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第4章 魔術学園奮闘編
第411話 マリアンヌは疑心暗鬼に心を苛まれていた。
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「ふむ。それらは魔力がなくても使えるものですか?」
「いいえ。いずれも魔術師のみが使えるもので、常時魔力の供給が必要です」
「魔力が途切れると守りの効能も失われてしまうのですね?」
リリーは頬に手を添えて、首を傾け、思案顔になった。
「いや、それだけではありません。火除けの魔具と申し上げた通り、主を護れるのは1種類の属性魔術からのみ。火除けの魔具で水魔術を防ぐことはできません」
「複数の魔術を防げる魔道具はないのかしら?」
「私の知る限りでは。あればもちろん国宝に指定されるかと」
マリアンヌは疑心暗鬼に心を苛まれていた。
そのようなアーティファクトが存在するはずがないという信念。その一方で、ギルモア侯爵ともあろう人が偽物の魔道具を王子に献上しようとするはずがないという確信。
2つの揺るぎない思いが心の中で拮抗していた。
「当家は魔道具鑑定の専門家ではございません。しかしながら、アカデミー臨時講師を務めるドイル卿、アカデミー学生にして魔道具に造詣深い家人のステファノの監修の下、『下調べ』を致しました」
さらりとマルチェルが畳みかける。
難しい顔をしたマリアンヌと対照的に、リリーは話の流れを楽しんでいるようだった。
「あら? どのような調べをされたのかしら?」
少女のように瞳を輝かせて、目の前の3人を見渡した。
「武器を用いての攻撃、火責め、水責め、冷気責め、6属性すべてによる魔術攻撃を加えました」
ここぞとばかりドイルはまくしたてた。
「まあ。危ないことね。どうなりましたか?」
「『玄武の守り』はあらゆる攻撃を跳ね除け、あるいは無効化し、持ち主を守り抜きましたね」
「あら、とても良いことね。素晴らしいお守りではありませんか、マリアンヌ?」
「信じられません。余程の魔力の持ち主が持っていたとしてもそのようなことは――」
ドイルは笑いを抑えきれない。
「誰がそんなことを言ったかね? 短剣を持たせたのは人ではない。案山子だよ!」
「馬鹿なことを言うな! か、案山子などと……」
血管が切れそうにマリアンヌ魔術学科長は興奮していた。
「マリアンヌさん、慎みが足りませんよ。ベルトを使えば案山子だって短剣を装備できますでしょう?」
「学長のおっしゃる通りです。驚くほどのことではないかと」
ドイルの悪ノリが続いていた。これ以上刺激すると、マリアンヌは本当に卒倒するかもしれない。
「もちろん護身具としての効果には我々も驚きました。王朝初期のアーティファクトと伝わっておりましたが、まさかこれほどのものとはつゆ知りませんでした」
同情するような声色でマルチェルがつけ加えた。
「そうなのね。侯爵閣下はそれ程珍しい物を殿下に献上しようというお志ですか」
「い、いや。それにしても、この目で見ぬことには信じられぬ。それほどのアーティファクトが誰にも知られずに眠っていたとは」
マルチェルの取りなしで少しばかり気を取り直したマリアンヌであったが、落ち着いたところで今度は別の疑いが頭を持ち上げた。
「いや何。当家にとってはさほど重要なものではございませんので」
「こ、国宝級のアーティファクトだぞ?」
マルチェルとマリアンヌの温度差が著しい。マリアンヌの感情は不信と驚愕の間で揺れ動いていた。
「武器による危害も魔術による攻撃も、当家にとって恐れるに足りません。魔道具に守られねばならぬような御一族はいらっしゃいません」
にこりと笑ってマルチェルは言ってのけた。
「それはまた勇ましいこと。とはいえ、殿方ばかりではありません。女子供には守りが必要ではないかしら?」
リリーの疑問はもっともである。力なきものは守られねばならなかった。
「ははは。それは騎士の仕事でございます。御一族の盾を魔道具に譲るようではギルモアの獅子は務まりません」
「王家に音無しの剣あり。ギルモアに鉄壁の盾あり」
そう謳われた伝説の騎士が目の前にいた。
リリーは幼なじみのソフィアから「鉄壁」のことは耳にたこができるほど聞かされている。
「マルチェルはとてもやさしくて、そして強いの」と。
「当家に伝わったものの使い道がなく、宝物庫の片隅に眠っていたものでございます。ジュリアーノ殿下のご成婚に際して、侍女頭を務めていたソフィア様がふと思い出し、お祝いに献上してはいかがかとご発案されまして」
「あら、ソフィーが言い出したことなのね。ジュリー殿下びいきのあの子らしいわ」
お互い中年で「あの子」という年回りではないのだが、リリーには夢見る乙女のような風情があって、自然に聞こえた。
「詳しい調査は後日行うこととして、今から簡単な小手調べはいかがですか? 学長にも立会っていただいて」
そう言って、ドイルはマリアンヌに水を向けた。
ギルモア家の家人立ち会いの下でアーティファクトの試運転ができる。彼女が断るはずがなかった。
「学長、よろしいでしょうか?」
「あら、面白そうね。よろしくってよ。学園はお休みですからね。落ち着いて試し撃ちができるでしょう」
「それでは、第2試射場を使わせて頂いてよろしいですか?」
すかさずステファノが許可を求めた。そこなら休み中もドリーが籠って、独り訓練に明け暮れていることを知っていた。
「なるほど。あっちなら複合魔術も試せるか」
意識せず、マリアンヌの右手は腰に挟んだ愛用の短杖を撫でていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第412話 遠い昔のことでございます。」
「邪魔をする」
武骨な声をかけてマリアンヌが試射場に入って行く。魔術学科長として上司と来客を先導する立場であった。
「これは……マリアンヌ学科長。学長もご一緒ですか?」
不意の来訪にドリーが驚いた顔をした。
火魔術を放った直後らしく、試射場内にはきな臭い匂いが漂っていた。
「ドリーさん、突然ごめんなさいね。あらあら、ここに来るのも久しぶりだわ」
場内に足を進めながら、リリー学長は上品に辺りを見回した。
……
◆お楽しみに。
「いいえ。いずれも魔術師のみが使えるもので、常時魔力の供給が必要です」
「魔力が途切れると守りの効能も失われてしまうのですね?」
リリーは頬に手を添えて、首を傾け、思案顔になった。
「いや、それだけではありません。火除けの魔具と申し上げた通り、主を護れるのは1種類の属性魔術からのみ。火除けの魔具で水魔術を防ぐことはできません」
「複数の魔術を防げる魔道具はないのかしら?」
「私の知る限りでは。あればもちろん国宝に指定されるかと」
マリアンヌは疑心暗鬼に心を苛まれていた。
そのようなアーティファクトが存在するはずがないという信念。その一方で、ギルモア侯爵ともあろう人が偽物の魔道具を王子に献上しようとするはずがないという確信。
2つの揺るぎない思いが心の中で拮抗していた。
「当家は魔道具鑑定の専門家ではございません。しかしながら、アカデミー臨時講師を務めるドイル卿、アカデミー学生にして魔道具に造詣深い家人のステファノの監修の下、『下調べ』を致しました」
さらりとマルチェルが畳みかける。
難しい顔をしたマリアンヌと対照的に、リリーは話の流れを楽しんでいるようだった。
「あら? どのような調べをされたのかしら?」
少女のように瞳を輝かせて、目の前の3人を見渡した。
「武器を用いての攻撃、火責め、水責め、冷気責め、6属性すべてによる魔術攻撃を加えました」
ここぞとばかりドイルはまくしたてた。
「まあ。危ないことね。どうなりましたか?」
「『玄武の守り』はあらゆる攻撃を跳ね除け、あるいは無効化し、持ち主を守り抜きましたね」
「あら、とても良いことね。素晴らしいお守りではありませんか、マリアンヌ?」
「信じられません。余程の魔力の持ち主が持っていたとしてもそのようなことは――」
ドイルは笑いを抑えきれない。
「誰がそんなことを言ったかね? 短剣を持たせたのは人ではない。案山子だよ!」
「馬鹿なことを言うな! か、案山子などと……」
血管が切れそうにマリアンヌ魔術学科長は興奮していた。
「マリアンヌさん、慎みが足りませんよ。ベルトを使えば案山子だって短剣を装備できますでしょう?」
「学長のおっしゃる通りです。驚くほどのことではないかと」
ドイルの悪ノリが続いていた。これ以上刺激すると、マリアンヌは本当に卒倒するかもしれない。
「もちろん護身具としての効果には我々も驚きました。王朝初期のアーティファクトと伝わっておりましたが、まさかこれほどのものとはつゆ知りませんでした」
同情するような声色でマルチェルがつけ加えた。
「そうなのね。侯爵閣下はそれ程珍しい物を殿下に献上しようというお志ですか」
「い、いや。それにしても、この目で見ぬことには信じられぬ。それほどのアーティファクトが誰にも知られずに眠っていたとは」
マルチェルの取りなしで少しばかり気を取り直したマリアンヌであったが、落ち着いたところで今度は別の疑いが頭を持ち上げた。
「いや何。当家にとってはさほど重要なものではございませんので」
「こ、国宝級のアーティファクトだぞ?」
マルチェルとマリアンヌの温度差が著しい。マリアンヌの感情は不信と驚愕の間で揺れ動いていた。
「武器による危害も魔術による攻撃も、当家にとって恐れるに足りません。魔道具に守られねばならぬような御一族はいらっしゃいません」
にこりと笑ってマルチェルは言ってのけた。
「それはまた勇ましいこと。とはいえ、殿方ばかりではありません。女子供には守りが必要ではないかしら?」
リリーの疑問はもっともである。力なきものは守られねばならなかった。
「ははは。それは騎士の仕事でございます。御一族の盾を魔道具に譲るようではギルモアの獅子は務まりません」
「王家に音無しの剣あり。ギルモアに鉄壁の盾あり」
そう謳われた伝説の騎士が目の前にいた。
リリーは幼なじみのソフィアから「鉄壁」のことは耳にたこができるほど聞かされている。
「マルチェルはとてもやさしくて、そして強いの」と。
「当家に伝わったものの使い道がなく、宝物庫の片隅に眠っていたものでございます。ジュリアーノ殿下のご成婚に際して、侍女頭を務めていたソフィア様がふと思い出し、お祝いに献上してはいかがかとご発案されまして」
「あら、ソフィーが言い出したことなのね。ジュリー殿下びいきのあの子らしいわ」
お互い中年で「あの子」という年回りではないのだが、リリーには夢見る乙女のような風情があって、自然に聞こえた。
「詳しい調査は後日行うこととして、今から簡単な小手調べはいかがですか? 学長にも立会っていただいて」
そう言って、ドイルはマリアンヌに水を向けた。
ギルモア家の家人立ち会いの下でアーティファクトの試運転ができる。彼女が断るはずがなかった。
「学長、よろしいでしょうか?」
「あら、面白そうね。よろしくってよ。学園はお休みですからね。落ち着いて試し撃ちができるでしょう」
「それでは、第2試射場を使わせて頂いてよろしいですか?」
すかさずステファノが許可を求めた。そこなら休み中もドリーが籠って、独り訓練に明け暮れていることを知っていた。
「なるほど。あっちなら複合魔術も試せるか」
意識せず、マリアンヌの右手は腰に挟んだ愛用の短杖を撫でていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第412話 遠い昔のことでございます。」
「邪魔をする」
武骨な声をかけてマリアンヌが試射場に入って行く。魔術学科長として上司と来客を先導する立場であった。
「これは……マリアンヌ学科長。学長もご一緒ですか?」
不意の来訪にドリーが驚いた顔をした。
火魔術を放った直後らしく、試射場内にはきな臭い匂いが漂っていた。
「ドリーさん、突然ごめんなさいね。あらあら、ここに来るのも久しぶりだわ」
場内に足を進めながら、リリー学長は上品に辺りを見回した。
……
◆お楽しみに。
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Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
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