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第4章 魔術学園奮闘編
第404話 少なくとも邪魔はしていねェようだナ。
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「推測部分が多すぎるが、今のところこれが最もそれらしい仮説だね」
冷却帽を被って頭を冷やしながら、ドイルが言う。
その脳裏では多数のシナリオが展開され、そのシミュレーション結果が現実の流れと比較検討されていた。
「ナーガはイデア界にいて、現実界から近づいて来る者を待っていたのだろう」
「その目に留まったのが、たまたまステファノだったというわけですか」
「たまたまな。たまたまだ」
4人の目がステファノの上に集まった。
「俺としては虹の王が人の世に役立つ存在であってくれると嬉しいんですが」
ステファノは居心地悪そうに体を動かした。
「今のところ我々の役に立ってくれているな」
「ルネッサンスを許容する存在と考えて良さそうですね」
「そうでなければ魔法具の量産に協力してくれないだろうね」
「少なくとも邪魔はしていねェようだナ」
ステファノ以外で唯一ナーガと直接対峙したことのあるヨシズミは、言葉を選びながらそう言った。
「俺の中に『種』をまき、それが今育っているのだとしたら、虹の王の本体はそれとは別にあることになります」
「ナーガの本体は今もイデア界にあり、ステファノの中に存在するのはその分身ということか」
「そうなると、化身の意味合いが変わって来るね」
ステファノの分身というよりも、虹の王の分身ということになる。
「共存共栄なのかもしれませんな」
考え込んでいたマルチェルが呟いた。
「ステファノの中でアバターが育つことは、ステファノにとっても虹の王にとっても利益がある」
「ナーガの本体は直接現実界に影響を及ぼすことができないということか」
「はい。現実界を動かすためにはアバターを使うしかないのかもしれません」
「目的を遂げるためにはアバターに十分な力を持たせる必要がある……」
マルチェルの仮説をネルソンが敷衍した。
「アバターが力をつけることは、俺にとっても望ましいことですね」
「そういうことだ。今のところは双方にとって好ましい状態であり、問題はない。そうだろう、ドイル?」
「そうだね。当面の間、その関係性は変わらないだろう」
「当面の間か……」
それはいつまでのことになるのか? 正確な予想はドイルにもつかなかった。
「1つ言えることは、『神の如きもの』と対峙することになるまでは利害が食い違うことはないだろう」
「ふむ。それまでは双方にとって力を蓄える時期ということか」
ネルソンは腕を組んだ。
「願わくばそれまでにウニベルシタスをしっかりと立ち上げておきたいものだな」
「対決を急いではなんねェゾ、ステファノよ」
「わかります。慎重に行動しろということですね」
しかし、何を避ければ良いのか、ステファノにはわからない。
「じっとしているわけにはいかないので、どう気をつければ良いやら」
困惑するステファノを見て、マルチェルが助け舟を出した。
「部屋に閉じ籠っていても敵と遭遇しないとは限りません。怪しいところに近づかないくらいの用心しかできないでしょう」
「怪しいところとは?」
「先ずは聖教会だね。何しろ『神』を祀る総本山だ」
「『神の如きもの』が『神』と同じ陣営かどうかはわからんが、用心すべき場所の筆頭ではあるな」
「次に王室。聖教会と並んで『神』との関わり合いが深い場所だ」
初代聖スノーデンは聖教会の創始者でもあった。
「どちらも庶民の俺には縁のない場所ですね」
少しほっとしたような面持ちでステファノは言った。
「そうとも限らんぞ? 3月の研究報告会がある。魔術競技の部で優勝すれば、王家主催の魔術大会に招待されることになる」
「俺は魔術競技の部に出場するつもりはありませんよ」
「それなら良いのだが……」
ネルソンの言葉は妙に歯切れが悪かった。
「旦那様?」
「マルチェル、兄者のことが気になる」
「デズモンド様でございますか……ああ」
デズモンドの名を出されてマルチェルは一瞬戸惑ったが、何かを悟った顔となった。
「君の兄さんと言えば当代のギルモア侯爵閣下だろう? 何かあるのかね?」
事情を知らないドイルが問うと、ネルソンは重い口を開いた。
「兄は武門の誉れを大切にする人でな」
「聞いたことはある。侯爵家の当主として悪いことではあるまい。特に武の頂点ギルモア家であればね」
「挑まれた戦いは受けて立つ。そういう人なのだ」
負けることは恥ではない。挑まれて逃げることこそを武人ならば恥じるべし。
そういう生き様の人間であった。
「ステファノのことを気に入ったらしい」
「へ? お会いしたこともないのにですか?」
狐に鼻を摘ままれたような気持で、ステファノは目を見開いた。
「お前の為すことはすべて本家に伝わっています」
幼子に言い聞かせるようにマルチェルは言った。
「隠形五遁の法という術を殊の外お気に入りだそうです」
「兄者は古武術に傾倒しているのだ」
「失伝して久しい原始魔術を独力でよみがえらせるなど、あっぱれな所業であると」
「そんな、お殿様みたいな。お殿様……なんですね」
「フェルディナンド男爵とも旧知の仲でな」
「フェルディナンド家って……あ、ミョウシンさんとハーマン様ですか?」
フェルディナンド男爵も古武術愛好家であった。その父にして、あの兄妹ありである。
「柔と杖術を修行中というところも、何やら兄者の『ツボ』にはまったらしい」
「ステファノの服装が大層お気に入りとも伺いました」
「うむ、その通りだ。黒の道着に皮手袋。頭に巻いた手拭い一本。切り落としの杖に墨染の縄を括り付けて呪タウンを闊歩していると聞いてな。腹を抱えて笑っていたな」
一切間違っていない。それだけ聞けば、どこの山賊のことかと人は思うだろう。
「改めて聞くと、ひでェ格好だナ」
「師匠だけには言われたくないです……」
それこそ山賊まがいのぼろを着て山に籠っていたヨシズミであった。
「魔術競技会に出すべしと人に迫られたら、それを断る兄者ではない」
困ったような、慈しむような、何とも言えない表情でネルソンは遠くを見た。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第405話 心配するだけ無駄ということだッペカ?」
「一切の面倒事はギルモア家が引き受ける。もちろんその覚悟あってのことだが……」
普段であればそれで問題ない。万全の後ろ盾であった。
「しかし、『神の如きもの』が相手となると厄介でございますな」
「そのことだ、マルチェル」
主従は顔を見合わせて唇を結んだ。
「僕に言わせれば、今更だね」
「どういう意味だッペ、先生?」
ネルソン主従を横目に、ドイルはマイペースだった。
……
◆お楽しみに。
冷却帽を被って頭を冷やしながら、ドイルが言う。
その脳裏では多数のシナリオが展開され、そのシミュレーション結果が現実の流れと比較検討されていた。
「ナーガはイデア界にいて、現実界から近づいて来る者を待っていたのだろう」
「その目に留まったのが、たまたまステファノだったというわけですか」
「たまたまな。たまたまだ」
4人の目がステファノの上に集まった。
「俺としては虹の王が人の世に役立つ存在であってくれると嬉しいんですが」
ステファノは居心地悪そうに体を動かした。
「今のところ我々の役に立ってくれているな」
「ルネッサンスを許容する存在と考えて良さそうですね」
「そうでなければ魔法具の量産に協力してくれないだろうね」
「少なくとも邪魔はしていねェようだナ」
ステファノ以外で唯一ナーガと直接対峙したことのあるヨシズミは、言葉を選びながらそう言った。
「俺の中に『種』をまき、それが今育っているのだとしたら、虹の王の本体はそれとは別にあることになります」
「ナーガの本体は今もイデア界にあり、ステファノの中に存在するのはその分身ということか」
「そうなると、化身の意味合いが変わって来るね」
ステファノの分身というよりも、虹の王の分身ということになる。
「共存共栄なのかもしれませんな」
考え込んでいたマルチェルが呟いた。
「ステファノの中でアバターが育つことは、ステファノにとっても虹の王にとっても利益がある」
「ナーガの本体は直接現実界に影響を及ぼすことができないということか」
「はい。現実界を動かすためにはアバターを使うしかないのかもしれません」
「目的を遂げるためにはアバターに十分な力を持たせる必要がある……」
マルチェルの仮説をネルソンが敷衍した。
「アバターが力をつけることは、俺にとっても望ましいことですね」
「そういうことだ。今のところは双方にとって好ましい状態であり、問題はない。そうだろう、ドイル?」
「そうだね。当面の間、その関係性は変わらないだろう」
「当面の間か……」
それはいつまでのことになるのか? 正確な予想はドイルにもつかなかった。
「1つ言えることは、『神の如きもの』と対峙することになるまでは利害が食い違うことはないだろう」
「ふむ。それまでは双方にとって力を蓄える時期ということか」
ネルソンは腕を組んだ。
「願わくばそれまでにウニベルシタスをしっかりと立ち上げておきたいものだな」
「対決を急いではなんねェゾ、ステファノよ」
「わかります。慎重に行動しろということですね」
しかし、何を避ければ良いのか、ステファノにはわからない。
「じっとしているわけにはいかないので、どう気をつければ良いやら」
困惑するステファノを見て、マルチェルが助け舟を出した。
「部屋に閉じ籠っていても敵と遭遇しないとは限りません。怪しいところに近づかないくらいの用心しかできないでしょう」
「怪しいところとは?」
「先ずは聖教会だね。何しろ『神』を祀る総本山だ」
「『神の如きもの』が『神』と同じ陣営かどうかはわからんが、用心すべき場所の筆頭ではあるな」
「次に王室。聖教会と並んで『神』との関わり合いが深い場所だ」
初代聖スノーデンは聖教会の創始者でもあった。
「どちらも庶民の俺には縁のない場所ですね」
少しほっとしたような面持ちでステファノは言った。
「そうとも限らんぞ? 3月の研究報告会がある。魔術競技の部で優勝すれば、王家主催の魔術大会に招待されることになる」
「俺は魔術競技の部に出場するつもりはありませんよ」
「それなら良いのだが……」
ネルソンの言葉は妙に歯切れが悪かった。
「旦那様?」
「マルチェル、兄者のことが気になる」
「デズモンド様でございますか……ああ」
デズモンドの名を出されてマルチェルは一瞬戸惑ったが、何かを悟った顔となった。
「君の兄さんと言えば当代のギルモア侯爵閣下だろう? 何かあるのかね?」
事情を知らないドイルが問うと、ネルソンは重い口を開いた。
「兄は武門の誉れを大切にする人でな」
「聞いたことはある。侯爵家の当主として悪いことではあるまい。特に武の頂点ギルモア家であればね」
「挑まれた戦いは受けて立つ。そういう人なのだ」
負けることは恥ではない。挑まれて逃げることこそを武人ならば恥じるべし。
そういう生き様の人間であった。
「ステファノのことを気に入ったらしい」
「へ? お会いしたこともないのにですか?」
狐に鼻を摘ままれたような気持で、ステファノは目を見開いた。
「お前の為すことはすべて本家に伝わっています」
幼子に言い聞かせるようにマルチェルは言った。
「隠形五遁の法という術を殊の外お気に入りだそうです」
「兄者は古武術に傾倒しているのだ」
「失伝して久しい原始魔術を独力でよみがえらせるなど、あっぱれな所業であると」
「そんな、お殿様みたいな。お殿様……なんですね」
「フェルディナンド男爵とも旧知の仲でな」
「フェルディナンド家って……あ、ミョウシンさんとハーマン様ですか?」
フェルディナンド男爵も古武術愛好家であった。その父にして、あの兄妹ありである。
「柔と杖術を修行中というところも、何やら兄者の『ツボ』にはまったらしい」
「ステファノの服装が大層お気に入りとも伺いました」
「うむ、その通りだ。黒の道着に皮手袋。頭に巻いた手拭い一本。切り落としの杖に墨染の縄を括り付けて呪タウンを闊歩していると聞いてな。腹を抱えて笑っていたな」
一切間違っていない。それだけ聞けば、どこの山賊のことかと人は思うだろう。
「改めて聞くと、ひでェ格好だナ」
「師匠だけには言われたくないです……」
それこそ山賊まがいのぼろを着て山に籠っていたヨシズミであった。
「魔術競技会に出すべしと人に迫られたら、それを断る兄者ではない」
困ったような、慈しむような、何とも言えない表情でネルソンは遠くを見た。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第405話 心配するだけ無駄ということだッペカ?」
「一切の面倒事はギルモア家が引き受ける。もちろんその覚悟あってのことだが……」
普段であればそれで問題ない。万全の後ろ盾であった。
「しかし、『神の如きもの』が相手となると厄介でございますな」
「そのことだ、マルチェル」
主従は顔を見合わせて唇を結んだ。
「僕に言わせれば、今更だね」
「どういう意味だッペ、先生?」
ネルソン主従を横目に、ドイルはマイペースだった。
……
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