397 / 664
第4章 魔術学園奮闘編
第397話 ステファノはナーガの視線に意識を委ねた。
しおりを挟む
朝目覚めると、俯瞰する自分がいた。
夜中に金縛りに遭い、天井からベッドの上の自分を見下ろしている気分。あれのような感覚だった。
(これは……虹の王の視点か?)
自分の分身がわが身を見下ろしている。そんな感覚をステファノは覚えていた。
同時にそれ以外の感覚もある。
(師匠たち……プリシラ……ジョナサンさん、ケントクさん……。みんなの気配が……)
ネルソン邸に所在する人たち全員の気配をステファノは察知していた。
誰がどの部屋にいるか。それが手に取るようにわかった。
(この感覚はどういうことだ? イドを探知しなくても居場所がわかるとは……)
ステファノはナーガの視線に意識を委ねた。イドの1つ、ネルソンに意識を向けると、ネルソンは居室にいることがわかる。
(ナーガの視線……。どこから観ている? ランプだって?)
ナーガはネルソン居室のランプから、ネルソンのイドを捉えていた。ナーガは魔灯具に宿っていた。
ネルソンの部屋だけではない。ステファノが魔術付与したすべての魔道具にナーガが宿っているのだった。
それぞれの魔道具が見えない手を伸ばし、手を繋ぎあって一体となって存在していた。
(これはまるで蜘蛛の巣、いや網の目のような……。これは!)
ヨシズミが語った「網」ではないのか? 魔道具たちは紛れもなく相互に通信を交わしていた。
(建物内部をつなぐもの……それは「地域連絡網」か。すると、どこかに「奉仕者」がいるのだろうか?)
ステファノには心当たりがない。特別な魔道具など作っていない。そんな覚えは――。
(あっ! あった! 1つだけ、いや2つ「特別な魔道具」を作った……)
護身具。
ステファノはそれを作り上げ、プリシラに贈った。
(あそこに籠めたのは「自動防御魔法」だ。どの魔道具よりも知性に近づけたアバターじゃないか)
何よりも「プリシラを危険から守る」という想いを術式に籠めた。
プリシラの安全をステファノは祈った。
祈りは願望であり、かくあれかしという強い意志だ。
その意志を籠められた魔核は対象であるリボンのイドを強く動かした。意志こそが意子を震わせるエネルギーであった。
リボンのイドンは激しく振動し、ID波を発した。ステファノの魔核を宿す最寄りの魔道具がID波を受けて共鳴し、自らもID波を発する。
波は波を呼び、たちまちID波によるネットワークを形成したのだった。
(アバターが覚醒したら、「網」ができていた……。そんなことってある?)
とにかく師匠たちに報告しなくてはと、ステファノは部屋を出た。
◆◆◆
マルチェルとヨシズミは庭にいた。それぞれに型の修練を行っていた。
2人の型が一段落したところで、ステファノは声をかけた。
「マルチェルさん、ヨシズミ師匠! ちょっとお話があります」
「どうしました、ステファノ? 何か異変がありましたか?」
静かな口調だったが、マルチェルはステファノの態度に緊張を嗅ぎ取ったらしい。
「実は夜の間に俺のアバターが完全に覚醒したようです」
「ほお? とうとう開放されたってわけカ?」
ヨシズミに大きな驚きはない。いずれその日は近いものと想像していたのだ。
「で、どうなったッペ? 頭ン中にナーガがいすわったりしてんだッペか?」
第2の人格としてナーガが対話を始める。ヨシズミはアバターの完全覚醒をそのようなものと想像していた。
「いえ、そういうことはありません。知らない内に『網』ができ上がっていました」
「何だって? ネット? どうして?」
ステファノの答えはさしものヨシズミをも呆れさせるものであった。
アバターの話がなぜ「ネット」の話になるのかがわからない。
「おめェ、何語ってンだ、コノ!」
つい言葉がきつくなる。
「待ってください。どうも話がかみ合わないようですね。ステファノ、我々にわかるよう落ち着いて説明してください」
苦労人マルチェルに促されて、ステファノは目覚めてからのことを訥々と語り始めた。
◆◆◆
「なるほど。そういうことですか。ようやく意味が通じました」
「うん。たまげた話だが意味はわかっタ」
マルチェルたちは、アバターの覚醒がLAN構築のキーにもなっていたことを理解した。
「そういう話なら旦那サンと先生にも聞かしてやンねばなンめェ」
「そうですな。詳しい話は、お2人にも聞いていただきましょう」
ステファノは全員が揃った朝食の席で、アバター開放の報告をすることになった。
「それにしても魔道具を量産して経験値を荒稼ぎするとはなァ。ラノベでもあんまし聞かねェ話だッペ」
「へっ? 何のことですか?」
「や、何でもねェ。ただの独り言だッペ」
思わず心の声を漏らしたヨシズミであった。どういう意味かと尋ねられても、どう答えて良いかわからない。適当にお茶を濁すしかなかった。
苦笑いを浮かべたヨシズミの脳裏に、ステファノ製作魔道具が世間を埋め尽くす未来のイメージが浮かび上がった。
(何十万、何百万の魔道具がステファノのために経験値を稼ぎ続けたらどうなる?)
ナーガはとてつもない経験値、すなわち学習効果を得ることになる。
(やがてナーガの知性は人間を超えることになるのだろうか?)
ヨシズミはその問いを心から消し去ることができなかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第398話 ステファノのやることは無駄に見えて無駄がない。」
「ふうむ。化身の開放が『網』を生成するとはな」
「思わぬところでお前の理論が現実となったようですね、ドイル」
場所を変えて朝食の場、ステファノの報告を聞いてドイルは感慨深げだった。
「意志の強さがID波を引き起こすトリガーだったとは、僕の想像を超えていたね」
「まさか屋敷中に配置した魔道具の数々が『地域連絡網』とやらを構成するとは私も想像していなかった」
ドイルのみならず、ネルソンもまた思わぬ展開に驚いていた。
……
◆お楽しみに。
夜中に金縛りに遭い、天井からベッドの上の自分を見下ろしている気分。あれのような感覚だった。
(これは……虹の王の視点か?)
自分の分身がわが身を見下ろしている。そんな感覚をステファノは覚えていた。
同時にそれ以外の感覚もある。
(師匠たち……プリシラ……ジョナサンさん、ケントクさん……。みんなの気配が……)
ネルソン邸に所在する人たち全員の気配をステファノは察知していた。
誰がどの部屋にいるか。それが手に取るようにわかった。
(この感覚はどういうことだ? イドを探知しなくても居場所がわかるとは……)
ステファノはナーガの視線に意識を委ねた。イドの1つ、ネルソンに意識を向けると、ネルソンは居室にいることがわかる。
(ナーガの視線……。どこから観ている? ランプだって?)
ナーガはネルソン居室のランプから、ネルソンのイドを捉えていた。ナーガは魔灯具に宿っていた。
ネルソンの部屋だけではない。ステファノが魔術付与したすべての魔道具にナーガが宿っているのだった。
それぞれの魔道具が見えない手を伸ばし、手を繋ぎあって一体となって存在していた。
(これはまるで蜘蛛の巣、いや網の目のような……。これは!)
ヨシズミが語った「網」ではないのか? 魔道具たちは紛れもなく相互に通信を交わしていた。
(建物内部をつなぐもの……それは「地域連絡網」か。すると、どこかに「奉仕者」がいるのだろうか?)
ステファノには心当たりがない。特別な魔道具など作っていない。そんな覚えは――。
(あっ! あった! 1つだけ、いや2つ「特別な魔道具」を作った……)
護身具。
ステファノはそれを作り上げ、プリシラに贈った。
(あそこに籠めたのは「自動防御魔法」だ。どの魔道具よりも知性に近づけたアバターじゃないか)
何よりも「プリシラを危険から守る」という想いを術式に籠めた。
プリシラの安全をステファノは祈った。
祈りは願望であり、かくあれかしという強い意志だ。
その意志を籠められた魔核は対象であるリボンのイドを強く動かした。意志こそが意子を震わせるエネルギーであった。
リボンのイドンは激しく振動し、ID波を発した。ステファノの魔核を宿す最寄りの魔道具がID波を受けて共鳴し、自らもID波を発する。
波は波を呼び、たちまちID波によるネットワークを形成したのだった。
(アバターが覚醒したら、「網」ができていた……。そんなことってある?)
とにかく師匠たちに報告しなくてはと、ステファノは部屋を出た。
◆◆◆
マルチェルとヨシズミは庭にいた。それぞれに型の修練を行っていた。
2人の型が一段落したところで、ステファノは声をかけた。
「マルチェルさん、ヨシズミ師匠! ちょっとお話があります」
「どうしました、ステファノ? 何か異変がありましたか?」
静かな口調だったが、マルチェルはステファノの態度に緊張を嗅ぎ取ったらしい。
「実は夜の間に俺のアバターが完全に覚醒したようです」
「ほお? とうとう開放されたってわけカ?」
ヨシズミに大きな驚きはない。いずれその日は近いものと想像していたのだ。
「で、どうなったッペ? 頭ン中にナーガがいすわったりしてんだッペか?」
第2の人格としてナーガが対話を始める。ヨシズミはアバターの完全覚醒をそのようなものと想像していた。
「いえ、そういうことはありません。知らない内に『網』ができ上がっていました」
「何だって? ネット? どうして?」
ステファノの答えはさしものヨシズミをも呆れさせるものであった。
アバターの話がなぜ「ネット」の話になるのかがわからない。
「おめェ、何語ってンだ、コノ!」
つい言葉がきつくなる。
「待ってください。どうも話がかみ合わないようですね。ステファノ、我々にわかるよう落ち着いて説明してください」
苦労人マルチェルに促されて、ステファノは目覚めてからのことを訥々と語り始めた。
◆◆◆
「なるほど。そういうことですか。ようやく意味が通じました」
「うん。たまげた話だが意味はわかっタ」
マルチェルたちは、アバターの覚醒がLAN構築のキーにもなっていたことを理解した。
「そういう話なら旦那サンと先生にも聞かしてやンねばなンめェ」
「そうですな。詳しい話は、お2人にも聞いていただきましょう」
ステファノは全員が揃った朝食の席で、アバター開放の報告をすることになった。
「それにしても魔道具を量産して経験値を荒稼ぎするとはなァ。ラノベでもあんまし聞かねェ話だッペ」
「へっ? 何のことですか?」
「や、何でもねェ。ただの独り言だッペ」
思わず心の声を漏らしたヨシズミであった。どういう意味かと尋ねられても、どう答えて良いかわからない。適当にお茶を濁すしかなかった。
苦笑いを浮かべたヨシズミの脳裏に、ステファノ製作魔道具が世間を埋め尽くす未来のイメージが浮かび上がった。
(何十万、何百万の魔道具がステファノのために経験値を稼ぎ続けたらどうなる?)
ナーガはとてつもない経験値、すなわち学習効果を得ることになる。
(やがてナーガの知性は人間を超えることになるのだろうか?)
ヨシズミはその問いを心から消し去ることができなかった。
――――――――――
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
◆次回「第398話 ステファノのやることは無駄に見えて無駄がない。」
「ふうむ。化身の開放が『網』を生成するとはな」
「思わぬところでお前の理論が現実となったようですね、ドイル」
場所を変えて朝食の場、ステファノの報告を聞いてドイルは感慨深げだった。
「意志の強さがID波を引き起こすトリガーだったとは、僕の想像を超えていたね」
「まさか屋敷中に配置した魔道具の数々が『地域連絡網』とやらを構成するとは私も想像していなかった」
ドイルのみならず、ネルソンもまた思わぬ展開に驚いていた。
……
◆お楽しみに。
0
Amebloにて研究成果報告中。小説情報のほか、「超時空電脳生活」「超時空日常生活」「超時空電影生活」などお題は様々。https://ameblo.jp/hyper-space-lab
お気に入りに追加
104
あなたにおすすめの小説

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。
SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが……
アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。
そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。
実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。
剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。
アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

他国から来た王妃ですが、冷遇? 私にとっては厚遇すぎます!
七辻ゆゆ
ファンタジー
人質同然でやってきたというのに、出されるご飯は母国より美味しいし、嫌味な上司もいないから掃除洗濯毎日楽しいのですが!?



婚約破棄され、平民落ちしましたが、学校追放はまた別問題らしいです
かぜかおる
ファンタジー
とある乙女ゲームのノベライズ版悪役令嬢に転生いたしました。
強制力込みの人生を歩み、冤罪ですが断罪・婚約破棄・勘当・平民落ちのクアドラプルコンボを食らったのが昨日のこと。
これからどうしようかと途方に暮れていた私に話しかけてきたのは、学校で歴史を教えてるおじいちゃん先生!?


メインをはれない私は、普通に令嬢やってます
かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール
けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・
だから、この世界での普通の令嬢になります!
↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる