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第4章 魔術学園奮闘編
第399話 ステファノ、魔示板の再現は可能かい?
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「まあ、そう熱くならないで。まったく案がないわけじゃない」
「それを早く言いなさい。普段あれだけ口が軽いのですから、もったいぶるもんじゃありません」
マルチェルの権幕を煙に巻くようにドイルは嘯いた。
「要するにこの屋敷の外とつながれば良いわけだ。とりあえずはどこでも良い」
「あ!」
ドイルの言葉に、黙っていたステファノが反応した。
「『雲に投げる』ですか!」
「その通り! どこにあるか知らないが、『雲』とはここ以外のどこかに違いない。次にトライすべきは『雲に投げる』機能の実装ではないかね?」
お得意の人差し指を立てる仕草で、ドイルは持論を述べた。
「そうか、『雲』があったか。投げるとすると、何を投げる? 今まで例として出会ったのは文字や図表だった……。試してみるには魔示板を再現する必要があるか?」
たちまちステファノは思考に没入した。
「ステファノ、魔示板の再現は可能かい?」
当たり前のようにドイルが聞く。
「術式は多分再現できます。問題は『雲』の住所がわからないことです。魔示板は直接『雲』とつながっていたわけではないので……。あっ!」
「どうしました? 何か思いついたのですか?」
声を上げたステファノにマルチェルが問いかけた。
「ふん。鈍いね、マルチェル。魔示板というヒントだけでわかりそうなものだよ。僕とステファノが数日前までどこにいたと思う?」
「それは、アカデミーですが……。アカデミーの魔示板の話ですか?」
からかい混じりにドイルはマルチェルの思考を答えへと誘導する。ようやくマルチェルにも2人が何を言い合っているのか検討がつき始めた。
「アカデミーの魔示板は『雲』とつながっているのですね?」
「もちろん。つまりアカデミー内のLANは外部のWANにつながっているということさ」
「そうか、実例が存在したのですね!」
盲点であった。
魔示板は一見それ自体で完結しているように見える。「雲に投げる」という謎の機能を術式に含んでいたが、魔道具師以外それを気に留める者はいない。
道具として使用できればそれで良かったのだ。
魔道具師や研究者たちでさえ、「雲に投げる」という言葉を前にしてそれ以上の探求を諦めざるを得なかった。
ヨシズミの異世界文明に関する知見があればこそ、ステファノたちは「雲」とは「外部」を指す用語だと理解できる。その一歩がすべてを変えたのであった。
「アカデミー内の奉仕者を調べれば、『雲』の住所がわかるかもしれない」
「そういうことさ。どうだい、マルチェル? 納得がいったかね?」
ドイルは自分より大きなマルチェルを見下すように胸を反らせていた。
そんなことには無関心に、ステファノはおのれの考えに入り込んでいた。
「アカデミーにサーバーがあることは間違いない。どうやって探す? 校内中を『諸行無常』で観て歩くか? 全部を観るなんて不可能だ! 魔示板からたどったらどうだ? アカデミーのLANを感知できるか? 虹の王なら……」
「できるだろう、ステファノ」
ステファノの独り言が落ちつくのを待って、ドイルが結論を促した。答えは聞くまでもないと言わんばかりに。
「はい! できます! できるはずです!」
慎重なステファノにしては珍しく、確信を持って断言した。
「うん。僕もそう思う。できて当たり前だ」
ネルソン邸でできることがアカデミーでできないはずがない。
「必要なのはアカデミー内のLANにアバターを接続すること。それは魔示板とのペアリングで既に経験済みだね」
「はい。あの時はナーガの開放前だったのでID波を観測できませんでした。でも、今なら――」
「ネットの観測ができるはずさ」
ID波を検出できれば、ステファノは脳内に3次元のマップを描くことができる。ネットにつながったすべての機器を特定できるのだ。
「ふふふ。こいつは楽しいフィールドワークだ。冬休みの自由研究というわけだね」
教育者のノリでドイルは『雲』探求の課題を、そう表現した。
「先生、休み期間中にアカデミーに立ち入ることはできるでしょうか?」
「職員棟や教室棟に入ることは難しいね。学生だけでは」
「先生が一緒なら……?」
「言ったはずだ、教師にはさまざまな特権が伴うと。当然、可能さ」
ドイルは楽しそうに微笑んだ。
「足元の現実から始めるとはそういうことですか」
ようやく得心がいったとマルチェルが頷いた。
「科学者ならわかり切ったことなんだがね。筋肉に頼り切った輩には難しかったかな」
「わたしは科学者になる気はありません。科学者というものが皆お前のようになるものならこちらから願い下げですからね」
ドイル対マルチェルの舌戦はどこまでも続きそうだった。
「一度ドイルとステファノ2人でアカデミーに行ってもらうべきだな。だが、その前にまず邸内の魔道具を仕上げてもらうとしようか? アカデミーの調査はそれからでも遅くはあるまい」
ネルソンが今後の方針をそう決めた。
「結構だ。魔道具の件もそうだが、魔視脳開放の件も決着をつけたいしね」
ドイルもネルソンの考えに賛成であった。
それもそうだということになり、食事の後に太陰鏡の照射をもう1度ずつ行うことになった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第400話 これまでと何か変わったってェ人はいるかネ?」
二度目の太陰鏡照射も前回と同じ順番で行われた。
一度経験していることであり、それぞれ緊張することもなく陰気の照射を受け入れた。
「ふう。おでこの芯がすうっと凍り付くような不思議な感覚だな。繰り返せば慣れるというものではないようだ」
3番目に照射を受けたネルソンが額から太陰鏡を外しながら言った。
「これまでと何か変わったってェ人はいるかネ?」
……
◆お楽しみに。
「それを早く言いなさい。普段あれだけ口が軽いのですから、もったいぶるもんじゃありません」
マルチェルの権幕を煙に巻くようにドイルは嘯いた。
「要するにこの屋敷の外とつながれば良いわけだ。とりあえずはどこでも良い」
「あ!」
ドイルの言葉に、黙っていたステファノが反応した。
「『雲に投げる』ですか!」
「その通り! どこにあるか知らないが、『雲』とはここ以外のどこかに違いない。次にトライすべきは『雲に投げる』機能の実装ではないかね?」
お得意の人差し指を立てる仕草で、ドイルは持論を述べた。
「そうか、『雲』があったか。投げるとすると、何を投げる? 今まで例として出会ったのは文字や図表だった……。試してみるには魔示板を再現する必要があるか?」
たちまちステファノは思考に没入した。
「ステファノ、魔示板の再現は可能かい?」
当たり前のようにドイルが聞く。
「術式は多分再現できます。問題は『雲』の住所がわからないことです。魔示板は直接『雲』とつながっていたわけではないので……。あっ!」
「どうしました? 何か思いついたのですか?」
声を上げたステファノにマルチェルが問いかけた。
「ふん。鈍いね、マルチェル。魔示板というヒントだけでわかりそうなものだよ。僕とステファノが数日前までどこにいたと思う?」
「それは、アカデミーですが……。アカデミーの魔示板の話ですか?」
からかい混じりにドイルはマルチェルの思考を答えへと誘導する。ようやくマルチェルにも2人が何を言い合っているのか検討がつき始めた。
「アカデミーの魔示板は『雲』とつながっているのですね?」
「もちろん。つまりアカデミー内のLANは外部のWANにつながっているということさ」
「そうか、実例が存在したのですね!」
盲点であった。
魔示板は一見それ自体で完結しているように見える。「雲に投げる」という謎の機能を術式に含んでいたが、魔道具師以外それを気に留める者はいない。
道具として使用できればそれで良かったのだ。
魔道具師や研究者たちでさえ、「雲に投げる」という言葉を前にしてそれ以上の探求を諦めざるを得なかった。
ヨシズミの異世界文明に関する知見があればこそ、ステファノたちは「雲」とは「外部」を指す用語だと理解できる。その一歩がすべてを変えたのであった。
「アカデミー内の奉仕者を調べれば、『雲』の住所がわかるかもしれない」
「そういうことさ。どうだい、マルチェル? 納得がいったかね?」
ドイルは自分より大きなマルチェルを見下すように胸を反らせていた。
そんなことには無関心に、ステファノはおのれの考えに入り込んでいた。
「アカデミーにサーバーがあることは間違いない。どうやって探す? 校内中を『諸行無常』で観て歩くか? 全部を観るなんて不可能だ! 魔示板からたどったらどうだ? アカデミーのLANを感知できるか? 虹の王なら……」
「できるだろう、ステファノ」
ステファノの独り言が落ちつくのを待って、ドイルが結論を促した。答えは聞くまでもないと言わんばかりに。
「はい! できます! できるはずです!」
慎重なステファノにしては珍しく、確信を持って断言した。
「うん。僕もそう思う。できて当たり前だ」
ネルソン邸でできることがアカデミーでできないはずがない。
「必要なのはアカデミー内のLANにアバターを接続すること。それは魔示板とのペアリングで既に経験済みだね」
「はい。あの時はナーガの開放前だったのでID波を観測できませんでした。でも、今なら――」
「ネットの観測ができるはずさ」
ID波を検出できれば、ステファノは脳内に3次元のマップを描くことができる。ネットにつながったすべての機器を特定できるのだ。
「ふふふ。こいつは楽しいフィールドワークだ。冬休みの自由研究というわけだね」
教育者のノリでドイルは『雲』探求の課題を、そう表現した。
「先生、休み期間中にアカデミーに立ち入ることはできるでしょうか?」
「職員棟や教室棟に入ることは難しいね。学生だけでは」
「先生が一緒なら……?」
「言ったはずだ、教師にはさまざまな特権が伴うと。当然、可能さ」
ドイルは楽しそうに微笑んだ。
「足元の現実から始めるとはそういうことですか」
ようやく得心がいったとマルチェルが頷いた。
「科学者ならわかり切ったことなんだがね。筋肉に頼り切った輩には難しかったかな」
「わたしは科学者になる気はありません。科学者というものが皆お前のようになるものならこちらから願い下げですからね」
ドイル対マルチェルの舌戦はどこまでも続きそうだった。
「一度ドイルとステファノ2人でアカデミーに行ってもらうべきだな。だが、その前にまず邸内の魔道具を仕上げてもらうとしようか? アカデミーの調査はそれからでも遅くはあるまい」
ネルソンが今後の方針をそう決めた。
「結構だ。魔道具の件もそうだが、魔視脳開放の件も決着をつけたいしね」
ドイルもネルソンの考えに賛成であった。
それもそうだということになり、食事の後に太陰鏡の照射をもう1度ずつ行うことになった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第400話 これまでと何か変わったってェ人はいるかネ?」
二度目の太陰鏡照射も前回と同じ順番で行われた。
一度経験していることであり、それぞれ緊張することもなく陰気の照射を受け入れた。
「ふう。おでこの芯がすうっと凍り付くような不思議な感覚だな。繰り返せば慣れるというものではないようだ」
3番目に照射を受けたネルソンが額から太陰鏡を外しながら言った。
「これまでと何か変わったってェ人はいるかネ?」
……
◆お楽しみに。
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