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第4章 魔術学園奮闘編
第412話 遠い昔のことでございます。
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「邪魔をする」
武骨な声をかけてマリアンヌが試射場に入って行く。魔術学科長として上司と来客を先導する立場であった。
「これは……マリアンヌ学科長。学長もご一緒ですか?」
不意の来訪にドリーが驚いた顔をした。
火魔術を放った直後らしく、試射場内にはきな臭い匂いが漂っていた。
「ドリーさん、突然ごめんなさいね。あらあら、ここに来るのも久しぶりだわ」
場内に足を進めながら、リリー学長は上品に辺りを見回した。
魔力を持たない彼女は、日頃試射場には縁がない。
「学園の責任者としてこういう場所も見て置きませんとね。もう少し足しげく通うようにしましょう」
「それは……ありがとうございます。お客様ですか? ああ、ステファノか」
マルチェルの後ろに続いていたステファノがようやく姿を現した。小柄な彼はマルチェルの後ろに立つとすっぽり隠れてしまう。
「ギルモア家の家人、マルチェルと申します。本日はアカデミーにて検分いただきたいアーティファクトを持参しました。ギルモア家に伝わる王朝初期の魔道具です」
初対面ではあったがマルチェルは余計な挨拶を省き、用件のみドリーに伝えた。
ドリーはステファノから聞かされていたマルチェルの名前に、ピクリと眉を動かして反応した。
「どうかしたか、ドリー?」
マリアンヌが、ドリーの表情を目敏く見とがめた。
「知り合いか?」
「いえ。お名前に聞き覚えが。失礼ながら『鉄壁』と呼ばれる方では?」
「ご存じでしたか。お恥ずかしい二つ名です」
マルチェルとドリーは改めて目礼を交わした。
「何? あなたが『鉄壁』? 鉄壁のマルチェル……そうか!」
「あら、マリアンヌ。知らなかったの? ギルモア家のマルチェルと聞いて『鉄壁』を思い出さないとは……。ああ、若いから仕方がないわね」
「鉄壁」の名が鳴り響いたのは20年以上も昔のこと。マリアンヌの世代が疎くても無理はない。
ましてや彼女は魔術師であって、武人ではなかった。
「遠い昔のことでございます」
マルチェルはリリーに頭を下げた。
「それにしてはドリーがよく知っていたこと」
「わたしは武人を志す身ですので。そこにいるステファノから自分の師であると聞いておりました」
「ああ、そうだったのね。それでステファノはいつも道着を着ていますのね」
無邪気なリリーの言葉に、今度はマルチェルが眉を動かす番だった。
とはいえ、「それは違う」と声を上げるのも大人げない。マルチェルは一瞬開きかけた口を閉じた。
「それで? 試したいアーティファクトとはどのような?」
「そのことだ。マルチェル殿、例のものを」
「はい。こちらです」
気を取り直して場の主導権を取り戻そうと、マリアンヌはドリーとマルチェルの間に割って入った。
マルチェルはステファノに持たせていた木箱から、短剣を鞘ごと取り出した。
「こちらが『玄武の守り』と当家で呼ぶ、護身のアーティファクトです」
「玄武、ですか? それにはどのような効果が籠められているのでしょう」
示された短剣に目を向けたまま、ドリーはマルチェルに尋ねた。
「刀剣、槍、弓矢などの物理攻撃、火気、水気などの災害、そしてあらゆる属性の魔術から持ち主を護るというものです。当家秘蔵のアーティファクトです」
「それは……大層な代物ですね」
ドリーはステファノに目を向けそうになる衝動を抑えながら、感心して見せた。
(それは、ステファノが編み出した護身魔法「蛇の巣」ではないか? 『玄武の守り』とはステファノが作った護身具か?)
「ここだけの話だ。ギルモア家ではこの秘宝をご結婚祝いとしてジュリアーノ殿下に献上するとおっしゃる。詳しい調査は私の監修の下で後日時間をかけて行うが、今日この機会に簡単なチェックだけでもしようというわけだ」
「そういうことですか。了解しました。それでは早速標的に装備させましょう」
「頼む」
ドリーは頷いて、標的の1つを手元に引き寄せた。その胴回りに紐を巻きつけ、短剣を挟み込む。
「これでよろしいか? 何か儀式のようなものは? 持たせるだけで良いと?」
ドリーは再び標的を動かし、10メートルの距離に移動させた。
「準備ができました。お試しください」
リリーに向き直り、頭を下げた。
「わあ、何だかドキドキしますね。最初は誰にお願いしましょう?」
「よろしければわたしが礫を撃ちましょう」
手を叩きそうな様子でリリーが振りむくと、懐に手を入れながらマルチェルが進み出た。
取り出したのは黒い布でできた巾着袋である。
「それが得物ですか?」
「はい。遠間の敵に使うものです」
じゃらりと巾着から取り出したのは径1センチほどの鉄丸であった。
「それではよろしいか? 5番、礫術。発射を許可する。任意のタイミングにて撃て!」
両手に鉄丸を握り込み、マルチェルは静かに腰を落とした。
潮合を測ることもなく、無言の気合と共に相次いで左右の手を振った。
(見えない!)
瞬きもせずその瞬間を睨んでいたマリアンヌであったが、鉄丸の軌道は1つとして見極められなかった。
ただ空気を切り裂く擦過音が「しるしる」と響いた。
次の瞬間にも見えない鉄丸は標的を打ちのめす。誰もがそう感じた時、標的が空間ごと歪んだ。
ぬらり。
巨大な山椒魚が身を揺らせたように標的が歪んで見えたその時、鉄丸がスピードを落としながら標的を逸れて飛んで行くのが見えた。
「ぬ! これは?」
「土魔術です。鉄丸の勢いを削ぎ、方向を変えていなされました」
ドリーはギフト蛇の目で一瞬の変化を見届けていた。
「鉄丸10球。まともに当たれば肉をうがち、骨を砕く勢いで放ちました」
残心を解いたマルチェルが一同に告げた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第413話 今度は私が魔術で攻撃してみよう。」
「あの一瞬で10個もの鉄球を……」
マリアンヌはマルチェルの手練に息をのんだ。
何をする気かと目を凝らしていたにもかかわらず、放たれた鉄球を1つとして視認することができなかった。
おそらく1対多の危機的状況を想定した技であろう。
ばらまくように軌道を広げれば、複数の敵を同時に攻撃することができる。
(後ろから出所を見ていても、鉄球は見えなかった。的になったら避けようがない)
これほどの投擲術はマリアンヌの記憶になかった。
……
◆お楽しみに。
武骨な声をかけてマリアンヌが試射場に入って行く。魔術学科長として上司と来客を先導する立場であった。
「これは……マリアンヌ学科長。学長もご一緒ですか?」
不意の来訪にドリーが驚いた顔をした。
火魔術を放った直後らしく、試射場内にはきな臭い匂いが漂っていた。
「ドリーさん、突然ごめんなさいね。あらあら、ここに来るのも久しぶりだわ」
場内に足を進めながら、リリー学長は上品に辺りを見回した。
魔力を持たない彼女は、日頃試射場には縁がない。
「学園の責任者としてこういう場所も見て置きませんとね。もう少し足しげく通うようにしましょう」
「それは……ありがとうございます。お客様ですか? ああ、ステファノか」
マルチェルの後ろに続いていたステファノがようやく姿を現した。小柄な彼はマルチェルの後ろに立つとすっぽり隠れてしまう。
「ギルモア家の家人、マルチェルと申します。本日はアカデミーにて検分いただきたいアーティファクトを持参しました。ギルモア家に伝わる王朝初期の魔道具です」
初対面ではあったがマルチェルは余計な挨拶を省き、用件のみドリーに伝えた。
ドリーはステファノから聞かされていたマルチェルの名前に、ピクリと眉を動かして反応した。
「どうかしたか、ドリー?」
マリアンヌが、ドリーの表情を目敏く見とがめた。
「知り合いか?」
「いえ。お名前に聞き覚えが。失礼ながら『鉄壁』と呼ばれる方では?」
「ご存じでしたか。お恥ずかしい二つ名です」
マルチェルとドリーは改めて目礼を交わした。
「何? あなたが『鉄壁』? 鉄壁のマルチェル……そうか!」
「あら、マリアンヌ。知らなかったの? ギルモア家のマルチェルと聞いて『鉄壁』を思い出さないとは……。ああ、若いから仕方がないわね」
「鉄壁」の名が鳴り響いたのは20年以上も昔のこと。マリアンヌの世代が疎くても無理はない。
ましてや彼女は魔術師であって、武人ではなかった。
「遠い昔のことでございます」
マルチェルはリリーに頭を下げた。
「それにしてはドリーがよく知っていたこと」
「わたしは武人を志す身ですので。そこにいるステファノから自分の師であると聞いておりました」
「ああ、そうだったのね。それでステファノはいつも道着を着ていますのね」
無邪気なリリーの言葉に、今度はマルチェルが眉を動かす番だった。
とはいえ、「それは違う」と声を上げるのも大人げない。マルチェルは一瞬開きかけた口を閉じた。
「それで? 試したいアーティファクトとはどのような?」
「そのことだ。マルチェル殿、例のものを」
「はい。こちらです」
気を取り直して場の主導権を取り戻そうと、マリアンヌはドリーとマルチェルの間に割って入った。
マルチェルはステファノに持たせていた木箱から、短剣を鞘ごと取り出した。
「こちらが『玄武の守り』と当家で呼ぶ、護身のアーティファクトです」
「玄武、ですか? それにはどのような効果が籠められているのでしょう」
示された短剣に目を向けたまま、ドリーはマルチェルに尋ねた。
「刀剣、槍、弓矢などの物理攻撃、火気、水気などの災害、そしてあらゆる属性の魔術から持ち主を護るというものです。当家秘蔵のアーティファクトです」
「それは……大層な代物ですね」
ドリーはステファノに目を向けそうになる衝動を抑えながら、感心して見せた。
(それは、ステファノが編み出した護身魔法「蛇の巣」ではないか? 『玄武の守り』とはステファノが作った護身具か?)
「ここだけの話だ。ギルモア家ではこの秘宝をご結婚祝いとしてジュリアーノ殿下に献上するとおっしゃる。詳しい調査は私の監修の下で後日時間をかけて行うが、今日この機会に簡単なチェックだけでもしようというわけだ」
「そういうことですか。了解しました。それでは早速標的に装備させましょう」
「頼む」
ドリーは頷いて、標的の1つを手元に引き寄せた。その胴回りに紐を巻きつけ、短剣を挟み込む。
「これでよろしいか? 何か儀式のようなものは? 持たせるだけで良いと?」
ドリーは再び標的を動かし、10メートルの距離に移動させた。
「準備ができました。お試しください」
リリーに向き直り、頭を下げた。
「わあ、何だかドキドキしますね。最初は誰にお願いしましょう?」
「よろしければわたしが礫を撃ちましょう」
手を叩きそうな様子でリリーが振りむくと、懐に手を入れながらマルチェルが進み出た。
取り出したのは黒い布でできた巾着袋である。
「それが得物ですか?」
「はい。遠間の敵に使うものです」
じゃらりと巾着から取り出したのは径1センチほどの鉄丸であった。
「それではよろしいか? 5番、礫術。発射を許可する。任意のタイミングにて撃て!」
両手に鉄丸を握り込み、マルチェルは静かに腰を落とした。
潮合を測ることもなく、無言の気合と共に相次いで左右の手を振った。
(見えない!)
瞬きもせずその瞬間を睨んでいたマリアンヌであったが、鉄丸の軌道は1つとして見極められなかった。
ただ空気を切り裂く擦過音が「しるしる」と響いた。
次の瞬間にも見えない鉄丸は標的を打ちのめす。誰もがそう感じた時、標的が空間ごと歪んだ。
ぬらり。
巨大な山椒魚が身を揺らせたように標的が歪んで見えたその時、鉄丸がスピードを落としながら標的を逸れて飛んで行くのが見えた。
「ぬ! これは?」
「土魔術です。鉄丸の勢いを削ぎ、方向を変えていなされました」
ドリーはギフト蛇の目で一瞬の変化を見届けていた。
「鉄丸10球。まともに当たれば肉をうがち、骨を砕く勢いで放ちました」
残心を解いたマルチェルが一同に告げた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第413話 今度は私が魔術で攻撃してみよう。」
「あの一瞬で10個もの鉄球を……」
マリアンヌはマルチェルの手練に息をのんだ。
何をする気かと目を凝らしていたにもかかわらず、放たれた鉄球を1つとして視認することができなかった。
おそらく1対多の危機的状況を想定した技であろう。
ばらまくように軌道を広げれば、複数の敵を同時に攻撃することができる。
(後ろから出所を見ていても、鉄球は見えなかった。的になったら避けようがない)
これほどの投擲術はマリアンヌの記憶になかった。
……
◆お楽しみに。
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