411 / 624
第4章 魔術学園奮闘編
第411話 マリアンヌは疑心暗鬼に心を苛まれていた。
しおりを挟む
「ふむ。それらは魔力がなくても使えるものですか?」
「いいえ。いずれも魔術師のみが使えるもので、常時魔力の供給が必要です」
「魔力が途切れると守りの効能も失われてしまうのですね?」
リリーは頬に手を添えて、首を傾け、思案顔になった。
「いや、それだけではありません。火除けの魔具と申し上げた通り、主を護れるのは1種類の属性魔術からのみ。火除けの魔具で水魔術を防ぐことはできません」
「複数の魔術を防げる魔道具はないのかしら?」
「私の知る限りでは。あればもちろん国宝に指定されるかと」
マリアンヌは疑心暗鬼に心を苛まれていた。
そのようなアーティファクトが存在するはずがないという信念。その一方で、ギルモア侯爵ともあろう人が偽物の魔道具を王子に献上しようとするはずがないという確信。
2つの揺るぎない思いが心の中で拮抗していた。
「当家は魔道具鑑定の専門家ではございません。しかしながら、アカデミー臨時講師を務めるドイル卿、アカデミー学生にして魔道具に造詣深い家人のステファノの監修の下、『下調べ』を致しました」
さらりとマルチェルが畳みかける。
難しい顔をしたマリアンヌと対照的に、リリーは話の流れを楽しんでいるようだった。
「あら? どのような調べをされたのかしら?」
少女のように瞳を輝かせて、目の前の3人を見渡した。
「武器を用いての攻撃、火責め、水責め、冷気責め、6属性すべてによる魔術攻撃を加えました」
ここぞとばかりドイルはまくしたてた。
「まあ。危ないことね。どうなりましたか?」
「『玄武の守り』はあらゆる攻撃を跳ね除け、あるいは無効化し、持ち主を守り抜きましたね」
「あら、とても良いことね。素晴らしいお守りではありませんか、マリアンヌ?」
「信じられません。余程の魔力の持ち主が持っていたとしてもそのようなことは――」
ドイルは笑いを抑えきれない。
「誰がそんなことを言ったかね? 短剣を持たせたのは人ではない。案山子だよ!」
「馬鹿なことを言うな! か、案山子などと……」
血管が切れそうにマリアンヌ魔術学科長は興奮していた。
「マリアンヌさん、慎みが足りませんよ。ベルトを使えば案山子だって短剣を装備できますでしょう?」
「学長のおっしゃる通りです。驚くほどのことではないかと」
ドイルの悪ノリが続いていた。これ以上刺激すると、マリアンヌは本当に卒倒するかもしれない。
「もちろん護身具としての効果には我々も驚きました。王朝初期のアーティファクトと伝わっておりましたが、まさかこれほどのものとはつゆ知りませんでした」
同情するような声色でマルチェルがつけ加えた。
「そうなのね。侯爵閣下はそれ程珍しい物を殿下に献上しようというお志ですか」
「い、いや。それにしても、この目で見ぬことには信じられぬ。それほどのアーティファクトが誰にも知られずに眠っていたとは」
マルチェルの取りなしで少しばかり気を取り直したマリアンヌであったが、落ち着いたところで今度は別の疑いが頭を持ち上げた。
「いや何。当家にとってはさほど重要なものではございませんので」
「こ、国宝級のアーティファクトだぞ?」
マルチェルとマリアンヌの温度差が著しい。マリアンヌの感情は不信と驚愕の間で揺れ動いていた。
「武器による危害も魔術による攻撃も、当家にとって恐れるに足りません。魔道具に守られねばならぬような御一族はいらっしゃいません」
にこりと笑ってマルチェルは言ってのけた。
「それはまた勇ましいこと。とはいえ、殿方ばかりではありません。女子供には守りが必要ではないかしら?」
リリーの疑問はもっともである。力なきものは守られねばならなかった。
「ははは。それは騎士の仕事でございます。御一族の盾を魔道具に譲るようではギルモアの獅子は務まりません」
「王家に音無しの剣あり。ギルモアに鉄壁の盾あり」
そう謳われた伝説の騎士が目の前にいた。
リリーは幼なじみのソフィアから「鉄壁」のことは耳にたこができるほど聞かされている。
「マルチェルはとてもやさしくて、そして強いの」と。
「当家に伝わったものの使い道がなく、宝物庫の片隅に眠っていたものでございます。ジュリアーノ殿下のご成婚に際して、侍女頭を務めていたソフィア様がふと思い出し、お祝いに献上してはいかがかとご発案されまして」
「あら、ソフィーが言い出したことなのね。ジュリー殿下びいきのあの子らしいわ」
お互い中年で「あの子」という年回りではないのだが、リリーには夢見る乙女のような風情があって、自然に聞こえた。
「詳しい調査は後日行うこととして、今から簡単な小手調べはいかがですか? 学長にも立会っていただいて」
そう言って、ドイルはマリアンヌに水を向けた。
ギルモア家の家人立ち会いの下でアーティファクトの試運転ができる。彼女が断るはずがなかった。
「学長、よろしいでしょうか?」
「あら、面白そうね。よろしくってよ。学園はお休みですからね。落ち着いて試し撃ちができるでしょう」
「それでは、第2試射場を使わせて頂いてよろしいですか?」
すかさずステファノが許可を求めた。そこなら休み中もドリーが籠って、独り訓練に明け暮れていることを知っていた。
「なるほど。あっちなら複合魔術も試せるか」
意識せず、マリアンヌの右手は腰に挟んだ愛用の短杖を撫でていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第412話 遠い昔のことでございます。」
「邪魔をする」
武骨な声をかけてマリアンヌが試射場に入って行く。魔術学科長として上司と来客を先導する立場であった。
「これは……マリアンヌ学科長。学長もご一緒ですか?」
不意の来訪にドリーが驚いた顔をした。
火魔術を放った直後らしく、試射場内にはきな臭い匂いが漂っていた。
「ドリーさん、突然ごめんなさいね。あらあら、ここに来るのも久しぶりだわ」
場内に足を進めながら、リリー学長は上品に辺りを見回した。
……
◆お楽しみに。
「いいえ。いずれも魔術師のみが使えるもので、常時魔力の供給が必要です」
「魔力が途切れると守りの効能も失われてしまうのですね?」
リリーは頬に手を添えて、首を傾け、思案顔になった。
「いや、それだけではありません。火除けの魔具と申し上げた通り、主を護れるのは1種類の属性魔術からのみ。火除けの魔具で水魔術を防ぐことはできません」
「複数の魔術を防げる魔道具はないのかしら?」
「私の知る限りでは。あればもちろん国宝に指定されるかと」
マリアンヌは疑心暗鬼に心を苛まれていた。
そのようなアーティファクトが存在するはずがないという信念。その一方で、ギルモア侯爵ともあろう人が偽物の魔道具を王子に献上しようとするはずがないという確信。
2つの揺るぎない思いが心の中で拮抗していた。
「当家は魔道具鑑定の専門家ではございません。しかしながら、アカデミー臨時講師を務めるドイル卿、アカデミー学生にして魔道具に造詣深い家人のステファノの監修の下、『下調べ』を致しました」
さらりとマルチェルが畳みかける。
難しい顔をしたマリアンヌと対照的に、リリーは話の流れを楽しんでいるようだった。
「あら? どのような調べをされたのかしら?」
少女のように瞳を輝かせて、目の前の3人を見渡した。
「武器を用いての攻撃、火責め、水責め、冷気責め、6属性すべてによる魔術攻撃を加えました」
ここぞとばかりドイルはまくしたてた。
「まあ。危ないことね。どうなりましたか?」
「『玄武の守り』はあらゆる攻撃を跳ね除け、あるいは無効化し、持ち主を守り抜きましたね」
「あら、とても良いことね。素晴らしいお守りではありませんか、マリアンヌ?」
「信じられません。余程の魔力の持ち主が持っていたとしてもそのようなことは――」
ドイルは笑いを抑えきれない。
「誰がそんなことを言ったかね? 短剣を持たせたのは人ではない。案山子だよ!」
「馬鹿なことを言うな! か、案山子などと……」
血管が切れそうにマリアンヌ魔術学科長は興奮していた。
「マリアンヌさん、慎みが足りませんよ。ベルトを使えば案山子だって短剣を装備できますでしょう?」
「学長のおっしゃる通りです。驚くほどのことではないかと」
ドイルの悪ノリが続いていた。これ以上刺激すると、マリアンヌは本当に卒倒するかもしれない。
「もちろん護身具としての効果には我々も驚きました。王朝初期のアーティファクトと伝わっておりましたが、まさかこれほどのものとはつゆ知りませんでした」
同情するような声色でマルチェルがつけ加えた。
「そうなのね。侯爵閣下はそれ程珍しい物を殿下に献上しようというお志ですか」
「い、いや。それにしても、この目で見ぬことには信じられぬ。それほどのアーティファクトが誰にも知られずに眠っていたとは」
マルチェルの取りなしで少しばかり気を取り直したマリアンヌであったが、落ち着いたところで今度は別の疑いが頭を持ち上げた。
「いや何。当家にとってはさほど重要なものではございませんので」
「こ、国宝級のアーティファクトだぞ?」
マルチェルとマリアンヌの温度差が著しい。マリアンヌの感情は不信と驚愕の間で揺れ動いていた。
「武器による危害も魔術による攻撃も、当家にとって恐れるに足りません。魔道具に守られねばならぬような御一族はいらっしゃいません」
にこりと笑ってマルチェルは言ってのけた。
「それはまた勇ましいこと。とはいえ、殿方ばかりではありません。女子供には守りが必要ではないかしら?」
リリーの疑問はもっともである。力なきものは守られねばならなかった。
「ははは。それは騎士の仕事でございます。御一族の盾を魔道具に譲るようではギルモアの獅子は務まりません」
「王家に音無しの剣あり。ギルモアに鉄壁の盾あり」
そう謳われた伝説の騎士が目の前にいた。
リリーは幼なじみのソフィアから「鉄壁」のことは耳にたこができるほど聞かされている。
「マルチェルはとてもやさしくて、そして強いの」と。
「当家に伝わったものの使い道がなく、宝物庫の片隅に眠っていたものでございます。ジュリアーノ殿下のご成婚に際して、侍女頭を務めていたソフィア様がふと思い出し、お祝いに献上してはいかがかとご発案されまして」
「あら、ソフィーが言い出したことなのね。ジュリー殿下びいきのあの子らしいわ」
お互い中年で「あの子」という年回りではないのだが、リリーには夢見る乙女のような風情があって、自然に聞こえた。
「詳しい調査は後日行うこととして、今から簡単な小手調べはいかがですか? 学長にも立会っていただいて」
そう言って、ドイルはマリアンヌに水を向けた。
ギルモア家の家人立ち会いの下でアーティファクトの試運転ができる。彼女が断るはずがなかった。
「学長、よろしいでしょうか?」
「あら、面白そうね。よろしくってよ。学園はお休みですからね。落ち着いて試し撃ちができるでしょう」
「それでは、第2試射場を使わせて頂いてよろしいですか?」
すかさずステファノが許可を求めた。そこなら休み中もドリーが籠って、独り訓練に明け暮れていることを知っていた。
「なるほど。あっちなら複合魔術も試せるか」
意識せず、マリアンヌの右手は腰に挟んだ愛用の短杖を撫でていた。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第412話 遠い昔のことでございます。」
「邪魔をする」
武骨な声をかけてマリアンヌが試射場に入って行く。魔術学科長として上司と来客を先導する立場であった。
「これは……マリアンヌ学科長。学長もご一緒ですか?」
不意の来訪にドリーが驚いた顔をした。
火魔術を放った直後らしく、試射場内にはきな臭い匂いが漂っていた。
「ドリーさん、突然ごめんなさいね。あらあら、ここに来るのも久しぶりだわ」
場内に足を進めながら、リリー学長は上品に辺りを見回した。
……
◆お楽しみに。
0
お気に入りに追加
98
あなたにおすすめの小説
【完結】【勇者】の称号が無かった美少年は王宮を追放されたのでのんびり異世界を謳歌する
雪雪ノ雪
ファンタジー
ある日、突然学校にいた人全員が【勇者】として召喚された。
その召喚に巻き込まれた少年柊茜は、1人だけ【勇者】の称号がなかった。
代わりにあったのは【ラグナロク】という【固有exスキル】。
それを見た柊茜は
「あー....このスキルのせいで【勇者】の称号がなかったのかー。まぁ、ス・ラ・イ・厶・に【勇者】って称号とか合わないからなぁ…」
【勇者】の称号が無かった柊茜は、王宮を追放されてしまう。
追放されてしまった柊茜は、特に慌てる事もなくのんびり異世界を謳歌する..........たぶん…....
主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
幼なじみ三人が勇者に魅了されちゃって寝盗られるんだけど数年後勇者が死んで正気に戻った幼なじみ達がめちゃくちゃ後悔する話
妄想屋さん
ファンタジー
『元彼?冗談でしょ?僕はもうあんなのもうどうでもいいよ!』
『ええ、アタシはあなたに愛して欲しい。あんなゴミもう知らないわ!』
『ええ!そうですとも!だから早く私にも――』
大切な三人の仲間を勇者に〈魅了〉で奪い取られて絶望した主人公と、〈魅了〉から解放されて今までの自分たちの行いに絶望するヒロイン達の話。
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
王宮で汚職を告発したら逆に指名手配されて殺されかけたけど、たまたま出会ったメイドロボに転生者の技術力を借りて反撃します
有賀冬馬
ファンタジー
王国貴族ヘンリー・レンは大臣と宰相の汚職を告発したが、逆に濡れ衣を着せられてしまい、追われる身になってしまう。
妻は宰相側に寝返り、ヘンリーは女性不信になってしまう。
さらに差し向けられた追手によって左腕切断、毒、呪い状態という満身創痍で、命からがら雪山に逃げ込む。
そこで力尽き、倒れたヘンリーを助けたのは、奇妙なメイド型アンドロイドだった。
そのアンドロイドは、かつて大賢者と呼ばれた転生者の技術で作られたメイドロボだったのだ。
現代知識チートと魔法の融合技術で作られた義手を与えられたヘンリーが、独立勢力となって王国の悪を蹴散らしていく!
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる