには収まっている。
(いきなりにしてはやりすぎたけど、この程度なら許容範囲だろう)
ステファノは余裕を持って、講師の質問に対応していた。
「どうなんです? メシヤ流とは、一体どういう流派なんですか?」
これについてもネルソンから「こう答えよ」という指示を受けていた。
「メシヤとは聖スノーデン公を意味します。戦乱の世から民を救った救世主ということです」
「恐れ多いことだが、王家への敬愛と受け取っておきましょう。聖スノーデンをシンボルとして頂く意味は?」
「『原点復帰』です」
「どういうことですか?」
王国創始者のイメージの下、「原点復帰」つまり懐古主義、原理主義を信奉するというスタイルは理解できる。
だが、戻るべき「原点」とはこの場合何を指しているのか?
「我らメシヤ流が目指すのは、魔力行使の方法論における原点回帰です」
「それは現代魔術の方法論を疑うということですか?」
「『見直す』と言った方がより正確でしょう。我々は現代魔術の体系を否定するものではありません。むしろそこに秩序と応用性を補おうとしています」
「秩序と応用性ですか……」
「それが我々の掲げる『魔法』の体系です」
あからさまに言えば、魔法とは魔術とは全く異なるものである。だが、そう言ってしまうと角が立つ。
魔術師学会との全面対決を呼び込むことになる。
ネルソンは魔法とは魔術を補完する新機軸だということにした。
「魔法の要諦は不要な因果の改変をできる限り避けるところにあります。天然自然を原点とし、可能な限りそこに回帰する」
「それで『原点回帰』ですか」
これがネルソンが設定したカバーストーリーであった。既存の魔術師にとって当たり障りない内容に調整してあるが、魔法の本質から離れてしまったわけでもない。
新奇ではあっても反社会的ではない。その微妙なポジションを狙ったものであった。
「それにしても今まで一体どこに埋もれていたのでしょう?」
「メシヤ流は田舎流儀ですから。サポリ郊外の寒村に細々と伝わって来たそうです」
原始魔術の時代からその流れはあった。隠形五遁の法を行っていたセイナッド氏、その一派から分かれた落人がサポリにたどりついて住みついたのだとも言う。
「初めて聞きました」
講師はそう言った。それはそうだろう。そんな話は伝わっていないのだから。
「だが、そういう事実がなかったとも言えんだろう。要は誰も知らないだけのことだ」
ネルソンは不敵に笑って、そう言ったのだった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第426話 こいつがあればいつでも『味見』ができるからな。」
ステファノは「遠当ての術」の術理を論文にすることを条件に、「攻撃魔術」について初級、中級、上級の単位修得を認められることになった。あの威力を見せられては、他の生徒と同列に扱うことなどできなかった。
ちなみに、今回チャレンジに臨んだ生徒からはジロー・コリントのみが「攻撃魔術(初級)」の合格を認められた。トーマも惜しいところまで頑張ったが、術の発動に手間がかかりすぎる点が減点材料となった。
「相手は逃げも反撃もしないという設定だから、時間はかけ放題だと思ったんだがな」
授業の後、トーマはぼやいたが、言うほど悔しそうではなかった。チャレンジ成功にもう一歩まで迫れた。その事実だけでも大きな自信となったのだ。
……
◆お楽しみに。
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